第10話

まだ日が上らない早朝。

部屋の隅で息を殺して、タイミングを伺う。


ついにこの日がやってきた。

今日こそ、遥の鼻を明かしてやるのだ!


「お母さん、おはよー・・・」


来たな遥このやろう。覚悟しろー!

クラッカー、一斉射撃!


『パーーン!』


「わわっ!?」


「遥、誕生日おめでとー!」


寝ぼけ目の遥にクラッカーを浴びせ、大声で追撃する。


そう。今日は遥の誕生日なのだ。


「え・・・あ、こはく?」


「ふへへへ!ドッキリ大成功!」


早朝クラッカーを喰らわせるために、昨日の夜はずっと夜更かしして、わざわざ遥の親に許可貰って待機してたんだぞ!


「こはく、なんでいるの?」


「遥にドッキリするために決まってるじゃん!まさか、自分の誕生日忘れてないよね?」


「あ・・・そう、だった」


半分くらい忘れてたでしょ。自分の誕生日を忘れるなって。

・・・それと、ワンチャン遥が男になってたりしないかなって。もしそうなってたら、思いっきり笑ってやるつもりだった。


「というわけで、はい!プレゼント!」


ようやく事態を把握した遥に、ラッピングされた小さい箱を押し付ける。


「わっ、ありがとうこはく。開けてもいい?」


「もちろん。遥へのプレゼントなんだし」


丁寧にリボンを解く遥を見守る。


っていうか、この受け答えして『今開けちゃダメ』ってなるパターンある?日本人的に、一回断っておくっていうのが染みついてるから?


「これって・・・財布?」


「そ。遥さ、昔に俺があげた財布ずっと使ってて、もうボロくなってきてたじゃん」


「せっかくこはくがプレゼントしてくれた物だったから・・・」


「遥もこれで大人の仲間入りなんだから、財布もいい物持たないとってことで、新しい財布」


遥が使ってた財布は、俺が数年前にあげた物だ。確か・・・大体4年前だったかな?

遥も気に入ってずっと使ってたけど、流石に限界だったからね。だから新しい財布をプレゼントに選んだ。


「こはく、ありがとう。本当に嬉しい」


「あっ、こら頭撫でるな!」


「えーー?私の誕生日なんだし、ちょっとくらい撫でさせてくれてもよくない?」


うぐぐ・・・確かにそうだけど。いやでも、うーーん。

まあ、誕生日なんて年に一回しかないから・・・


「・・・1分だけね」


「もう一声!」


「えぇ・・・じゃあ1分15秒」


「そんなの誤差だよー!」


俺の頭を撫でられるだけ幸せだと思え!

しかも、25%も時間を増やしてあげたんだよ?どこに不満があるっていうのさ。


「もう面倒だから、力ずくで撫でさせてもらうね」


「あぶっ!は、放せっ!」


ヘッドロックしながら頭撫でるなっ!

痛くない程度に手加減されてるとはいえ、ぜんっぜんビクともしないんだけど!?


いや、俺ならイケる!俺が本気を出せば、遥なんて・・・!


「ふみゅゥ!うぶぶぶぶッ!」


「うわぁ、すごい顔になってるよ」


うるさい!いいから頭を放せ!


「うぐん!うぐぐん!・・・はぁ、はぁ」


「やっと諦めてくれたねー」


ぜぇ、はぁ・・・き、今日のところはこれくらいで許してやろう!


「・・・と見せかけて!ふんぐ!」


「こはくの考えることなんて、全部お見通しだからねー」


くそぅ、奥の手でもダメか・・・ていうか、力強すぎなんだよ。ゴリラめ。


「あーもうわかった。撫でてもいいから、せめて頭放して」


「私は別にこのままでもいいんだけど」


「俺はよくないんだが?」


「しょうがないなぁ」


しょうがなくはないよね?当然の主張だよね?俺の頭勝手に撫でておいて、なにその言い方?

何はともあれ、ヘッドロックを解いてもらい、ソファに座った遥の膝の上に下ろされる。


「・・・」


「よしよーし、こはくちゃんは可愛いねー」


「そんなこと・・・ふわああぁあ」


遥よりも早く起きるために夜寝てないから眠気が・・・

あーー・・・やばい、このまま寝ちゃいそう・・・


「ん、みゅ・・・」


「こはくー?」


「んっ・・・すぅ」


「フゥーー」


「んにゃぁ!?」


耳ッ!耳に息吹きかけられた!めっちゃゾクってしたんだけど!?


「ごめんねーこはく。今日は朝から友達と会う約束があって。だからここで寝られると困っちゃうんだよねー」


「じゃあ、なんで耳に息かけたの!?」


「こはくを起こしてあげようと思って」


「普通に起こせばいいじゃん!息吹きかける必要あった!?」


「んーー、丁度いい位置にあったから、つい」


『つい』じゃないんだが!?頭を撫でるのは仕方なく許可したけど、耳に息吹きかけるのまでは許可してない!


「それじゃあ、そういうことだから。こはくの頭を撫でるのはまた今度ね」


そう言って俺をソファに座らせて、遥はパタパタと洗面所へと消える。

10月の少し冷たいリビングに、俺一人取り残された。


「いや・・・は?」


なんで俺フラれたわけ?俺よりも友達の方が大事なわけ?結局、耳に息吹きかける必要なかったじゃん。


「もう頭撫でさせてやらないっ!」





――――――――――





「んっ・・・ふぁぁあ」


んんー・・・今何時だ?

あーー、もう夕方の6時かぁ・・・


確か・・・そうだ、あの後、俺の部屋に戻って不貞寝したんだった。昨日から寝てなかったから、夕方まで爆睡しちゃったのか。


「とりま、ご飯でも食べるかぁ」


のそのそとベッドから這い出て、ノロノロと部屋から出る。


猫耳少女になって一ヶ月になるし、この姿で生活するのにも慣れてきた。

キッチンに入って、冷蔵庫の前に踏み台を設置する。


これを置かないと冷蔵庫の上の方にある物が取れないんだよね。


「って、何もないじゃん」


冷蔵庫の中に期待していたような物はなく、がらんとしていた。


「しょうがない、カップ麺にするか・・・」


踏み台から降りて、棚に隠しておいた秘蔵のカップ麺を漁る。


醤油に味噌、焼きそば。家にあるのはこの3つ。さて、どれにしよう?

そうだなぁ・・・よし、今日はカップ焼きそばを食べよう。


「ふんふ~ん、やっきそば~」


カップを開けてかやくとソースを取り出し、沸かした湯を注ぐ。

タイマーをセットして、3分待つ。


「・・・・・・」


それにしても、お湯を入れて、3分待って、お湯を捨てる・・・

どの段階で麺が焼かれてるんだろ?


『ピピピッ!』


「・・・っと」


そんなことを考えてるうちに、アラームが鳴った。

カップの端をしっかりと持って、中のお湯をシンクに捨てる。


『バコン!』


「ぴゃ!?」


びっくり・・・はしてないけど?

これぽっちもびっくりしないけど?ただちょっと声出ちゃっただけだし。

お湯を金属のシンクに流したら、音くらい鳴るし?つまり俺はびっくりしてない。


丁寧にお湯を切った麺に、ソースとかやくを入れてかき混ぜる。


お湯を入れただけで完成したカップ焼きそばを一口頬張り、続きはアニメを観ながら食べようと、箸と一緒にキッチンを出る。


リビング中央、テレビの前にあるテーブルを占領して、録画したアニメを再生する。


『いっけなーい!ちこくちこくー☆』


「ずるっ・・・」


アニメを観ながら焼きそばをすする。

食欲を刺激するソースの香りに、インスタント特有の麺を噛む。


「ずるる・・・」


『な、なんニャ?このノー天気な声は』


「・・・あれ?」


しばらくアニメを観ながら麺をすすっていると、いつの間にかカップの中が空になっていた。

ゴミになったカップを捨てに行こうかと思ったが、アニメを全て観てからにしようと、浮かした腰を戻す。


『い、いたたた・・・!』


これを観終わったら、部屋で初配信のための作業でもしようかな。





――――――――――





「おらっ!このぉ!」


シャケ如きがイカに勝てるわけないだろ!いい加減にしろ!

必殺のキャノンをくらえっ!


「これでトドメだ!」


渾身の一撃をメガシャケに叩き込む。

それを最後にメガシャケは動かなくなり、派手な効果音と共に爆散した。


「おっほほ!金素材ゲットー!」


リザルト画面にはメガシャケを倒した報酬として、金色に輝くキリミが一切れあった。

これこそ、俺が求めていた物だ。これを集めるために過酷な仕事に勤しんでいるのだから。


「金キリミ持ってねぇヤツは笑うなっ!」


上機嫌になって、素材のおかわりをしようとボタンを押そうとした、その時。

妙なリズムの足音が、俺の部屋に近づいてきているのに気が付いた。


「あーーー、こはく居たー」


いつものように、ノックもせず無遠慮に部屋に入ってくる幼馴染。

だが、今日だけはいつもと様子が違った。


「は、遥?」


「頭撫でさせてよー、このこのー」


「あっ、ちょコラ頭撫で・・・って、酒くっさぁ!?」


遥の様子がおかしいのは酒のせいか!よく見たら酒瓶持ってるし!


「酒くさい!近寄るな!」


「えーー?こはくひどーい」


「うるさい酔っ払い!」


酒飲める歳になったからって、こんなになるまで飲むなよ!


「っていうか、なんで俺の部屋に来たわけ?」


「えーっとね、最初はお父さんとお母さんとお酒飲んでたんだけど・・・」


「だけど?」


「お父さん、酔い潰れちゃって、お母さんが介錯してて」


介錯するなトドメを刺すな。そこは介助だろ。


「つまんないから、こはくの所きちゃったー」


「なるほど、帰って」


悪いけど、俺は酔っ払いの世話をするほどヒマじゃない。

初配信のための作業をしないといけないのに、なぜかゲームしてたから忙しいの。


「ちょっとくらい、いいじゃーん」


「よくない」


酔っぱらった遥なんて、腹を空かせた猛獣と同じだ。こんな危険物、さっさと家に帰した方がいいに決まってる。


「こはくのケチー、そんなこはくは・・・こうだー!」


「おわぁ!?」


いきなり襲い掛かってきた遥に為す術もなく、固い床に押し倒される。


「いったぁ・・・」


「暴れたら危ないから・・・ね」


遥を押し退けようとした両手は、頭の上で一纏めにされて押さえつけられる。

抵抗しようと蹴り上げた足は、腹の上に馬乗りになった遥には届かない。


言葉通り手も足も出ない俺の顔に、遥の手が迫る。


「さてと、生意気なお口はこれかなー?」


「ちょ、まt・・・んぐっ!」


口に指が侵入してくる。


「わるーいお口は、お仕置きだー」


歯茎を丁寧になぞられ、八重歯を小突いたと思えば、押し出そうとした舌を強引に嬲る。


「んぶっ、おごぉ・・・んへぇ」


「こはくのここ、あったかい」


「は、ぶか・・・やべほぉ」


「んー、何言ってるのかわかんないよ?」


手を押さえつけられ、口を蹂躙される。

取返しのつかない事になる前に、俺に出来る最後の抵抗を試みる。


「えぶぇ・・・あぐ!」


「痛ッ」


口の中にある遥の指に、ほんの少し歯を立てる。

血が出ない程度に加減したつもりだが、それでも十分痛かったようで、反射的に指が引き抜かれた。


「いたーい」


「ぺっ!いきなり口に指入れるな!あと手を放せ!」


「こはくのせいで、指べとべとになっちゃったんだけどー?どうしてくれるのー?」


「普通に拭けばいいじゃん。というか、俺のせいじゃないし」


「それもそっかー」


てらてらと唾液で濡れた遥の指が、俺の服に擦りつけられる。

何回も擦り続けている内に、遥の指から湿り気がなくなった。


「俺の服で拭くな!」


「別にいいじゃーん」


「ぜんっぜんよくないっ!」


どこら辺に許す要素があったの?口に指突っ込まれた挙句、服に唾液つけられたんだけど?


「あ、いいこと思いついたー」


遥は不穏なことを呟くと、押さえつけていた俺の手首を掴み、さっきの状況を再現するように、俺の左手を遥の口に近づけていく。


『カリッ』


「いッ!?」


躊躇なく指を口に含むと、薬指の付け根に遥の歯が刺さる。

じくじくと痛み、うっすらと血が滲む。そのことを確認した遥は、ようやく俺の左手を解放する。


「いった!血出てるんだけど!俺だって遥の手噛んだけど、こんなに強く噛んでないし!そもそも正当防衛だし!」


「えへへー、いいでしょ?」


ダメだ、この幼馴染。前からそんな気がしてたけど、頭がどうにかなっちゃってる。

今からでも病院に連れて行った方がいいか?


「ねぇ・・・こはく」


「何?次なんかしたら、訴訟も辞さないからね?」


「あのね・・・」


遥の様子がおかしい。

いや、俺の部屋に押し入ってきた時点で、十分おかしかったんだけど。


「すごく・・・キモチワルイ」


「ちょぉ!?バカ!ここで吐くな我慢しろ!」


遥はまだ俺の腹の上で馬乗りになっている。

つまり、遥の口から流れ出た吐瀉物は、重力に従って俺の顔面に降り注ぐということ。


「ごめッ、こはく・・・っぷ」


「ぎゃあああぁぁあ!」





――――――――――





次の日の朝。


「申し訳ありませんでした」


俺はベッドの上で仁王立ちして、床で正座する遥を見下ろしている。


「いや、ほんとにね?次はないからね?」


昨日の夜は散々な目にあった。

遥に指かじられたし、ゲロもかけられそうになった。なんとかトイレまで我慢させたけど、ひとしきり吐いた遥は、あろうことか俺のベッドで寝た。


酔っ払いの世話をさせられた挙句、ソファで寝る羽目になったからね。


「その節はご迷惑をお掛けしました」


「で?このオトシマエ、どうつけてくれるの?」


「え?えーっと・・・アイス、でどう?」


「それぽっちで許してもらおうとしてるんだ」


たかがアイス一個ぉ?そんなんで俺が許してあげるとでも?


「んー、じゃあ・・・バーゲンダッツなら?」


「まあ?それなら許してあげてもいいけど?」


やったぜ。いやー、言ってみるもんだねっ!

アイスー、アイスぅー!しっかもバーゲンダッツー!




 デビューするまで、あと3日



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