第9話
「よし、こんなもんかな」
襟を正して皺を伸ばす。身だしなみを整えると、自然と背筋が真っ直ぐになった。
「何かあったら、すぐ帰ってきてね?」
「心配しすぎだって。ちょーっと行って、ぱぱっと帰ってくるから」
「知らない人に声を掛けられても、構っちゃ駄目だからね?道路を渡るときは、車に気を付けて」
「だーー!そんな事わかってるってば!」
見た目こそ小っちゃい女の子だけど、中身は男だし!遥は過保護すぎる!
「それじゃ・・・いってきまーす」
「いってらっしゃい。本当に気を付けてね」
わざわざ見送りに来た遥に背を向け、自分の手で玄関の扉を開けて外に出る。
秋の空の下、たった一人。
こうなった理由は、つい一時間前のこと・・・
―――一時間前―――
「ふぇ・・・っくしーん!」
「こはく大丈夫?」
「うええーー・・・ティッシュ、ティッシュ」
遥と一緒にリビングでくつろいでいると、不意に鼻がむず痒くなって、クシャミが一つ飛び出した。
季節も変わり、体調を崩しやすい時期。
VTuberデビューを間近に控えているから、風邪を引くわけにはいかないな、なんて思いながらティッシュ箱に手を伸ばし、一枚引き抜く。
「ずばびーーん!・・・ってあれ?」
ティッシュを鼻に当てて、思い切り鼻をかんだ所まではよかった。
問題なのはそこからで、今使ったティッシュが最後の一枚だったらしく、目の前には空箱が転がっていた。
「新しいの出しとかなきゃ・・・」
面倒くさいと思いつつ、替えのティッシュ箱を仕舞っている棚を開く。
しかし、そこに常備されているはずの物はなかった。
「って、買い置きないし」
「うーん。今からこはくのお母さんに連絡して、間に合うかな?」
「ん?どゆこと?」
「今日、こはくのお母さんが持って行ってた買い物メモに、ティッシュなんて書いてなかったなーって」
なんで遥がウチの親の買い物メモの内容把握してるんだよ。
それは一旦置いといて、ティッシュどうしよう。ないと微妙に困るしなぁ。
ん?そういえば・・・今丁度、アレがあったな。
「よし!俺が買いに行ってくる!」
「え、えええ!?こはくが外に行くってこと!?」
他に何があるのさ。と言うか、驚きすぎじゃない?最近ちょいちょい買い物のために外に連れ出されてるんだし、そんなに驚く事じゃないと思うけど。
「だ、だって、こはく根っからの引きこもりじゃん。そのこはくが、自分から外に行くって言い出すなんて・・・」
「大袈裟だよ。俺だって、たまには外に行くことだってあるし」
「こ、こはく大丈夫?頭打った?それとも何か悪い物食べた?」
シンプルにキレそう^^
「とにかく!ぱっと行って、サクッと買ってくるから、遥は家で待機!」
「え?こはく一人で行くつもりなの?」
「ティッシュくらい、別に一人で買えるでしょ」
「それは・・・そうだけど」
ティッシュなんてコンビニで買えるし、遠くまで買いに行くわけでもない。それに遥が付いてくると色々とやりづらいし・・・
「えーーっと・・・そう!これは練習なんだよ!」
「練習?・・・なんの?」
「人と話す練習!配信する時に視聴者と話せるように、一人でおつかいに行って他の人と話す練習するの!」
「こはく・・・!そういうことなら、わかったよ。私は家に居るね」
よしよし。何とか言いくるめる事ができたね。
それじゃ、買い物に行くとしますか。
「財布とスマホ・・・だけでいっか」
「まさかこはく、その恰好のまま行くつもりなの?」
「え?何か問題ある?」
ショートパンツにTシャツ。
近くのコンビニに行くつもりだし、これで十分じゃない?
「確かに大したお買い物じゃないけど、せめて髪を解かして服も着替えて」
「ええーー・・・めんどくさ・・・」
「髪解かすの手伝ってあげるから、そこに座って」
「はーい・・・」
髪を解かすのは面倒くさいけど、遥がやってくれるならまあいいか。髪を解かされるのは嫌いじゃないし。
「そのまま、じっとしててねー」
「ふみゅぅーー・・・」
んーー、いいかんじー。
「・・・こはく、髪の毛のお手入れ、サボってるでしょ」
「そんなのしらないもーん」
「ちゃんとお手入れしないと駄目だよ。せっかく綺麗な黒髪なのに・・・」
そんなに言うんだったら、遥が全部やってよ。
俺は男だしー、髪の手入れとかやんないしー。
「これくらい解かせばいいかな?」
「あっ・・・」
「次は服だね。持ってくるから、ちょっと待ってて」
着替える必要はないと抗議する間もなく、遥は部屋を出て行ってしまう。
はぁーーあ、俺は別にこのまま買い物行ってもいいと思うんだけど。
なんでこう、女子はオシャレしたがるんだろうね?
「はい、私からこはくにプレゼントだよ」
服を選んで持ってくるのに数分はかかると思っていたのだが、一分と経たずに遥は戻ってきた。
「早かったね・・・というかプレゼント?俺の服を選びに行ったんじゃないの?」
「見てみればわかるよ」
俺が外出する用の服を取りに行ったんじゃないの?見ればわかるって・・・どういうことだ?
「これって・・・!」
「どう?これだったら、こはくも着てくれるよね」
遥のプレゼントは、白のブラウスとベージュのスカート。猫の顔がプリントされた淡いピンク色の靴下。
その三着の衣服は見覚えがある。
「これって、俺の作ったLIVE2Dモデルの服じゃん!」
間違いない。画面越しに散々見てきた、俺がTSする原因になった猫耳少女が着ていた服だ。
「多分サイズもあってるはずだよ。せっかくだから着てみよっか」
「うん!」
―――TS猫耳少女着替え中―――
『うん!』なんて元気に答えるんじゃなかった。
「こはく可愛いー!」
このスカート、めっちゃ短いんだけど!?ガッツリ太もも露出してるし、防御力クソザコなんだけど!?
誰だ、こんなスカート丈にヤツは!頭おかしいんじゃないの???
「スカート短すぎない?ハレンチじゃない?」
「確かにちょっと短めだけど、可愛いから大丈夫」
「そういう問題じゃなくない?」
こんな短いスカート履いて外行くの?バカなの?(社会的に)死ぬの?
「私ずっと思ってたんだよね。こはくの歩き方が男っぽいなーって。スカート履いたら女の子らしい歩き方が身につくよ」
「俺は男だし!だから別にいいもん!」
「駄目。今のこはくは女の子なんだから、ちゃんと女の子の歩き方にしないと」
だから短いスカートを履いて、女の子の歩き方を身に付けろと?
言いたい事はわかるけどさぁ・・・こんな股がスースーしてたら歩けないって。
「人に慣れる練習なんでしょ?これくらいは我慢しないと」
「うぐぐ・・・そうだけど」
「それに、激しく動かなければ案外大丈夫だよ」
あ、圧が強い・・・これはスカート履くしか選択肢がないヤツだ。
「ホントに大丈夫なんだよね・・・?パンチラしないよね?」
「大丈夫。今日は風も強くないしね」
そこまで言うなら信じるよ?これでパンチラしたら、遥のせいだからね?
「その前に、写真撮っていい?」
「ダメに決まってるじゃん」
「こはくのケチー」
――――――――――
なんてことがあって、俺は一人で外出している。
目的はティッシュを買うこと。まあ、ちょっとしたおつかいだね。
「さてと、コンビニはあっちだったよね」
俺の記憶が正しければ、この道をずっと行くとコンビニがあったはず。
・・・最後に行ったのが数ヶ月前だから、ちょっと自信ない。
スカートが短くてちょっと心配だけど、幸い周りに人はいない。
今のうちに行っちゃおう。
「・・・それにしても、なんだか懐かしいな」
ここは学校の通学路で、毎日遥と歩いたっけ。
身長が低くなってるから、余計に懐かしく感じる。
たしか、こっちの方に小さい空き地があって、よく遥と遊んだんだよなぁ。
「って、駐車場?」
草が生い茂り、誰かが捨てたタイヤが放置された空き地はそこになかった。
代わりにあったのは、車が数台駐まっている駐車場。
悲しいような、つまらないような・・・何とも言えない気持ちになる。
そっか、あの空き地はもうないのか・・・
「にゃーー」
「ん?んんっ!?」
ため息を一つ残して立ち去ろうとした、丁度その時。車の影から白い塊が姿を現した。
白い毛に覆われた身体に、長い尻尾。黄色の瞳の中心にある縦長の瞳孔。
あれは野生の野良猫!?
「・・・」
「・・・」
見つめ合う。
「・・・」
「・・・」
一ミリも動かず見つめ合う。
「「・・・・・・」」
くっ、なんなんだ、あの野良猫はッ!
あのふてぶてしい感じ、俺のことを試してる気がする!
俺にはわかる!先に目を逸らした方が負けるとッ!
「「・・・・・・」」
はぁ、はぁ・・・ヤツめ、一体どう動くつもりだ?
いきなり飛び掛かってくるつもりか?なら、体格差を活かして叩き落とす!
それとも前足で殴ってくるのか?だったら、俺も抵抗するぜ。拳で!
「「・・・・・・」」
さぁ!さぁこい!どこからでもかかってこい!お前はビビってるのか?俺はビビッてないが。
『ふいっ』
勝った!俺の勝ちだ!あの野良猫、俺よりも先に目を逸らして横切っていった!つまり俺の勝ちなのだ!
「ふんす!しょせん野良猫!ニンゲン様の、俺の敵じゃないわ!」
って、こんなことしてる場合じゃないんだった。今はおつかいの途中で、道草食ってるヒマはない。
さらば野良猫。俺はコンビニに行くからね。
野良猫が消えて行った狭い路地を一瞥し、コンビニに向かって再び歩き出す。
ふんふん、たまにはこうやって外の空気を吸うのも悪くないな。
最近は強制的に遥に連れ出されてたけど、一人でのんびり歩くと中々楽しい。
新しい店に新しい景色。その中で変わってない物を見つけると、懐かしい気持ちになる。
今度ふらっと散歩に出てみるのもいいかも?
そういえば、ゲーセン行きたいな。引きこもってばっかで全然行ってないし。
パソコンで大体のゲームは遊べるけど、ゲーセン特有の混沌とした感じも割と好きなんだよね。
あっ、あと中古の漫画とかゲームも見たいかも。
その手の店って、何気なく見てるだけでも楽しくない?『このゲーム懐かしいー』とか、『これなんだっけ?』とかならない?俺だけ?
ともかく次散歩する時は、ゲーセンと、中古の漫画とゲームを漁りに行こう。
そして、散歩に行くときのは遥が家に来てない時にしよう。また色々身支度させられるの面倒くさいし。
「っと、着いた」
なんて考えながら歩いていると、いつの間にか目的地のコンビニに到着していた。
ここにはティッシュを買いに来たのだが、狙いはそれだけではない。
「っらっしゃっせー」
自動ドアをくぐり、気の抜けた店員の声を流し聞く。
店内を足早に進み、ティッシュ箱を数箱纏めた物を手に取って、次に向かったのはお菓子売り場。
「おおー、あるある」
お菓子は買うが、本当に欲しい物はそれではない。
俺の本命はこっち!じゃーーん!人気のソシャゲ、ピンクアーカイブとのコラボクリアファイル!
説明しよう!ピンクアーカイブ、略してピンアカとは!
自称澄み渡る世界感と言いつつ、多種多様なフェチを詰め込んだキャラが大人気のソーシャルゲームである!
もちろん、俺も何度もお世話に・・・ゲフンゲフン、俺の好きなピンアカのクリアファイルを手に入れるため、おつかいを自ら買って出たのだ!
でなきゃ、俺が外に行くなんて言うわけないっ!
ふーむ・・・対象のお菓子を二個買って、クリアファイル一枚か。
お菓子はテキトーにぱぱっと選んで・・・クリアファイルをどれにするかは、もう決めてきたのだ!
目的のブツは確保したし、いよいよレジに向かうとするか・・・!
「お、お会計、おねがいしますっ・・・」
はあッはあッ、動悸が荒ぶるッ!
噛んでないよね?どこも変じゃないよね?
「コチラ温めますかー」
「へぇっ!?あ、はい、いいえ・・・」
飴とかガムをレンチンしたら、ドロドロのベタベタにならない・・・?
「768円になりますー」
「あっ、はい」
768円だから・・・1000円札と、50円玉が一枚、10円玉が二枚あって・・・えっと、768円だから、あと1円玉を二枚出したらいいのか?
「お釣り、304円になりますー」
レシートの上に小銭を置いて差し出してくる。
それやられると財布に入れにくいから・・・って、うん?100円玉が三枚あるのはいいとして、1円玉が四枚???
俺、お釣り、ぴったりになるように?あれ?そんなバカな・・・
「ッ~~~~!」
あ、ぐっ、ああああ!やらかしたっ!財布の中に1円玉ある!これも出しておけば、5円玉一枚になってぴったりだったのに!
「あらっござっしたー」
くそぅ!もうこのコンビニに来れないよぅ!
目的の品も、おつかいの物も手に入れた!もうやだ、お家帰るぅ・・・
――――――――――
「ただいまぁ!はぁ、はぁ・・・」
「こはく、おかえりー!どうしたの?そんなに息切らして」
「いや、別に・・・」
つい速足で帰ってきてしまった。おかげで少し息が乱れている。
「とりあえず、はい」
乱れた呼吸を誤魔化そうと、遥にティッシュ箱を押し付ける。
「本当にこはく一人で買ってくるなんてねー」
「俺、着替えてくるから」
「ええーー、せっかくだからもう少し着ててよー」
一旦スカートを脱ぐため自分の部屋で着替えてこようとすると、遥に頭を撫でまわされて足止めされる。
鬱陶しいことこの上ないが、俺は今、一人になりたい気分なのだ。
「ええい!わかったから!ベタベタ触るなって!」
「うんうん。こはくちゃんはかわいいねー」
「うっさい。どのみち、財布とか置きに行ってくるから」
適当に理由をつけて、遥の手から逃れて部屋に籠る。
俺の他に誰もいないことを確認して、ベッドの上に跳び込む。
「びゃああああああ・・・」
布団をバタバタと足で叩いて、持て余している感情を発散する。
ああああもうマジ!マジでコンビニで失敗した!
あんまり引きずるのもよくないのはわかってるけど!それでも考えちゃうんだって!
ていうか、なんだよ!小銭の計算できないって!子どもかよ!中身は男なんだが!?ギャップ萌えとか、いらないんだよちくしょう!
「・・・えっと、こはく大丈夫ー?」
「は、遥ぁ!?い、いつからそこに!?」
いつの間に部屋に入ってきたんだよ!?っていうか、俺が着替えてるかもしれないのに勝手に入るな!
「今来たところだけど、何かあったの?」
「別に?なーんにもないですけど?」
と、とにかく俺が黙っていれば、何があったか遥に知られることはない!
別に、コンビニで何もなかった。いいね?
「もしかして・・・スカートめくれて、パンツ見られちゃったとか?」
「そんなことしてない!」
「それじゃあ・・・補導されかけたとか?」
「だから、そんなんじゃないってば!」
「降参。正解は?」
「正解とかないから!聞き出そうとしてもムダだから!」
遥には絶対に教えないからな!知られたら最後、子ども扱いからの小学生のさんすうドリル用意しそうだし!
「えーー?本当に何があったの?」
「だからなんでもないっ!」
デビューするまで、あと7日
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