第6話

「はぁ・・・」


制服の上にパーカーを着た少女が、鏡の向こう側でため息をつく。

これから買い物に行く事になり、前回同様、遥に制服を着せられて外に連れ出されるからだ。


「似合ってるんだから大丈夫だよ」


「似合ってる、似合ってないの問題じゃない。外に行くのがイヤなの」


「これも配信の練習だと思って、ね?」


「むぅーー・・・」


人に慣れるんだったら、これ以上ない方法だけど・・・でもさ、画面越しに喋るのと、相手の顔を見て話すのってだいぶ違くない?


「それに、外に行けるような服を何着か持ってないと困るよ?」


「そうだけど・・・でも、服買いに行ったら、絶対俺を着せ替え人形にして遊ぶじゃん」


「ええーー、色んな服を試してみないと、こはくに一番似合うのがわからないよ」


そんなんだから女子の買い物は長いんだよ。服なんて着れれば大差なんだから、ささっと選べばいいのに。


「とりあえず、俺を着せ替え人形にするのは禁止!服も最低限しか買わないから!」





――――――――――





そして再びショッピングモールにやってきた。下着は前回買ったから、今日は服だけ買えばいい。


今は男だった時のシャツを部屋着にしてるんだけど、サイズが大きすぎてたまに不便に感じるんだよね。

だから、猫耳幼女の今の俺に合った服を買うのは賛成なんだけど・・・


「よく似合ってるよー。あっ、でもこっちのスカートの方が可愛いんじゃない?」


「・・・」


「ねぇこはく、次はこれを着てみて」


「・・・・・・」


おかしい。服を試着する度に遥が新しい服を持ってきて、永遠に試着が終わらない。


「このお店でこはくに似合いそうな服は大体見たから、他のお店も行ってみよっか」


「うがーー!もういい!もう十分試着した!」


「えー?まだ始まったばっかりだよ?」


一時間弱この店で試着してるのに!?それなのにまだ始まったばっかりとか、冗談でしょ!?

この調子で服屋巡りしてたら日が暮れるよ。もう遥に任せてられない!俺は一人で服を選ばせてもらう!


「あ、こはく!どこ行くの?」


「このままじゃ埒が明かないから、俺一人で服選んで買ってくる!」


別に小洒落た服屋で買う必要はない。

着れる服が欲しいのであって、変な装飾や可愛い色の服がほしいわけじゃない。無難に黒の無地一択。シンプルイズベスト。


追いかけてくる遥を差し置いて、老若男女幅広い世代向けの服屋に入り、買い物かごに黒のシャツとズボンを、数枚掴んで放り込む。


「・・・エ、もしかしてソレ買うつもりなの?」


「そうだけど?なんか問題ある?」


「問題大ありだよ!今のこはくは女の子なんだから、そんな男っぽい服は着ちゃダメ!」


そ、そこまで言わなくてもよくない?流石の俺もちょっと傷ついちゃうよ?


「ほら、買い物かご貸して!服戻してくるから!」


「い、いやじゃ!俺はこの服がいいんじゃ!可愛い服など着とうない!」


「のじゃロリこはくも案外イケる・・・じゃなくて!ワガママ言わない!」


「あっ!?」


抵抗虚しく、遥に買い物かごを奪い取られる。


ちくせう、遥の方が力あるからって・・・ていうか、俺の服なんだから、俺の好みで選んでよくない?

遥の選ぶ服って、ヒラヒラしてたり色が可愛すぎて俺の好みじゃないんだよ。


「返せっ!俺はこれくらいシンプルな服がいいの!」


「シンプル以前の問題なの。これじゃあ全身真っ黒になっちゃうよ」


「別に黒でいいじゃん!」


「絶対駄目。せめてもう少し色を変えてよ。例えば・・・これとか?」


そう言って遥は棚から白いシャツを取り出し、勝手にかごの中に入れる。


「これと・・・あとそれも」


これもそれも、と言いながら、次々に服を集めてかごに入れていく。

重なっていく服の山に軽く眩暈がしてくる。


「遥?こんなにいっぱい要らなくない?」


「そんなことないよ。シンプルなデザインの服だからこそ、ちゃんとコーディネートしないといけないの。それに、次いつこはくが服買うかわからないし」


「いや、でもさぁ・・・俺、オシャレとかわかんないし?」


「それは大丈夫。毎回私がコーディネートしてあげるから」


ええーー?毎回遥に服を選んでもらうのってなんかダサくない?ファッションセンス云々じゃなくて、自立出来てない所がよろしくなくない?俺はそんな子供じゃないんだけど。


「服くらい、自分で選べるし・・・」


「本当かなー?こはくの事だから、同じ組み合わせばっかり着回すんじゃない?」


そこは安定の組み合わせと言ってほしい。


「・・・それは一旦置いといて。また試着させられるわけ?」


奪われたかごの中には、シャツやズボンの塊が形成されている。

たまにスカートが紛れ込んでいるのが気に入らないが、フリルなどの過剰な装飾のないシンプルな服ばかり。一応妥協出来るラインだが、流石にこの量試着するのは辛い。


「サイズは同じだから一、二着で大丈夫だよ。こはくも、これなら着てくれるよね?」


「まあ、それくらいなら・・・」


遥から手渡された服を抱えて試着室に入る。

一時はどうなるかと思ったけど、何とか折衷案が纏まった。これで明日から、勝手に肩からずり落ちる鬱陶しいシャツとも別れられる。


「・・・って、ちゃっかりスカートもあるし」


試着するように手渡された服を一枚ずつ広げてみると、スカートが一枚出てきた。


俺をからかってるつもりなんだろうけど・・・甘いっ!

普段家の中でパンツとシャツだけで生活してる俺が、スカート如きでビビると思ったか!

ここは敢えてスカートを履いて、逆に遥の度肝を抜いてやる!


「ふっひっひ・・・それじゃ早速、スカートを・・・っと」


そもそも俺が今着てる服は、遥の中学の制服で当然スカートだしね。確かに制服のスカートの方が丈が長いけど、言うて誤差だよ。


「こはくー、試着出来た?」


試着室のカーテンの向こうに遥が居るらしい。

よしっ、ここで勢いよくカーテンを開けて、黒寝こはく(スカートVer)のお披露目だ!


「じゃーん!どうだ!」


「おおー、元が可愛いから何着てもよく似合うねー」


「それだけ?もっとこう、他に言うことあるじゃん?」


「髪切った?」


「ちがーーう!」


コイツっ!絶対わざとだ!試着室で髪切る訳ないだろ!


「ほら!これ!スカート!」


「うんうん。こはくちゃんはスカートがよく似合うね。可愛いよ」


「うっ、うん・・・」


な、なんだよぅ、急にそんなこと言うなよ。なんというか、照れる・・・いや、照れてなんかないけどね?えっと・・・アレだよ、びっくりしたじゃん。


「それにしても、スカートを先に履くなんてね。こはくの事だから、ズボンを先に試着してるかと思った」


「そ、そう!どうだ遥!驚いたか!」


「うーーん、そこまで、かな」


「ちぇ・・・あ!それと俺に可愛いとか言うな!」


「なんで?可愛いと思ったから、可愛いって言っただけだよ?それにこはくだって、満更でもなさそうだったよね?」


「そんなことないし!」


「ふぅーーーん」


俺は男・・・元、だけど。それでも俺は、可愛いよりもカッコイイって言われたいの!

見た目は猫耳幼女だろうと、そこだけは変わらない!


「それじゃあ、試してみよっか」


「た、試すって・・・?」


遥の目つきが、じっとりと纏わりつくようなものに変わる。そして俺を押し隠すように試着室の中に侵入してくる。

一言も言葉を発さず遠慮なく距離を詰めてくる。やがて逃げ場を失い、俺の背中が壁にぶつかって止まった。


「ね、ねぇ、遥・・・?なんか言って?」


これ以上後ろに下がれないのに、遥の顔がどんどん迫ってくる。

浅い呼吸と心臓の鼓動が聞こえる。混ざり合った音は、どっちの音かわからない。


「こはく、可愛いよ」


「ひゃぁ!?」


猫耳のすぐ横で、普段よりも少し低い声で遥が呟く。


「こはくは可愛い。背が小っちゃいのが可愛い。左右違う色の目が可愛い」


遥が呟く度に、声と共に吐き出された息が猫耳をくすぐる。


「よく動く猫耳が可愛い。笑うと見える八重歯が可愛い」


猫耳に浴びせられる声は、直接脳に染み込んでいるようにさえ錯覚する。


「すぐ上目づかいになる所が可愛い。私にだけ見せてくれる気の抜けた姿が可愛い」


声で、脳が、犯される。


「ねえ、こはく・・・


「う、うにゃあああぁぁあっ!出てけぇ!」


理性が溶け切ってしまう寸前に、何とか遥を押し退かして試着室のカーテンを閉める。

一人になった狭い個室で肩で息をする。まだ脳の奥に、遥の声がこびりついているような感覚があった。


「も、もう着替えるから!入ってこないで!」


「ええーー・・・いい所だったのに」


「そんなの関係ないし!」


何が『いい所だったのにー』だ!ぜんぜっんよくない!これ以上はダメ!絶対にダメ!





――――――――――





買った服が入った紙袋を下げて、遥と帰路につく。

今まで引きこもって外に出ていなかった俺の体力は、もう限界が近い。


「ふぃーー・・・疲れたー」


家に帰ったら、今日はもうずっとゴロゴロして過ごそう。遥に着せ替え人形にされて疲れてるし、それくらい許されるよね。


「ねぇーこはく、やっぱりもうちょっとだけ可愛い服も見てみない?」


「やだ。絶対やだ」


「はぁ・・・わかったよ。こはく可愛いから、色んな服を着せてみたかったんだけどなー」


別に可愛くないし。まあね?LIVE2Dモデルは可愛くなるように作ったけど、中身は俺だよ?

猫耳少女になっても隠せない男気で、可愛いというよりもカッコいいじゃない?


「ふっ」


俺のカッコよさがわからないから、いつまで経っても遥に恋人が出来ないんだぞ。


「その顔は何?私のこと馬鹿にしてる?」


「いやぁー?べーつにー?」


馬鹿になんかするわけないじゃーん。ただ、俺の魅力に気づかないなんて、カワイソーだなーって思ってるだけだよ?


「・・・こはく、後で覚えておいてね」




 デビューするまで、あと14日



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