あい

@nemui_ramusan

1

冬の暮れ時。

冷たく冷えきって薄明かりが照らす部屋で

私は終わりを迎えようとしていた。

十八の話だった。


机の上には食べかけのカップラーメンやらいつのか分からないお菓子の袋、お酒の空き缶、ポーチから無惨にも飛び出たコスメ、開っきぱの鏡にカミソリ、香水、血だらけのティッシュ。

その側には愛実との何げないプリクラ。

・・・・死ぬ時まで汚いのかよ

ボソボソと呟きながら乱雑に手で避けて紙一枚が置ける程のスペースを作った。

最後くらい綺麗にしたほうが良かったのかもしれない。

でも綺麗にしてしまったら折角死を決心した私の心まで綺麗になってしまいそうで辞めた。


机の上に申し訳程度にできた隙間に手紙を置いた

あっさり死ぬのは何だか癪だったから遺書くらいは遺したくて。

自殺の理由を勝手に考察ででっち上げされたく無いし。


かといって内容は全く決めて無い。

とりあえず私はペンを走らせた。


ー遺書ー

母へ

私を産んでくれて有難う。

親不孝な娘で御免なさい。

ここまで育っているのだから愛されていたのかもしれない。

でも私にはあなたの愛が分からなかった。

暴力は愛なの?冷たい言葉は愛の鞭なの?

そうだと言うのなら私は愛など要らなかった。

貴方はずっと私を愛と言う言葉で縛り付けて傷つけて苦しめたよね。

何度辞めてと言ってもお前が悪いの一点張りで

辛かった痛かった苦しかった怖かった。

愛されたかった。

私の死体を見た瞬間貴方は自分の間違いに気付くのかな。

それとも勝手に死んだお前が悪いってこの手紙燃やして周りの人には良い親面するのかな。

ねぇ、最後にお母さんに伝えたい事があります。

お前なんか


一度も止まる事の無かった私の手がぴたりと止まる。

止まった手に目をやると爪の間が赤くなっていて所々酸化して茶色帯びた色をしている。

「しっかり落としたはずなんだけどなぁ」

死ぬ時まで憎いやつが身について死ぬのは御免だ。

ただでさえ心にびっしり付いていると言うのに。


私はリビングに行ってエタノールを探す。

真っ赤な絨毯の上にある四段ボックスの中に緊急箱はあった。

その中からエタノールを取り出すと

真っ赤な絨毯に転がる母と母の浮気相手を踏まない様ゆっくりと部屋に戻った。


エタノールとタバコを片手にベランダに出ると冬の冷たい風が鼻を掠めた。

大きく息を吸うと冷たい空気が私の身体中を駆け巡る。

心拍が上がった私を落ち着かせるには丁度いい冷たさだった。

エタノールをそっと指にかけティッシュで拭くと

いとも簡単に赤いものは取れた。

私の心の傷もこんなに簡単に取れたらいいのになぁ。

足にもエタノールをかけてティッシュで拭き

そのままタバコに火を付けた。

「これが最後の晩餐ってやつか」

息を吐くたびに出る白い物は

煙なのか白息なのか

将又両方なのか

まるで私の言葉みたい。

そんな事を考えながらタバコを吸い終えた。


部屋に戻り私は引き出しから巾着を取り出した

巾着を開けると精神科で処方して貰った

色々な種類の精神安定剤と睡眠薬が入っていた。

ざっと数えても三百錠はある

この日の為に前々から少しずつ溜めてきたのだ。


一錠ずつ机の上に出していく。

書きかけの遺書の文字がどんどん薬で埋まっていく。

途中、続きを書こうか

それとも書き直そうか迷ったが

今更どうでも良くなり辞めた。

薬をシートから全部出し終え床に転がっているペットボトルに残っている水で一気に流しむ。

喉からミチミチと初めて聞く音がする。

苦しい。

この苦しさはなんだろう。

一度に大量の薬を飲む苦しさなのか

もう人生が終わる苦しさなのか。

何故か涙が溢れ薬を流し込むスピードが遅くなる。

今飲み辞めたら死にきれずに只々苦しい思いをするだけ。

頑張れ。頑張れ。

そう自分に言い聞かせてなんとか全部飲みきった。


ふと外を見るとすっかり暗くなっていた。

私の命は長くて三十分だろう。


書きかけの遺書を手に取りベランダに出る。

ポケットからライターを取り出し

灰皿の上で火を付け

燃えゆく紙を見つめる。

この火が消えるのが早いのか。

私の命が消えるのが早いのか。


立ち竦んでいる私の足元に白い粒が

ぽつり、ぽつり、と落ちてくる。

「雪だ」

神様からの最後のプレゼントかな。

なんて考えながらそっと手のひらを空に向け手を伸ばす。

これが最後のプレゼントなんて

ちっとも嬉しくないや。


足元に落ちる雪と共に私の涙も落ちてゆく。

最後くらいとびっきりの幸せが欲しかった。

ずっと漫画の世界にある不幸を描き集めた様な人生だった。

いつかは幸せになれると信じて何度も何度も頑張ってきたのになぁ。

何処かで一度だけでも味方してくれていたら未来は今は変わっていたのかもしれない。

自殺を考えてる人に神様は幸せもプレゼントもくれるわけない。

それとも自殺成功が神様からのプレゼントなのか

地獄行きのチケットがプレゼントなのか。

そもそも死後の世界も神様も人間が作り上げた空想にすぎない。


くだらない事を考えてるうちに雪は止み

私の涙も止まっていた。

私の身体にどんどん薬が回っているのを感じる。

私は灰皿の火が消えている事を確認し部屋に入った。


大好きなぬいぐるみが敷き詰められたベッドに横になりそっと目を閉じる

そして間も無く

身体がフワフワしてくる。

どんどん呼吸が苦しくなり過呼吸になり

内臓が締め付けられる感覚と共に痺れてくる。

手足がどんどん冷たくなり痺れと共に感覚が無くなり

終いには脳まで痺れ

意識がどんどん遠のく。

薄れゆく意識の中最後の力を振り絞り

スマホをとり電話のページを開く。

・・・1・・・・1・・0

ボタンを押しコールする。

コール音が二回した後

「警察です。事件ですか?事故ですか?」

すぐに男の警察官らしき人の声がした。

「・・・・あっ、・・あの・・・ははと、ははの・・・あいじ、、んを、ころし・・ました」

警察官の声が聞こえる中意識が無くなる直前に見たのは

壁に掛けてあるコルクボードに貼られた写真に写る真っ白な絨毯の上で満面の笑みで寝そべっているお母さんと私だった。

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