第9話 糸目
白の城の主である『水仙県』の王子、
「そうか。私と桜霞様の恋文を盗もうとする輩がいたのか」
糸目を開いたお顔を見るという栄えある第一人者になりました。
なんて、心中では茶目っ気たっぷりに言ってみた弥栞は、座っていた椅子ごとガクガクブルブルと震えていた。
主である桜霞と一緒で、もう、キレッキレの刃物だったのだ。
無事に白の城に到着して、銀夜に桜霞の恋文を手渡せた弥栞はいつものように客間に案内されて、銀夜から桜霞に届ける恋文が書き終わるのを椅子に座って待っている最中、恋文が狙われていると銀夜に報告すると。
(めちゃくちゃ切れてる)
ヒィィィィ。
弥栞は何も悪くないのに、思わず土下座してしまいそうなほどに怖かった。
「弥栞は怪我はないかい?」
「はい。大丈夫です」
「そうか。よかった。ごめんよ。怖い思いをさせて」
「いえ」
まさに今この瞬間が一番怖かったです。
などと言えるわけもなく、弥栞は糸目に戻った銀夜に心底安堵しつつ、安心してくださいと笑って言った。
「私がこれからも桜霞さまと銀夜さまの恋文を無事にお届けしますので」
「飛脚を止めたいと思わないかい?」
「いいえ。逃げ足は速いですし。城に逃げ込んで警備兵に捕まえてもらえばいいだけなので。今回もそうしましたし。安心してください」
飛脚を辞めたい、なんてふぬけた事を言ったら、絶対怒られるだろうし。
(それに)
『菫県』『水仙県』の姫と王子という立場である桜霞と銀夜が、城から出られるのは、月に四度。しかもその少ない外出日を自分ではなく、月の初めに占いで決められるのだ。
二人の外出日が重なる日はそうそうない。
どちらかの外出日にどちらかの城を訪れて会えるだけで十分だと、二人はおっとりと、とても満足そうに笑うが。
(それに、やっぱり、どんなに怖くても、二人には笑っていてほしいし)
「弥栞君は本当に優しいね」
「ありがとうございます」
「ふふ。もうちょっと待っていてくれ。もう少しで書き終わるから」
「はい。どうぞ。私はいつまでも待ちますから」
弥栞は食べていていいよと言われたがなかなか手が伸びなかったクッキーを、気持ちの余裕ができたので取って、ゆっくりゆっくりと味わったのであった。
(………ごめんよ。弥栞君。これから)
これから起こるだろう事を予想していた銀夜は内心で謝罪した。
(でもどうしても)
(2023.10.3)
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