十四話
ロベルがクレモベルト王国との戦争に向かってから4ヶ月が経過した。
草木が青々と葉を茂らせ始めた夏の序盤にエラは3度目の子を産んだ。
生まれたロベルと同じ瞳の色の女の子であった。
名は父が帰ってくると信じて、決めてない。
夏の中旬、三伏のある日にフィルとエラはラヴディ伯爵軍団が帰還するという噂を村長から聞いて、素早く用意して2人で馬に乗って領内に向かう。
帰還してきた兵団は皆酷い姿なため、凱旋は形骸的であった。兵士達皆が満身創痍な状態であり、頭を項垂れて歩いている。
四肢や顔面が無事である者は半数、中には今にも息絶えそうな程重傷な兵士もいた。
嗅いだことのない程の人の血の匂いや腐臭に鼻を摘む。
ロベルが生きていても重傷である可能性を考え始めて胸の鼓動が早まり、顔から色を失うように蒼ざめていく。
しかし、帰還兵の中にロベルの姿は無く、どんなに探してもカイルさえ見つからなかった。
もしかしたら、まだロベルは戦地に残っているかもしれない。
僅かな希望を胸にして、直様兵団本部に向かい問い合わせようとする。
しかし、同じように主人や恋人、家族が見つからない人が詰め合わせ混雑していた。
兵団は帰還していかい兵士の家族達を門前払い。
後日に説明文書を広間に開示するの一点張り。誰も相手にしてくれないのであった。
「母さん、今日兵団と話すのは難しそうだね」
「...。そうね」
仕方なく、エラと共に領内の宿で一泊する事にした。
フィルとエラは兵団に説明されなくても、ロベルが兵団にいない理由は容易に考えれる。
宿に用意された肉料理は喉を通らなかっため、申し訳ないと思いながらフィル達は食事を下げてもらうことにした。
宿の女将は文句の一つでも言おうと席に向かっている途中でフィル達の面を見て、察して気の毒に思ったのか厨房にも取り、食事の代わりに果実水を用意した。
フィル達は丁寧にお礼を言ってその日は眠る事にする。
途中、エラの嗚咽により目を覚ますが、直様二度寝した。
翌日、フィル達は朝食を食べずに大広場に行くと兵士達が公文書を開示していた。
混雑している広間の公文書を遠目で読む。
「此度のクレモベルト王国軍団は凶暴な戦士であったが、我が軍団の勇猛果敢で英傑的活躍を...」
読んだ公文書を要約すると、
『クレモベルト王国軍団は数も多く精強であり、帰還していない兵士達は勇猛果敢に挑み死亡した者が多数である。
ごく僅かの兵士達は北部に援軍として参戦している。
北部ラヴディ辺境伯爵領は北部三国連合国に攻め入られて、半壊状態。
そのため、ラウディ伯爵軍団からも少ない数だが北部に援軍を出した。
また、帰還していない兵士の家族には一律で銀貨10枚の遺族弔慰金を支給する。
兵団本部の前に仮設だが受付を設置したから取りに来いとの事。
これ以降の質問は受け付けない』
ラヴディ伯爵軍団が態々、平民の遺族の為に僅かながらの弔慰金渡す。
前例が無いわけでは無いが貴族にしては珍しい行動である。
ここまで平民に情けをかけた貴族に誰も反抗はできない。
しかし、一部遺族が至極当然兵団に悪態をつく。
「旦那をかえしてよぉぉおおお」
「ふざけんな!!糞野郎共!」
直様彼らは兵士達に取り押さえられて、どこかに連行されていく。
フィル達を含めた残された遺族は仕方なく、遺族名簿に名前を記入して兵士達から泣けなしの銀貨を頂くのであった。
帰宅する途中の二刻の間、フィルはエラと一言も会話をせず家に着く。
その日フィルは何も考える事ができなかった。
******************
ロベルの行方不明から二週間が経過した、フィルは部屋に引き篭もる日々が続いていた。
夕食やお手洗い以外は部屋から出ずに過ごす。
エラの料理も味がせず、土を食べている気分になる。
毎日毎時ロベルを戦場行く事を泣き喚いてでも止めれば良かったと考えて後悔する。
───ロベルは強いから大丈夫だろうとたかを括っていた。
だが、戦争に行けば強い奴はそこら辺にいる。不意に魔術や流れ矢が当たる事もある。
何でロベルを止めれなかったんだろ。
家族全員で逃亡しなかったんだろう。
努力すればそれができたのに。
しなかった。
自分が無事ならそれで良かったのか。
おれは彼が大切ではなかったのか。
それは本当の父ではないからか。
そうだとしたら、ロベルは塵屑のような心を持つ赤の他人を子として守ろうとしたのか。
それは何だかロベルが可哀想だな。
もうロベルは戻らない。
おそらく世界の何処にもいない。
フィルが塞ぎ込み、悩み苦しんでいると突然アリスが家に来る。
そのまま一直線にフィルの部屋へと乗り込み、捲し立てる。
「フィル!外で遊ぶわよ!」
アリスは無理矢理フィルの掛け布団を奪い取ろうとする。
「いい」
「そんなに暗いとこに篭ってると、鉱人になるわよ!」
「いいって」
「よくないわ、フィルのことが 「うるさいな。今ほっといてくれよ!!お前と遊ぶ気分じゃないんだよ」
フィルは一時の感情に任せて殴りつけたような言葉を吐く。
「な、な、なによ!」
きっぱりとアリスを拒絶した直後、発言に後悔する。
ふと、視線を上げてアリスの顔見ると、目には大粒の涙が溜まりながら眉間に皺を寄せていた。
「あ、っ」
発言を訂正する前アリスはもう部屋から飛び出していた。
フィルは追いかける気力も無く、呆然とする。
酷い言葉を吐いた事に後悔しながら、そして泣いて帰るアリスの姿を思い出す。
フィルは胸が苦しくなる。
───わかってる。アリスはおれを慰めようとしていた。ただ、今はそんな気分じゃなかっただけなんだ。
心の中で言い訳をする。
フィルの精神は底なしの泥沼に沈んでいく。
******
エラは家に帰ってからは家事などもあまり手につかず、一日はぼーっと気ままに空を眺めていた。
そこからニ週間、子供達のために自分の心に蓋をしようと努力するが、些細な日常の瞬間にロベルがいない事に気づき、涙を流す。
「ママ、だいじょうぶ?どうしてないてるの?」
エラと常に行動を共にするネルは心配して母に脚に抱きつき励ます。
「心配してくれてありがとう。ネル」
幼いネルは何も知らない。何故エラが悲しんでいるのか、父が亡くなった事、愛する人を失う痛みも。
しかし、エラはネル無邪気な気持ちと優しさに触れて、母として勇気を搾り出して起き上がる。
その後、我慢していた気持ちを1人でに吐露して三日毎晩号泣する。
そして、忘れ形見となった2人の娘の姿を見て少しずつ少しずつ日常を取り戻そうと努力をするのであった。
ロベル行方不明から三週間が過ぎたある朝、ダンケルは食事以外あまり姿を見せないフィルに部屋に入る。
そこには、真昼間なのに窓を閉め切りじめじめした薄暗い部屋で布団に包まるフィルの姿があった。
「フィル。外に出ろ。精神が腐る」
「...。」
フィルは黙り込む。
「お前が起き上がらないなら、無理矢理外に連れる」
「..。」
「立て。お前はロベルに家族を守れと言われたであろう」
「...。僕は誰かを守ることなんてできない...。
誰かを失い自分が傷つく事が怖くて、逃げ出したい臆病な奴だ」
フィルが卑屈な言葉を呟くと、ダンケルはフィルの布団を捲り上げる。布団から顕になったフィルの腕を掴み、無理矢理庭に連れ出す。
裸足で無理矢理連れ出されたフィルは庭に尻餅をつく。
ダンケルから木刀を投げられ、拾えずに地に転がる。
それはかつてロベルが使用していた古めかしい傷ばかりの木刀であった。
「拾え」
「...。どうして」
「お前が拾わないなら、わしはお前の胴元に剣を打ち込む」
フィルは剣を拾い、ダンケルを見る。
「わしと同じ構えをしろ」
ダンケルの構えは背筋を伸ばし、右足を前に踏み込む姿勢であった。
見様見真似でフィルも同じ構えをする。
「違う。肘が伸びすぎてる。重心は真ん中より少し後ろじゃ」
フィルは指示通りに
真似をして、剣を構える。
「今からわしと千回素振りをする。一切の雑念は捨てろ、ただ剣で斬り殺すことだけを考えるのじゃ」
フィルはひたすらに剣を振るう。
父ロベルを失った悲しみと自分の情けなさを糧に。
二百を数え始めたあたりでフィルは腕が痙攣して剣を持てなくなり、剣を落とす。
隣を見るとダンケルが凄まじい風切りの音を出しながら剣を振るっている。見惚れているとダンケル素振りを止めて、フィルに向かって言う。
「お前は弱い子供だ。弱い癖に余計な責任を考えるではない」
「うん」
「ロベルは戦士だ。戦士が自分の足で戦に向かったのじゃ。家族の犠牲になったと考える程、あいつの心弱くないぞ」
「うん」
「痙攣が治ったら剣を振え」
「うん...。」
フィルは気持ちの全てを剣に乗せる。ぎこちなく、みっともなくとも剣を振い続ける。
ロベルの剣を思い出す。フィルより何倍も早く、鋭いあの剣を。
その日はフィルは夕暮れになるまで剣を振るった。
全身が汗塗れになり、手は真っ赤に腫れ上がっている。手は剣ダコができ、腕は筋肉痛になる。
しかし、フィルの心の鬱憤はどこか遠い彼方に消えていくのであった。
夕飯の準備ができた事をエラがフィル達に伝える。フィル達は水を浴びて家に入り、食卓につき夕食を食べる。
フィルは久しぶりの家族全員の顔を真剣に見る。まだネルのクリクリなお目と目が合い、ニッコリとした笑顔を送られる。
そして、隣にいるエラの顔は見ると憑き物が落ちたのようにすっきりしている事に驚く。
ダンケルはいつもと変わらない。
───みんな強いな。
久しぶりに味わって食べた夕食は味がした。夕食後に食器洗いを手伝う。
エラがフィルに向けて呟き始める。
「ずっと部屋にいたわね」
「うん、ごめん」
「母さんこそごめんね。フィルのこと助けてあげれなくて。自分のことしか考えれなかったの。お母さん案外弱いみたい...」
「母さんは愛してる人を失ったんだから当たり前だよ...」
フィルがそう言うとエラが泣き始める。
「ご、ごめん。そんなつもりじゃなかったのに」
「いいわ。母さんね、きっとしばらく泣いちゃうと思う。
ロベルを思い出して三ヶ月は毎晩涙を流すわ。
それでも、少しずつ流す涙は少なくなって、ロベルがいない日常に慣れいくのかな…。
美味しいご飯とかあなた達の成長とか見て、小さな幸せを感じて」
「うん」
「フィルはまだ寝てたい?」
「もう、起き上がるよ」
「強くなったね」
「うん。父さんの代わりに母さん達を守れるよう頑張るよ、僕」
再びエラは涙を流す。その涙は喜びに満ち溢れているよう見えた。
「ありがとう。愛してるわフィル」
「僕も愛してる」
その夜フィルは心に誓う。
───本当の彼らの子ではなくとも、この家族は掛け替えのないもの。
もう、子供のフィルであろうとするのは辞めよう。自分の足で歩こう。
強くなろう。
この世界で大切なものを奪われないために。
その日夜、家族でロベルの書置きを見た。
考えていた名はリルとアルの2通り。
忘形見となった娘はリルと名付けられた。
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