十二話 開戦


戦いの地になるであろうタライタ山脈を越えた中央大陸の北部にある平坦な荒野にはかつて見ない程に兵士で溢れて現れていた。


三国連合軍の数は60,000人程。後方支援の兵数も合算すると65,000人にも届くかという数字。


北部の兵士は皆獰猛な戦士であり、近づく戦の音に胸を踊らせていた。


長い間小競り合いしかしてこなかった北部三国の兵士達は略奪や強姦に飢え、大国を攻め落として戦士として名を上げたいと考えていた。


彼らにとって戦死とは最も名誉な死に方である。勇猛果敢に戦った戦士の死は戦女神の楽園に迎え入れてもらえるという古き伝承があった。



そんな戦と血に飢えた獣達にナザビア帝国は狙いを定められていた。





一方、急増で集めたナザビア帝国軍の兵数は36,000人程。


未だかつて聞いた事のない兵数の足音に怯えている者が多く、彼らの殆どは戦いの無い北部領で楽して大金を稼ぐために兵として志願したものばかりであった。



ナザビア帝国軍団の内訳はアーロン宰相が連れてきた第二軍団の精鋭400騎、第五歩兵軍団2,500人、魔術兵200人。


北部オルブライト辺境伯爵軍団500騎、歩兵6500。魔術兵50人。


ゴロザベル伯爵騎兵軍団500騎、歩兵約2500人。魔術兵60人。



さらに北部国境警備兵として各地から集めていた7,000人。タライタ要塞兵8,000人。


ベッケル男爵歩兵師団約1800人、ヤウグル男爵歩兵師団約2100人。この中に北部領地の子爵兵も合算されている。


北部志願民兵1200人、戦闘用奴隷1500人。

傭兵団900人弱。

後方支援の兵数を合わせていても40,000人程度。



タライタ要塞の一室でアーロン宰相とタライタ要塞シヤルカ長官は戦略を練っていた。

2人とも悲観はしておらず、負ける戦だとは考えていなかった。

 


北部諸国には無い強力な戦闘魔道具や魔術兵、何よりこの強固なタライタ要塞がある。


そして、ここで粘り時間を稼げばナザビア帝国の精鋭軍団が駆けつける。


第一魔術軍団、置いてきた第ニ軍団、歩兵を中心とした第三、第四軍団、計35,000人弱、更に東部貴族の軍団から1〜2万の増援として駆けつける。



伝書鷲を飛ばしても2日。

帝都から軍隊が集結して到着するまでにおよそ4週間弱はかかる。



開戦後、強みである魔術兵と騎兵を主軸に敵兵を減らしつつ、援軍が荒野戦で間に合わなければタライタ要塞まで逃げ込み籠城。

その後援軍と共に攻勢に出る。それが彼らの計画であった。



──しかし、この兵数の規模はどうなっているのだ。


アーロン宰相は様々な疑問点を洗い出す。

三国が同盟するのは理解できる。

しかし、なぜ奴らがこの数の兵数を揃えれたのか。

なぜ不毛な北部三国の奴らにこの数の兵士の食糧を賄えるのか。

この要塞を見てなぜ戦う気になるのか。

後進国の蛮族が新型の攻城兵器でも保有しているのかと、疑い始める。




コンコン

扉が開くと若い従者の姿が現れる。


「失礼致します。オルブライト辺境伯爵殿、ゴロザベル伯爵殿、ベッケル男爵殿、ヤウグル男爵殿、第二軍団グロス副団長殿が到着致しました。こちらにご案内してもよろしいでしょうか?」


「ああ。それより帝都から鷲はまだ届かないのか?」


「は、はい!まだ確認できません」


「そうか。届いたら会議中でも渡せ」


「はっ!では、連れて参ります」


暫くすると、豪華な装飾された鎧を纏った貴族達がタライタ要塞作戦本部にに入室してくる。


「失礼致します。連れて参りました」



入室してきた貴族達はアーロン宰相に丁寧に頭を下げてお辞儀をした後に、アーロン宰相の隣にいる蘇芳色の髪の綺麗な女性を見て、秘書か何かと勘違いする。



「よく来てくれた。援軍要請に素早い反応してくれて感謝する」


「当然の事でございます。蛮族共が我が国の領土を侵攻するなど許しておけません。このナウド・ゴロザベル怒りを抑えきれません」

ゴロザベル伯爵は憤怒の形相で静かに怒りを込めて発言する。


「うむ。その心意気は素晴らしい。ゴロザベル伯爵軍団には期待している」


「はッ!ありがたきお言葉」


「皆も揃った事でここからこの部屋を正式に参謀本部とする。席に着いてくれ。

これからタライタ要塞シヤルカ長官が敵軍の情報と暫定的な戦略について話す。紹介が遅れてすまない。

彼女は女性ながら優秀な人材だ。心して聞いてくれ」



召集された貴族達は階級順に席に着いていく。



「アーロン宰相閣下からご紹介にお預かりした、シヤルカでございます。以後、よろしくお願い致します。これより、敵軍の情報をお伝え致します。敵軍兵力は............」



シヤルカが敵兵力とナザビア帝国軍の情報を伝え終えると、貴族達は難しい顔をし始める。


蛮族と見下していた者どもが力を合わせて6万の兵を揃えてきた。


もしや、負け戦なのではと考え始める。



「では大まかな戦略を話させてもらいます。

序盤は荒野での戦いは敵兵を削る戦いになると思われます。


我々はナザビア帝国軍団とラウディ伯爵の東部軍が援軍が到着次第、攻勢に出る予定でございます。到着は最速で2週間程でしょう。


敵軍主力兵団が配置が予想される中央には重装歩兵を配置して、後方から魔術兵で敵の殲滅を図ります。幸いな事に魔鉱石は豊富にあるので、暫くは持つでしょう。


万が一、重装歩兵を突破された場合は穴を塞ぎつつ後退して、タライタ要塞で籠城して援軍を待ちます。


第二軍団の騎兵は戦線が突破された場合、穴を塞ぎ攻勢に出れるのなら出撃をお願い致します。


オルブライト辺境伯軍団の左翼、ゴロザベル伯爵軍団のは右翼をお願い致します。また、騎兵を待機させて敵の魔術兵を発見次第、殲滅をお願い致します。


ベッケル男爵軍は中央左翼、男爵軍は中央右翼に配置させてもらいます。

また、集結した兵達をこちらで振り分けさせてもらいます。


敵軍が突撃はしてこないのであれば、こちらも動かずに時間を稼ぎ援軍を待ちましょう。


以上が大まかな戦略です。何かご質問はありますか?無ければ詳細を詰めましょう」




その後半刻程、軍議を行い詳細を詰めた後に解散となった。



アーロン宰相は自室に戻り、慣れない軍事に疲れて一息つく。


彼は軍事の専門家ではないのだが、司令官の人材不足により軍略を考えなければいけなかった。



窓の外を見ると慌てて走り回る兵士達と世界の終焉のような怪しげな夕焼けが見える。



──嫌な予感がする。何か見落としてるのだろうか...。



慌てて走る足音がする。

コンコン


「入れ」


若い青年従者が汗を垂らしながら入室する。


「し、失礼致します!鷲が帰ってきました!」


従者からアーロン宰相は封筒をもらい、机にあるペーパーナイフで封を切ると書状を確認する。



「うむ。確かに確認した。下がってよいぞ」


「はッ!失礼致します!」



従者が退室した後アーロン宰相は文面を静かに丁寧に読んでいく。

しばらくすると彼の顔が次第に青ざめ、驚愕する。


「な、何だこれは!ナザビア帝国北東部の国境付近の平原にクレモベルト国軍団45,000が侵攻中だと!

北部にはナタリア帝国軍団の援軍は残りの第二軍団と帝都と各地で寄せ集めた民兵10,000しか出せない!?」



アーロン宰相の嫌な予感は当たった。


このタイミングでクレモベルト王国の侵攻は北部三国同盟とクレモベルト王国が手を結んでいるのは明らかだ。



アーロン宰相は策を一から練り直す必要があると考え、シヤルカ長官や貴族達を作戦本部に急いで呼び戻す。



沈みかけた怪しげな夕焼けを見て、再び陽が昇る事が無いように感じるのであった。

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