九話
生まれてから8年が経過した。フィルの誕生日は夏の真っ只中、暑中である。
顔付きは幼児から少年へと着実に成長し、身長は四尺と少しまで伸びた。
以前の魔力欠乏症の後遺症により髪色は白銀色と変化してしまい薄暗い金髪家族と疎外感を感じるが、仕方ない事だ。生きてるだけ丸儲けである。
ここ最近のフィルは毎日同じ日々の繰り返しだ。
早朝に目を覚まして、桶から水を救い顔を洗い、木製歯ブラシで歯を磨く。
脳が覚醒すると、居間で丹田から出る魔力を操作する練習と身体強化術を使用する。
ダンケルからただ身体を強化するだけでは勿体無いと言われ、ダンケル達が使う『龍闘技法』と言われる武術の型を習った。
誰かと戦う訳ではないため、フィルにとってはボクササイズ感覚であった。習った一通りの型の反復を行い、汗を流す。
家族が起きる頃に朝食の準備をする、料理はできないので準備だけだ。
起床したエラが朝食をつくり、家族で食べる。
午前はロベルの小麦畑仕事を手伝う。
この夏の時期になると土いじりが主な作業だ。土壌の状態を保つために雑草を抜き、川から水を汲み畑に撒く。その後、防虫のため母さんが作った、防虫粉剤を撒き農作業は終了となる。
我が家の農地は七百九十坪と農地にしては狭い空間だが、農機も何もない世界であるため骨が折れる。
果実水を飲み一服していると、アリスが家に来て空き地に連行され、子供達のいる空き地で遊ぶ。トトス達や村の子供達とも大分仲良くなった。
陽が沈む前に帰宅して、エラの薬づくりを手伝う。今回街に卸す薬の三割程はフィルが調合した。
徐々に調合が安定して行えるようになり、薬の安定生産が可能になった。
エラはフィルの薬師としての才に驚きつつも、自慢の息子としてご近所さんや薬師協会員に宣伝している。
少し親馬鹿感はあるが、喜んでくれるのなら嬉しいだなとフィルを思う。
フィルが薬師として調合を本格的に始めたからと言って、エラは暇を持て余している訳では無い。
依然として、森での薬草採取はエラのみで行く。そして、何よりエラは論文を執筆していた。高価な紙を街で購入して、鼠を使用して毎日実験と検証を繰り返している。
論文が完成したら、薬師協会に提出して真偽の確認と審査が通れば金貨2枚程の報奨金が出るらしい。論文は各地の薬師協会に全通されて、世界中の薬師に伝わる。
研究の題目は
『魔力充填水薬を過剰摂取した場合における人体への影響とその解決法』
エラはフィルの魔力欠乏症の一件以来、思う所がありこの分野の研究と執筆に励んでいた。
フィルは息子としても新米薬師としても誇らしく、エラは自慢な母親だと感じるのであった。
陽が完全に沈む頃には家族で夕飯を食べながら、談笑する。
その後、水を沸かした湯と布で身体を洗い、清潔にすると、ベッド上で2冊の本のどちらかを読み就寝する。
冒険もなければ、大それた贅沢もない。されどフィルにとって幸福な毎日が続いていた。
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夏の終盤になると、魔大陸入り口地域の東西戦に決着がついたと村に知らせが入った。フィルもその噂を耳にする。
阿漕な行商人のブラネス曰く、
今年の春にナザビア帝国軍はベルマレン王国の首都陥落まで至ったらしい。
帝都では騎士団達の凱旋が盛大に行われたらしく、現在は文官達が戦後処理真っ只中だと。
昨年の夏終盤にナザビア帝国軍団、テルシェ辺境伯軍団、ゲルトル伯爵軍団の連合軍と民兵達は圧倒的な兵数で猛攻を仕掛けた。
テルシェ辺境伯軍団第一騎兵団がベルマレン王国の国境線防衛線を一点突破すると、ベルマレン王国軍は防衛線は崩壊。
防衛線を難攻不落を冠するアガルト要塞まで引き下げ徹底抗戦を続け、次第に籠城へと決め込む。
ベルマレン王国は冬を目前とした帝国軍は進軍を一時停止すると考えていた。
しかし、精強な魔術騎兵を抱える第一帝国軍、騎兵を抱える第二帝国軍団が冬を無視して、強行突破。
アガルト要塞に風穴を空けて開門に成功させる。
アガルト要塞が陥落した後に帝国軍団騎兵は雪解けを待たずして一気に敗走するベルマレン王国軍の背後を叩き、連勝を積み重ねる。
結局ベルマレン王国軍は王都での最後の防衛を粘る事ができず、春が訪れる頃には首都に火が回り陥落したのであった。
戦勝国は多大な賠償金を獲得できる。
フィルは誰かの不幸を喜びたくないが、これで村の税負担も改善されるだろうと考えるのであった。
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ナザビア帝国の帝都では民草がベルマレン王国完勝に喜び合い御祭り騒ぎになる中、帝国の頭脳であるアーロン宰相と文官達は帝城の一室で戦後処理に大いに頭を悩ませていた。
魔大陸東西戦を完勝したは良いが、蓋を開けてみるとベルマレン王国は亡国寸前であった。
ベルマレン王国は元々不毛な国土であるため、あまり侵略した所で恩恵が少なく、此度の連戦は無謀なものであり、民や貴族から財を強制的に徴収して売却して捻出した金を戦費に充てるいたのだ。
帝国軍の進軍途中の村々の民は繰り返す増税と徴収により、冬を乗り越えれずに大半が餓死、凍死していた。
更には、ベルマレン王国兵団から兵士の脱走が相次ぐ。
彼らは皆野盗と成り下がり、自国民から略奪を繰り返す。
帝国軍が村々に到着する頃には奪える物も人も道中何一つなかったのであった。
王都においても、村々と然程変わらず貧困と飢えに苦しむ者ばかりであり、建ち並ぶ商店も閑古鳥が鳴く様であった。
アーロン宰相や文官達は貴族や軍団達に大量の魔鉱石や兵站にかかった多くの戦費を要求されている。
植民地マクレレだけではなく、帝国本土からも増加を課して、血税で費用を捻出してきた。
帝国首脳陣は売却できる物を片っ端から徴収して多額の賠償金を何十年単位で支払わせる条項を付けても、多額の賠償金が入るのは当分先の話である。
しかも、その場合には国家の再建から着手しなければ賠償金も得れない。
そのため、取り急ぎ賠償金を賄うためにベルマレン国民の約半数を奴隷として他国に売りつけるべきか、人道と利益の間で帝国首脳陣は問答していた。
そんな頭を悩ませる首脳陣に一つの朗報が届く。
帝国北部、国境を超えた先にあるタライタ山脈の一部の小山から銀鉱脈が発見されるたと報告を受ける。
直様、アーロン宰相は直属の部下と土術士、地脈探索の専門家12名を選定して、タライタ山脈へと現地視察へと向かわせると、確かに銀鉱脈は存在したのだ。
驚くことにタライタ銀鉱脈は帝国最大級の規模であり、莫大な産出量と多くの鉄が副産物的に期待できると専門家達から報告が届けられる。
ナザビア帝国の銀の産出量は少量であり、他国の輸入に頼っていたため、タライタ銀鉱山を帝国国家事業と制定して、事業に着手した。
一連の出来事を踏まえて、ナザリア帝国がベルマレン王国に要求した事は四つ。
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・王国制の廃止と新たにベルマレン国と改名し国家最高指導者を帝国文官を任命し、属国とする。以下全文ベルマレン国と記す
・ベルマレン国に帝国騎士団の駐屯
・アガルト地域の人民二万人を奴隷とし、内12000人は30年の無償鉱山労働に奉じ、8000人を他国への売却を行い賠償金の補填とする
・三十年間を期限とし、金貨十万六千枚を賠償金の請求する
ナザビア帝国皇帝十三世
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上記の条約は皇帝からの認可が下り、加筆条項などの確認をしてベルマレン国に送りつけた。
帝国首脳陣を悩ませた問題は片付き、戦後処理を順調に進むのであった。
しかし、このタライタ銀鉱山発見を皮切りに、ナザビア帝国は引き返すことができない大きな戦いに身を落としていく。
賽は投げられた。火種は生まれ始めた。
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