四話
6歳の年の秋半ばに、フィルは薬学の学習に限界を感じていた。
外傷薬学と病薬学の知識は学んだが、体系的ではないためか身に付いている感覚がなかった。
それは、山での薬草採取の経験が無く、加工や調合、処方をしていないからだ。
それとなくエラにお願いをしたが、さすがに6歳の幼児に山歩きや調合の許可は出なかった。
両者とも少々危険であり、調合に関しては練習だとしても薬草の無駄使いをあまり好まない様子であった。
冬籠りの時期からは衛生薬学を学ぶつもりだが、そこでも実践をしないと身に付いたとは言えないだろう。
英語は学んだが、話せないような状態であった。
ーーーどうしたものか。
************
秋半ばのある日、フィルはエラが薬を卸すためためラウディ伯爵領街とに向かうと聞いた。
ここから馬車で領地まで三刻半程であり、村長は半年に一度だけ馬車で街に向かう。これは領主に納税と報告、連絡のらためだ。
この馬車は早朝に出発して日暮れ前に帰宅する。
村民はここに乗り合わせて街で買い物をする。乗車代は無料ではないが、大した額ではない。
薬学に行き詰まりを感じてたフィルは街や都市に行き、外の世界を知りたいと感じていた。
ラウディ伯爵領はこの辺だと一番の都会である。
「母さん、ラヴディ伯爵領に行くの?
僕も行かせてほしい!帰ったら家の手伝いをいつもの倍頑張るから!」
母さんは少し困った顔をしていたが、ロベルが思うわぬ発言をした。
「行かせてやれ。家で勉強ばかりじゃなく、外に興味を持つ事はいい事だ」
やはり脳筋パパなだけに、机にしがみつく俺を心配して外に出したいのだろう。
実際、おれは薬学に夢中で村に友人はおらず、外であまり遊ばない。
ーーーおれが親だったら心配するな。
「いいわ、その代わり街では私達から離れては駄目よ。言うことは必ず聞きなさいね」
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フィルは夜が明ける寸前に寝床から飛び起き、急いで桶から水を掬い顔を洗う。馬の毛を植え付けた木製の歯ブラシで歯を磨く。
前日の夜に支度済みの斜め掛けの30L程の革鞄の中身を確認する。
フィルが一階の居間に行くとダンケルとエラが背嚢に荷を仕舞い込んでいた。ダンケルはエラの護衛のために、毎度着いて行く。
村長のダトニスもダンケルがいると安心するらしく、馬車賃を安くする。
軽い旅支度ができたフィル達は村の中央広間に向かうと、祖父と同年代くらいの村長、30代半ばの村長の息子、小麦色の髪の女の子、御者らしい茶髪の青年と癖毛の青年がいた。
古びた馬車は2つあり、1つ目には領主に納品する穀物、農作物が積まれている。2つ目は乗車用だ。馬車に席などは無いが、クッション性のある藁が敷かれていた。
エラとダンケル達共にに村長達に軽い会釈を交わし、談笑し始める。
荷を積み終わると乗車用の馬車に御者以外が乗り込み、御者の青年が馬の体調を確認すると出発した。
フィルが村から出るのは初めてだ。そもそも、家の周りくらいしか知らない。狭い世界から飛び出す快感と未知の世界への好奇心がフィルの心を擽る。
出発して凸凹な砂利道を進み続けること一刻、広く整地されたルソロス街道にぶつかる。
この街道は帝国を横断する大街道であり、四つの領地の先には帝都がある。元々は旧アルカンタラ時代に軍事目的で整備された街道だ。
エラもダンケルも帝都には行った事は無いらしい。
村を出発してから一刻が経過すると、可愛らしい小麦色の髪の女の子がチラチラとフィルを見てきていた。
フィルは先程、女の子が村長の息子にパパと言っていた事から、あの子は村長の娘なのだろうと考える。
視線には子供特有の構って欲しい意思を感じるが、長い間赤の他人と会話をしていないフィルはどのように話せばいいの分からず、彼女の視線には気づいていないフリをする。
バンッ。
急に馬車の木床を足で蹴る音がる。
その女の子が癇癪を起こした。ブチギレだ。眉間に皺を寄せ、顔を真っ赤にしている。
「なんでわたしに話しかけないの!!」
「え、あっ、ごめんなさい」
ーーなんだこいつ、ヒステリックなのか。
「わたし、村長の娘なの」
「うん。知ってる」
「あなた顔見たことない」
「僕はあまり外に出ないから、見かけなかったのかも」
「村のみんなは私に話しかけて、優しくするわ」
随分と高圧的な態度である。
「そうなんだ」
ーー会話のキャッチボールができない奴か。
「やめない!アリス。何度言ったらわかるんだ。人様に迷惑かけるな!」
村長の息子が怒鳴り散らかした。
アリスの身体が一瞬ビクつく。
「だって、こいつ私のこと知らんぷりした!」
そこにエラが口を挟む。
「うちの息子が、ごめんなさい。お友達いないもんだから、緊張しちゃったみたい」
エラにコミュ障認定された事に傷つきながらも、フィルも謝る。
「ごめんなさい」
馬車の中に気まずい空気が流れる。
そんな雰囲気を払拭するためか、エラが明るく言う。
「アリスちゃん。お詫びにこれあげるわ」
アリスの手のひらにはエラの手作り焼き菓子が渡される。目を輝かせたアリスはお礼を言う。
「ありがとう!甘い匂いがするわ!砂糖を使っているの?」
「ええ、お口に合うといいけど」
機嫌を直したアリスは、小さな口でパクパクと焼き菓子を食べ始めた。
「それにしても、私もロベル夫妻のお子さんがいるのは知っていましたが、初めて見ました。
フィル君だっけ?私は村長の息子のアルニスだ。よろしくね。
こちらは娘のアリスだ。ほら、挨拶しなさい」
「よろしく」
「こちらこそ。よろしく」
「ちょっと顔いいからって調子にのらないことね。あなた何歳?」
「6歳」
「なによ!私よりも年下じゃない
今日から子分になりなさい!」
「はあ。遠慮しとく...」
「遠慮?子分にならないってこと!どういうこと!」
アリスはこめかみに皺を寄せ始め、地団駄を踏み始める。
「なる!なる!なります!」
また暴れ始めそうであったため、咄嗟に言ってしまった。
アリスの顔を伺うと、にまにまとした顔でフィルを見て親分面をしていた。
ーーーめんどくさいなあ。
************
その後、アリスに子分認定されたフィルは永遠と彼女の自慢話を聞かされた。
アリスは多くの子供を子分にしている話や、村の話など様々だ。
しかし、アリスとの会話にそこまで嫌な気分にならなかった。
フィルは知らぬ間に彼女と前世の妹を重ねていた。妹はよく夕飯の時にクラスメイトの話や体育で活躍した自慢話を満面の笑みで話していた。
フィルは今亡き妹と目の前にいるアリスを連想させ、脳裏には郷愁の念を覚えるのであった。
************
アリスが自慢話に疲れて眠り始める。
馬車内は一気に静かになり、俺も薬学教本を読み老けていた。
そこから一刻が過ぎると、民家がちらほらと姿を表し始める。
馬車から身を乗り出し北西の方角を見ると聳え立つ城壁が見えた。侵入者を拒むために切り立った城壁。
石積みであっても、重厚さ威厳を感じる。
城門塔の前には馬車や人の並びがある。
並ぶ人々の属性は様々だが、馬車乗りが多い。この秋の時期は村々の長達が納税のため馬車を率いて伯爵領に訪れる。
街に入るには1人ナザビア帝国銅貨10枚。詳しい為替相場は制定されてないのだが、帝国貨幣の良質だ。
フィルは以前村に来た行商人が帝国貨幣を受け取り喜んでいたこと、逆に魔大陸や南方諸島の貨幣は悪質だと言っていたことを思い出す。
フィルは物の相場とかは未だにわからないが、この街の買い物に付き合う事で学ぼうと考える。
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