五話
街に入るために、城門塔に並んでる間にエラがラヴディ伯爵領について教えてくれた。
ラウディ伯爵領は名前の通り、帝国東南部地域の自治権を所有するラヴディ伯爵一家のガスロ・ラヴディを当主とする領地だ。
ラヴディ伯爵の城を中央に東西南北に広がる領地に薬師協会、冒険者ギルドの支部や、マーシア商会、聖アルミス教などの主要機関が存在し、日々多くの人が行き交う都市だ。
ーーー冒険者ギルド、やっぱあるんだな。
フィルはそれとなく冒険者についてエラに聞いてみると、少し困り顔しながら教えてくれた。
ラヴディ伯爵領の冒険者ギルド支部は街の南西部の大通りにあるらしい。
定番にも冒険者ランクがあるらしく、上から S A B C D E F だと。
冒険者ギルドはどんなに小さな国でも必ず1つはある。
そのため、人材の流動性が激しくどの支部のギルドでも人種の坩堝のような状態になる。
冒険者ギルド付近は国際色が豊かになり、聞き慣れない言葉が飛び交う。
依頼は様々、討伐から清掃まで。日雇いの便利屋に近い機能である。
冒険者になるのに実績、身分、資格は要らず、登録用デポジットの銀貨5枚さえあればいい。
エラが用がある薬師協会は労働組合と商社とメーカー機能を合わせたイメージが近い。
薬師の立場を向上させる活動、薬の卸しの代行、薬師向けの道具等を売買する機能がある。
エラは年に1〜2度、薬師協会に薬を卸して収入を得ている。卸しの手数料、仲介料を取られるがそれなりの収入になっている。
************
フィル達は衛兵の審査が無事に終わり、六十尺をも超える巨大な石材の城壁を潜り街中に入ると人の賑わいが目に入る。
大半がナタリア帝国人のように白い肌が多いが、見慣れない肌色もちらほら。
ーーー転生してこの方、こんな多くの人を見るのは初めてだ。
村長達と入り口付近から別行動である。
彼らはそのまま人混みを掻き分けながら馬車で領主館前の税務所まで向かう。
フィル達は薬師協会に向かう。場所は大通り沿いを真っ直ぐ進み、エルガーデン中央広間の左に曲がる。そのまま直進すると右手側にある。
城門塔付近には路面店に溢れる。少し進むと実店舗型の商店に並びが変わり始める。
行き交う人々の服装も変わり始める。奥に進む程綺麗に仕立てられた衣服を着ている人が多い。
「どう?初めてのラヴディ伯爵領は?
驚いたかしら?」
「うん。すごいね。面白いものがたくさんある。あれはなに?母さん」
フィルは大通り沿い等間隔に設置されている街灯らしきものを指さす。
「あれは魔灯よ、赤魔石を填め込んでいるの
夜になると灯火のように輝くのよ」
「それはすごい。暗くなくて安全そう」
ラヴディ伯爵城へと続く大通りは石畳で舗装されいる。
そして大通りには魔灯が配置され、夜になると衛兵達が手動で灯火のような光源をつけ始める。
フィルはこの世界は魔術の運用で意外なとこで発展していたりすることに驚く。
元の世界では近代的な街灯が使用され始めたのは16世紀。独自の発展を辿るこの世界はガスではなく赤魔石を代用した街灯。
文明の発展に歪さを覚えながら、こういった魔道具で人々の生活を支えている事に面白さを感じる。
そこから薬師協会まで、ダンケルとエラに色々教えてもらいながら、初めて見る街並み、異世界の景色に心を躍らせるばかりであった。
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薬師協会の外観は前世で見たケルハイム解放記念堂に似ていた。象牙色の石材で作られた円柱形の建物の前には、薬を学問として創りあげた薬師オルフェウスの彫像がある。
入り口前では許可証の提示を求められ、中に入ると円状に並べられた窓口で薬師達が取り引きをしていた。
エラは人少ない右隅の窓口に向かう。
そこには黒い肌にチリチリとした髪の毛を後ろに纏め上げる女性が座りながら事務作業をする。こちらに気付くと優しい笑顔を見せた。
「エラさん、久しぶりですね。最近あまり顔を見なかったので少し心配してましたよ。本日の御用件は?」
「久しぶりねシャーリー。最近森が少し騒がしくて材料集めるのに苦労してたのよ。
いつも通りの卸しがしたいわ。内容は火傷用軟膏を30、胃腸薬を30、魔力充填水薬を10で卸したいわ」
そう言って、エラは大きな鞄から薬と薬師協会員カードを取り出し、卓上に出す。
「毎度ありがとうございます、品物の検分と査定額をお見積もり致します。終了次第中央カウンターでこちらの番号がアナウンスされます。それまでは空いているお席でお待ちください」
そうしてフィル達は入り口手前にある三人がけの座席に座った。
「母さんはあのシャーリーって言う人と仲が良いいの?」
「ええ、まあ。ご飯とか食べる仲ではないんだけど。ここでよく話すのよ。愛嬌があって彼女が好きだわ」
「確かに、いい笑顔だね」
「そうでしょ。彼女昔はあんなにいい笑顔じゃなかったのよ。この辺じゃ珍しい黒褐色の肌だからお客が彼女を罵倒されたりしてたのよ。それで一時期思い悩んでいたことがあった。
でも、最近は本当に明るくて素敵だわ。あれは恋人ができたわね」
「恋人??」
「ええ、フィルに分からないかもしれないけど
女の子は恋をすると輝くのよ」
「そ、そうなんだ」
フィルは前世の留学を思い出し、エラはの頓珍漢な考えも意外と的を得てるかもしれないと考える。外国人の自分を受け入れてくれる人に出会えると、生活も慣れてくるのだろう。
「シャーリーはどの国の方なんです?」
「南方諸国連合のドルトという国から来たらしいわ、わかるかしら?」
「1番西寄りの国だっけ?」
「さすがだわ、よく勉強しているわね」
エラと話している途中に音響増幅する筒状の魔道具を使い女性がアナウンスを始めた。
「受付番号 47、48番。中央取引所までお越しください。再度繰り返します。受付番号 47、48番。中央取引所までお越しください」
2度の復唱でアナウンスが終了する。
エラの受付番号は47番のため、フィル達は中央取引所に向かうと、眼鏡を掛けた七三分けの痩せ型中年男性が待っていた。
「47番のエラ様ですか?」
「ええ、そうです」
母は番号が記された木札を渡す。
「協会員カードのお返しです。査定額の程ですが、火傷用軟膏が30個 銀貨20枚、胃腸薬が30個 銀貨 11枚と銅貨7枚 、 魔力充填水薬が10個 銀貨25枚
合計が銀貨47枚 銅貨6枚
手数料に一割を差し引いて、銀貨42枚 銅貨8枚です。いかがでしょう」
「いいわ、それにしても魔力充填水薬は兎も角、火傷用軟膏がこんなに高値になるのは不思議だわ。どこかで戦争で起こるのかしら」
「...。ここ数ヶ月、西のベルマレン王国と魔大陸にある植民地マクレレの国境線で小競り合いが絶えません。我が国の軍務卿は本腰を入れて、殲滅戦を行い国境線の拡張するつもりなのでしょう。
そのため、国内市場でこれらの薬品の値段が高騰し始めています。
今後、火傷用軟膏や凍傷用軟膏、止血塗り薬、魔力充填水薬などは良い取引になると思われます」
「そうなんですか。タイミングが良かったみたいですね。良い情報を聞けました。ありがとうございます」
「ちなみにこの話は多くの人が知っている話ですが、あまり一般住民の方に触れ回さないようお願い致します。混乱するといけませんので」
「わかりました」
エラは中央カウンターが査定額証明書を貰い、左にある貨幣交換所に向かう。交換所には少々列があり、薬の材料も購入するため時間がかかる。
そのため、ダンケルとフィルは席に座って待つ事にした。
フィルは先程の話を思い出す。
ーーそれにしても、戦争か。ベルマレン王国は魔大陸と西方大陸の間に位置する人族の国だ。
魔大陸に似た痩せた国土、沿岸地域は漁業が有名だと本に書いてあった。
反対の東側に住んでいて良かった。
てか、この国の戦争って誰が戦うのだろう。貴族が抱える兵士なのかな。
「ダンケルおじいちゃん。戦争って貴族の騎士団が戦うの?」
「ん?ああ、先程の話か。基本はそうじゃ。周辺貴族が抱える軍団や兵士達、周辺地域の民兵、帝国を所有する軍団、じゃな。
だが、クレモベルト王国では軍事改革が始まっているらしい。貴族の私兵は最低限になり、徴兵制の下で一般市民を鍛えあげて兵士するらしいな」
「徴兵制!?それはナザビアでも行われるの?」
「わからん。今のとこは無いじゃろうな」
元日本人のフィルからしたら徴兵制は恐怖の対象でしかない。一般市民を狂気の戦場に駆り出させる悪魔の号令。
フィルは話を聞いただけで鳥肌が立ってくる。
「戦争が怖いか?」
「ええ、とても」
「そうか。若い奴は皆戦場の行くことを栄光への道のように語る。だが、あそこは修羅じゃ」
「ダンケルおじいちゃんも、あるんだよね?
その、戦場に...」
「ああ。大分昔にな。わしは世に蔓延る屑達は切り捨ててきた。そんなわしでも戦争だけは好きになれんかったのう」
「そうなんだ、僕も絶対に行きたくないかな」
フィル達が話し終わる頃には貨幣交換と材料を購入したエラが帰ってきた。
「お待たせ」
受け取ったお金をダンケルに預ける。
「行きましょうか」
******************
薬師協会を出ると太陽が真上に昇り、燦々と照り付けていた。エラは昼食をとる事を提案して、先程通った大通り沿いの飲食点に向かう。
フィルは途中で大通りに古びた古本屋を見つける。あまりの目立たなさに行きは見逃していたのだ。
ーーーこの世界は本屋があるくらいには書物が普及しているんだな。
母さんが俺が本屋に注目している事に気付く。
「フィル本屋が気になるの?」
「はい 少しだけ」
「本当に本が好きね。いいわ、少しだけ覗いてみましょうか」
店のドアを開けると鈴の音が店内に響く。店内には白髪で目付きが悪い店主らしき老人が出てきた。
「......。いらっしゃい」
店内には書物は少なく、数えてみると32冊しかない。やはり、あまり出回るものではないのだろう。
少し書物を眺めていると、豪華な装飾がされている本が目に留まる。
・『クレモベルト王国式魔術教本』
著 クレモベルト王国宮廷魔術師 ルーベルト・アルトラス
値札を見てみると、金貨3枚と記されていた。
ーー高すぎる。
フィルはこの世界の金銭感覚や相場は住む地域によって劇変すると考えていた。
この街の大通りの商店では林檎1個が銅貨7枚で販売されているが、以前村に来た行商人は林檎1個を銅貨1枚で売り捌いている。
多少質に差があるのだろうが、7倍の値段になる程に味に差はない。
金銭感覚も地域によってバラバラだ。
エラから聞いた話からの推測すると、貨幣をあまり使用せず自給自足生活をする村民達は年間の支出金額はおそらく銀貨1枚にも満たない。
逆にラヴディ伯爵領のような都会だと銀貨10枚は1ヶ月で消え去る。
また、そもそも村だと算術ができる人が少ないらしい。ロベルも算術に手こずっていた。そのため、村人達は少ない貨幣での取引しかできないのだ。
こう考えると共働き家庭で、8ヶ月の副業で銀貨47枚を稼ぐエラがいる我が家を村の中ではかなり裕福なのだが、おそらく我が家は目立たないように質素に生活をしている。
ーーー村民に妬まられたら面倒だしね。
他にもいくつか気になる題目を見つけた。
・『S級冒険者 黒土のヨルムの五大陸冒険記』 著 ウェルベール・ロマーノ
銀貨11枚
ーーこれも高いなあ。
・『アルフレッドの帝国風俗街旅行記』 著 アルフレッド・ポルノ
銀貨42枚
ーーーな、な、な、なんだこれは?しかも、高値!
おっと。母さんの視線がある。
ちょっと気になるが、この本にガン見している6歳児はヤバいな。忘れよう。
結局、フィルはいくつか書物を眺めてみたが『S級冒険者 黒土のヨルムの五大陸冒険記』が気になっていた。
フィルは店主から許可を貰い、目次を見る限りだと旅をして得た世界中の情報が記されてそうだった。
フィルはエラ達に無理を言うのは良くないと考え、いつか自分で稼いで買いに行こうと誓う。
「フィル、これが気になるの?」
「...。うん。けど、高いね」
フィル苦笑いして誤魔化すが、
「いいわ、これをあなたに買うわ。
その代わり、明日から家の事をお願いね。
お母さん、明日からちょっと薬作り頑張らないといけないからね」
母さんは優しく、フィルの親譲りの薄暗い金髪を撫でながら微笑む。
「いいの?、とても悪い気がするんだけど」
「いいのよ、今までフィルに何か物をあげた事なんてなかったもの。母さんも稼いだし」
「...。本当にありがとうございます!」
「ほら、買ってきなさい。外で待っているわ」
こうして本を手に取り、銀貨11枚を渡して購入の意思を店主に伝えると
「坊主。文字が読めるのか?」
「はい」
「本が好きなのか?」
「はい。好きです」
「そうか。」
老人店主は少し考え込むと値札を書き直し、4枚の銀貨を返された。
「こいつは銀貨7枚だ」
「ええ!? いいんですか⁇」
「ああ。」
「ありがとうございます。で、でも、どうしてですか?急に値下げなんて...」
「どうでもいいだろう。さっさとこの本持って帰りな。家族を待たせんな」
「どうもありがとうございます!」
何故か鋭い眼光を向けられ、精一杯の感謝をして母達の場所に戻り、銀貨4枚を返した。
驚いたエラに値引きの件を伝えると、「自分で稼げるようになったら、またあの店で本を買いなさい」と言われた。
フィルはあの値引きは癖の強い店主の優しさのように感じた。
2度も予想外の幸運により幸せがフィルの顔から溢れ出る。街から鐘が鳴り響き、大通り沿いの飲食店に着いた頃には空腹なのだが、フィルは満腹感を感じた。
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