第14話 剣道大会に呼ばれる

俺は高校の頃の知人、鈴村慎吾すずむらしんごに招待され、全日本高校剣道大会の会場に来ていた。

今までは地方の会場で試合が行われていたが、今年が武道館で行われることになり、それならばと鈴村が誘ってくれたのだ。

会場前で手続きを終えると、鈴村は俺に気づき、声をかけてくる。


「土方! 久しぶりだな」


鈴村は今、埼玉県の高校の教師をしていて、今日も全国の高校剣道大会の出場選手の顧問として引率してきたらしい。

俺も鈴村に近づいて挨拶をする。


「おう。鈴村も相変わらず元気そうだな」

「当たり前だ。高校教師がへばっていてどうする。昨日で団体戦は終わった。今日は個人戦の女子の決勝戦だ。今から準決勝が始まる。残念ながら、俺のチームは県大会三回戦で負けてしまったが、個人戦ではそこそこの成績を残せたぞ」


鈴村はそう誇らしげに語っていた。


俺と鈴村は同じ高校の剣道部だった。

鈴村は部長で、昔からよく俺たちの事もまとめ上げてくれていた。

俺なんて腕ばかりで、全体を統制にするのは苦手だったから、試合以外の事は全部鈴村任せだった。

そもそも俺の実家は剣道の道場で祖父が指南を務めていた。

両親が離婚してからは、ずっと母型の実家の祖父の家に預けられていたから、剣道をすることは当たり前で、祖父にはみっちり扱かれている。

おかげで腕は上がったが、剣道の事はさほど好きになれなくて、高校の剣道部を引退した後、指南である祖父と喧嘩をしてからは完全に辞めてしまった。

しかし、それでも鈴村だけはこうして大会に参加する度、誘ってくれる。

俺はもうあれから竹刀すら握っていないというのに、鈴村も諦めの悪い男だと思う。

そして、誘われるたび断ることができず、こうして見に来てしまう俺も俺だ。


「今年も女子は櫻蘭女子高校が強いな。去年も1年で準決勝まで進出している。優勝候補は熊本の3年って言われているけど、互いの実力を見る限りはわからんな」


鈴村は準決勝の試合の準備を客席で見ながら語っていた。

俺も今年の熊本代表の3年の事は知っていた。

たしか、新聞にも何回か取り上げられている生徒だ。

あれならプロ確定だろうと思っていた。

しかし、その櫻蘭高校の女子というのは知らない。

櫻蘭高校といえば、確か市子たちの通う高校だったとは思うが……。


「そういえば、お前のとこの3年も強い子いたよな? 確か女子生徒で」


俺が鈴村に話しかけると、残念そうな顔で頷いた。


「ああ、大宮な。あいつも強かったけどなぁ、三回戦にその櫻蘭高校の女子と当たってな、ボロ負けだった。ほんと、運が悪かったよ」


そんなにその櫻蘭高校の女子は強いのかと驚いた。

鈴村のとこのその大宮という女子学生も相当な実力者だったと記憶している。


「大会の前にお前に指導してもらえば良かったかなぁ」


鈴村は徐にそう語る。

俺は大きく首を横に振った。


「何言ってんだよ。俺はもう20年以上、剣道には関わってないんだぜ。今更、現役の生徒に教えられることなんて何もねぇよ」

「それが勿体ないんだよなぁ。お前、当時は向かう所敵なしって言われてたじゃねぇか。さすが道場の跡取りだと思ったよ」


道場の跡取りね。

中学まではそのつもりでいた。

けど、今時剣道道場だけで生計を立てていけるはずもなく、高校に入ってからは祖父と意見の食い違いで不仲になってからはそんなこと考えることもなくなった。

高校で剣道を続けていたのも、みんなの期待と義務感からだ。

道場自体はあのままなくなって当然だと思う。


「お前たちが思っているほど、俺は強くなかったよ。それに今は、剣道どころか何のスポーツも運動もしてないから、筋力も落ちたし、体もかなり鈍っているしな」


俺はそう言って情けなく笑った。

今でも高校教師をしながら、剣道と真剣に向き合える鈴村が俺には眩しかった。

なんだか、俺なんかよりまっすぐ生きている感じだ。

当然、素敵な奥さんと可愛らしい娘さんと一緒に仲睦まじく生活している。

俺とは全く正反対だ。


「お、櫻蘭の女子出てきたぞ」


鈴村にそう言われて、俺はその選手に注目した。

名前の欄に小野と記載してあった。

どこかで聞いたことがある名前だ。

今、まさに試合が始まろうとしていて、相手側は宮城の選手だった。

宮城の選手も十分強そうだ。

櫻蘭の女子よりも体格もいいし、迫力もある。

試合の合図とともに試合が開始される。

最初はお互いににらみ合いだ。

最初に仕掛けてきたのは宮城の選手だった。

力任せの攻撃だ。

しかし、桜蘭の選手には通用しないようだった。

何度か竹刀を交わした後、隙をついて櫻蘭の女子が胴を一本取った。

取られた宮城の選手も唖然としている。

見事な技だった。

動きに無駄がなく、繊細な身のこなし。

足さばきも完璧だ。

剣道の試合は三本勝負。

後、一本櫻蘭の選手がとれば、櫻蘭の勝利になる。

しかし、相手側の選手も必至だ。

彼女は3年なのだから、この試合に負ければ高校時代の試合が終わってしまう。

必至なのは当然だろう。

しかも、相手が2年なら何が何でも、勝ち進みたいところだ。

しかし、桜蘭女子はそう優しくはなかった。

先ほどよりは時間がかかったが、最後は見事に面を入れて、試合終了となった。

俺もつい感嘆の声を上げてしまった。


「あの、桜蘭の2年すごいな。宮城の選手だって十分強かったぞ」

「だろう? しかし、相性が悪かったよなぁ。宮城の選手は自分の体を活かした力押しが得意だったから、小回りが利く櫻蘭の選手みたいのには対応しきれないんだよ」


試合は終了し、お互いに礼をすると後ろに戻り、面を外していた。

思ったよりも櫻蘭の女子は小柄なようだった。

顔が小さく、あの試合からは想像つかないような人形のような顔立ちだ。

少女が何かに気が付いたのか、客席の俺と目が合う。

俺もその顔を見て、やっと気が付いた。

こいつは小野市子。

俺を痴漢呼ばわりした生意気女子高生、小野市子だった。

俺は気まずそうな顔をする。

向こうの方も驚いているのか、目を真ん丸にして俺を睨んでいた。

そんな俺に気が付いたのか、鈴村が俺に話しかけてきた。


「なに? お前、あの子と知り合いなの?」

「ま、まぁな」


すごく答えづらかったが、ひとまず頷いた。

市子は露骨に俺から顔を背けて、チームメイトがいる方へ向かった。

極道の娘が剣道。

まあ、ありそうな話だがここまで強いとは思わなかった。

あの、見事な身のこなし。

目を見張るところがある。

そして、次には決勝戦が控えている。

話題の熊本代表の女子生徒との試合だ。

その試合の行方が俺も気になっていた。

市子からすれば、俺に見られることは気に入らないことかもしれないが、俺もこの試合の結果を見届けないと気になって仕方なくなりそうだ。

剣道から退いて、もう興味なんてなくなったと思っていたが、意外なところでまた関わることになってしまった。

市子とももうあのまま会うことはないだろうと思っていたのに、天界の定めた運命の力とは凄まじいものだ。


「どうする? 見ていくか?」


鈴村は俺にそう聞いてきた。

俺は頷く。

そうかと鈴村も俺に付き合ってくれた。

そして、次、ついに決勝戦が始まる。

試合相手の熊本の選手も十分に強そうだった。

体格こそ先ほどの宮城の選手ほどではなかったが、市子よりは大きい。

それに俺が知っているほどの強者の選手だ。

市子はこの相手とどう戦うのだろうと内心興奮していたと思う。

お互いに顔を合わせ、礼をする。

そして、竹刀を構えると試合開始の合図が聞こえる。

にらみ合いから、相手側からの威嚇の大声が上がった。

宮城の選手とは違い甲高い声だったが、力強い声だ。

熊本の選手もやる気は万全といったところだろう。

俺は市子がここからどう出るのか気になっていた。

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