第13話 女神の上司が謝罪と説明に来る
あれから市子たちに会うことはなかった。
日常に戻っていた俺は、休日や仕事帰りに何度か大村さんとデートを重ねていた。
彼女には幼い息子がいるので夜遅くまで一緒にいることはできないが、健全な関係をお互いに築けていると実感していた。
そんな日々を過ごし、天命の事などすっかり忘れたころにまたあの夢を見た。
俺は相変わらず寝た状態で体が浮いていた。
この状況もすっかり慣れてしまい、驚くこともなくなっていた。
俺は何もない天井を見つめながら、一息ついて、いつものようにあの女神様を探しに行こうかとした時、自分の足元に正座をして俺が目覚めるのを待っていた人物がいた。
1人はおなじみの女神様。
そして、もう1人は見たこともないようなバーコード頭のサラリーマン風の男だった。
丁寧にもスーツを着て、きっちりネクタイも締めている。
その少ない髪はポマードで綺麗に纏められ、眼鏡には曇り一つなく磨かれている。
真面目の象徴とも言えそうなおっさんだ。
「土方敏郎様ですね?」
彼はそう言って眼鏡を光らせ、立ち上がった。
俺がわけのわからないまま返事をすると男は名刺を俺に差し出してきた。
彼の隣には正座の慣れていない女神様が痛そうに足をプルプルと震わせている。
顔なんてもう真っ青だ。
少しだけ、ざまあみろとは思う。
俺は名刺を見て目を疑った。
そこには『
ヤマトタケルノミコトって確か日本神話の英雄じゃなかったっけ?
まさかその英雄が、こんなバーコード頭のサラリーマンだとは誰も思わないだろう。
同姓同名である可能性はあるが、女神様が神様というなら、彼も神様なのだろう。
サラリーマンだって英雄になれるということだろうか。
「ええ、お察しの通り、私が神話で語られている男に間違えありません。この姿はいわば、現代に合わせた姿といいますか、あの頃の衣装では少々仕事がしづらいので適応した服装に変えているだけですよ」
心を読まれているのかと一瞬驚いた。
しかし、こういう反応も珍しくはないのだろう。
服装の件は理解できたが、基本中身は変わってないってことでいいのだろうか。
イメージがかなり違うのは俺だけか?
まずはと、ヤマトさんはもう一度正座して、女神の頭を押さえながら俺の前で土下座した。
神様に土下座されるなんて、一般市民の中では俺ぐらいだろう。
けど、なんだかされる方もなかなか恥ずかしい。
「申し訳ありません」
明らかに部下の不手際で上司が謝っている姿だ。
これはどこの世界でも同じなのだなと思った。
「や、やめてくださいよ。もういいですから、顔を上げてください」
俺はそう言って、2人に合わせて正座をして対面した。
俺は正座が慣れているからいいけど、女神様は既に言葉が出ないほど辛そうである。
「うちのものがちゃんとした説明を土方様にしていなかったようで大変ご迷惑をおかけしました。なんせ、この娘は仕事をサボる癖がありまして、資料もまともに目を通さずに表面上の話ばかりするものですから、土方様には理解できないまま、神託を下してしまいました」
ならと俺は顔を上げてヤマトさんの顔を見る。
これはチャンスなのではないだろうか。
市子への告白は誤りで、本当に俺が結ばれたいと思っているのは大村早苗さん。
このヤマトさんなら女神様と違って話が通じそうだし、それが一番平和的な解決だと思った。
しかし、仕事をサボる癖って、やっぱりあの時のポテチタイムはサボりだったのかと改めて納得した。
「では、私の方からもお願いしたいことがあります。今回、天界では俺の運命の相手が小野市子という女子高生ということになっているのですが、あれは認識の間違えで、私が告白しようとした相手は同じ会社の同僚の大村早苗さんなんです。ですから今からでもその運命の相手を大村さんに変えてはいただけませんか? このままでは誰も喜ばない結果にしかならないと思うんですよ」
俺が言っていることはおかしくなんてない。
1人の常識ある大人として当然の主張だ。
中年の俺が女子高生と結ばれるより、年相応の大村さんと結ばれた方がいい。
その方が将君のためにもなるのだし、本物の神様ならわかってくれる。
そう思っていた。
しかし、彼は渋い顔をするだけで、首を縦には振らなかった。
「大変申し訳ありませんが、それに関しては承諾致しかねます。なぜ、今回、小野市子様が選出されたのかは、守秘義務がございますのでお話しすることはできませんが、大村早苗様の名前は現段階では上がってきておりません。ですので、いくら土方様のお願いと雖も、こればかりは叶えることはできません」
彼は申し訳ないと頭を下げた。
神様に頭を下げられるなど恐れ多いことだが、とにかく運命の相手はもう市子と決まっているらしい。
今更変えてくれと言っても通用しないようだ。
「なら、教えてください。世界の危機って何なんですか? 俺が小野市子と結ばれなかったら、何が起きるっていうんですか?」
俺が更に質問すると、ヤマトさんも更に険しい顔になった。
「それも詳しくは話せないのです。今、生存している人物に未来の話を詳しく伝えることができない。そう規則で決まっています。ただ、世界の崩壊というのは間違えありません。この危機にはあなたが深く関わっていて、もし市子様との関係をここで終わらせた場合、少なからず未来ある若者たちにも影響するでしょう。多くの人の命を失うことも覚悟をしておいた方がいいです。それぐらいしか、私共には伝える素手がございません」
本当にお役所仕事のようだった。
規則に縛られて、女神様の時と同じぐらい状況がつかめない。
これではやっと話が通じそうな相手が現れたと思ったのに状況は変わらないではないか。
「だからと言って全ての責任を土方様に負わせるわけにもいきません。もし、あなたがそれでも、その大村様を愛し、つがいとなされたいのならそうなさってください。危機からは免れることはできませんが、それで世界が消滅するわけではない。その崩壊された世界の中でもあなた方人間には幸せを築くだけの力を持っています」
彼はそういって目を閉じた。
ものすごく神様らしいこと言っているけど、単なるプレッシャーしか与えてないから。
俺が市子を見捨てると、少なからず不幸になる人間がいる。
下手したら、死ぬ人間もいる。
それは未来ある若者も然りだ。
そう言われて、いやいや、俺は好きな人が他にいるのでと言って無視できるかよ。
俺は鬼畜か?
畜生以下か?
人の命に関わるって言われているのに勝手な事ができるはずはない。
私腹を肥やしてきたおやじどもだけが死ぬなら、それはそれでいい。
けど、晴香たちのような夢を持つ若者の命が失うのは我慢できない。
おっさんとして若者たちに出来ることがあるならすべきだと思う。
けれど、それにはそれなりの問題があるのだ。
「確かに未成年であっても16歳以上である彼女との交際は可能です。しかし、それを世間が許すかどうかは別問題です。当然、保護者の同意も必要ですし、25歳も離れた相手と結婚するとなればリスクも高い。ましてや、その責任も持てずに交際するのは不誠実と言ってよいのではないでしょうか? 真剣交際だから認められることであって、運命とやらの為に関係を結ぶのは良いことだとは思いません!」
俺は言ってやったという顔で臨む。
しかし、そんなことは天界では、運命の中では関係ないのだ。
「人の幸、不幸を判断するのは他人ではありません。当然、恋愛成就とはお互いの総意があっての事。一方的に気持ちを寄せても意味がありません。未成年との交際について世間がどのように考えているかは我々には関与するところではありません。土方様が大変真面目で誠実な方だということはよくわかりました。ですので、その中であなたにできることをしていただきたい。我々にできることはあくまで、神託を下すことだけなのです」
ヤマトさんはそういって、俺の前から少しずつ薄らいで消えていった。
隣にいた女神様は最後まで恨めしそうな顔で俺を見ていた。
俺は必至でヤマトさんを呼び止めようとしたが、それは叶わなかった。
目が覚めると落書きの代わりに、ヤマトさんの名刺が残されていた。
よく見てみると金色に光っているやけに派手な名刺だ。
いろいろ語られたけど、結局俺に丸投げってことは変わらないのね。
俺は天井に向かって大きくため息をついた。
なんだよ、規則って!
お前らは役人か!!
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