第12話 無茶ぶりのいい訳をする

俺はひとまず大村さんを入り口の前まで引っ張ってきて、市子たちとの距離をとった。

そして、彼らには聞こえないように耳元でささやく。


「うちの姉の娘です。会社訪問のレポートを出すことになって、友達と一緒に俺の社会を見学できないか交渉しに来たみたいなんですが、俺は営業担当だし、今断っていたところなんですよ。こんなところ誰にも知られたくないんで、皆には黙っていてくださいませんか?」


大村さんはそうだったんですねとすぐ納得してくれた。

俺に姪っ子がいるのも事実だし、こんな大きな子ではないが別にいたところでおかしくはないだろう。

説明したところで、大村さんをオフィスの中にはいるように促した。

これ以上、市子たちの会話を聞かれるわけにいかない。

大村さんも納得したものの、後ろにいた小林には違和感がしたようだ。

当然だ。

今の話なら、市子が姪っ子、里奈がその友達。

しかし、小林はどう見たって学生には見えないし、それにしたって柄が悪すぎる。

大村さんは小林を指さして聞いて来た。


「あの方も学生さん?」


アレを見てそうですなど誰が答えられようか。

俺はぐっと息をのんで答えた。


「引率の先生です!!」


無理があることは知っていた。

あんな柄の悪い教師がいたら、すぐに保護者からクレームが来る。

しかし、今はそれしか思いつかなかった。


「最近の先生って自由なんですねぇ」

「私立ですから……」


なわけないだろうと心で叫びながら、ここは納得してもらうしかない。

大村さんも世間は知らないとがたくさんありますと笑ってオフィスに戻ってくれた。

これで彼女の事は解決した。

絶対、説明に無理があったけど大村さんの天然っぷりなら大丈夫だろう。

俺は息を整えて今度は市子たちの方へ近づく。

市子は相変わらず不愉快そうな顔をしている。

そんな顔をされて、俺にどうしろっていうんだ。


「とにかく今日は帰ってくれないか? お前がどんな立場であろうが、ここはお前たち女子高生が無暗に立ち入ることが出来る場所じゃないんだ。訪問するにも事前にアポが必要だし、それ相応の理由もいる。取引の件は大人の案件だ。俺は仕事の話をお前たち、学生に話す気はないよ」


俺はそう言って、市子たちをひとまずビルから出るように促した。

市子たちの事はいい。

どうせ、立場を利用して遊び半分の訪問だろう。

しかし、小林は違う。

俺は小林と何かしら仕事の取引をしたことになる。

当然、何をしたのか小林自身覚えていないはずだ。

覚えてないというか、今日初対面なのだから身に覚えがないはずだ。

市子たちをひとまずビル内から追い出し、小林にだけ話しかけた。

小林も相変わらず俺にがんを飛ばしてきている。

変な事を言えば、すぐに殴られそうだ。


「小林さん、すいません。仕事の話をしたと言っても、世間話みたいなもので、俺もあの時何を話していたのかあまり覚えていないんです。書面でのやり取りも当然なかったのですから、この取引は一度白紙にもどしていただけませんでしょうか?」


俺は深々と頭を下げた。

こんなことでヤクザとの取引がなかったことにはならないとは思ったが、今はこう言うしかない。

そもそも、取引するものがないのだから。

すると、小林の顔が少し緩んで、笑顔になる。

なんだかほっとした顔だ。


「やぁ、そっちの方が俺も助かるわぁ。正直、何を話したのか、俺もすっかり忘れちまってよぉ。酒入るとさぁ、その日の事、ほとんど忘れるんだわ、俺。俺みたいなぺいぺいが組の商談を勝手に進めたってバレただけでヤバかったからよぉ、内心冷や冷やしてたぜ」


つまり、小林が俺の事を覚えていないのは酒のせいだと思っているらしい。

酒の勢いで俺と意気投合して、知らない間に取引をしたのだと。

今の彼にそんな権限はなかったようだ。

後から市子から事情を聞かされて、これはどうにか破談させなければと思っていたみたいだった。

そりゃそうだ。

小林が組員だとしても、サラリーマンとそこは同じ。

大事な会社間との商談を上司の許可もなく進めることなんて出来ない。

それ相応の手続きが必要だし、時間も必要だ。

俺らは飲み屋で知り合った。

小林は泥酔して覚えていなく、俺も酒の勢いで話を進めてしまった。

だからここは一度ここで打ち切って、白紙に戻す。

それでお互い納得したようだった。

まあ、市子の方は納得してくれないだろうけど。


「しっかしまぁ、その後、俺がお嬢の話をしたっていう話はどうしても納得いかなくてですね。本当に俺、あんたにお嬢の話しました?」


そこはそうなるよなと思った。

いくら酒に酔っていたからと言って、何の関連もない人間に大事な組長の親族の話をぺらぺら話すことはありえない。

しかもフルネームとか、教えたとしたら小林もただでは済まされないだろう。


「実は俺が彼女の生徒手帳を拾って、中身を見たんです。でも、そんなことバレたら、彼女に痴漢扱いされると思って、つい小林さんの名前を。彼女の名前と年齢、それに彼女の話の内容から、なんとなく小林さんの知り合いかなっと思いまして、お名前を拝借してしまったんです。本当にすいませんでした」


俺はそう言って再び頭を下げた。

そんなの市子と話をすればすぐ嘘だとばれることだ。

いくら名前や学校を知ったところで、それが組長の孫だとわかるわけがない。

ヤクザの家の娘だと知ったのも今さっきの話だし、何もかもが辻褄の合わないいい訳で、恐らく普通の人間が聞けばすぐ嘘だとバレる。

当然、市子の生徒手帳を勝手に見た時点で咎めてくる輩もいるだろう。

しかし、目の前の男はどう考えても下っ端ヤクザの上、頭が悪そうだ。

酔った勢いで商談したなんて話を信じるほどのアホである。

まあ、過去に近い事があったとしても、そんな問題児に機転が回るとは思わない。

生徒手帳を拾った事も小林自ら市子に言うことはないだろう。

とにかくこのことは全てなかったことにする。

それが小林の一番の目的なのだから。

小林は納得したのか、市子の方へ戻って、商談は一度白紙に戻ったことを告げた。

この件は自分から事務局長に話をするから、市子には黙っていて欲しいと頼んでいた。

市子だってわかっている。

酒の勢いで勝手に商談を持ち掛け、取引したことがバレたら、小林が危ない立場になるということを。

それに市子の中でも小林のことならやりかねないと思っていたようだ。

そして、市子の個人情報の事も小林の方から謝ったようだ。

俺は信用が出来るし、こっち側とは全く関係のない人間だから無暗に拡散することはないと説明していた。

それは俺の方からも小林と約束をした。

俺はネット等、どこかに市子の個人情報を流す気はない。

一応、仕事のやり取りがあった人間だしな。

納得いかない部分もあるんだろう。

一度俺を睨みつけて、市子は帰っていった。

それを里奈が慌てて追いかける。


ひとまずこれで一件落着。

本当に小林という男が頭の悪い男で良かった。

しかし、あんなのでよくヤクザなんてやれるなと思った。

とにかく俺もあの3人との関りを絶たなければ、反社との付き合いを疑われて会社を解雇になってもおかしくない。

だからもう、あの3人、市子とも会うこともないだろう。

女神様にはなんてなんて言えばいいのかわからなかったが、残念ながら俺の力では世界の崩壊を免れることは出来なかったようだ。

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