後半戦

 面白い、だって?

 幹彦はびっしょりと手汗をかいていた。

 油断したら即死する緊張感。動画配信者に呼ばれたときも、こんな気分は味わえなかった。なんでも簡単にできた彼にとって、こんな気持ちは、人生ではじめてかもしれない。

 その緊張感が、心の隅で高揚感にかわっていることに、幹彦は気が付いていた。

「――ふ」

 認めよう。確かに少しは面白い。


 修斗のキャラクタがリスポーンし、再び二人は対面をした。

 

「だけどな――――」

 幹彦は余裕ある足取りで修斗へと近づいていく。

「お前、対人経験ほとんどないだろ。いくらセンスがあっても、対人戦を経験してない馬鹿に、俺は負けんよ」


 幹彦はに攻防を繰り返し、に修斗のダメージを蓄積させ、に吹っ飛ばした。

 それは単純な読み合い、押し引きの差だった。

 修斗も必死に食らいついたが、肝心のところで読みを外され、逆に自分の呼吸の乱れは一回たりとも見逃されなかった。

「くそっ!」

「お前は馬鹿の中ではかなりマシなほうだが――――経験っていう誰でも得られる一番手軽なアドバンテージを持っていないお前は、やっぱり馬鹿だ」

 修斗は残機がひとつとなった。あと一回吹っ飛ばされたら修斗の敗北となる。


「さっきと同じように、俺は普通にやって普通に勝つ」

 幹彦はそうはっきりと宣言し、再度二人は対面をした。

 間合いが詰まり、攻撃の読み合いが生じ――――しかし、先ほどと同じ結果にはならなかった。

 修斗が幹彦の攻撃を読み始めた。

「……ない」

「あ?」

「負けたく、ない!」

 修斗は天才中の天才だった。スタブラの潜在能力に関していえば、幹彦をも凌ぐ。

「もうミッキーさんの攻撃は読み切った!」

「しゃらくせえ、馬鹿が!」

 幹彦は攻撃のペースを上げる。しかし修斗はそれにばっちりとついてくる。

「せっかく面白くなってきたんだ。こんなところで――終わってたまるか!」

「気持ちだけで勝てるんならこの世に勝敗なんかねえんだよ」

 修斗の類まれなる潜在能力を、幹彦は莫大な経験値で押さえつける。両者の力は互角だった。


 だから幹彦は策を打った。

 ジャンプ攻撃を繰り返し、修斗に後出しのスティック入力を強いる。今まで見たことのない攻撃に修斗は後手に回った。

 何度目かの攻撃をやり過ごした瞬間、幹彦は行動キャンセルを駆使し、急な地上戦を仕掛けた。

 修斗は瞬間的にそれを回避しようとし――

「――――!?」

 コントローラが入力を受け付けなかった。


 幹彦が行ったのは、偶然に偶然が掛け合わさったタイミングのみで生じる、の一種である。

 10/60秒間隔でのスティックによる反転入力を繰り返したあと、急な上下入力を入れると、ほんの一瞬、

 幹彦は自身の動きを回避させることでこの状況を作り出し、修斗を硬直させたのだ。

「終わりだ」

「――――スティックの入力が効かなくても問題ないね!」

 瞬間的にスティックの入力が効かなくなったと判断した修斗は、片手だけでクラスメイトと戦った時のことを思い出していた。

「おれは、からさァ!」

 数少ない対人経験が、修斗に選択肢を与えた。

 右手入力により半歩位置をずらしたことで、幹彦の攻撃が空を切る。


 


 その硬直を見逃さず、修斗は幹彦のキャラクタを吹っ飛ばす。


「馬鹿が」

「もうおれのことを馬鹿って呼べるのもこれが最後だよ。呼び納めの準備はできましたか」

「お前こそ最後のスタブラだ。精いっぱい楽しめよ!」


 最後の対面。

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