前半戦

 幹彦がゆっくりとコントローラを握り直したときには


 目の前に修斗が来ていた。

 慌てて真逆の方向にバックステップをしようとスティックを倒した幹彦だったが、それも修斗の読み通り。

 修斗のキャラはなめらかな動きで幹彦を飛び越える。

 修斗が飛び越えたことで、幹彦のバックステップは、真逆ではなく向かっていく動きとなる。


 ――カウンター判定。


 修斗は流れるような動作で自分自身にカウンター判定を付与させ、幹彦のステップに合わせて攻撃を叩き込む。

 それは幹彦が動画で魅せた、であった。


 幹彦は呆気なく画面外に吹き飛んだ自キャラを驚いた顔で見たあと、修斗の方を見た。

 修斗はニヤリと笑う。

「本気で来てください」

「侮っていたよ。思っていたよりやるじゃないか、馬鹿が!」


 幹彦の残機は残りふたつ。リードを取った修斗はそれでも油断することなく画面に集中している。

 彼らのようなワールドクラスのプレイヤーにとって、一瞬の隙が命取りになる。

 警戒している相手に開幕キルを度食らわせることは難しいが、少しの隙があれば即死コンボを決めることのできる実力者同士である。


 見つめ合い、双方の間合いに入りかけた瞬間――――動いたのは修斗だった。

 一気に間合いを詰める大ダッシュ!

 幹彦の虚を付き数発分のダメージを入れてやる。そう思い攻撃の準備に移ろうとしたが。

「甘い、馬鹿が」

 その大ダッシュに合わせて幹彦は半歩バックステップを取った。


 ――――まずい! このままだと無防備に突っ込んでしまう。

 修斗は2/60秒でそれを判断し、即座に行動キャンセル。

 大ダッシュがキャンセルされた修斗のキャラクタは慣性に従って少しだけ進んだが、幹彦の攻撃エリアのやや手前で止まった。

 幹彦の攻撃が


 攻撃の空振りはスタブラで最もやってはいけない行為の一つだ。

 攻撃を空振ると硬直が生じる。その隙は致命傷となる。

 修斗は硬直している幹彦に向かって攻撃を繰り出した。

 当たる!

 ――――はずだった。


 くん、と幹彦のキャラクタが地面に沈む。


 それは幹彦のキャラクタが持つ固有モーション、

 攻撃モーションの直後に30/60秒の無敵シールドを張る、エンジョイ対戦ではほとんど使われない技だ。


 そして、CPU


「なんっ――――」

「大ダッシュキャンセル、馬鹿にしてはやるじゃん。まあそれも俺の掌の上だったわけだが」

 修斗は、同レベルでの対人戦の経験がない。動画の視聴もしないため、全てのキャラクタの全てのモーションを完璧に理解できているわけではなかった。

 無敵シールドが張られて、修斗の基本攻撃が弾かれる。攻撃を弾かれる行為は、空振る行為よりもやってはないけない。硬直がより長いからだ。


 それを逃す幹彦ではなかった。

 基本に忠実な動きを切れ目なく行うダメージコンボ。技の切れ目のタイミング、修斗が抜け出そうとする直前にワンテンポ置くことで脱出を阻止。

 ダメージ量が積み上がる。


 修斗は連撃を浴びながら、CPU戦の感覚だけでは駄目なことを痛感していた。

 対人ゲームはコンボの技術と同じくらい相手の呼吸を読む事が必要になる。

 ――――面白い。面白い!


 これ以上ダメージを受けたらまずい段階で、再び修斗に脱出のチャンスが巡ってきた。

 呼吸を読み、相手のコンボの隙を突く。

 ここだ! 修斗は見事幹彦のコンボからの脱出に成功した。

「抜けた!」

、馬鹿」

 しかし幹彦は、修斗が脱出するタイミングを読んでいたようで、安堵した修斗に追撃を食らわせた。

 修斗のキャラクタが吹っ飛ぶ。

 これで双方残機はふたつとなった。


「……面白い。面白い。人とゲームやるのって、こんなに面白いんだ! ねえ、ミッキーさん!」

 修斗はリスポーンまでの数秒間で幹彦に声をかける。

「面白くねえよ、馬鹿が」

「え? でも、ミッキーさん」

 彼はちらりと幹彦の方を見て言った。

「あなたも口角、あがってますよ」

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