第6話
朝のバスは学生で混み合います。
芸術学校の学生が登校するルートは主に二つあり、本島の東側に住んでいる私たちは国営のバスで、西側に住んでいる人たちや他の島からやってくる人たちは路面電車に乗ってやってきます。どちらかというとバス登校の学生の方が多いのですが、バスは電車よりも本数が少ないので、余計混み合うのです。
学校に到着して人の詰め込まれたバスから抜け出し、校門へと歩いていると、真後ろでおい、と話しかける声が聞こえたので、私は振り返りました。するとそこにいたのは、焼けた肌に真っ白に染めた長髪が印象的な、翡翠のピアスをつけた男子学生でした。彼は鋭い目つきで私を見下ろしています。
「あ、水樹くん」
「何回も呼んだんだぞ。いつまで無視する気かと思ったよ」
名前を呼んでくれないと、おい、じゃすぐには反応できないよ、と思いながらも、私はごめんなさい、と謝りました。
「どうしたんですか?」
「お前昨日、嶺とバレエ科の練習室で『解放』したそうだな」
「ああ、はい。バス停のあたりで出会ったんですけど、なんかついてきて。で、バレエ科の教室に行きたいっていうから、連れて行ったんですけど」
「噂になってるぞ、お前と嶺が、黒住のいない教室に二人きりでいて、しかも嶺が何やら一人でパ・ド・ドゥ踊ってたって。まあ、もちろん後で嶺にも言っておくが、お前も少しは人目を気にしてくれ。変な噂になると色々面倒だろう」
「そうだったんですか、見られてたなんて。気づきませんでした。すみません、気をつけます」
「全く。学校で堂々とそんなことやってりゃ見られることもあるって、普通は考えられるだろ。脳みそないんか、お前の頭には」
水樹くんは一学年上の先輩ですが、いささか横柄すぎる態度は少し気になります。反論したいけれど、なかなかできずに硬い視線だけ送っていると、彼の背後に美しくウェーブする栗色の髪の背が高い女性が近寄ってきました。
ヴァイオリンのケースを持っています。音楽科の人でしょう。知らない人を見つけるとついつい首や腕にアクセサリーを探してしまいます。しかし彼女はアクセサリーを一つも身につけていませんでした。
「水樹」
美人というのはなぜみんな声まで美しいのでしょう。彼女の声はその中でも特に美しい。ただ二文字の名前を呼ぶだけでここまで聞き惚れてしまう声は初めてかもしれません。
「午前の授業、一緒よね」
「ああ、そうだな」
「行きましょ。この方は?」
「いや、何でもない。突然ぶつかってきた」
なんて人でしょう。もうここまでくると強く睨みつけずにはいられません。栗色の髪の美女が不思議そうにこちらを見つめても、私は睨むのをやめませんでした。
しかしそんな私と最後に目を合わせることすらせず、水樹くんは音楽科の棟に向かって歩き始めました。美女も軽く私に会釈し、彼を追いかけていきました。
なんて人だろう。あんな人が仲間だなんて。私の曽祖父がわざわざあんな人を選んで、大切な役目を与えたなんて。
信じ難い話です。
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