第4話
私の生まれ育った春沢家は、代々日本画を描くことで生計を立ててきた画家一族でした。
本当かどうか、私にはわかりませんが、由瀨王国という国が誕生するのとほとんど同時期から、私の祖先は絵を描き始めたそうです。だから芸術家が由瀨という国の誇りであった時代は、それなりの名家として崇められていたようです。
父も日本画家になるための英才教育を受け、日本画を描いて生きてきました。誰もが認める才能もあり、名家の御曹司でもあった父は若い頃、未婚の女性たちの憧れの的でした。そんな父と結婚することになった母は、もちろん夢心地だったことでしょう。
しかし私が生まれて間もない頃、クーデターが起き、王政が廃止されました。由瀨王国と呼ばれていたこの国はただの由瀨になり、それまで由瀨を支えてきたはずの芸術活動は政府に贅沢かつ無駄なことであるとされ、それまでの遅れを取り戻そうと、近代的な技術の導入や情報化の促進が最優先とされました。
十年ほど、政府をはじめとする人々が尽力してきましたが、それでもやはり芸術を志す人々が多く近代的な環境を必要としない社会では、ほとんどの政策が徒労に終わりました。
そこで政府は更なる強硬手段に出ます。由瀨に数多く存在していた芸術学校を一つずつ工業学校へと変えていったのです。そして、芸術家たちへの弾圧を始めました。それに屈した多くの芸術家は、この国に新しい技術をもたらすための人材に転身しました。父もその一人です。
父は五年前に設立された通信技術を研究する機関で働き始めました。それは母が見つけてきた仕事でした。父が政府の激しい弾圧によって画家としての収入源をほとんど断絶されたことによって、私たち三人は苦しい生活を強いられていました。それに耐えきれなくなった母は、泣きながら父に訴えたのです。
「お願いだから誰にも非難されない、国が望む仕事をしてください。明日の暮らしを心配しなくて済む仕事をしてください」
父に選択肢はありませんでした。
既にほとんどの芸術家が芸術を諦め、国の薦める仕事を引き受け始めていました。父は、長い間孤独に戦ったのです。それでもやはり敵わないほど、新政権の力は強大なのです。
そして三年前、由瀨には陽の光が届かなくなりました。
それと時を同じくして、由瀨に数えきれないほどの幽霊が出没するようになりました。
幽霊たちは集結し、宙を漂い、灰色の雲のようになって移動します。そのせいで由瀨はこんなに暗い国になってしまったと、政府は怒り狂いました。そして、その幽霊たちはみんな芸術家の幽霊ばかりなのだと真面目な顔をして言い張るようになったのです。国民たちも政治家たちに釣られてそう思い込むようになりました。
自分の活動を遮断され、国に恨みを持つ人々が、幽霊となって国を滅ぼそうとしているのだ。
そんな偏った考えが、国中を支配しました。でも、国の人々の多くは幽霊の姿をはっきりと見ることもできなければ、当然会話をすることだってできません。一体どうして、幽霊が全て芸術家だったと言い切ることができるのか、不思議でなりません。
ですが、そう思ったところで、私にできることなど何もないのです。人々の意識を変えさせるほどの影響力など持っているはずがありません。
できるのは、母に反抗することだけでした。
私は母の強い反対を押し切って芸術学校への進学を決めました。芸術家への政府の仕打ちを身をもって知った母は、私に父と同じ道を歩ませたくなかったのです。
母の心配はもちろんわかります。芸術学校の学生となった後どんな困難が待ち受けているか、不安に襲われたのも事実です。でも、それでも高校卒業後の進路として私の頭に浮かぶものは、芸術学校への進学しかありませんでした。
母と私は夜ごと言い争いを繰り広げました。どちらも一歩も引かないので、争いは終わることがなく、家の空気は最悪でした。最後は結局父が出てきて、母と二人で話し合いをしてくれ、その結果私が望み通りの進路に進むことができたのですが、二人の間にどのような会話が交わされたのかは、私にはわかりません。
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