第20話「愛する人」

「ねぇ、じいちゃん」

「なんじゃ?」


 もうすっかり辺りは暗くなっていた。


 僕はじいちゃん、そしてほかの関係者の人たちともうすぐ打上げる花火の準備をしていた。


「もしも…もしも僕が………」


 そこまで言いかけた言葉も結局最後までは出てこなかった。


「ごめん、やっぱり何でもないよ」


 そうしていつも僕の中で渦巻く言葉は結局今日も出てこなかった。


 そんな自分に腹が立って、情けなくて、僕は視界が少しだけ滲む。


 でもこの暗さのおかげか誰も気づかない。


「裕涼、花火ってなんであるか分かるかい?」


 隣で作業の手を緩めずにじいちゃんが尋ねてくる。


「………人を、楽しませるため?」


 いまいちピンとくる答えが思い浮かばずそんな安直な言葉を口にしてしまった。


 すると静かにじいちゃんは首を振った。


「最初はな、死者を弔うためにやっていたんだよ」


 そこで一呼吸置いてでもな、と言って続ける。


「それだけが花火がある意味じゃないと思うんだ」


 僕は一旦作業の手を止めてじいちゃんの言葉を待っていた。


「本気で思いを込めた花火玉ってのは誰かの心を大きく動かしてしまう。そのくらい、花火というのは大きい意味を持っているんじゃ」


 じいちゃんはわかったか?と言ってニヤリと笑って見せた。


 その言葉に僕は頷いてまた作業を進める。


 するとポケットに入れていたスマホから着信音が鳴った。


「ごめん、じいちゃん電話出てくる」

「あぁ」


 僕はじいちゃんに一言断りを入れてからその場から少し離れる。


 その相手は志乃だった。


 志乃とは天音との関係がバレてしまった日に連絡先だけは交換していた。


 でも今このタイミングで志乃から電話が来るとは思っていなかった。


『もしもし…?』

『更科くん!天音!どこにいるか知らない!?』


 電話に出ると電話口の向こうで何やら焦っているような声が聞こえた。


 その声、内容に悪寒が走る。


『分からないけど…どうかしたの?』

『天音が、天音が病院からいなくなったの…!?』

『…え?』


 天音、病院、いなくなる、そんな単語に背筋が凍った。


『な…んで、病院』

『なんでって、知らないの?』


 恐る恐る尋ねると驚いたような声が帰ってきた。


『うん…』

『ったく、天音は変なとこでカッコつけなんだから…』


 ボソリと呟いてから志乃は続ける。


『天音はね、病気なの』

『は……?』


 先程までの嫌な予感が実体として襲いかかってくる。


 その言葉に納得するまで多くの時間は要さなかった。


『重い病気、それが最近重症化してずっと入院してたの』

『重いって、どのくらい…』

『………いつ死んじゃってもおかしくないくらい』


 少し間が空いてから返ってきた言葉を聞きなんとも言いようのない哀傷感が心を支配する。


 恐らく天音が入院したのは僕との放課後デートの次の日から、僕がいっぱい連れ回したせいで、天音の体調の変化に気づけなかったせいで、僕が天音に好きという感情を抱いてしまったせいで……!!


『僕の…せいだ』

『君のせいじゃ…』

『高宮さん、天音がどこに行ったか心当たりは?』

『えっと、大体は探したんだけど居なかった。後は夏祭りだけ、あの大勢の人の中から天音を探しださなきゃ……』

『わかった、じゃあ』


 そう言って僕は通話を切った。


 そしてじいちゃんの元に行って伝える。


「ごめんじいちゃん、今日はもう手伝えない」


 じいちゃんに伝えたつもりだったが後ろに母親が居た。


「え?なんて言った今?手伝えないって?毎年毎年言ってるよね?これは裕涼のためだって!」


 声を荒らげる母親を前に1度息を吸ってから言葉に思いを込めて言う。


「これは本当に僕がやりたいことじゃないんだよ」

「あんたがやりたいやりたくないじゃないの!あんたがやらなきゃいけない、やる"べき"事なの!!」


 その言葉に今まで我慢してきたものがこぼれ落ちていった。


「はぁ、またそれか。べきべきべきべき、僕はあんたの操り人形じゃないんだよ!」


 初めて反抗してきた息子に呆気に取られている母親に追い打ちをかけるように言う。


「それに!僕が今本当にやるべきことはこれじゃない!」


 一呼吸おいてから続ける。


「行かなきゃいけないんだ!!」


 そして僕は2人に背を向けて歩き出した。


 すると背中から声を投げかけられる。


「どこに…どこに行くのよ!!」


 ここに引き止める最後の言葉だったのかもしれない。


 でも、僕は止まらない。


 そして言うんだ。




「愛する人を探しに」




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