第19話 この目で 2

あの時は変な音がしていて、ジブンがそれを聞こうとしたら怯えて、スケルトンはうなだれた。あの音の正体はもしかしたら、モンスターをムチで打つ音だったのかな。


あれはかわいた、にぶい音だった。あれからも時々聞こえてきて、そのたびに誰かが怯えた様子を見せていたのを覚えている。そういうヤツが船長のウワサを広めて、みんなはそれで逃げてたってことなのかな?



考え事をしているスミで、狼男がまだ怯えているのが見えた。



「大丈夫。今日は島には下りないから。」



いつ、あの変な音が聞こえたか思い出そうとしても、島しか思いつかなかった。この予想ははずれているかもしれないけど、完全に間違っているとも言えない。だからきっと、あの音はしないはず。



そんな思いをこめて狼男の頭をなでると、ふるえが伝わってきた。モンスターは戦うのが仕事のくせに、なんでムチくらいでここまでビビるのかはわからない。船長がよっぽど怖い感じでせまったのかな。いつも変に明るいくせに…船長ったら、いつからムチなんて打ってたんだろう。



あの音が最初に聞こえたのはどこだったかな…。やっぱり島だったような気がする。なんで島でムチなんて打つのかわかんないけど、今はそれは良いや。



狼男のヤツが、ここまで怖がるなんて。さっきはほんとうにびっくりした。


モンスターのために演技するなんて有り得ないけど、「やってあげたい」というよりかは狼男の怖がりようがジブンにもうつったから自然とああなってしまっただけだ。狼男の演技までもが、ジブンにうつったんだ。



さっきのあの時、途端に船長がおぞましいものに見えて…「ジブンのためにもやらきゃマズい」ってすぐに頭が働いて、演技をしたんだ。だから、モンスターに協力なんかしていない。ジブンが、「船長を遠ざけなきゃ」って思ったまでだ。



だから、船長がさっさとどこかに行ってくれて良かった。「反省できて偉いぞ!」なんて言われたら「ちがうし!」って言い返しちゃってたかもしれないもの。そんなことしたら、怪しまれてたに違いない。



狼男をチラ見する。なんとなく、いつもの調子に戻った気がする。


モンスターが怖いのなんて、当たり前だ。モンスターは悪いものだってずっと教えられてきたんだから。それでも今回は特に…いや、それはこの際、いい。ジブンがあのモンスターを怖がるのはいい。



モンスター同士でこんなになるなんて…。今さっきのことなのに、何度でも思い返してしまう。


ジブンが船長を怖くなる時は、やっぱりモンスターなんてそんなものだよなって思えてスカッとするくらいだ。


船員が船長のことを悪く言ってる時だって、嬉しく思うことがある。ジブンの思ってることを、ぜんぶ口にしてくれる…代わりに形にしてくれてる、っていうのかな。



船長はもちろん、ジブンもいないようなカゲでグチグチ言ってばかりではあるけれど。船長に面と向かって悪口を言ってるモンスターなんて見たことがない。

でも、それをやってしまって海に突き落とされたモンスターのことはずっと覚えてる。



ピッシュがほんとうに悪口を言ったのかどうかはわからない。だけど、船長が表立って手を上げたんだから船長にとってイヤな何かをしたのは間違いない。ジブンがムチ打ちの他に知ってることと言えばそれくらいだ。



ジブンが今の今までムチ打ちのことを知らなかったっのは、船長が隠れてやってたからなんだろう。

思えばピッシュも、船長が悪さをしてるのを知らなかったから突っかかれただけなのかもしれない。



知ってしまえば、船長がおぞましいものに見える。これまで通りに過ごすことすらイヤになるのに、口答えなんてできたものじゃない。


船長ってば、いつになっても勝手なヤツだ。アイツのことを何も知らなかった時も、今もそうだ。


船長がなんでか船員にキラわれてるから、アイツのそばにいなくちゃいけないジブンまで巻きぞえを食らって迷惑していた。なんでキラわれてるのかわからなかったのもあって、余計にイライラした。



でも、他のモンスターと関わり合いにならなくてよくなるからありがたくもあった。前はそうだったけど、このままほったらかしじゃあ良くない。

ジブンは、自分と同じ生き物を叩く可笑しなヤツといっしょにされてるってことだもん…。



それも一大事だけど、狼男のふるえに気付いた時、これってどうにかしないといけないんじゃないかと思った。


船長気取りのアイツなんてどうでもいい。やれキラわれろ、それ逃げろ…なんて放っといたらいつの間にかこうなっていた。


船員がアイツに殺されかけたのを見たし、アイツの悪口はイヤというほど聞いたし、アイツに対する怯えが手の平に伝わってきた。船長が良いヤツかもしれないだなんてとんでもない。アイツは悪いモンスターだ…!



どうにかしないと。

それは船員の辛さをどうにかしたいのか、このままだとジブンがイヤな空気を味わうからなのか?それともただ、船長に、船員にキラわれるようなことをやめてほしいから?



いやいや、とにかく大変なんだから理由なんてどうでも良いんじゃないか?そうは言っても、解決するにあたってモンスターに手を貸すことなるなら、そんなことはしたくない。



今、怯えた狼男を見て「どうにかしなきゃ」って思ったんならジブンは船員のために動こうとしてるんだろう。

マントマンとかティチュとかスケルトンみたいに真面目なヤツもいるけど、ダラダラしてるヤツらのためにも頑張ることになるのはイヤだ。



…そうだ、どの船員が真面目かなんて関係なく、アイツらは自分の好きなときに逃げ出せるじゃないか。それなのに、ジブンはアイツらのために船長の悪さを止めなきゃいけないのか?



船員は危ない目にあいたくないから逃げ出してるんでしょ?なのに、ジブンだけが危ないところに踏みこむなんてイヤだ。これまで知らなかった部分にまで近づきたくない。



でもやっぱり、モンスター同士でここまで怖がるのはおかしい。モンスターは周りを気にせず、誰の言うことも聞かないで好きに生きてるものだって図鑑に書いてあったし、これまでもそうだったんだから。


そう思ってたのに、ジブンにも知らなかったところがあった。船員が隠し事をしてるなんて思いもしなかった。



誰を正しいを思えばいいの?どうすればいいんだろう。


さっきも思ったけど、船長はなんでジブンにムチのことを言わないんだろう。悪いことだってわかってるから?それを知ったら、ジブンも船長をキラいになるってわかってるから…?だとしたら、ジブンにだけ良い顔をして何になるんだろうか。



ジブンが一日のうち、船長と過ごす時間と、船員と過ごす時間は半々くらいになった。そんなの、モンスターを船に引き入れてるアイツ自身がよくわかってるはずだ。



だったらジブンが船員からムチのことを聞くかもしれないって思うはずだし、今日、ほんとうにそうなった。でも、今日まで隠されたままだったのはたしかだ。



もしかして船長は、ムチ打ちをしたあげく「このことをミナライに言わないように」って船員に約束をさせてた?後はその上で自分がミナライに良い顔をしたら完全に隠し通せるって思ったのかな。



めちゃくちゃなことしてくるヤツの言うことなんか聞く訳ないじゃん…アイツ、なにしてるんだ?


しかもムチのことが新しい船員にまで知れ渡ってるってことは、船長のヤバさはジブンが今思ってる以上なのかもしれない。今だっていつもより怯えてるのに、更にヤバいなんて勘弁してほしい。




待て待て、船長が「根回し」なんて、そんな小難しいことするのか?船員が頭を働かせてるだけだったりしないか?


例えば…船員たちが、ジブンも船長の味方だったらヤバいって思ってたからだったり?

ミナライから船長に「アイツ、ムチ打ちのことバラそうとしたよ」って伝わったらまたムチで打たれるかもしれないし…。たぶんこっちが正解だろう。



じゃあなんで狼男はジブンにムチ打ちのことを言ったんだろうって話になるけど…釣りをしてた時、狼男がひとりでに何か納得したっぽい反応をしていた。


あれは「ミナライは大丈夫だ」って思ったんじゃないかな。その後、やたら気さくに話を続けようとしてたのは疑いが晴れたからだったのかも。



いい加減なモンスターが、ひとつずつ疑いを晴らすような真似をしたり、今までガチガチに口を結んでいただなんて。船長はどうして、そこまでのことをしたんだろう。


きっと船長は、みんなにキラわれたいんだ。キラわれても、やり返されないように怖いことをして…そうすれば船員は自動的に逃げだして、仲直りなんてめんどうはしなくて良くなる。



自分以外の誰かと関わるのががめんどうなのはジブンにもわかる。でも、そのためだけに悪いことをするのはダメだ。


そんなこともわからない船長なんて、キラいだ。…でも、そんな船長にずっと助けられてきた。船長のおかげで、船員が船に入ってきてからもジブンはなんとか過ごしていけた。



船員が増えてきた頃にキラわれようと演技してみたけど、ジブンは人間で子どもだからと船員は取り合わずにすっごくバカにしてきた。そんな船員たちが今や、こうも話を聞いてくれるのはジブンが「あの」船長のお気に入りだからだったのか…。



出会ってから今の今までずっとイビってくるモンスターなんて一匹もいなかった。めんどうくさがって止めたのかと思ってたけど、あれは船長の怖さを知ったからだったのかな?もしくは、ミナライも船長と同じくらいおかしいヤツだと誤解したかだ。



そんな誤解が生まれ出たのは、「他のモンスターと関わりたくない」っていう同じ思いがあったために、ジブンと船長には似たような雰囲気が流れていたからかもしれない。


関わらないために特別な行動を起こしたのも同じだ。キラわれる演技をするか、ムチを打つか…船長の方が桁外れにひどいことをしてるけど、ジブンはこの船でただひとりの人間だからふつうより変に見えやすくて…だから少しの演技でもみんなはなれて行ったのかも。



そう、モンスターは意外にも色々考えるヤツらで…割と早めにはなれて行くヤツが多かった。船長の言うことに何も反対しなければ、それだけで良かった。キラわれる演技をするよりもずっと楽だった。



おかしな意見に着いていくヤツもまた、おかしい。船員はそのことをわかってるから、ミナライのこともいっしょにキラう。


船員として選ばれたのが、物分かりの良い大人のモンスターばかりで良かったな、とその時ばかりは思った。それもこれも、船長の人選ならぬモンスター選が良かったおかげなんだけど。



まさか船長、わざと大人のモンスターを選んで仲間にしてないよね?子どもだとムチ打ちに耐えられなくて死んじゃうかもしれないからって…。


船長がハチャメチャなものだからなにが本心なのかわからなくなるけど、世界一周と、多くの仲間と旅がしたいって夢はほんとうな気がする。ムチ打ちなんて危険なことをしてまで、船員を何回も引き込んで旅をしてるくらいだし。



船員を引き込んで、船が狭くなったから追い出す必要があって、そのためにムチを打って、船員が減って、また船員を引き込んで…今までその繰り返しだったんだ。「夢を叶える」ってそういうことじゃない気がするけど。



しかも、その船員とうわべだけのつながりで満足してるってことは、アイツはモンスターを数としてしか見ていない…?



考えれば考えるほどにイヤな予想がわいて出る。なんてヤツに着いてきてしまったんだ。もう何回もうかべた思いが、今一度頭にのぼる。



そんなヤツが、ジブンだけはそばに置いたままでいるってことは…ジブン、っていうかミナライとだけ仲良くしてるのが楽なんだ。アイツは自分のために演技までしてくれるような、そんなヤツとしか仲良くできないんだ。



いくら村に帰るためとはいえ、アイツのそばにいるのがイヤになる。今すぐにでも逃げる準備をした方が良いのに、どうしても思い切れない。


船長はちゃんと面倒を見てくれてるから、手放すのがおしいっていうか…。ここから逃げた先に、ここまで気にかけてくれる人はいるだろうか、という話になってくる。



それに、船長と仲が良いふりをしていなければ、ジブンだってどうなるかわからない。



船長が最初からジブンに構っていたのは、アイツの中で「一番弱っちいミナライには優しくする」みたいな決まりごとがあるんじゃないだろうか。

それを守ってこそ、アイツ自身にとって理想の「優しい船長」なんだろう。じゃなきゃ、ここまで特別に人間に優しくする意味がわからない。



理由がなんであろうと、アイツが優しくしてくるから、ジブンもお返しに良い顔をしてあげる気になった。村に帰るためにはアイツに付きまとった方が良いってわかってきたからやったまでだけど…だからこそジブンは何もされてなかったのかな。


目をかけているヤツが応えてくれるなら、わざわざムチを打つ必要なんてないもの。


船長からのえこひいきで一番得をしているのがジブン。だから、逆らったら一番損をするのはジブンだ。えこひいきはダメなことだけど、今ばっかりはそれに頼るしかない。



船長とは持ちつ持たれつって気でいたけど、なんなら船長の方がたくさん良くしてくれている。だから今までは船員の方を問題視して、船員に向けて「船長と仲が良いふり」をしてた。


でも、今さっきは船長に向けて演技をした。またもや、船長が一番ヤバいって考えに落ち着くとは思わなかった。




こんなの、ふたり旅の時以来だ。もう一度、船長に怯えてばかりの時間が来るのか…。


船員だって逆らったらムチで打たれるんだから、ジブンと同じくらいガマンしてるんだろうけど…でもアイツらはいつでも逃げ出せるし、迷うまでもなく脱走に踏み切るほどの強い理由があるし…いや、それってジブンより幸せって言えるのか?



船員はどんな船長もキラいだろう。それもそうだ、船に乗ってから、船長がムチを打つようなヤツだとわかるなんてあんまりだ。


対してジブンは「ミナライには優しい船長」にも、「船員におかしなことをする船長」にも助けられてきたから、アイツはジブンにとっては良いモンスターだ。



つまり、いつもの生活で苦しみが少ないのはジブンの方…ううん。モンスターだらけのところにひとりぼっちなんだから、ジブンの方が苦しいに決まってる。船員と関わるのはめんどうだし、船長の相手をするのもジブンだし。



色々考えたけど、結局、船長が悪いヤツで良かったと思わざるをえない。


だってもし、船長が船員にも、ジブンの前と同じように明るく元気に振る舞い続けていたなら?ジブンはバカにされてばっかりのままだっただろうし、「オマエも船長を見習えよ」なんて、モンスターのようになれとせまられていたかもしれない。



船員にキラわれるように頑張っても、船長はぜったいに「もっと皆と仲良くした方が良いぞ」なんて怒ってくるだろうし…。



そうなっていたなら、今よりものすごく過ごし辛くなっていたのはわかる。だから今、生活を送れてるのは船長のおかげってことになる。


でも、船員にここまで見事にキラわれてるんなら、船長にはまだ何かがあるのかも。いったいなんなんだ、アイツは?


ほんとうに、船長はどうしてムチなんて打つんだろう?こればっかりはいくら考えても答えが出そうにない。


ジブンがカゲでいじめられないように…なんて、そこまで考えてるはずがないか。考えてたとして、ここまでしなくても良いだろうし。



わからない。

旅に出たいって言ってたのも、ミナライを連れてこられて良かったっていうのも、どれがほんとうなの?

全部ほんとうだったとして、それはどういう意味なの?

やっぱり聞いてみないと…だけど、船長に理由を明かされたとしても、ジブンに理解できるだろうか?



そんなの、わかりようがない。だからってほったらかして良いのか?だって、めんどくさい。でも、解決したいって思ってる。


そんなこと言ったって、やり方がわからない。じゃあほったらかしてもいい?そんなわけない。じゃあどうしたらいいの?

…わかんないよ。

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