第10話 この目で 1
最近はまた船員が増えて来たから、ご飯を用意するのも楽じゃない。船長は船首につきっきりだから、釣りをするのはたいてい、見習いのジブンとしたっぱの船員だ。いつもは船員とはなれたところで釣りをするんだけど、狭苦しくなったからそうもいかない。
だからって、こんな隣り合わせで釣りをしても意味ないと思うけど…船長が「ふたりでやった方が早いだろう」なんて言うものだから仕方ない。
…それにしても狭いな。相手が体の大きい狼男だから、余計にだ。
「なあ。」
「…。」
「おい?」
「…。」
「ミナライ!」
「あ、え、ジブン?ごめんごめん。どうしたの?」
そう言ったら黙られた。やっと話を聞いたって時に黙るものなの…?
「ああ、悪い。なんて言えばいいかわかんなくてよ。」
「聞きたいことでもあるの?」
「良くわかったな?」
「まあね…。」
よく、ジブンのことをやたらめったら聞き出そうとされるからな。モンスターのせいで変なことに慣れてきちゃった。
「…ええとだな。」
「そんなに聞きにくいことなの?」
「ああ、もうちょっと考えてからにする。」
「そんなこと言われても集中できないよ!ちゃんと話して。」
「まあ、そうだな。」
そうは言ったけど、狼男はまた黙ってしまった。そんなに難しい質問なんだろうか?
ジブンに難しいところなんてひとつもないと思うけど…。あ、怖がられる演技をしたせいか?あれはほんとうにバカなことしたな…おかげで情報が集めづらいったら。
「あのさ、ミナライは…船長が何をしてるか知ってんのか?」
「そりゃあ知ってるよ。」
「はっ!?」
「え、なに!?」
思わず顔を見合わせる。質問に答えただけなのに、いきなり驚かれたらこっちもびっくりだ。
「あーもう!釣り竿、動かさないでよ。サカナ逃げちゃったじゃん!」
「……あ?あ、えと、悪い。」
「船長が何してるかって難しいこと?君も船に乗る前に聞いてないの?」
「…は?」
「「俺は船長だ」って。「オマエたちの世話をするぞ」とか「ミナライという部下がいる」とかさ。」
「……あー。だよな、良かった…。」
「なにが?」
「いや、何でも。」
狼男はどこかほっとしたように、釣りを続けていた。なにがなんだかわからないけど、話が終わったんならジブンも安心だ。やっと釣りに集中できる。
「どっか、遠いところから音がするんだよ。」
「え?」
また話が始まった。サカナ、釣りにくいんだけど…。
「俺が言いたかったのはそれだけだ。」
「ああ、そう。」
「そっけねえな。もうちょっと興味持てよ?」
「ええ…?」
「んな面倒くさそうにすんなって。ほれっ。」
狼男はにやにやしながらヒジで小突いてきた。村の大人が酔っ払った時に似てる。とにかく自分の話を聞いてほしいっていうアレだ。いつもならどうにか逃げてたけど、今はそうもいかないしな…めんどくさい!
「その音がどうかしたの?」
「そうだなあ。俺こそ初めは正体がわからなかったが、最近になってようやく掴めたんだ。」
「なんなんだろうねー?」
「それがなあ__」
「あ、黙って!サカナ来た!」
「え?おいおい…。」
中くらいのサカナが釣れる。今日のお昼ご飯の、やっと一匹目だ。
「話はまた後でね。まずはご飯にしないと元気でないよ。」
「はあ、ガキだなあ。」
「大人でもお腹は空くでしょ!」
「はいはい、残念。モンスターはそんなに食べなくても平気なんだよ。」
「じゃあジブンのために頑張って釣ってね!」
「げっ、そうきたか…。」
・ ・ ・
よっぽど話を聞いてほしかったのか、狼男は見事にサカナを釣り上げ続けた。おかげでお昼ご飯は大盛りだ。
モンスターも食べること自体は好きみたいで、船員たちがこぞって大きなサカナを取り合っている。
ジブンは小さいサカナ2,3匹でじゅうぶんなんだけど、食べるのに手間がかかるからな…。狼男の話なんか無視して船室に行って休みたいけど、そうもいかない。
「何やってんだ?」
「サカナのホネ取ってる。」
「噛み砕けば良いじゃねえか?」
「そんな力ないよ!」
集中してるんだから話しかけないで!…なんて言いかけたけど、声をかけてきたのは狼男だった。うわ、見つかった…。言い返す気力が一気にしぼんでいく。
この船には4匹もの狼男がいて、みんな見た目も声も同じだからコイツが誰かはわからない。でも、こんな時にまで話しかけてくるってことは、さっきいっしょに釣りをしてたアイツだろう。
モンスターってなんでこんなに誰がどいつなのかわかり辛いんだ…?同じ種族同士だと、よほど特徴的なキズがついてない限り、見分けがついたことなんか1回もない。
「手伝ってやるよ。貸してみな。」
「え?いいよ。」
「おっ、ノリが良いな?」
「いや、ダメっていう意味で…!」
「まあ良いじゃねえかよ。さっきの話の続きでもしてりゃあ、骨取りくらいすぐ終わるぜ。」
どれだけ話がしたいんだ!?ご飯をタテに、うまく逃げられたと思ったのに!
「俺はなあ、結構マジで言ってんだよ。この船からは逃げた方が良い。」
「そんな話だったっけ?」
「違ったか?オマエが話切ったからわかんなくなっちまった。」
「人のせいにしないでよ!」
「悪い悪い。ま、マジな話は聞くに限るぜ。この船はオマエが思ってるよりヤバいんだ。」
狼男はジブンのそばに座り込んだ。ああもう、完全に話す気満々だ。この状態から上手くかわすのは無理があるな…。聞いてあげるしかないか。
「なんで?」
「船長がヤバイ奴だからってのが根底にある。オマエは奴に恩があるらしいが…それは一生を棒に振ってまでして返さないといけないのか?」
コイツ、ジブンがどうして船長に着いていったのかを知ってる…?狼男族には話した覚えがないぞ。誰から聞いたんだろう。
もう脱走した船員とか、なんでも話したがる船員とかが話したのかな…。覚えがないヤツから話してもいないことを言われると、イヤにドキドキする。
「恩があるから着いていってる訳じゃないよ。」
「ふるさと探しの延長だったか?」
「…そうだよ。」
先回りでジブンの言いたいことを言われるのは気分が悪い。そこまでジブンのことをモンスターに知られているかと思うと、ぞっとする。
「なら、なおさらこの船から下りた方が良いな。モンスターと付き合えたくらいなら、どこに行ってもやっていけるだろ。」
「もう、てきとう言わないでよ!船での生活には満足してるもん。お風呂だって入れなくても平気だし。」
「え?だから臭うのか…。」
「…なに?」
「いや、なんでも。」
とんでもなく失礼なことを言われた気がするけど…。
「じゃあ話は終わりだね。」
「いやいや、ここからだ。オマエ、何で皆が船長を嫌ってんのか知らないんだろ?だからそんな態度でいられるんだよ。」
「大体はわかってるよ!」
「へえ?どんな予想なのか是非聞きたいね。」
『どうせ間違ってるんだろうな』、なんて心の声が聞こえてくるような言い方だ…ムカつく。
「船長が、新しく入った船員には甘いからじゃないの?」
「というと?」
「そういうヤツらには、ぜんぜん仕事させてないじゃん。」
「それだけなら良いんだがな。そうじゃないんだよ。」
狼男が、サカナから強めにホネを引きはがした。ジブンの答えをおちょくってるといより、怒っているみたいだ。なんでそんな反応になるのか、よくわからなかった。
「あいつがやってることは、この船の中だけの話じゃない。全てのモンスターにとっての恥さらしだ。」
「恥さらし…?」
「いきさつまで語ってやりたいところだが、事実から言っておく。」
狼男は、これ見よがしにホネを床に叩きつけた。
「あいつはモンスターに鞭を打ってるんだよ。」
ほんの少しの間、とても静かだった。
「むち…むち…?」
「ムチムチじゃねえ。生き物をぶっ叩く、固いロープみたいなやつだよ。船長はそれでモンスターを叩いてるんだ。」
「ああ……えっ!?」
船長からさそわれたからとはいえ、自分から船に乗ることを選んだ船員がどうしてああも逃げ出すのか。どうしてみんな、船長をキラうのか。
それは船長が、モンスターをムチで叩いているからだって?ずっと探していた答えとしてふさわしいような、そうでもないような…。
「それ、ただのケンカなんじゃないの?」
「取っ組み合いなら、あいつより部があるヤツが多い。でも鞭はどうしようもないだろ…。」
「どうして?」
「は?ほんとあいつらは…。」
狼男は片手でおでこのあたりを押さえて、しずんだ声を出した。
「ま、いつか教えて貰え。俺が話す義理はない。」
「自分から話しだしたくせに?」
「んなこと言うなよ。仕方ないだろ。」
なんだか怒っているように見える。めんどくさそうにしてるところは見飽きたくらいだけど、ちゃんと怒ってるのは珍しい。
こういう時の上手い切り抜け方はわからないから、別のことを聞いた方が良さそうかな?他に気になることといえば…。
「そもそも、ヨロイノボウレイの武器って剣じゃなかった?」
「まあそれはわかるが、なんで鞭を…。」
ジブンの話を聞いてるんだかいないんだか、変な返事をされた。上の空になるほどヤバい話なのが伝わってきて、体に力が入る。
「船長はなんでムチ打ちなんかしてるの?」
「俺も誰も知らないさ。オマエまでそうなら、あいつ自身しか知らないんじゃないのか?」
「なんで聞かないの?」
「あのな…。可笑しい奴には関わらないのが一番なんだよ。そんな危険な橋渡るくらいなら__って皆逃げ出してるんだ。」
そうとわかれば、ジブンが「船長といっしょにいる」だけで変なヤツだと思われていたのにもうなずける。
でも、船長はどうしてそんな、キラわれて当然のことをするんだ?わからない…なら、聞いたほうが良い気がするけど。
「ほんとうに聞かないの?聞いてみようよ…。」
「無理だ。やるならオマエだけで…いや、駄目か。船長の奴、オマエには良い顔したがるし。」
「ミナライと船員のふたりで行くのは?」
「いいや、オマエがその場にいる時点でアウトだ。古株が聞いてみるしかなさそうだな…。」
古株というと、けっこう前からいる船員のことだな。ええと…誰がそうなんだろう。何匹かは特徴を覚えてるけど、そんなに多い数を知ってはないし、いつ誰が入ってきたかなんて気にしてこなかったからわからない。
「君っていつここに来たんだっけ?」
「はっ、船長といい見習いといい、薄情な奴ばっかだな。」
「はくじょう?」
「冷たい奴ってことだよ。船員の顔くらい覚えとけ。…あー、オマエには無理か。」
「なんでよ!?」
いきなりダメだと決めつけられて、大きな声が出る。
「そういうもんなんだって!ニンゲンには同種のモンスターの見分けがつかないんだろ?」
「え?どういうこと?」
「俺は狼男族だろ?船にはもう三匹の狼男族がいる。四匹並んで、「今さっき話してた狼男は誰だ」なんて聞かれても見分けられないだろって話だ。」
「…ああ、ほんとだ!」
たしかにさっきも、コイツがどの狼男なのかわからなくなったばかりだった。コイツはお昼前から話してたアイツだろうと見切りをつけていたけど…今の今まで「ぜったいにアイツだ」って自信はなかった。
なんで皆は見分けられるんだろうって思ってたけど、ジブンはわからなくて当然だったのか。
「なんで見分けがつかないの?」
「知らないのか?モンスター図鑑とかいうのに書いてないのかよ?」
「なかったよ。」
「…ふうん。ニンゲンの目には見分けの能力が備わってないんだと。魔王様がそう仰ってたぜ。」
「へえ!それで、なんの話だったっけ?」
「なんだっけな?…ああ、船長の鼻を明かそうって話だ。」
「そうだったそうだった!えーと、どうするの?」
「どうするかな…。」
うーん、といっしょにうなりながらサカナのホネを取る。いつしか、話をする方がメインになっていた。
ホネを取る作業に気を取られて、うまく考えられない。でも考えないと…。
「いたっ!」
「ん?なん__」
「ミナライ、大丈夫か!?」
船長が飛んでくる。もう、大げさなんだから。
「サカナのホネが少し刺さっちゃっただけ。ほら、血も出てないし大丈夫だよ。」
「そうか、良かった。狼男も一緒に頑張ってくいるのだな、偉いぞ!」
「そりゃどうも…。」
狼男は船長の熱気にうんざりしていた。…あれ?今がチャンスなんじゃ?
船長がすぐそこにいる。食事の時間はまだ続くから、船長が急いで持ち場に戻ることはない。そして、ここにはジブンと船員が一匹いる…。
「…今だよ!船長ー!」
「え!?おいおい…!」
どこかに行きかけていた船長を呼び止める。
狼男にさっき言ってたことをはじめるって伝えそびれたけど、「今だよ!」とは言ったしわかってくれるはずだ。
「どうかしたか?」
「あのね、聞きたいことがあって。船長はど__!?」
いきなり体がかたむいて、口がきけなくなった。なにごとかと後ろを見たら、狼男がジブンの体を引き寄せて口を押さえていた。なにしてんの!?
「な、なんだ!?何をしている!?」
「ああ、気にしないでくれ。ミナライが俺のちょっとした秘密を無自覚にバラしそうになっててな…ちょっと手荒にやっちまった!悪いな、ミナライ。」
「む、そうか。ミナライ、秘密というのはバラしてはいけないものだ。これからは気を付けるのだぞ!」
「え!?いやいやいや…!」
そうじゃなくて、聞きたいことっていうのは。そう言いたかったけど、別のことに気を取られた。
狼男の手がふるえている。
手だけじゃない。体までもがふるえている。くっつくほど近くにいるから、それがどうしても伝わって来た。
狼男に秘密なんてあったかと考えたけど、そうじゃない。狼男は、ジブンが船長に「なんで船員にムチを打つのか」を聞こうとしたことにいち早く気付いて止めたんだろう。狼男は、船長が怖いんだ。
船長にまた何かされるんじゃないかと怖くて、「聞き出すなんてやめにしよう」って思ったんだろう。だからさっき、あんなに無理にジブンを止めて話を無かったことにした。船長ってこんなにキラわれてるんだ…。
「ミナライ!自分の非を認めるのは確かに難しいことだ。オマエにも悪気はなかったんだろう。だが、オマエが気を付けていればうっかり秘密をバラしかけることもなかったはずだ。今度から気を付ければいいからな。わかったか?」
「うん。わかったよ。狼男、ごめんなさい。」
「あ、ああ…ありがとう…。」
狼男は、ジブンの演技にお礼を言ったみたいだ。
「ごめんなさい」に対して「ありがとう」は変な返しなのに、船長は全く気にした様子を見せずに、言いたいことだけ言って離れて行った。
狼男はまだふるえて、ジブンを膝の上から下ろして座りこんだ。ジブンはどうしていいかわからなくて、立ちつくした。
あの静かな日の、スケルトンの姿を思い出す。
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