第11話名前の取り合い

「ねえミナライ。ミナライに名前ってあるの?」



わけがわからなくて、ポコボコを見つめる。なにを言ってるんだコイツは…?



「ミナライっていう名前だけど?」

「そうじゃなくて、もともとは違う名前だったんでしょ?」



うわ、ヤなこと聞くなあ。

ジブンと同じ年ごろなんじゃないかと思えた船員も、他の船員と同じく遠慮がない物言いが多い気がする。子どもならあらっぽい言葉なんて使わないと思って話しかけてみたのに、痛い目をみることが多い。

見た目と声じゃちがいがわからないなら、喋り方で…とひらめいたけど、それだけじゃあほんとうに子どもとはわからないものなのかも。

ポコボコを横目で見ても、ドロドロの白い体から無数の顔が出たり入ったりするばかりで、年齢どころか表情もわからなかった。コイツ、もしかしたらものすごいおっさんだったりして。

今は考え事より、誤魔化すのが先か。



「そんな時もあったかなあ。」

「やっぱりそうだよね?ニンゲンって、なんでわざわざ全員に個別の名前をつけるの?」

「それ、モンスターには気になる話なの?前も聞かれたけど。」

「そうなんだ!誰と話したの?」

「船長と。」

「どんな話をしたの?」

「うーん…。」



ポコボコは子どもじゃないっぽいから話してあげようとは思えないけど、最近の船長への疑いから頭を休めるために昔のことを思い出すのも良いかもしれないな。



「話してあげても良いよ。」

「じゃあお願い!」

・ ・ ・

このモンスターの船で、海に出て間もない頃。「ニンゲンに借りた」なんて言った船は思ったより大きくて、ジブンはこのモンスターに地面から甲板へ放り投げられてやっと船に乗れたくらいだった。思えば、その時から誘いに乗ったのを後悔していた気がする。


船にはジブンとコイツしかいないのに、波の音はほとんど聞こえない。なにせ、このモンスターはずっと話しかけてくるから…。



「ニンゲン。名はなんと言うんだ?」

「え?今さっき、船長がくれたよね?」

「そうではない。元の名前だ。ニンゲンは一人一人に名をつけると聞いたぞ。」

「ああ、なるほどね。」



とりあえず返事はしたけど、そこから何も思いつかなくなった。どうしよう。何て言おう?

っていうか、船に乗る前にほんとうの名前のことは言ったよね?もう忘れたの?コイツ、あんまり頭良くなさそうだしな…。



「…船長につけてもらった方が好きだから、前の名前は気にしなくて良いよ。」



とっさに返事はできたけれど、かなり心が苦しくなる答えになった。いくら嘘とはいえ、こんなこと言いたくないのに!でもコイツ、納得するまで何度も聞いてきそうだからヨイショしといて正解だったかもな。



「本当か?」

「ほんとう。村に帰るまではミナライとして生きていくよ。」

「それは嬉しいぞ!そうだ、ニンゲンはどうして名を付けたがるんだ?俺たちと違って、皆が別の見た目をしているのに。」



また質問か…しつこいなあ。



「つけたがるというか…分けるためにつけるしかないんじゃない?」

「では、ミナライの元の名前も数字なのか?」

「え?ちがうよ。ちゃんと考えられた言葉。数字ってどういうこと?」

「俺はニンゲンから数字で呼ばれていた時があったんだ。だからニンゲンもそうなのかと思っていたが…ちゃんとした名前があるのだな。」

「うん、そうだよ。」



数字で呼ばれてたなんて、変なの。兵隊さんと戦った時のことを言ってるんだろうか?「呼ばれたことがある」、じゃなくて「呼ばれていた時がある」、だから長い間戦ってたのかも。歩くとヨロイがカンカン鳴るほどボロボロなのはそのせいなのかな。


なら、数字で呼ばれるくらいで良いように思える。兵隊さんも、ペットみたいにいちいち名前をつけるよりかは数字で呼ぶ方を選ぶだろうし。

モンスターの新しい名前なんて考える意味もないのに、そんなのと人間をいっしょにしないでほしい。でも、人間にもそういう場合があったような…?



「あ…悪いことしたら人も数字で呼ばれるようになるって聞いたことある。」

「なんと!二つも名を持っていたら、混乱するだろうな。」

「数字は名前じゃないよ。ちゃんと名前がある人と分けるためのものじゃないの?」

「なるほど、それ以降はずっと数字で呼ばれるのか。」

「ううん、しばらくしたら元の名前に戻れるんだって。戻れない人もいるらしいけど。」

「ほう?では戻ることができた場合、その数字はどうなるんだ?」

「無かったことになるんじゃない?にせものの名前なんて覚えてても仕方ないもん。」

「そうか、オマエにとって数字はそんなものなのだな。」

「ジブンだけじゃなくて、みんなそうだよ。」

「ほう?なら忘れることとしよう。」

「え、船長は自分が何番だったか覚えてるってこと?」



船長は何とはなしにヨロイの腰の部分を触った。



「その通りだ。ニンゲンに名乗る際にも船にも、その番号を使っていたのだがな。」

「船?」

「ニンゲンは物に名前を書くのだろう?それに習って左舷に彫ったんだ。」

「へえ〜。でもジブンには「船長」って名乗ってなかった?」

「ああ、先にオマエの立場が決まっていたからな。ミナライの前では船長でいたいのだ。それが俺の夢だから!」



自信満々に夢を話す船長は、何だかキラキラして見えた。でも「ミナライの前では」か。あんまり特別に思われても困るなあ。続き聞かされたくないし、話を変えよう。



「船長は、前の名前を忘れたいの?」

「数字のことか?」

「いいや、番号をつけられる前の名前のこと。船長もお父さんとお母さんから名前をもらったんじゃないの?」

「ううむ。名付け親などいないからな。俺は名前が欲しいのかもしれん。」



だからって「船長」は名前っぽくないと思うけど…。



「生んでくれたモンスターに名前を貰わなかったの?」

「種族名はいただいたが、個別の名前は貰わなかった。モンスターならそれが普通だ。」

「…え?ならなんで名前が欲しいって思ったの?」

「それまでは名が無いことに疑問など覚えなかったが、頂いた種族名をニンゲンなんぞに塗り変えられるのはさすがに気分が悪くてな。」



ぎょっとして、後ずさる。今、「ニンゲンなんぞ」って言った?



「ああ、すまない!ミナライは特別だ。気にしなくていい。」

「…ミナライ以外の人間はみんな嫌いなの?」

「え?」

「ジブンの村の友だちも?お父さんとお母さんも?」

「そんな訳ないじゃないか。俺はニンゲンに…ちょっと、ひどいことをされた時期があってな。嫌いなのはそいつらだけだ。」

「へえ…。」



何があったかなんてどうでもいいけど…どうせこいつから悪いことをしたんだろうし。ああ、数字で呼ばれてたのってそういう理由だったのかな。モンスターらしいや。


悪いことしてばっかりのモンスターにキラわれるのは何とも思わない。ジブンもモンスターがキラいだし。モンスターなんかに好きになられる方が気持ちが悪い。

問題なのは、ジブンの好きな人たちのことを「嫌いだ」というヤツなんかとはいっしょにいられないって話だ。「そんなことはない」って言いはしたけど、ほんとうはどうなんだか…。


モンスターは悪いヤツなんだし、「ミナライが村に帰れるように協力する」っていうのも嘘になるかもしれない。嘘つきというよりは、いい加減なんだろうけど。できもしないことを平気で、できるかのように言われちゃあ迷惑だ。

そんなヤツのために「ミナライ」の演技を頑張ろうとは思わない。早くも逃げることを考えなきゃいけなくなるなんて、やっぱりモンスターはヤなヤツだな。



「とにかく…俺たちは元々、ニンゲンを個別の名で呼ぶことなどなかった。ニンゲンも俺たちに個別の名前は与えなかったから、そもそも「個別の名前」という概念を知ったのが最近なのだ。」



なんだか言い訳っぽく喋ってるな。さっきのこと、反省してはいるのかも。なら、この喋りたがりにも少し付き合ってあげようかな。



「数字は一応、個別の名前なんじゃないの?」

「そうかもしれないが…そこのニンゲンたちは一人一人が違う名前で呼ばれていた。あれは、数字よりも特別な感じがして良いなと思ったんだ。」

「なあんだ。良いなあって思っただけ?」

「はは、そう言ってくれるな。かなり斬新な気持ちになれたのだぞ?俺にとっては感動ものだ。」

「ええ?でも、人間が名前で呼び合ってるのなんて珍しくもなんともないでしょ?」


「俺はニンゲンのそばで生活したことがなかったから、そうだとは知らなかったんだ。それにしてもあいつらは皆、同じ見た目をしていたのに良くもまあ、見分けがついていたものだな。」

「同じ服の人がたくさんいただけじゃないの?顔が同じ人なんてそうそういやしないよ。」



兵隊さんはみんなヨロイを着込んでるものだけど、コイツみたいに顔がないわけじゃない。人間のそばにいなかったからって、それくらい知ってるだろうに。人を注意深く観察する気がなかったとなると、そんなヤツと過ごすのは不安だな。



「むむ、そうだったかもしれんな。だが、ニンゲンも数が多いから名前が被ってしまうこともあるだろう。そういう場合はどうするのだ?」

「そういう時は顔で見分けてるよ。」

「顔が同じ場合は?」

「名前で区別する。…けど、そのうち微妙なちがいがわかってきて、けっきょくは顔で見分けてる気がする。」


「顔も名前も同じだったらどうするんだ?」

「その人の特徴を覚えたらいいんじゃない?くせとか、声とかで。」

「なら、どうして名前を必要とするのだ?顔と名前が同じであっても、そうでなくとも名前以外で区別するのだろう?」

「うーん、どうしてだろ?名前って自分のことを考えてつけられたものだから、大事にしたいのかも。」

「ふむ…顔は人間が作ったわけではないのか?」

「うん、神様が作ってくれたんだよ。」


「神か。俺たちで言うところの魔王様みたいなものか?」

「たぶんそうなんじゃない?生み出してくれたモンスターなんでしょ?」

「そうだな。だとしたら、ニンゲンは神より同胞の意見を優先しているのか?神の方が重要な作業を行っているというのに…。」

「でも、人はどんな顔に生まれるか選べないんだよ?名前は周りの人が選んでくれるけど。」



村に、いっつもイカつい顔してるおじさんがいて…「何で怒ってるの?」って聞いたら「怒っちゃいないさ。好きでこんな顔に生まれた訳じゃない。」って言われたことがある。

おじさんは、自分の顔が好きじゃなかったんじゃないかな。もしも自分で選べてたなら、あんなこと言わなかったにちがいない。



「うーむ、本当に誰しもが己の名に納得しているのか?」

「いや、友だちに自分の名前をキラってる子はいた。」

「だろうな。他人に決められたものに満足するはずがない。」

「ジブンはジブンの名前、好きだよ?」

「どちらの名前のがだ?」



げ!「ミナライ」が好きなのか「元の名前」が好きなのかだって?めんどくさい!そこは「そうだろう、俺が良い名を付けたからな!」なんて勝手に勘違いしててよ…!



「…どっちも好きだよ。」

「そうかそうか、良かったぞ!いや、それにしても…ニンゲンにも王はいるのだろう?名付けの指示はないのか?」

「え?王様はそんなことまでしないよ。そんなことされたらこっちだってイヤだもん。」

「ニンゲンはあまり王を好いていないのだな。」

「そういうわけじゃないよ。なんでも王様がやってくれなくても、自分たちでどうにかできるってだけ。」


「ふむ、そんな投げやりで良く統制が執れるものだな。」

「テキトーにやってるんじゃないよ。王様だって、みんなが思い思いに過ごせるようにしてくれてるの!」

「ほう、そこまで肩を持つか。なら良い王なのだな。」

「さあ?会ったことも見たこともないけど。」

「うーむ、それはどうかと思うが…俺も似たようなものではあるか…。」

「船長も会ったことないんだね。」

「いいや、一度だけある。」

「えっ、魔王に会ったことあるの!?」



急にとんでもないモンスターに見えてきて、またもや後ずさる。



「勿論だ。俺たちモンスターは魔王様の手によって誕生する。その際、魔王様からこれから目指そうとせん世界のためにどう動けばいいのかの説明を受ける。それを経てから世界へ旅立つものだ。」

「へえ、それってけっこう前?」

「どうだかな…。100年は経ったはずだが。」

「えっ、それってかなり前だよ!そんなにずっと船を造ってたの?」

「いや、仲間と荒野を彷徨っていた時間の方がずっと長い。」

「そうなんだ?友だちといっしょにいる時はあだ名とか付けなかったの?見た目も名前もおんなじだと困るでしょ?」

「困らなかったな。「オマエ」とか「そこの」とかでも不便はなかった。」


「ええ…?魔王様はなんで一匹一匹に名前をつけないの?」

「それで不便がないからだろう。俺たちは戦いのために生まれるから、いつ死ぬかわからないんだ。死んだとしてもタマシイが自動的に魔王様の元に赴いて、すぐに生まれ変わるのだからな。いちいち名を付けると手間がかかるだろう?」

「まあ、そうかも?じゃあ、種族名は大切なものなんだね。」

「いいや。種族名だって強さの指標でしかないさ。100と150では読み方が変わるような具合で、俺たちは他とは強さの値が違うから種族名の一つにおさまっているだけだ。俺がヨロイノボウレイでいられるのは今生のみ。次は別のモンスターになっているだろうさ。」

「そんなあ…。」



モンスターってけっこう単純というか、淡々としてる生き物なのかも…。



「死なないために、鍛えなくていいの?船造ったりしてないでさ。」

「意味ないさ。俺たちは生まれつき限界値が決まっているんだ。鍛錬を積まずとも、俺より強いモンスターは大勢いる。」

「強いモンスターでも名前はもらえないの?」

「そうなるな。」



物語ではボスモンスターは一体しかいなくて、そいつはカッコいい名前を貰ってたけど…。現実にはボスモンスターなんていないのかも。

残念だけど、今はその方がほっとする。そんなに強いモンスターがいたら、村を探す旅が危なくなるもの。



「じゃあ、船長と同じ種類のモンスターはみんな同じ名前なの?」

「そうだ。魔界での正式名称は忘れたが…ニンゲンからは「ヨロイノボウレイ」と呼ばれていることは知っているぞ。」

「ヨロイノボウレイって魔王がつけた名前じゃなかったの!?」

「ああ。正しくはもっと短い名前だったはずだ。…はて。思えば、ニンゲンはモンスターに長い名前を付けたがる気がするな。」

「見たまんまの名前をつけてるからじゃない?」



人間みたいに、意味を込めた名前を付ける価値なんてないからなあ。



「ほう、それ故か。…うん?それが普通ではないのか?」

「ううん。人間のは意味を考えてつけるんだよ。花が咲くように生きてほしいなら花の名前とか、広い心を持ってほしいなら空の名前とか。」

「なるほど。魔王様が俺たちに込めてくださった意味はなんなのだろうか。」

「忘れてるんじゃわかんないでしょ?…そうだ、魔王にも名前はないの?特別なモンスターなんでしょ?」


「なに?魔王様は魔王様だろう。」

「そうじゃなくて…えっと、「魔王」というか「魔王○○」ってことはないの?」

「そうだな、「魔王」様だ。」

「魔王って何匹もいるんでしょ?困らないの?」

「何体も!?見たことがあるのか?」


「ううん。伝説だと「魔王は何度も人間の平和をおびやかした」って言われてたから。」

「ああ、そういうことか。なに、魔法で復活なさったり子孫を残されているだけで、何体もいらっしゃる訳じゃないさ。一世一代のお方だから、いつの時代も「魔王」様と呼ばれるのは一体のみなのだ。」

「そっか。あ、今は船長も同じなんじゃない?ヨロイノボウレイの船長なんて一匹しかいないでしょ?」

「むむ、ならばミナライもそうだぞ!モンスターの見習いのニンゲンなんて、他にはいない。」



うわ、ぜんぜん嬉しくないや…。テキトーにヨイショしたら巻き添え食らっちゃった。



「船長とか魔王は特別な役の名前だけど、見習いはちがうんじゃないかな?したっぱだもん。」

「だが、唯一無二のものには変わりないから良いのではないか?」

「うーん。まあ、そうかもね!」

・ ・ ・

「…そんな風に、お互いの名前についてわかったって感じかな。」

「そうじゃないよ!どうして名前を捨てたのかを訊きたいの。」



「捨てた」って…。大人っぽい船員ならもうちょっと言葉選んでくれて…ないか。コイツが子どもっぽいっていう期待が残ったままだから、いつもより気になっちゃうのかも。何にせよ、ジブンのことを気づかってくれないヤツに教えてあげるような話じゃないな。ここまで話してあげたのに「そうなんだ」すら言わないし。



「それは言いたくない。」

「どうして?ぼくがぽっと出の船員だから?」

「ちがうよ。こんなの、船長にだって話したくないし。」

「それは、相手が船長だからじゃないの?」

「とにかく!」



思ったより大きな声が出てしまう。甲板に出ている船員がこぞってこっちを見た。



「これは誰にも話したくないの!」



掴みかかる勢いでそう言えば、ポコボコは目をしばたいた。



「わかったよ。いつか話してね!」



ポコボコは何でもないように去っていく。その背中を見てすぐ、手すりにもたれかかった。


話せなくて当たり前だ。こんなの村の人にだって話したくないんだし。船長なんてもってのほかだ。ジブンが特にキラっているモンスターが船長だってこと、ポコボコにも見抜かれてたな。そうだ、あんなヤツ最初っからキラいだ。

元の名前が何かなんて話せなくてもいいって船長に約束させて、それでやっと船に乗るって決めたんだから。そこからミナライっていう演技をはじめてあげたんだから。


思い出したくもないことが頭をかけめぐる。

最近気づいたけど、船員を怖がらせるのも良いことばかりじゃない。どうにも、怖いからこそどうにかしたくて、色々聞きたいって気持ちにさせてしまうらしいから。ジブンは船長とちがってナメられがちだから、「聞いてみよう」って行動に移せてしまうのかな。


「わからないから、知りたい」。その気持ちはすごくわかる。でもみんながみんな、同じようなことを聞いてくるのは困る。船員たちは船長がキラいってこと以外は話を交わそうとしないから…。それも、船員が入れ替わりまくるから何度も何度も説明するハメになってる。

それがとにかくうざったい。だからおかしいやつだと思われようって頑張り出したんだ。根っからこうなんだとあきらめられて、解き明かそうとするなんでくだらないことだって忘れてくれるくらいのおかしさが欲しくて。

演技が上手くいったら、うっかり「寂しい」だなんてこぼしても心配なくなる。またいつもの可笑しな物言いが始まったか、と聞き逃されるだろうから。

でも、船員が入れ替わりまくるせいで演技も無駄骨に終わるようになってきた。新しい船員と古株とでミナライの印象に差があるから、あれが演技だってバレるのも時間の問題だし。何よりジブン自身が演技をやる理由を見いだせなくなってきてる。


演技をしようがしまいが、モンスターがジブンに声をかけてくるとは思ってもみなかった。モンスターは人間のことなんてどうでも良いものだと思ってたのに、ここまで興味を持つなんて。

モンスターのことは村にいる時からずっと聞いていたのに、聞いた話とほとんどちがうじゃないか!ニンゲンを好きなモンスターはいなければ、その逆もありえないってことだけはその通りだったけど。


この船にいるとイヤでもモンスターのことを学ばなきゃいけなくなる。そのうち、ここでだけのジブンとモンスターとの共通点を見つけることはできた。


ここに、船長が好きで船に乗ってるヤツはいないってこと。


ジブン以外の比べる相手がみんなモンスターだっていうのがヤだけど…少しでも同じ気持ちを持ってることは確かだ。一人ぼっちよりかは心強い。

次から次へと逃げ出すモンスターばかりだから、頼れる仲間なんてできてないけれど。良いヤツがいても、いついなくなるかわからないから肩入れするのが怖くて話しかけられたことがない。


ジブンも船員も、「話しかけたいけどイヤ」、「話しかけたくないけどやらないと」という感じを何度も繰り返してる。イケるかもって思えても気のせいだったり、どうせ気のせいだと決めつけたヤツを取り逃しちゃったりで、上手くいかなくて諦めてしまう。


船員がこぞって逃げ出すのは、船長に首ったけな様子のジブンを見ているからでもあるんだろうか?「あいつも可笑しいんだ」って…ふたりも可笑しなヤツがいるなんて耐えられないって。もしくは「脱走が船長にバレるのはマズいけど、いくらなんでもああはなれない」って思ってるのかな。


逃げ出す船員が増えたのも、船員として腰をすえて生きていくモンスターがいるのも、ジブンのせいなんだろうか?

そんなわけがない。ジブンは村に帰るためにここにいるしかないだけだ。ミナライは船長の夢を叶えるための存在で、船長はそれに満足してるんだから言うことはない。

船員をふるいにかけることにつながっているんなら、好き勝手に過ごしたって構わないはず。前に、船員のために船長をどうにかしようって思いかけたけど…やっぱりあんなヤツらのために動く必要なんてない。


最近の船長への疑いから頭を休めるためにはじめた考え事だけど、船員の評価を定めることにつながった。棚からぼた餅だ。

うん、ふるいをすり抜けていったモンスターのことなんて考えなくていいや。その程度のことは忘れていい。


元の名前を心の中にずっととどめて、新しい名前で生きてるフリを続けよう。ジブンの名前も夢も、この船の上では何の意味もなくなってしまうならそんなの、いっぺんに変えられたって同じことなんだ。だから変えたことを悔やんで思い悩む必要はない。


今のジブンは村に居た頃とはちがう。船員は前の状態を知らないから、これがモンスターにとってのジブンの全てになる。ミナライとしてのジブンしか知られていないんなら、村でのジブンのことを聞いてこられても無視したらいい。それでまかり通る。

元々、村からは出ていく予定だったんだ。ここでの生活はその練習だと思えばいい。

きっと大丈夫。村に帰るためなら、ミナライとして生きていくことだってできるはず。

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