第16話 風邪引いた 1
「おい、ミナラ__」
「ふえっくしょんっ」
「なんだ?変なタイミングでやんなよ…」
「…くしゅんっ」
「だらしねえな。そんなんじゃ船長のお付きとしてやっていけねえぞ」
「…うっ」
「あ?何だよ…?」
「くしゃみ出るかと思って力入れたけど、出なかった」
「そうかよ。それで、用事があるんだが」
「ッくしゅん」
「ああ、うるせえ…。ミナライが風邪引いてやがる。誰か、船長に知らせろ」
ビーゾンの大声に、甲板にいた船員は見向きもしなかったのに船長はすっ飛んできてきた。ビーゾンが面倒を押し付けようと、早々に逃げていった。
「風邪か?珍しいな。ミナライは今まで風邪を引いたことなんてなかっただろう」
「村に居た頃はふつうに風邪になってたよ。船長は知らないだけ」
「む?そうだったのか」
そんなパワフル人間な訳がないだろう。村で過ごした時間の方が長いんだから、考えたらわかるだろうに。体調が悪いから、いつもよりイライラしてしまう。
「熱はあるか?」
「わかんない。体温計ないもん」
「何だそれは?」
「熱を計るヤツだよ」
「そんなものが無くても、熱っぽいかどうかはわかるだろう」
「さあ?いつもよりぼうっとするかも」
「なるほど。全員、甲板に集まれ」
船長が大声で呼びかけたら、結構な時間をかけて船員がイヤそうにのろのろと歩いてきた。
ちょっとしたことなのに、判断が早すぎやしないだろうか。船員を集めるほどじゃない。
「ミナライがどうかしたってか?」
「風邪を引いている。いつもより熱っぽいそうだ」
「そりゃあずいぶんなことで」
ほらもう、皆してめちゃくちゃ面倒くさそうじゃないか。
「ワタシたちにできることは?」
「待てよ、船長が大げさに言ってるだけだろ。風邪なんざ寝りゃあ__」
「…くしゅんっ」
「なんだ?空砲?」
「落ち着け。城からは離れている」
「くしゃみじゃナい?」
「ああ、ミナライかよ…」
ドラーゴンが慌てたかと思えば、もうほっとしたような顔をして、さっきよりもイヤそうな目を向けてきた。
ほんとうに、腹が立つヤツらだ。少しは心配したらどうなんだろう。
「ジブンだって好きで風邪引いたんじゃないよ」
「そうかよ。じゃあ勝手に寝ときゃ良いだろ」
「そんな単純なものではないだろう。ほら、こんなに辛そうではないか」
「そうか?いつもと変わらなくねえか?」
「いや、顔色が悪い気がする」
「船長もテキトーじゃねえか」
「ミナライ、風邪っぽいと感じたのはいつなんでス?」
船長とブッタンのらちが明かない話をよそに、ニシカミが話しかけてくる。
「朝に喉が痛くなって、水だけ飲んでもう一回寝たの。起きてもまだ痛かったから水飲んだ。でもさっき、くしゃみが出始めた。あと寒い」
「それはだいぶ風邪っぽいですネ」
「そうか?寝とけば治るんじゃねえの」
ブッタンが耳をほじりながらダルそうに言った。コイツは相変わらず意地悪だ。他の船員はこんなことまでは言わないのに。
苛立って目線を外すと驚くことに、ティチュやスケルトンやキャノヤーですらもよくわかっていなさそうだった。
面倒そうではないけど、そんなにさわぐことなのかという顔をしている。
もしかして、モンスターは風邪がなんなのかわかっていないんだろうか?
野宿が当たり前だから、風邪なんて引いたことがないのかもしれない。寝不足程度だと思っている可能性がある。
だとしたら、風邪の辛さをモンスターに理解させるのは難しい。船長以外のモンスターは人間のことをわかってると思ってたのに。
とはいえ、わからないにしても扱いが雑すぎやしないだろうか。さっきから「寝れば良い」って、そればかりだ。間違ってはいないけど、テキトーすぎる。
「治んないよ。お母さんが『薬飲まないと治らない』っていつも言ってたし」
「それっていつの話?ミナライは成長してるんじゃないの?」
「覚えてない。子どものうちはずっと風邪引くものらしいよ」
「じゃあもう体が慣れてきたんじゃないか?」
「だったらこんなにキツイわけないでしょ」
「俺達に動けって言う訳か?」
「そうだよ。お願い」
「で、なにさせる気だ?」
「だから薬持って来てってば」
コイツら、人が苦しんでるのにまだ面倒くさがるのか?しかも、全然話を聞いていない。なんとか、動かなきゃいけないって思わせられないかな。
「早く治さないとみんなに移っちゃうかもよ。大好きなお昼寝もできなくなるかも」
「モンスターにニンゲンの風邪が移るもんか」
「俺らは体が丈夫なんだ。病気に罹ったことなんざ一度もねえよ」
ビーゾンが大きく一歩踏み出して、そんなことを言ってきた。
なんなんだ?ジブンがモンスターをナメてるとでも思ってるのか?こんな時にケンカっ早くならないでほしい。
「天日干しにでもしときゃ良いんじゃね?」
「寒いとか言ってたもんな」
「海風に晒しちゃ不味いくないか?」
変な看病までし始めようとしている。どうしようもない。
面倒だから早く片付けようとしてる船員と、ジブンに合った看病をしようとしてる船員と、船長が大げさなだけだと思って何もしない船員とで話が噛み合っていない感じがする。
船長も船長で騒ぎ過ぎだ。ジブンはほんとうに辛いのに、誤解されちゃう。
どうにかできないか考えたいのに、喉がイガイガしてきた。
「早く薬を作ってやらねば。皆、薬草をあるだけ持って来てくれ」
「ねえよ、そんなもん」
「なら、島から採ってこよう」
「周辺の島からは離れてる。今から向かっても数日はかかるぞ」
「ううむ…ミナライ、耐えられるか?」
「わかんない…。寝てて良い?」
「ああ。連れて行こう」
船長に抱き上げられて、ヨロイの冷たさで体が震えた。
「うわっ、下ろしてよ」
「大丈夫だ、俺に風邪は移らんぞ」
「違う、下ろして。悪化しちゃう」
「どうしてだ?」
「船長の体、冷たいでしょ」
「ああ、そうか…なら魚介系以外の船員、頼めるか?」
「ワタシが行きますよ」
マントマンに抱き上げられて、体が浮いた。毛布ほど暖かくはないけど、船長よりはマシだ。
「助かる。寒いようだから、ミナライの部屋で焚き火をしようか」
「はア?ここ木造よ?」
船長とピッシュが言い合っているのを尻目に、マントマンは地下の船室へゆっくりと飛んでいく。
コイツら、頼らなきゃいけない状況になると急にポンコツだ。ジブンのことが相当、どうでも良いというのもあるだろう。今まで関わらないようにしていた分、はっきり認識させられると凹んでしまう。
ええい、なにくそ。凹むくらいなら風邪を治した方が良い。マントマンがそばにいるとはいえ寒気はどうしようもないから、しっかり寝よう。
*
「ミナライは寝るんだろ?なら俺たちももう良いよな?」
「ミナライを辛い病から救わねばならないのだぞ。オマエたちも協力してくれ」
「だから寝かせとけばいいだろ」
「まあまあ、協力するふりしとけばサボれるっしょ」
「だと良いけどな。ミナライのこととなるとあいつうるせえぞ?」
「船長。ミナライの風邪の原因はなんなの?」
ミナライをダシにサボろうとする船員に顔をしかめながら、キャノヤーが問いかけた。
「さあな。俺も聞いたが、急に咳が酷くなったみたいで聞けなかった」
「俺は知っている。連日、甲板で寝ていたせいだろう」
「連日?なぜオマエが知っている?確かに昨日はそうだったようだが」
船長がすぐさま、ティチュに問いかける。船長の知りたがり様にティチュは面食らった。
「夜中にたまたま、甲板でミナライを見かけただけだ。それよりミナライの看病の方針を決めないと」
「そうだな。どこかの島に薬草を__」
「おいおい、また島旅か?いい加減飽きてくるぜ」
「文句を言うな。ミナライが最優先だ」
「そのミナライのためを思って言ってんだよ」
「なに…?」
船長がたじろいだのを皮切りに、ヒソヒソと文句を言っていた船員が声を上げ始める。
「アイツ、故郷に帰りたがってんだろ?明らかに人が住んでない島ばっか巡って何になるんだよ」
「故郷が消えた先が島の可能性もゼロではない。足が遠のく場所を先に潰しておいた方が良いじゃないか。大陸を粗方探し回った後に、藁にも縋る思いで島を巡るなんて嫌だろう」
「そン時はそン時でしょ。船長ってば嘘つき、なんテあの子言ってたワよ?」
「は?なぜ…」
「ミナライも、島旅なんて意味ないって思ってるってコトでしょ。心が弱ると体も弱るワよ。ずっと我慢してきたンじゃないの?」
「だから今回風邪引いたのかもな。ちゃんとしろよ、船長」
「はあ、まあ、そうかもしれんな」
船長は悩むような素振りを見せた。おもむろに、地下の船室へ歩き出す。
「一旦、ミナライの様子を見てくる。薬草の調達方法は各々で意見を出しておいてくれ」
「はいはい。大陸に行きゃ浜辺の洞穴にあるよな?」
「あるある。めっちゃある」
「ドラーゴンって洞窟性じゃないよね?」
「細かいことは良いんだよ。ありそうなイメージだろ」
陸に辿り着きたい魂胆が見え隠れする。ミナライの看病が面倒だという感情も優先したいようだった。
キャノヤーらが顔を見合わせてため息を吐いている間に、船長が階段を下りて地下へ消えていった。この密談が聞こえていない訳がないが、言い返す余裕もないのかもしれない。
「ってかピッシュ、さっきの嘘だろ?バレたらヤバいぞ」
ミナライが、「船長ってば嘘つき」と言っていた話のことだろう。
「バレないデしょ。ミナライが故郷に帰りたかってるのを無下にしたのは本当だし、嘘にはならないワ」
「それとこれとは話が別じゃねえか?」
「何だって良イでしょ。やっと大陸に行けるンだから」
「そうそう。出汁にできる奴がいて良かったな」
「故郷が消えたなんて絶対嘘なのにな」
先ほどとは打って変わって陰口を言い始めた。船長の前でそれらの言葉を飲み込んだのも、口論になると望みが通りづらいからに過ぎなかった。
「それにしても上手くやったよな。ミナライのことも汲んでやるとは」
「なんのことだか。俺たちだってマジでムシャクシャしてただろ」
「ワタシたちの策略に巻き込んだようで少しアレですが、ミナライ自身も目的も果たせる訳ですしね」
「だな。バレたところで文句は言われないだろ」
手放しに喜んでいるようで、後ろ髪を引かれる思いの船員も少なからず居た。
「これで大陸に行けるな。やっと船からおさらばだ」
「長かったな。そっちの奴らは船に残るんだっけか?」
ドラーゴンが狼男やマジュツシなどを見て言った。
「まあな。こっちもそこそこ安全だろ」
「船長がこれ以上変な気を起こさなければ良いのですが…」
「あいつが居てもどうにかなるんじゃねえの。さっきのも嘘じゃないからな」
「そういうこと言うなよ、気持ち悪い」
気まずそうに目配せをして、誰ともなく黙る。
誰もが、ミナライを船員として認め始めていたのは事実だった。だが、そんなことを考える自分が気持ち悪くて認めたくなかった。
その様子にティチュが顔を歪め、キャノヤーやスケルトンが打ち破るように声を紡ぐ。
「風邪ってちゃんとした病気なんだよ?看病に協力したらどうなの?」
「そうだぞ、船長だって騒がなくなるかもしれない」
「んなこと言ってもな。治し方なんて知らねえし」
「キャノヤーもミナライに構ってる場合ナの?お仲間が追い出されたジゃない」
痛いところを突かれて、何も言えなくなる。
船長に質問をしに行った仲間が、昨夜追い出されたのだ。
「翌日にいなくなるとは思わなかったな。船長ってあんなに短気だったっけ?」
「さあな。ミナライに聞かれてたからじゃね?」
「そうなの?」
「らしいぜ。なあ?」
ブッタンがティチュに目線を向ける。昨日、「幸せな夢」なんて言ってミナライをからかったばかりだった。
「聞いてはいたようだが、うたた寝の中で聞いただけらしい」
「でも、聞いてはいたんだよね?船長にバラそうと思ってたとか無いかな?」
「ミナライが一昨日の話をどう思っていたのかまでは知らない」
「よく言うぜ。ミナライの風邪の原因も知ってそうじゃねえか?」
ティチュに視線が集まる。ブッタンを軽く睨んだが悪びれる様子はなかった。仕方なしに、白状することにした。
「ミナライは連日、夜中に甲板に居たから風邪を引いたんだろう。一昨日も、船長とキャノヤーより先にミナライが甲板に居着いていた」
「話を聞かれてたのは偶然なんだ?」
「そうだな、ミナライが探りを入れていた訳では無い」
「とはいえ、何で甲板で寝てるんだよ?んなことモンスターでもしねえぞ」
「だよな。風邪引きに行ってるようなもんじゃねえか」
「夜は寒いからな、子どもの体には堪えただろう」
「いや、質問に答えろよ」
「ミナライの許可が無い。というか、俺も本当のことは知らないんだ」
「それなのに親気取りか?本当に船長に似てんな」
「違う。俺が思うに、ミナライは寂しいんだろう」
「夜の甲板なんざ一層寂しいだろ」
「それはそうだが、話し声が聞こえるのは甲板だけだろう」
「なんだそりゃ?」
「偶に、船員が甲板で話をしているじゃないか。それを聞きに行っていたんだろう」
「わざわざ甲板に行かなくったって、隣の部屋に行きゃいいだろ」
この船の地下室のうちの二部屋の分配は、ミナライに小部屋を一つ、隣の大部屋を船員たちが雑魚寝するスペースとして船長が定めていた。
「イビキと話し声は違うだろう。ミナライはそもそも寝付けていなかったのかもしれんな」
「そりゃ仕方ねえだろ。豚鼻とかエラ呼吸とかいるんだから」
「ニンゲンだってイビキかくじゃねえか。風邪を俺たちのせいにするつもりか?」
「そう怒るな。ミナライは誰かの話し声を聞いて、寂しさを紛らわしたかっただけだろう。アイツにも限界が来ていたんだ」
「へえ、ガキでも辛いとか感じるんだな」
「当たり前だろう。今回のことは怪我の功名かもしれないがな」
「確かに、アイツのお陰で針路変更の打診がしやすくなったんだしな」
「ミナライが狙ってやったんじゃないのか?」
「自発的に風邪を引いたと?そんな面倒はしないだろう」
「前に、『陸に行こう』ってねだったら断られたらしいじゃねえか。こういう力技に頼った可能性もあるだろ」
ティチュは少し上を向いて悩む素振りを見せた。いくらティチュでも、あまりミナライのことを知らないのだ。
「そうかもしれんが、本当のところがどうであっても良いだろう。皆の望み通りになったんだから」
「そうだがよ。全く、あんなガキに頼らなきゃ針路も変えられねえのかよ。船長の方が子どもじゃねえのか」
「どうだろうな。あいつのことはよくわからん」
「まず、ヨロイノボウレイが旅してるしねぇ」
「その上、ニンゲン連れてるし、ムチ打ちなんかしてるし」
「変にもほどがあるだろ。やっぱりとっとと逃げておけば…」
「まあまあ、良いじゃナい。ミナライのおかげで円満に片付くンだし」
「そう通りだ。利用して終われるんなら、ざまあねえ」
「やめようよ、ミナライに非はないじゃん」
キャノヤーが割って入る。
「あいつが潔白だって確証はあんのか?」
「無いけどさ」
「船旅だったから円満に来られただけかもしれませんしネ。最初から陸旅だったらどうなっていたことやラ」
「昔はあんなガキにまで怯えずに済んだのにな」
話の方向が全く変わらず、キャノヤーはがっくりと肩を落とした。
「そんなしょぼくれんなよ。別に俺らもミナライを殺したい訳じゃない」
そういう話ではないのだが、それ以上は何も言えなかった。他の船員を疎みながらも、キャノヤーのようなモンスターはどうしてもああいう連中に強く出られないのだった。
「向こうの奴らはどうなのかな」
「あいつらはマジで心やられてんだろ。船旅でもしといた方が良いんじゃねえの」
狼男が、船の隅を見やった。
船に乗った時から誰とも喋らず、一日中うずくまって過ごす船員が数匹いた。雑務は黙々とこなすため追い出す理由は無いが、船に影を落としていた。
「そうでしょうネ。船長もああなっていたのやモ」
「あいつに何があったのかはわかんねえんだろ?なら推測で情をかける意味はない。やめとけ」
「向こうの奴らも1回も喋ってないからわかんないけどね」
キャノヤーは自分たちのような群れと、「陸に行ける」と息を巻く群れと、うずくまる群れが居る甲板を見回した。
「こんなメンバーで、持った方だよね」
「全くですネ。荒い連中が野に放たれるならもっと平和になるのでハ?」
「馬鹿言え。しがらみがなくなった船長が好き放題ってことだろ?しわよせは全部俺たちに来るじゃねえか」
「いやいや、陸旅になればミナライの言うこと聞かざるを得ないでしょ。あんなとこ危険極まりないんだから」
「そうだな。逃げた方が良いんだろうけど」
「ここに残るって決めたんでしょ?急に変えたって後悔するよ」
「確かにな。大人しく残っとくか」
「そうです、皆で居たほうが安全に決まってますヨ」
いやに穏やかな風が纏わりついてくる。ニシカミが興奮気味にまくし立てて、船員たちは腑に落ちようと必死だった。
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