第17話 風邪引いた 2

マントマンにジブンの部屋まで運ばれてからは、横になってじっとしていた。

いつも裸足で寝てるのに、比べ物にならないくらい寒い。ここには靴下なんて無いもんな…。


息をするだけでも喉がじくじくする。何もせずに寝てていいなんて最高のはずなのに、喉が痛いせいで気分がブルーだ。


空気が乾燥してるな。後で船員に水を張ったバケツを持ってこさせよう。



風邪を引くのは久々だし、お母さんたちがいないと思うと不安で妙に寒く感じる。その上、ここには本も何もないからかなりヒマだ。



村にいた頃は退屈なだけの時間だったけど、モンスターったら風邪の治し方を知らないどころか看病する気もないとかどうかしてる!


治るかどうか不安になってきた…こんなの初めてだ。

うう、村に帰りたい。



船長が無駄にさわいだのも、船員が取りあってくれないのも全部イヤな感じだ。なんなんだ、アイツら!

前から色々とイヤだとは思ってたけど。



あんなヤツらのことを考えてもムダだ。早く寝…られないんだった。

だったら「腹が立つ」以外の事を考えた方が良いか。



そうだ、昨日ブッタンたちと話した「幸せな夢」についてはずっとわからないままだった。もう一度考えてみよう。


船長が嘘をついていたのかどうかはわかってない。

でも船員が減っちゃったし、船長が証拠を消そうとしたってことになるのかな。「夢に違いないさ」というのは嘘だったのかも。



船員は一匹だけじゃなく、何匹かまとめていなくなった。グループで計画を立てていたという推理は当たっていたみたいだ。



ジブンがあの時、船長に話を聞きに行かなければ船員たちはここにいられたんじゃないかとも思うけれど…ケンカして追い出された訳じゃないんなら、ピッシュみたいに海に突き落とされるようなことはなかっただろう。変に自分を追い詰めるのはやめよう。



それにしても、船長が自分で船員を追い出すなんてピッシュの時以来だ。そうまでして隠さないといけないなんて、やっぱり一昨日はヤバい話をしてたのかも…。



ん?誰か、甲板から下りてきたな。




「ミナライ、調子はどうだ?」




船長か。船員との話はとっとと済ませてジブンにべったりくっつくと思ったのに、案外時間がかかったな。




「良くない。」

「そうか…。」




残念そうな顔をされた。ちょっと寝ただけで良くなると思ってたのか?どこまで人のことを知らないんだ?


船長はベッドのそばのイスに座って、固まったかのように動かなくなった。調子はどうだ以外にも質問してくると思ったけど、なんなんだ?しょげてるように見える。




「なにかあったの?」

「ああ、そうだな。その…いや、何でもない。ちょっと考え事をだな。しようと思ったらミナライのことが気になったんだ。」

「そう。」




話に付き合わせようとしてるのかと身構えたけど、船長はそれきり喋らなくなった。ぺちゃくちゃ喋ってくる船長に「静かにして」って言うつもりだったのに、変なの。


少し様子をうかがってみても、今の船長はほんとうに大人しい。船員に変なことを言われたのか?まさか、ジブンが仮病か疑ってる訳じゃないよな?


考えたって何で悩んでるかわからないか。どうせ何でもないことだろうし。



でも黙ったままだと気まずいな。どうしよう。

あっ、気になってたことを聞くなら今かもしれない。狼男から聞いたこととか、それ以前から変に思ってたこととか…他に誰もいないし、丁度いいや。




「船長。なんで船員にムチを打ち始めたの?」




うつむきがちだった船長が、顔を上げる。




「誰から聞いた?」

「覚えてない。みんなウワサしてたし、誰からっていうのはないよ。」




狼男から聞いた話だけど、アイツの名前をあげるのはマズい。


それにしても「誰から聞いた?」か。隠す気もないときた。ジブンにバレたからには誤魔化しようがないとはいえ、あっさりしている。


船長はまた、うつむいた。




「俺は仲間が欲しかった。」

「それは知ってる。」

「だから、鞭を…。」

「なんでムチを打ち始めたのかを聞いてるの。」

「うるさいな、少し黙ってくれ。」




うるさい?なんだよ、その言い方…。




「船長が内緒にしたのが悪いんでしょ?ちゃんと話してよ。」

「無理だ。」

「どうして?」

「オマエだって、本当の名を隠しているじゃないか。」




息が止まる。ひねり出すように、やっとの思いで吹き返した。



なんでだ?いつから気付いて…いや、あの時言った「今は新しい名前になっても大丈夫」なんて最初から嘘だとわかってて、こうやって詰められた時のために取っておいたってこと?



船長を上目で見つめる。コイツが何を考えているのか、見かけだけではまるでわからないから困る。


苛立ったような息遣いも、焦ったようにツバを飲み込む動きも、肩に力が入っているのかさえも。どこを見ているのかも、今どんな顔をしているのかもわからない。


その上、ムチ打ちだの嘘を見過ごすだの訳のわからないことばかりするからたまったものじゃない。




「名前は…仕方ないじゃん。」

「俺だって鞭のことは仕方ないさ。」




どこがだよ…!?

でも、向こうからしたら「名前が言えないこと」の方が訳がわからないのかもしれない。他の船員からも良くわかっていないような反応をされてきたもんな…。



船長はむっつりと黙ってしまった。名前のことを引き合いに出されてはどうしようもない。ムチのために自分の名前を明かすなんてもってのほかだ。卑怯者め…。


これでは打つ手がない。他の気になることを聞くしかないか。




「じゃあ、船長の剣って人間の物なの?教えてよ。」

「そうだが。」

「なんでそんなの持ってるの?」

「言えない。これも俺にとっては仕方なかったんだ。」

「ムチと同じ理由で?」

「ああ。」




仕方ないことが多くないか…?長く生きてたらそうなるものなんだろうか?


ともかく、ムチと剣の二つは繋がっていることがわかった。狼男は確か、船長は牢屋に入れられてて兵隊さんから剣とムチを奪ったんじゃないかって言っていた。


あれは正解だったんだ。船長は誰にも言えないような悪いことをして…。




「誤解しないでくれ。まだ理解できてないんだ。」

「なにを?」

「ニンゲンが、俺たちにしたことを。」




というと、牢屋に入れられたことだろうけど…理解できていないってなんだ?「俺は悪いことなどしていない」って思ってるのか?


船長が悪いことをしたかどうかは知らないけど、牢屋に入れられたんならそうなんじゃないのかな。聞いても話してくれるかわからないけど。




「船長はなんで悪いことをしたの?」

「は?何がだ?」

「牢屋に入れられたんじゃないの?」




船長はありえないくらいに静かになった。さっきまではうなるくらいはしてたのに。


ジブンの言ってることがわかってないのか?まさか、牢屋の存在すら知らない?剣もムチも、道ばたで兵隊さんから奪っただけなのかな…。





「誰から聞いた?」

「船員だよ。モンスターは大体、牢屋に入れられて拷問されてるんでしょ?」

「その船員というのは誰だと聞いている。」

「追い出さない?」

「約束する。」

「狼男。」




ジブンも、誤魔化しきれなくて答えを言ってしまった。




「あいつが…。」




怒るかと思いきや、船長は意外そうに体を反らした。これはどういう反応なんだ?


狼男自身は牢屋に入れられたことがないって言ってたし、それかも。経験がないヤツが牢屋のことを話したってなると、確かに意外というか変だな。


いや、狼男が言ってたのは他の船員との交流で導きだした答えなのかもしれない。

船長は船員との交流がないから意外だと思うんだろう。




「モンスターが牢屋に入れられてるのってほんとうなの?」

「あ?ああ…そうだ。知らないのか?」

「うん。」

「何故だ?」

「聞いたことないからだよ。」

「どうしてだ?」




どうしてって、なに?なんで知らないのかってこと?




「知らないよ。お母さんに聞いて。」

「聞けないじゃないか。今のオマエは1人だろう。」

「そうだけど…。」




いつもより船長の物言いが冷たい。でもお母さんがそばにいないのはジブンのせいじゃないのに、そんな言い方をされるのはイヤだ。




「ミナライが悪いって言いたいの?」

「そんな訳が無いだろう。オマエは知らなかっただけだ。」

「だよね。」




ジブンも苛ついて、突き放す言い方になってしまった。気まずい…早く元の話題に戻そう。




「船長が牢屋に入れられたのっていつのことなの?」

「つい最近だ。船の修理を始める数年前だった。」




へえ、ジブンが生まれてすぐだったのか。モンスターの「つい最近」はちゃんと言ってもらわないとわからないな。


とはいえ、10年も経って理解できていないってどういうことだ?


ジブンも大人に叱られた時、全然わからないことはあった。それとこれとは話が別だろう。

ジブンは拷問されるようなことなんてしていない。


なのに話せないなんて。恨みがましい目で見つめると、船長はこちらにゆっくりと手を伸ばした。なんだ!?




「安心しろ。オマエにムチを打ったりはしない。」




頭をなでられたかと思ったら、すぐに手が離れていく。

当たり前でしょ…そんなことされたら死んじゃうし。そんなことを言えば安心させられると思ってるなんて、ぞっとする。




「えっと…なんでモンスターは牢屋に入れられてるんだっけ?」

「知らないさ。オマエもそれくらいは聞いてないのか?」

「さあ…。」

「なら、モンスターのことはどう習った?」

「悪いヤツらで、兵隊さんがやっつけてくれるって。」




様子が可笑しな船長に悪口めいたことを言うのは緊張した。でも、船長は不思議そうにするだけだった。




「何故?何故悪いなどと…。」

「ほんとうに何もしてないの?」

「俺は100年ほど、洋館で暮らしていただけなのだぞ?」

「その洋館って誰のものなの?」

「誰、とは?」

「船長たちが作ったものなのかどうかって話。」

「俺たちではないな。」

「じゃあ人のものじゃん!勝手に住んだらダメだよ。」




有り得ない!と声を上げると、船長は驚いたように背筋を伸ばしていた。




「そ、そうなのか?知らなかった。」

「魔王から教えられなかったの?」

「いや、そういうことは特には…。」

「とにかく、ダメだよ。だから兵隊さんも怒ったんじゃないの?」


「わからんな…。あの洋館は俺たちが行き着いた時には既に寂れていた。その上、100年の間誰も寄りつかなかった。それでも「人のもの」と言えるのか?」

「言えるよ。」




どんな人だったのかは知らないけど、さすがに建物は捨てないんじゃないかな。

事故かなにかで死んじゃって、洋館の存在を誰にも知らせていなくて手入れが出来ていなかっただけ…みたいな感じなんじゃないの?


死んでなくて、その人が手入れをサボってた可能性もある。それでも、その人のものではある。


人のものを盗るのは悪いことだ。そりゃあ、兵隊さんだって怒るだろう。

だけど、捕まえて牢屋に入れるほどなのか?




「ニンゲンの世では、物を盗ると牢屋に入れられるのか?」

「うん。短い間だけどね。」

「ニンゲンも鞭で打たれるのか?」

「牢屋に入れられるだけだよ。それか、罰金かな。」




船長は悩ましげにうなだれた。「では、何故俺たちは…」という思いが伝わってくる。




「洋館で暮らしてただけなんだよね?」

「ああ。」

「じゃあ、ムチで打たれるのは変だね。」

「そうなのか?んん…?」




船長はますますわからなくなったみたいだ。ジブンも、よくわからない。




「あっ、「モンスターだから」かも。」

「どういうことだ?」




思いついたことを、船長に説明する。


同じ行動を、人がやるかモンスターがやるかで考えてみるとわかることだ。

例えば街を人が歩いているなら問題ないけど、モンスターならそこにいるだけで大問題だ。皆逃げて、兵隊さんが集まってきて、大さわぎになる。


船長たちが大げさな罰を受けたのもそういうことなんじゃないだろうか?




「成る程な…。とはいえ、何故「モンスターだから」とそんな仕打ちを受けなくてはならんのだ?」

「昔、悪いことしたからじゃないの?」

「俺たちの代でそのような話は聞いたことが無い。」


「じゃあ、船長の親とか?」

「モンスターの親は等しく魔王様だ。」

「そうだったね…何百年も前のモンスターのせい、とか?」

「違うだろうな。モンスターは何百年も生きる。」




時間の感覚が違うせいで、思うように話が進まない。相変わらずモンスターは面倒だな。




「そもそも認知できていない可能性があるな。ニンゲンにとっての「悪いこと」は理解できない。」

「だったらモンスターにとっての良いことって何なの?」

「ニンゲンを倒すことだ。」

「…それじゃない?」

「何だと?」

「人を倒そうとしてるのは悪いことだよ。」




はあ、とつぶやいて船長は軽く上を見た。




「そうなるのか。」

「えっ、考えたらわかるでしょ?」

「わからないさ。今、初めて知った。」

「考えもしなかったの?」

「対立しているのが世の常で、そういうものだと思っていた。」




ああ、そういう…。人間は殺されて当たり前、って訳じゃなかったのか。ジブンと似た感じだった。

モンスターはキラいだけど拷問されて当然とまでは思ってない、みたいな。




「ニンゲンを倒そうと思うだけで罪なのか?」

「良いことではないでしょ。」

「うーむ…思想まで取り締まるのか?」

「じゃないと言いたい放題になっちゃうよ。」

「そう、だが…。」




船長がどんどんしょぼくれていく。船長も、ニンゲンを倒すのが悪いことだと教えられてなかったんだし可哀想に思えてきた。


でも励ますといっても「船長は悪くないと思うよ」は無理があるし…どう言おう。




「船長は悪いことしてないんだもんね?」

「間違いない。」

「やっぱり、ムチ打ちは可笑しいよ。そこを考えよう?」

「だが、それについてはオマエも知らないのだろう?」

「予想はできるじゃん!わからないままよりかは不安じゃないよ。」




船長は考えるように太ももに肘をついた。

前は狼男としたような話を、あの時と同じ気持ちで船長とすることになるとは思わなかった。


船長が悪い。船長が悪くなったのはどうして?船長が悪いヤツとして捕まったのはどうして?という風に変わっていくなんて。





「モンスターは昔から人間を倒そうとしてたの?」

「ああ。」

「その恨みが今まで続いてるのかな?」

「昔といっても数千年単位の話だぞ?ニンゲンはそんなに色濃い恨みを持つのか?」

「うーん、ちょっと変だね。」




唯一、有り得る話を出したけどダメだった。




「もう、わかんない!兵隊さんに聞くしかないよ。」

「え…?兵隊の元に行くのか?」

「うん、ジブンが聞いてくる。」

「い…。いや、うん、まあ。や、だが、止めておこう。別に良い。」 




やたらと声を漏らしたのち、またしょぼくれた。話し込むほど、船長が凹んでしまう。


船長の励まし方なんてわからない。船員が増えてからはふたりきりで話すことが減ったから、ご機嫌の取り方を忘れてしまった。




「魔王に話を聞いてみたら?色々知ってるかも…。」




途中で声がしぼんでしまった。マズい話でもしたかのように、船長が固まったから。




「魔王のこと、好きなんじゃないの?」

「お慕いしている。だが、俺が助けを求めても何もしてくださらなかった。」




えっ、そうなの?魔王アテにならないだって?それだとジブンも反応に困る。どうしよう…。




「魔王は、船長が牢屋に入ってたって知らなかったんじゃない?モンスターはいっぱいいるんだし、一匹一匹の様子を伺ってなんかいられないんだよ。」

「まあ、そうかもしれんが…。」




頼りにしている人からの便りがないと不安なのは良くわかる。ジブンも、お母さんたちが未だに助けに来てくれないから。


船にいることを知らないだけだと思いたい。大陸に行けば、「探しています」というポスターが貼られていてほしい。だけど、無かったらどうしよう。


不安になってきた。変なこと言い出さなきゃ良かった…。




「ありがとうな、ミナライ。少しは不安が晴れた。」

「ああ、うん。」

「どうした?寒くなったか。」

「なんでもない。」




もごもごと体を縮める。相変わらず、船長とは波長が合わない。船長が元気になるとジブンが凹む。悪口を言った訳じゃないのに、そうなってしまう。




「ねえ、ムチの話だけどさ。」

「まだその話をしたいのか?」

「うん。この船に乗るまで知らなかったから。」

「そうなのか…。」




船長はまた意外そうにしていた。ジブンが何も知らないのを信じられないのかもしれない。

知らないものは仕方ないじゃないか。疑わないでもらいたい。




「狼男が、人間がここ1、200年で急にモンスターをキラい始めたって言ってたけどほんとう?」

「本当なんじゃないか?俺が生まれた時からそうだったかは定かではないが、世界中のモンスターに経験があって噂も広まっているとあればそれだけの年月が経っているのだろう。」


「100年で急って言うの?」

「何を…ああ、ミナライは10歳だったか?」




感覚が違うとわかっていても、ウワサが数百年かけないと広まらないなんてびっくりする。


あれ?そう考えると、モンスターの間で急にウワサになるって変じゃないか?




「急にウワサになるってどういうことなんだろう?」

「誰かが焚き付けたんじゃないか?王のような立場のニンゲンが。それについては知らんか?」

「知らない。新聞にはのってたかもしれないけど。」


「では何故知らないのだ?」

「新聞って文字しかなくて面白くないの。」

「ミナライは本が好きじゃなかったか?」

「新聞と本は違うよ。」




もう、子どもの気持ちをわかってないんだから。


それにしても王様か…。全然わからないな。船員なら知ってるヤツがいるかもしれないし、今度聞いてみようかな。

ジブンも、大陸に着くまで覚えておこう。




「どうした、苦い顔をして。」

「いや、なんでも。」




船長を知るたびに怖くなる。話がここまでねじれているなんて。裏返ったカードを1枚ずつめくっているような気分だ。


それを一気にやるってなると、思い切りが良いなんてものじゃない。放ったらかしにするのも何だから聞くしかないけど、我ながら危ないことをしている。


こうなったら、全部やるしかない。まだ他に聞きたいことは…。コイツが船長になってからの疑問点を聞いていこうかな。

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