第15話 幸せな夢

「ミナライ。起きろ」



 かなり近くから、大きな声で呼び覚まされる。この声は船長だな。もう、朝からうるさいんだから。



「おはよ…いてっ…」

「こんなところで寝ているからだろう。部屋で寝ないと駄目じゃないか」

「ごめん…いてて…」



 なんとか立ち上がって、船長や手すりにぶつかりながら船首に行って風を浴びる。背伸びをすれば余計に色んなところが痛くなったけど、眠気は少しおさまった。あんなところで寝なければ良かった。



「オマエか。おっさんかと思ったぜ」



 ブッタンにびっくりされた。こんな時間にここにいるということは、今日の甲板の見張り役なのかもしれない。



「なんでくたびれてんだ?」

「木箱のそばで寝ちゃったの。ほら、そこの」

「そりゃあ全身バキバキだろうよ。途中で目、覚めなかったのか?」

「覚めなかったよ。もうぐっすり」

「ガキは眠りが深いんだな。羨ましいぜ」



 なにが羨ましいんだろう。イビキをかいて眠りこけているイメージしかないけど、ブッタンは寝づらいんだろうか。



「なんであんなとこで寝たんだよ?いつもは部屋で大人しくお寝んねしてるだろ」

「昨日はたくさん動いて疲れてたんだ。休憩しようと思ったらそのまま寝ちゃってたみたい」



 ほんの少し言葉に詰まったけど、よどみなく答えられたと思う。



「そんなに働いてたか?」

「遊んでた」

「へえ、子どもは都合良く出来てんな」



 ブッタンは嫌味ったらしいことを言って、おっさん臭いあくびをした。鼻がひくひくして、何ともマヌケだ。



「そんじゃあな、メシ食ってくる」

「そうそう、変な夢見たんだよ。外で寝てたからかな?」

「お喋りは良いが、メシの邪魔はすんなよ」

「わかってる」



 ブッタンの後ろを着いていくと、サカナが小さな山を作っているところに着いた。



「朝からこんなに食べるの?」

「体が大きい分、食べる量が多いんだよ。オマエも食っとけ」



 サカナを1匹、放り投げられた。



「え、少な…」

「うるせえ奴だな…とっとと食え」



 ブッタンが、サカナを頭から丸呑みにして次々と食べていく。ジブンも少しかじってみれば、とれたての美味しい味がした。


 ふと周りを見たら、眠そうな顔でもくもくと釣りをしている船員が何匹かいた。朝からちゃんと働くってことは、狼男の言ってた古株だろう。

 となるとこのブッタンは不真面目な新入りなのか。働きもしないでよく食べるな。



「なんだよ、じろじろ見て」

「いや、なんでも」



 ふと、足音がこちらに近づいてきた。



「ああ、ミナライじゃないか。昨日は体調が悪そうだったが、食事は摂れているか?」



 船室から出てきたティチュが話しかけてくる。他の船員と違って口が悪くないけど、大きな花が話しているのはいつ見ても不気味だ。



「あ?オマエ、さっきは遊んでたって言ってたろ?」

「いや、ええと…。あ、そうだ。昨日の変な夢の話、聞いてよ」



 ブッタンに詰められそうになったところをさえぎって、急いで昨日見た夢の話を伝えた。


 とあるモンスター2匹が話し込んでいたこと、「ミナライ」「ニンゲン」「ムチ打ち」「殺す」というような言葉が出てきたこと、うんざりしたような声や、驚いた声が聞こえたこと…。

 そして、故郷の話や、船長のヤバさについても言っていたような気がすること。



「ほう、それは__」

「おいおい、ずいぶん幸せな夢だな?」



 ティチュがジブンに何か言いかけたところを、ブッタンが無理やり割り込んでくる。さっきジブンが話を逸らしたことへの仕返しか…?



「夜に話題になるなんざモテモテじゃねえか。なあ?」

「子どもにそういうことを言うな。船長が飛んでくるぞ…」

「あいつに意味がわかるのかねえ?」

「何であれ、幸せな夢だなんて言ってやるな」



 なにやら、2匹の間で話が進んでる。一応で振った話が広がるとは思わなかった。ブッタンは気まぐれに長引かせて、バカにしたいだけだろうけど。「そんなメチャクチャな夢を見るなんて、よっぽどこの船のことが嫌いなんだな」って。それにしてはピッシュも話に食いついているような…。


 最近あったことや心の持ちようによって夢の内容は変わるし、ブッタンとティチュは「そんな変な夢を見るなんて、ミナライと船長の間に何かあったのか?」って気になってるのかも。


 ジブンが一番長いこと接しているのは船長だから、そう思われても不思議じゃない。夢の話が広がったのはそれが理由なのかな。



「幸せな夢ってなに?変な夢だったけど」

「それを「夢」だと思えるあたりが幸せだって話だ。幸せ者の夢なんざ、どんなものでも「幸せな夢」だろ?」

「え?うん…?」


「あまり変な話をするんじゃない。ミナライはまだ万全じゃないんだ」

「へえ?不調の理由を聞かせて貰おうか」

「ミナライ、話せるか?」

「うーん…」

「今は難しいそうだ。しばらくしてから聞くことだな」

「はいはい、わかったよ」



 なんだか静かにケンカしてるみたいな雰囲気だけど、今ので落ち着いたのかな?誤魔化し終わったはずの話を振られてドキドキした…。



「じゃ、夢の話の続きしようぜ」

「おい、ミナライに許可を__」

「ミナライは話をしてた2匹に心当たりないのか?」



 ブッタンはティチュの話までをもさえぎっていた。ジブンが見た夢、そうまでして話したいのか…?



「ないよ」

「他に覚えてる特徴は?」

「さあ…話し込んでたし、友だち同士だったんじゃない?」

「ほう。俺には言い争ってるように思えたけどな」



 ティチュはブッタンを見張っているかのように、厳しい目で見ていた。



「オマエは船長の所業を知ってるんだっけ?」

「というと?」

「鞭打ちだよ」

「ああ、それね」



 急に、船長が話に出て来た。



「知ってたか。でも本当のヤバさは知らない。だろ?」

「『だろ?』って言われても…」

「確認のしようがないって?そりゃあそうか!そうじゃなきゃ__」

「待て!ミナライを怖がらせるな…」



 ティチュが割って入ってくる。ブッタンは不意を突かれたようだったけど、すぐに意地の悪い顔をした。



「なんだよ、オマエもミナライの親気取りか?」

「違う。ミナライを怖がらせるのを止めろと言っているだけだ」

「止めろ、ねえ。この船の均衡でも保ちたいってか?船長みたいなことしやがって」



 話の途中、ブッタンがチラチラとこちらを見てきた。ティチュとドンパチやりそうになってるところなのに、なんでだろう。

 今の話の中でこっそり、ジブンにイヤなことを言ったのかな?大人の意地悪ってわかりにくいんだよな…。



「ブッタン…夢の話は誰にもするなよ。聞けば誰だって意味がわかる」

「ミナライ以外なら、誰でもな」

「はあ…?」



 バカにされたものだから、食ってかかりそうになる。



「良いじゃないか、焦ることでもない」

「そうかな…」



 優しく言われたけど、ティチュだって何かをはぐらかしたような雰囲気がある。ティチュはどちらの味方なんだ?

 ジブンに聞かれたら不味い話なのか、ジブンを守ろうとしているのかがわからない。



「焦るようなことだろ。ここまで過ごしておいて、コイツは船長のヤバさを知らないんだぞ?だから「あれは夢だ」なんて思うんだよ」

「あ、おい…!」



 ティチュが慌てたようにこっちを見た。「あれは夢だなんて」ってブッタンが言った途端に。

 あれが本当のこと?そんなの有り得ないでしょ…。



「安心しろって。見ろよ、このとぼけた顔」

「指差さないで!」

「オマエがとぼけてるせいだろ。にしても鈍過ぎる気がするが。演技してんのか?」

「なんの話?」

「船長と昨日の夢についてだよ。それは夢じゃないし、話をしてた内の一匹は船長だ」

「ばっ…そういうことは伏せろ!」



 ぎょっとして言葉を失う。ティチュはわかっていたかのような反応をしてるし、2匹とも同じことを思っていたんだ…ブッタンがからかって言っただけじゃないのか!?



「なんだよ、本当にわかってなかったのか?」

「夢の中で誰が話してたかなんてわかるわけないでしょ。なんの話してたかもほとんど覚えてないんだから」

「ま、それもそうだな。ガチで寝ぼけてたってことも有り得るか?」



 ブッタンから騒がしさが失せて、なんだかブツブツ言い出した。ティチュはこの話を早く終わらせたいのか、そわそわしている。


 あれが夢じゃないだって!?さっきのティチュはこのことをはぐらかそうとしていたんだ…。どうしてだ?そんなにヤバい話ってことか?

 確かに夢の中の話はめちゃくちゃだったけど…ああもう、考えがまとまらない。



 あの木箱のそばにいたに居た訳でもないのに、なんでブッタンたちはジブンよりも理解しているんだ?あと、なんで2匹の意見が同じなんだ?2匹はケンカしてたっぽいのに。

 思い返せば、ケンカの始まりはジブンにこのことを伝えるか隠すかというところからだったような?


 ティチュがジブンの想像に付き合ってくれるならまだしも、ブッタンがここまでジブンと話を続けるとは思えないもんな。

 ティチュがブッタンに突っかかっていたのも、ジブンに隠したかったからなのか。それがどうしてかはわからないけど。



 2匹とも、あの話を信じているからこそ広げようとしたりさえぎったりしたんだ。でも、からかうような話でもあり、さえぎる必要もある話ってなんなんだ…?

 ジブンにはサッパリだけど、船員からしたらそういう考えになるものなんだろうか。


 じゃあ、ジブンがこんな夢を見たんだよ、という話をした時点で2匹は「それは夢じゃない」と気付いていたってこと?それはいくらなんでも早くないか?相当、確信めいたことがない限りそうはならない。


 でもそうじゃなきゃ、つじつまが合わない。2匹はジブンの話の中に、そう推理できるだけの材料を見出していたんだ…。そんなことを話した覚えはないのに。



 ブッタンなんて、いの1番に「幸せな夢だな」なんて言い出したんだもんな。アイツなら雑にあしらってきそうなのに。それほどネタになる話だったってことになる。


 そもそも、「変な夢を見た」って話はすぐに終わるもののはずだ。たとえどんなにヤバい内容だったとしても、夢は夢なんだから。


 夢の内容から、前日に何があったのかを推理しようとした可能性も無いだろう。実際に聞いた方が早いし、モンスターはそんな面倒なことはしない…。

 なのにここまで長引いたってことは、あれが夢じゃなかったことの証明だ。


 とはいえ、これはあくまでジブンが2匹の推理の手順を探っただけだ。なんであれが夢ではないなんて言えたのか、の情報が掴めていない。


 モンスターはリアルな夢ばかり見るものなのかな?夢の中で変な話をしてるのなんて良くあることだと思うけど。


 それにしてはさっきのブッタンは、ジブンの「夢ってそんなものでしょ」という話をすぐに理解していた。だとすれば、モンスターも夢に対する考え方はジブンと同じなんだろう。


 次は、どうして夢の中の一匹が船長だとわかったのかだ。

 夢の中の2匹はそんなに元気がある様子じゃなかった。つまりどっちも、船長らしくない。


 夢の中なんてハチャメチャな話してるものだと思って気にしてなかったけど、船長しか言わないようなことを言ってたのかな?


 船員しか知らない船長の顔だってあるだろう。現にジブンは、ムチ打ちのことを最近まで知らなかったし。


 昨日の夜の会話を今一度思い出そう。夢の中の2匹が話し込んでいたこと、「ミナライ」「ニンゲン」「ムチ打ち」「殺す」というような言葉が出てきたこと、うんざりしたような声や、驚いた声が聞こえたこと。

 それと故郷の話や、船長のヤバさについて…。


 こんな話、しようと思えば誰でもできると思うけど船員にとってはそうじゃないのかもしれない。船長に聞かれていたらと思うと話ができなくなっても可笑しくない。前の狼男がまさにそうだった。


 とはいえ、本当に話題に上がらないことだったのかはわからないな。テイチュはそわそわしっぱなしだし、ブッタンに聞いてみようかな。



「ねえ、夢で船長たちがしてたような話って普段するの?」

「する訳ないだろ。辛気臭え」



 どうやらそうらしい。船員がしないような話だからあの話をしていたのは船長だ、とは言いがたいと思うけど…。


 「言い争っていた」というのもポイントになるのか?いや、船員同士でもケンカはしてるしな…。

 違う。あの話し合いが船員同士なら、推理が広がって盛り上がっただろう。そうじゃないから言い争いになったってことなんじゃないか?



 呼び出したのか、たまたまその場で始まった話なのかはわからないけど…これは考えてもどうしようもないな。でも、船員がわざわざ話をしに行ったのは確かだ。


 船員はどうして、そんな話を船長にしようと思ったんだろう。

 船員たちが疑問に思っていたり、不満を感じていることを満を持してぶつけたんだろうか?船旅が始まって2、3ヶ月は経ってるし、溜まりに溜まっているものがあったのかも。


 だからティチュたちは話を聞いて、「そんな変な話ある訳ない」じゃなくて「そんな話なら船長が関係してるな」という反応をしたのか?


 でも、それだとティチュたちは昨日、船員が話をつけに行ったのを知らないってことになってしまう。

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