第14話 真夜中の話し声
気付いたら、甲板の木箱にもたれかかって眠っていた。「今、目を覚ました」っていう夢なのか、ほんとうに目を覚ましたのかはわからない。体があまり動かないから、たぶん夢だろう。
船室の壁の向こう側から、話し声が聞こえてくる。耳をすましてみようとしても、うまくいかない。
『そもそも、故郷の目処はついているのか?』
『いいや。どこかにはあるはずだし、探せば見つかるだろう。』
『あいつの証言以外に手がかりはないんだろ?信じて良いのか?』
『何を言う。あいつが生きていることが故郷の存続の証明だろう。』
『ミナライだけが弾き出されたとこに疑問は無いってか?』
『そういうこともあるだろう。』
『…まあ、あんたも大概だしな。』
低めの声がふたつ。夢の中の話はめちゃくちゃなくせして、誰も止めずにそのまま進んでいく…。
『ミナライを騙し続けるのは限度があるってもんだ。あいつは故郷に帰りたくってオマエに着いていったんだろ?自分の好き勝手な道進んでちゃマズイぞ。』
『騙してはいない。あんまり早くにいなくなったら寂しいなと思っただけだ。どこかで切り上げて、ちゃんとミナライの故郷を探してやるさ。』
『探して「やる」ってなあ…あいつをペットか何かだと思ってんのか?』
『それに近いな。子どもだから選んだ訳だが。』
『へえ?あんた、願わくばミナライが自分に依存すりゃ良いと思ってんな?』
どちらかが息をのんで、ほんの少しの間黙る。
『いや…まあ、そうかもしれんが。』
『やっぱりそうだ。しつこくしすぎて、あいつから見放されなきゃ良いけどな。』
『そんなことはさせん。ミナライだって俺を__』
『どうだか。あいつはモンスターが嫌いなんだぜ?』
『そんなに疑問視することか?』
『おいおい、ニンゲンの扱い方を知らないで船に乗せたってのか?』
不満そうな声がして、会話が途切れた。
『うるさいな…オマエだって良くは知らないだろう。俺はミナライに聞いて学ぼうと決めていたんだ。どうにかなる、なんて脳天気だった訳じゃない。』
『へっ、叩けば喋るってか?』
『考えなかった訳ではないが…ニンゲン相手だとマズいだろう。』
『そりゃどういう『マズい』だ?ま、良いけどよ。』
おどけたような明るい声と、わかっていないような小さなため息が聞こえた。
『確かに、ニンゲンの扱いなんてわからんよな。俺にもわからんことくらいある。気にすんな。』
『はあ。』
『でも、あんたにしかわからないことがある。ミナライや他のモンスターを良いように使いたがるのは何でだ?』
『…さあ?』
『とぼけてんのか?じゃあ俺の予想を教えてやろう。あんたは嫌われることに慣れている。だが、一度くらいは好かれてみたい。どうだ?』
『どう、とは?』
『何とも思わんってか?もうちょい詳しく言うと、その思想に基づく存在ってのはミナライだ。それをあいつに強要してんだろ?』
『強要などしていない。』
『そうか?だったらそうなるようにあんたが誘導してるんだな。意外とやり手じゃねえか?』
ややこしい話だな…さっき何を話してたのか、もう覚えてないや。
『そんなことはしていない。』
『じゃあ鞭のことを黙ってるのは何でだ?ミナライに好かれたいから?』
『そうかもしれんな。』
『へえ?それって変な話だよな。』
『どこが?』
『アイツに自分の悪評が耳に入らないようにしたいんなら、ミナライにとって身近な船員たちにもいい顔をし続ける必要があるはずだろ?なのにどうしてだろうな。』
おかしなくらい、高めのうなり声が聞こえた。
『何か変なのか?それが。』
『はあ?変に決まってんだろ。』
『いや、わからんな。ひどいことをしたのは最初だけだろう。のちの生活ではミナライ同様に明るく接しているじゃないか。俺に恨まれる言われが無いと思うが。』
『は?ちょっと待て。ん?いや…?』
大きめの声で、なんだか慌てているみたいだ。
『え、なに?それでチャラになるとでも思ってんのか?』
『実際、ひどいことをしていない期間の方が長いだろう?』
『だからって忘れる訳ねえだろ…!』
『忘れる?「そういうものだ」と思うようにならないのか?俺はそうだったんだが…。』
『は、はあ…!?ああ、もう良い。俺の予想は大ハズレ。あんたはやばすぎるクズ。それで良いわ。』
どちらかが黙った。なんだかイヤな予感がする…。
『俺をやる気か?早まんなよ。当たり前の疑問を言っただけだ。そうだろ?俺はミナライに顔を覚えられてる。友だちを追い出したことを知ったら、ミナライはあんたを嫌うだろうな。』
『そうなるとは決まっていないだろう?』
『そう言われても証明のしようがねえよ。あんた、船員のこと把握してないんだからな。』
どっちかがことさらに明るく振る舞っている。もう片方は怒ったように息を吐いていた。
『俺はミナライを私物化するつもりはない。故郷に帰してやるのも俺の役割だ。オマエたちに事を荒立てられては困るんだ。俺を怒らせることはするな。』
『悪いのはあんただって。早く気付けよ。前の二の舞になるところだったじゃねえか。』
『なんのことだ?』
『ご挨拶だな…ピッシュを船から突き落としただろ。』
『ああ、あれは…仕方なかったんだ。』
『はっ。あんた、どうかしてるよ。』
本気で呆れたような声がする。
『さっきからオマエはうるさいな。俺は元よりミナライに尽くしているんだから、俺が見放される訳がないだろう?』
『そういう話じゃねえんだって。』
『はあ?』
『自分の行動を思い出してみろよ。逆も然りだと思わないか?あんたはニンゲン共と同じことをしてるんだから。』
『よくもまあ、そんなことを知っているな?』
なにかがズレるような、固い音がした。
『その体を見りゃわかるさ。さっきのも、そういう意味だったんだろ?だとしても変だけどな。』
『ふん…ともかく、オマエにミナライのことをとやかく言われる覚えはないからな。』
『あんた、いくら何でも独占欲が強くないか?どっから湧いてくるんだよ?』
『知らん。ニンゲンにやられた時間を取り戻したいんじゃないか?』
『もともと愛に飢えてたってか?』
『そんなことはない。仲間がいなくなった寂しさを埋めたかったんだ。』
『…そうかよ。』
どちらともなく黙り込んでいるみたいだ。
『…だからってニンゲンを選ぶかぁ?』
『しつこいな…何だって良いだろう。』
『良くないさ。この船の誰もが気になってる話題だぜ?憂さ晴らしでもしたかったのか?』
『それもあるだろうな。小さいから押さえこめると思ったし。』
『うわ、マジかよ…。』
『聞いておいて引くな。』
『悪い悪い。結局、暴力は振るわなかった訳だ?』
『あいつは弱いから、そんなことをしたら死んでしまうと思い直したんだ。拘束にしくじって逃げ出されでもすれば、すぐに兵隊に吹聴されるだろうと思ったしな。』
『あくまで自分のため、ね…。』
バカにするような言い方に、もう一匹がイヤそうにため息を吐く。
『それだけじゃない。ニンゲンがやっていた暴力支配を試してみたくなったんだ。』
『いやいや、やらなくても結果は予想できただろ?』
『だから、やってみたくなっただけだ。』
『復讐じゃなくて好奇心ってか?』
『その通りだ。今のうちにやっておかないと、のちのち未練になると思ってな。』
『うへえっ…。』
おどけたようで、本当にイヤそうなリアクションが聞こえてくる。
『どうかしたか?』
『いいや、なんでも。…ああ、それで船員に鞭を試すことになったんだな。』
『そうだな。みんなすぐに逃げ出すから数をこなさないと実験が完遂できなかったんだ。』
『実験ね…毒牙にかかるモンスターが可哀想だとかなかったのか?』
『それはもちろんあったさ。』
『あったの!?』
『しっ…!夜だぞ…!』
『あ、悪い。』
うっ…うとうとしてたのに、びっくりして頭がガンガンしてきた…。
『…で、罪悪感があったんならなんで行動に移したんだ?』
『俺も一度同じ目に遭ってるからな。俺がみんなに一度くらい同じことをやっても良いんじゃないかと思ったんだ。』
『どっ…え、どゆこと?』
『うん?そのままだが。』
『は…?ああ、うん、答えてくれてありがとな…。』
これまでとは別モノのようなよそよそしい声が聞こえた。
『まあその、つまり…鞭打ちはただ単なる好奇心ってか?あんた何歳だよ?』
『最近100歳を越えたはずだが。』
『ああ…だとすりゃあニンゲンが悪いな。』
『なんだ、急に?』
『育つ時は鏡のようにって言うだろ?その上、あんたに「被害者」の立場を与えちまった訳だからな。』
『はあ、そうか。』
『だとしても可笑しな感覚を持ってるもんだから、お兄さんは心配だよ…。』
何かにもたれかかったような音がする。
『何の話だ?』
『あんたはこの船での船員たちとの生活を、虫かごの中くらいにしか思っていないだろ。本当に『虫かごの中に虫を入れている』というだけで。』
『話が見えないが。』
『虫を捕まえて、虫かごの中にぎゅうぎゅうに詰めては殺して、何とも思わずに死骸を捨ててるのと同じってことだよ。』
『捨ててなど…。』
『最後まで聞け。飼っているっていう認識や責任もなければ、罪の意識もない。自分と似てると思わないか?』
『殺すつもりはないし、殺してもいないぞ?』
『…ああ、そうかもな。』
重たく、沈んだ声がした。
『オマエは自分の好奇心を満たすのが何よりも重要って考え方をしてる。誰にとっても厄介なんだよな。』
…眠い。夢の中なのに。
『どういうことだ?全くわからん。』
『いいから、もう寝ろって。知りたいならいつでも教えてやるからさ。』
まだなにか喋ってる。聞き取れなくなってきた。ほんと、夢の中って変な話ばっかりしてるな…。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます