第7話ぎりぎりの聴取
今日の夜は良く冷える。早く部屋に入らなきゃいけないけど、月の光がとてもきれいでもっと見つめていたい。
「なあ。」
「えっ、なに?」
いきなり、ビーゾンが話しかけてきた。いつもなら部屋で死んだように寝てる時間なのに。
「あ、あんたさあ。なんであん…船長となん…つるんでんだ?」
妙に言葉に詰まっていて聞き取り辛かった。船長の話みたいだから、それで緊張してるのかな?コイツは新入りだし、余計にそうなのかも。
「もう一回言って__」
「だから!なんで船長とつるんでるんだ?」
食い気味に言われて、口を閉じてしまう。「どうして、船長といっしょにいるのか」。
イヤだな、ゆっくり過ごしてたのにそんなこと聞かないでよ…。
「ジブンは船長に助けてもらったから、代わりに船長のお願いを聞いてあげてるの。」
あくまで、ジブンがこの旅に加わってるのは船長のせいということにしておいた。
わかってほしいからってほんとうのことばかり話しても良くないのは、船長から学んだから。
「何から助けて貰ったんだ?」
「ジブン一人だと食べたり眠ったりする場所をつかまえられなかったから、助かってるよ。」
「そうじゃないって!オマエが船長に助けられたきっかけを教えてくれよ。」
そんなに気になるんだろうか?うーん…早く寝たいし、話しちゃっても良いかな?言い訳を考えるのも面倒だし、コイツに話したって船全体に話が広まるってことはないだろう。
コイツはなんだか、そういう感じだ。
「ジブンの村が急にどこかに消えちゃったの。それで困ってたら、船長が来てくれたんだ。そこで仲間になって、いっしょに旅に出たんだよ。」
「ええと、ちょっと待て…故郷がきれいさっぱり消えたってことか?」
「うん。遊びに走ってる時、いきなりね。すごく揺れたよ。しばらく起きられなかったもん。」
「…そんな中、船長はすぐに来てオマエを見つけたのか?」
「船長はもともと近くの港町にいて、気になって村まで見に来たんだって。そこでジブンを見つけたって言ってたよ。」
ビーゾンが、すごく難しい顔をしている。そんな難しい話なんてしてないと思うけれど。
「余震が凄かったのに、なんで船長は村まで来られたんだよ?」
「揺れがおさまった後に来たよ?」
「それ、船長の仕業じゃねえのか?」
「それ?」
「その地震とか、故郷が消えたこととか。オマエを旅に連れて行ったこととか、全部だよ。」
あまりにもびっくりして、息が止まる。
ジブンもそうなんじゃないかって思ったことはある。でもあの場に居合わせてもいないのに、どうしてそんないい加減なことが言えるんだろう。
「何でそう思うの?」
「船員が欲しかったから…とか?」
「船長は「船員なら旅の途中で集められる」って言ってたよ?」
「それはモンスターの船員だろ?オマエはニンゲンじゃねえか。」
「…なんでそんなこと言うの?」
「あ…やっぱ何でもない。この話は終わりだ。」
「じゃあ、また今度教えてよ。」
「…今度、ね。」
気まずくなることを言ったとわかったのか、ビーゾンはうつむいた。どうにもはっきりしないけど、これで船長とジブンのことを知ってもらえたんだろうか。
もしそうなら、ジブンのことをおかしな目で見てくる船員がこれで一匹減った訳だ。話しておいて良かった…なんて喜ぶには早いかもしれないけど。
「俺さ、本当は大陸に行きたいんだ。」
「え?」
急に関係ない話が始まったから、マヌケな声が出てしまう。
「大陸って、どこの?」
「早い話、海じゃなくて島よりデカイところならどこでもいいさ。」
「そうなんだ?」
モンスターがジブンと似たことを思ってるなんて意外だった。
「船でずっと海を揺蕩うんじゃなくて、もっと広い大地を踏みしめたいんだよ。」
「ふうん。」
ビーゾンは、大陸に行くのが夢なんだろう。島にばっかり行く船長と真逆だ。
やっぱり、モンスターはジブンとは違う。
ジブンはただ大陸を歩くんじゃなくって、人がいる町に行きたい。じゃないと村探しが進まないし、話し相手がモンスターばかりで寂しくなってきちゃった。
「大陸には、船長みたいなモンスターもいるのかな?」
「そりゃどういう意味だ?何にしろ知らねえよ。俺は孤島の出なんだ。それこそ、大陸にはオマエみたいな__んなわけないか。」
「え?なに?」
「いいや、あの鬼どもとオマエとじゃどっちがマシなんだろうと思ってな。」
「鬼?」
「知らないのか?ここ最近はモンスターが殺されまくってんのによ。」
「どういうこと?」
「俺もよくは知らねえよ。とにかく、ニンゲン共がやらなけりゃこうはならなかったんじゃないのか?あいつらは何のためにやりまくってるんだろうな。」
「なにを?」
「なんだろうな。」
「さっきから訳わかんないよ!」
「ああ、はいはい。そうだろうな。」
そっちが話しはじめたのに、なんでテキトーに言うんだ!?まるでこっちがしつこくしたみたいじゃないか。
「もう、ちゃんと話してよ。」
「そうだなあ…なああんた、名前はあるのか?」
「話変えないでよ!」
「そう言うなって。答えてくれたらちゃんと話してやるさ。」
「ほんと?…って、「ミナライ」だよ。知ってるでしょ?」
「そうじゃなくて、あんたがニンゲンにつけられた名前だよ。ニンゲンは個別に名前をつけるもんなんだろ?」
ああもう、さっきからイヤなところを突いてくる。どうしよう…。こっちも聞きたいことあるんだし、話せるところまでは話した方が良さそうかな?
「名前はあるよ。忘れてない。」
「なんで名前を捨てた?」
「うーん、なんでだったかな。」
「はあ?やめろよ、そういうの。」
呆れた顔をされた。今、自分の気持ちすらわからないのはほんとうなのに…ヤなヤツ!もうコイツの話なんてどうでもいいや。
「おい、どこ行くんだよ?」
「ビーゾンのせいでしょ!」
「はあ?なに言ってんだ?」
出た出た、モンスターが良くやるやつ!悪いこと言ったって気付いてないやつ!こっちが怒っても平気で話続けようとするんだもん、あり得ないよ…!
くそ、こうなったら離れられないな。向こうは自分が悪いことに気付いてない上にジブンの話を聞きたがってるから…。どうにか、この話は続けたくないんだってわかってくれないだろうか?
コイツとは知り合ってから短いから無理だろうか。そもそもこの話、誰にもしたことないくらいだし…話したところでわかってくれるとは限らない。
モンスターはこっちのことを考えてくれないからキラいだ。アイツも、船長を名乗ってるんだったらこういう船員を叱るくらいはすればいいのに。
「そりゃあ、話したくないことはあるだろうけどよ。知りたいんだよ。それでやったモヤモヤが晴れて、未練もなくなるってもんだ。」
考えこんでいたところを、ビーゾンが話を続けた。「この話はしたくない」って、顔を見るだけでよくわかったな。
それにしても、モンスターがこっちの顔色をうかがってまで話を続けたがるなんて。ビーゾンにとっては、ジブンの話がそんなに意味を持つのか?変な感じだ。
「…ん?ミレンってなに?」
「この船への未練だ。ああ、未練っていうのはやりたかったけど出来なかったこと、みたいなもんだな。」
「そうなんだ…。」
さっきとは打って変わって、丁寧に教えてくれた。この変わり身はなんなんだろう?
「…これね、話したくないことなんだ。その理由も言えない。」
「じゃあ、そのどっちかだけでも言ってくれよ。」
「どっちも大事だから、ダメ。」
「なんでだよ?気になるじゃねえか。」
…イライラしてきた。
「早く出ていきなよ。そしたらそんな悩み、すぐに忘れられるじゃん。」
「は__」
始めから心に隠していたことを言ってやった。
船員の方を見ると、「船長にバラさないよな」みたいな焦った顔をしていた。なるほど、確かに顔をみるだけでも結構わかるみたいだ。
…なんて、のんきに考えてる場合じゃない。今思うとほんとうにマズいこと言ったな…どうしよう。
「あ、えっと、今のは違くて…。」
「は!?いやいやいや…!」
どっちもしどろもどろで、なんだか気まずくなっちゃった。どうする?ビーゾンは話ができそうなほど落ち着いてないし、ジブンも良い感じに話をつなげそうにもない。
いや、これはチャンスなのかも?このまま切り上げて早く寝ちゃおう。
「ゲホッ、ゲホッ!ごめん、風が冷たくて…もう寝るよ。明日も晴れたらいいな!」
「え?おい__」
かけ足で自分の部屋に入る。扉を閉めてすぐ、座り込んだ。
…また、船員が減る。
ほんと、やっちゃったな。脱走のことさえ言わなければ…。せっかく、他の船員に広められても大丈夫な話をしてたのに。
アイツめちゃくちゃビビッてたけど、だからってあのまま「ミナライが船員の脱走に気付いてる」ことを誰にも言わずに逃げるとは限らないしな…。せめて、アイツが一目散に逃げたかどうかくらいは見ておけば良かった。
ビーゾンのヤツが、途中途中で訳の分からないことを言ってた時点で何となくわかった。
「この船に未練がなくなる…」とかなんとか言ってたあたりで、コイツも逃げ出すんだとはっきりわかった。
船員がこの船から逃げ出すを止めるのはもうやめにしたけど、今みたいに船員の方から話しかけてくることはある。逃げる前のおみやげにジブンが選ばれるなんて、イヤな感じだ。
もしかしたら、ビーゾンの次に逃げ出す船員とも同じような話をすることになるのかな…。そうなったとしたら、もう一回言えるのかな?さっきと同じ、「逃げたきゃ逃げろ」みたいなことを。
言ったところで思いとどまるモンスターはいるんだろうか?…いいや、どうせ出ていくに決まってる。
それでいいんだ。モンスターが多いのは好きじゃないし。
船員が何度も入れ替わって…いつかはジブンを、「何の変わりもない船員の一人」として見てくれるモンスターはいるのかな。そうなれば生活しやすくなる。
…人間の気持ちがわかるモンスターなんているのかどうか怪しいけど。
船に乗る前の訳のわからない出来事も、これから起こるかもしれない不安なことも、日に日に積み重なっていってる。それでも、いつかは良くなるんだろうか?
そんなのわからないから、考えない方が良いんだろう。でも、考えてしまう。
船員なんていなくなればいいのに。いなくなれば、いちいち変に思われたり、それを説明するために考えたり傷ついたりしなくなるんだから。
船長も、早く大陸に連れて行ってくれたらいいのに。島を巡った後に大陸に行くって言ったって、島にジブンの村も良いモンスターもいなかったらその分の時間がまるっと損だ。
自分ではない「ミナライ」で居続けることも、船員をムダに増やすのも、船長に着いていくのも全部イヤだ。この船はイヤなことばっかり起きる。
なにか、ほかにイヤじゃないことは無いんだろうか?自分にできることを増やさないと、「村に帰くて辛い」って考え込むばかりじゃ可笑しくなっちゃう。
そうだな…船員が何度も入れ替わるなら、それだけ「ミナライ」としての演技をやり直せることになる。平気で嘘を吐けるようになるまで練習できるんだ。
さっきみたいに話を振られても上手く誤魔化せるようになれば、変な目で見られなくなるはず。
お母さんたちは嘘つきなジブンなんてキライかもしれないけど、これは仕方ないんだ。こっちは村のみんなと違って一人なんだから。
いくら辛くても村のことを忘れるようなやり方はイヤだから、嘘に慣れるのが一番良い。そうに決まってる。
「そんなに辛いんなら忘れろよ」なんて言ってくる船員も嘘ばっかり言ってるし、ジブンも船員の一人なんだから嘘を吐いても許されるはず。
…それで船員に「あいつも船長が嫌いで船から逃げ出したいんだ」なんて誤解されたら困るけど。
「いっしょに逃げないか」なんて誘われて、断っても嘘だと思われて連れ出されるかもしれないし。そうなれば村探しどころじゃない。
じゃあ、誰にも見破れない上手な嘘を思いつけばいい。そうしたら、こんな心配もしなくて良くなる。
変な人間だと思わせておけば、誰も近寄ってこない。そのまま船員が減っていけば、昔を思い出すこともないはずだから…早く慣れてしまいたい。
自分に願い事をするなんて変な感じだけど、願い事なら「いつか叶えば良い」くらいに思えて少しは気が楽になる。
「船員がみんないなくなる」って願いは無理があるから、自分がやるしかないんだろう。だからって頑張ってばかりじゃ疲れるから、時々は休まないと。
絶対に村に帰れますようにって願い事だけなら神様も叶えてくれるかな。二つも三つもお願いしたらワガママだと思われるかもしれないから。
でも神様だって願い事を叶えてくれない時がある。村に居た頃、あまり大きな願いは叶ったことがなかった。だったら頑張って嘘を吐くくらいは平気でできるようにならなきゃ、願いなんて叶いっこない。
こっちは辛い目にあってるんだから、願いが叶うのは当たり前だとも思えてくる。でも頑張ったところで叶うかどうかはわからない。
叶わなかったら、頑張ってきたのがバカみたいになるからできるだけ早く叶って欲しい。
こんな船にいつまでもいたくない。
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