第6話無駄な増員
「ねえ、やっぱりこんな船にこの数は多いんじゃナい?」
ピッシュがグチってきた。コイツはサカナっぽい顔でおじさんのような体格のモンスターだ。図鑑では良く見たけど、いざ目の前にいるとなると不気味さがある。
「なんの話?」
「船員の数の話よ。いくらなんでも10匹越えは多イって。」
それなら、人間は一人いるだけでもおかしいんじゃ?そんなのわかった上でジブンに聞いてるってことか。
確かに、船員の数は多いかもしれないな。
モンスターはいつもなら広いところで生活してるから、船で所狭しと生活するのは大変なんだろう。
「でもね、船はひとりで乗ったら危ないんだよ。乗組員がいるのは当たり前。」
「そうじゃないワよ!色んなモンスターが一所に集まってるのが可笑しいノよ…。」
「同じモンスターだけなのもおかしくない?」
「全然可笑しくなイわ。船長ったら何考えてるのかしら。ヨロイノボウレイなんだからわかってるはずなノに。」
ヨロイノボウレイは、生息地をかなり選ぶモンスターのひとつなんだっけ。
普通、 モンスターは大体の場所で生きていける。船長は自分が変わった種族なのをわからないのかと言ってるんだろう。
思えば、「いろんな種類のモンスターがいっしょに暮らしてる場所がある」なんて聞いた試しがないな。
モンスターの体のしくみや性格によると、その土地でいっしょに暮らせるのは多くて3種類までらしいし。
この船は今のところ…ヨロイノボウレイ、キャノヤー、マジュツシ、スケルトン、狼男、ビーゾン、ピッシュの8種類が暮らしている。いくらなんでも多い。
人間は暑すぎるところにも寒すぎる所にも頑張ったら住めるけど、モンスターはそうもいかない。体のしくみに合っているところにいないと、体が溶け出したり、病気みたいなものにかかって死んでしまうんだとか。
そう考えると、船長ったらひどいことしてるな。
「ミナライ、なんで船長に好き勝手させてンのよ!あんたが止めないと!」
「ジブンのせいなの?」
「当たり前でしょ!あんたのがマトモなんだから…。」
マトモだと思われてて嬉しいような、モンスターなんかと比べられて悔しいような…。
「そうは言ってもさ、ジブンはちゃんと反対したよ?」
「でも押し切られてるじゃナい。」
「仕方ないじゃん。アイツ、言い出したら止まんないもん。」
「それはわかるケど…ともかく、なんでこんなに船員を増やすことになったワケ?」
「なんでだっけな…ミナライのためだとかほざいてた気がするけど。」
「わお、凄い言葉使うワね。」
「そう?」
「まあいいワ。早く思い出してちょうだい!」
なんでジブンが責められてるんだ…?
しょうがない、船長とふたり旅だった時のことを思い返そう。どんな話だっけな。
・ ・ ・
「ふふっ。」
「む、どうしたミナライ。船旅が楽しいか?俺が船長なのだからそうだろうな!」
「いや、こういう静かな旅っていうのが珍しくてさ。」
「ミナライは旅をしたことがあるのか?」
「ないよ。物語の中で、にぎやかな旅を見たことがあるだけ。」
「物語?それは誰から聞いたんだ?」
「本を読み聞かせてもらったんだ。村にね、ときどき__」
「なんと、ミナライは都会に住んでいたのか!
誰と住んでいた?家の形は?どんな料理を食べていたんだ?」
「いっぺんに聞かないでよ!」
「ああ、悪い。それで、どうなんだ?」
コイツ、謝る気があるんだろうか…?
「村はお城の近くにあったけど、都会じゃないよ。その村の中にお父さんとお母さんとジブンの三人で、四角い家に住んでた。よくサカナ料理を食べてたな…。」
「ほう、魚を。海が近いところにあったのか?」
「うん。みんなでサカナをとって暮らす村だったよ。」
「なるほどな、それでミナライは釣りが上手い訳だ!」
「ふふん。そうだ、船長こそどうやって過ごしてたの?」
前から気になってることを、ようやく聞けた。向こうから聞いてきたのを返しただけだから、怪しんでることはバレてないはず。
「魔王様のために生きていたな。」
「魔王!?」
「そうだが…なにか可笑しいか?魔王様がいるから、俺たちモンスターが生まれたのだぞ。」
「魔王がいるなんて聞いたことないよ。ってことは、伝説もほんとうのことなの?」
「伝説?」
「勇者と魔王の戦いのことだよ。」
「ああ、それか。実話だぞ。」
そうなんだ?凄いことを聞けた。もっと聞きたい。
「伝説のこと、詳しく知らない?」
「ニンゲンにあれがどう伝わっているのかは知らんが、情報量は変わらんと思うぞ。我々は負けたのだからな。そんな記録を長々と残すほど、魔族には余裕がなかった。」
「よく知ってるね。」
「この知識はどんなモンスターにも生まれつき擦り込まれているんだ。これ以上のことは知らんな。」
「大人から教えられたりしなかったの?」
「無いな。魔王城で生を受けて、使命の説明を受けた後はすぐにニンゲン界に配属されたから。」
「生まれて、すぐに?」
「そうだ。」
「赤ちゃんが外に出るの?いくらモンスターでも危なくない?」
「うん?モンスターは生まれた時点である程度成長しているだろう。ニンゲンは違うのか?」
「違うよ!生まれて1,2年くらいは一人で歩けないよ。」
「なんと!脆弱なものだな。ではミナライは20年くらいは生きているのか?」
「え?じゅっ…10歳くらいだよ。」
はずみでほんとうの歳を言いそうになって、慌てて誤魔化す。大丈夫だ、10歳くらいってのは嘘じゃない。
船長はジブンのことを知らないんだし、そもそもバレやしないだろう。
「そうなのか?走り回れるまでにはそれくらいかかるものかと思ったが。」
「人間だってちゃんと成長していくんだよ。」
「となると、ミナライはもう大人ということか?」
「子どもだよ。」
「まあ、それもそうか。」
それもそうかって…質問する意味あった?
「いや、もしかしたらと思って聞いただけだ。子どもだろうとはほぼわかっていた。」
「わかっていた」って…はっきり言われると不気味だ。あえて子どものジブンを選んだかのように聞こえてしまう。
これ以上深く聞くのはイヤだな。怖いことは聞きたくない。話の方向を切り替えよう。
「船長は魔王のこと好き?」
「好きというか、忠誠を誓っている…とは言えないかもしれんが。」
珍しく、言葉に詰まってる。不思議に思って顔を覗き込んだら、船長は話を続けた。
「モンスターは魔王様に忠誠を誓い、日々、使命のために生きるものだ。だから、まあ…今の俺は魔王様に顔向けできんのだ。」
「どうして?」
「己の夢のため、使命を休むことにしたからだ。俺は牢獄を飛び出した。今こそ夢を叶える好機なんだ!」
「それでジブンに出会ったんだね?」
「そうだな、あの出会いは大きかった。旅の始まりとなったのだから。」
「ジブンにとっても、船長との出会いが全部のはじまりだよ。」
「ううむ、嬉しいぞミナライ!」
テキトーにほめたら何か舞いあがっちゃった。この旅の中でジブンの村を探すって約束、覚えてるのかな?
「ねえ、船長はジブンの村を探してくれるんだよね?」
「ああ、仲間を集めてから探しに行こう。船旅は賑やかな方が良いからな。」
「もっと人を集めるってこと?」
「いいや、モンスターをだ。」
「え!?」
「どうかしたか?」
「う、えっと…。」
まだモンスターが増えるの…!?
イヤでしかないけど、これ以上「イヤ」ってワガママを言ったら一番大事な願いすら叶えてもらえなくなるかもしれないし…まずはどういうつもりか聞かないと。
「どんなモンスターを仲間にするの?」
「オマエのように孤独な者を引き入れようと思っている。構わないか?」
「一人じゃないよ?」
「ああ、俺がいるな。だが、友は多い方がいいだろう?」
「いらない。」
「どうしてだ?」
「今もひとりじゃないし、村にも友達はいるから。村に帰れたらそれでいいの!」
質問が多いわ、ぜんぜんこっちのことをわかってないわで面倒くさくて、正直に言ってしまった。
「それはそうだろうが、村を探し当てるまでふたりきりというのは寂しくないか?」
どうだろう?寂しいというか怖い。
しかも仲間集めってジブンのことを思ってやろうとしてるってこと?なんて的外れな…!
「友は居た方が良い。オマエの故郷のことを知っているモンスターもいるかもしれないからな。」
「じゃあ…まあ、良いかな。」
「よし、そうと決まれば明日から島へ出発だ!」
村のことを言われちゃ弱る。今でもいっぱいいっぱいなのに、まだモンスターが増えるなんて。
コイツのことも怖いけど、数が増えたらモンスター同士でつるむようになるかな?ジブンがいちいち話を聞いてあげなくても良くなるかも。
…いや、数が多い方が話しかけられる回数が増えるかも。他のモンスターがジブンに絡まないとは限らないもんな。
でも、モンスターが増えたらごはんの準備が楽になるかな?みんなでやるなら仕事の量も減るかも。
いや、モンスターが増えた分ごはんも増えるからダメだな。船での仕事は、船員の数さえ足りてたら今より忙しくなることはないだろうけど、サボられたらどうしようもない。
村の人から「モンスターはいい加減だ」って聞いたから、ほんとうにそうなりかねない。不安だな。
この船は広くないから、モンスターの数はそこまで増えないかな?でも、その中に乱暴なモンスターがいたら?
寒気がする。村に帰れずに死んじゃうなんて絶対にイヤだ。
悪いモンスターかどうかなんて見ただけじゃわかんないだろうし…船長みたいなのがいる手前、モンスターみんなが悪いわけじゃないって知っちゃったしな。
でも、下手に話しかけちゃってやられたら?
全部想像でしかないけど、話をしたことのあるモンスターなんて船長だけだから有り得ないとは言い切れない。
これからどうなるのかな。
物語の中だと旅の中で仲間が増えていくのはわくわくするけど、ここはあんな物語の中じゃない。
旅と言えば、伝説みたいなドキドキしたものになるか、楽しいお散歩のようになるかのどっちかだと思ってたのに。
怪しいモンスターと仲間になって、どうなるかもわからない上にモンスターの数を増やすような危ない旅になるなんて。
これも、村に帰るためには仕方ないことなのかもしれないけど。
・ ・ ・
「…そんなこんなでゴリ押しされて、船員が増えちゃったんだよ。」
「ゴリ押しっていうか口車に乗せられてないかシら?当時からそんなに不安だったなら言えば良かったじゃナい。」
「うるさいな、あんなこと言われたらしょうがないでしょ。」
「まあ、故郷をダシにした方も悪いワね。」
「そうだよ、向こうが悪いの。船員のヤツら、朝からケンカするし昼はサボってくっちゃべって、夜はイビキがうるさいし。ふたり旅の方がマシだったのかな。」
「あんなヤツとふたりの方がイイの?変わってるワね。」
「まだマシってだけだよ。船長が船を持ってる限り、ジブンは離れられないもん。」
村に帰るためには、船長から離れられない。村がどこにあるかわからないからには、世界一周の旅に付き合うしかない。こればかりはどうしようもなかった。
「弱みがあるんじゃあしょうがないワね。こっちはアンタが船長を止められなかったこと、別に責めてるんじゃないのヨ?」
「わかってるよ…。」
イヤな船員相手だと無視すればいいけど、こうやってやわらかい言葉をかけられるとどうしたらいいかわからなくなる。
モンスターも人と同じで色んな性格のヤツがいるってわかって、前よりも考えることが増えた。「モンスターは○○だ」ってひとまとめにできないんだもの。船員が増えてからは悪いことしかない。
船長とふたり旅のときの方がキツかったって思ってたけど、あの時はこれよりイヤなことなんて起こらないと決めつけてたからそう思えたまでだ。
想像すらできなかった。今と昔とじゃどっちもどっちって感じだ。
「船の上だとわからないことばかり起きる」。村の大人がそう言っていた。ちょっと意味が違う気もするけど、ほんとうにその通りだ。
いまさらそう思えても、もう遅いけれど。
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