第8話船長の夢
「…あっ!?」
「どうかしたの?」
「あ、いや…なんでもない。ちょっとびっくりしただけ。」
「何に?」
「水の音…。」
「ミナライったら変なの。」
「うるさいよ!」
はあ、ヤになっちゃう。なんだか最近は、船員がどんどんいなくなっていってる。
前は島に着いてから逃げ出してたのに、船から飛び降りてまで逃げるヤツが増えてきた。見るからに泳げそうにないモンスターが、無理やり飛び込んでいくのを見てしまったこともある。
夜な夜な、誰かの体が水を打って海に吸い込まれる音がひびく。そのせいで目が覚めることが何回もあった。あの音が変に耳に残って、最近はあまり眠れていない。
船員なんかいなくなれって思ってたけど、減ったら減ったでこんなことになるなんて…。なにも、そんなに急いで逃げることないのに。
「ミナライは水が嫌いなの?」
「いいや?」
「大きな音の方が嫌い?」
「ん…そうかも。」
「だからって、さっきは驚きすぎでしょ?」
「はあ?聞きまちがえただけじゃん!」
「なにを?」
「あ…。」
波が船を打った音を、誰かが海に落ちたんだと勘ちがいした…なんて、言えない。
この前ビーゾンと話をしたあと何日か様子を見てわかったけど、アイツは、ジブンが船員が逃げてるのに気づいてることを誰にも話さずに逃げたっぽい。
せっかくセーフで済んだのに、自分からバラすようなバカなことをしちゃいけない。そんなことしたら、船員に今までよりも怖がられる…。
怖がられるだけならイヤとは思わないけど、今以上に怖がられるのはさすがにダメだ。
前に、ジブンを怖がるあまり攻撃してきた船員がいたからな…。話したこともない船員だったから不思議だったけど。とにかく、あんなのから狙われちゃあたまったものじゃない。いつも船長が助けてくれるとは限らないし。
考え事がふくれあがっちゃったけど、今はゴブリンとの話を片付ける方が大事だな。どうにか言い訳しないと。
「えっと…今のは言いまちがえ。気にしないで。」
「えー?なんか変だよ?」
「もう、なんだって良いでしょ!」
「なんだよぅ!ちょっと聞いただけなのに!」
誤魔化しきれなくて、ケンカになっちゃった。ゴブリンはぷりぷりしてどこかに行ってしまう。
まあいいかな。アイツだってモンスターだし。ここには「みんなと仲良く」なんて怒ってくる大人もいないしな。
…いくらモンスター相手だからって、こんなことを思うのは良くない気がするけど。
「みんなと仲良くしようね」って言われたし、「モンスターは敵だ」とも言われてきたから…わけわかんなくなる。どうすればいいんだろう。
村の大人が言ったのは「人間のみんなと」仲良くしようねって意味だ。でも、考え方が人間に似てるモンスターだっている。さっきケンカしたゴブリンがその一匹だ。だからって、アイツがモンスターなことに変わりはない。
うーん…人間とモンスターのちがいってなんなんだろう?モンスターであればぜったいにイヤなヤツだとは限らない。船長だってそうだ。色んな船員が船長を悪く言うけど、あのモンスターはジブンを助けてくれたから…まあ良い方なんだろう。
「ジブンの村が消えた」なんて、ふつうなら信じられない話も信じてくれたし。他のヤツは「絶対に嘘」なんて決めつけてくるクソばっかりだ。
村にだってイヤなヤツはいたけど、ここにはイヤなのが多すぎるんだよな…。仲良くしようとがんばる意味を感じないっていうか、ジブンばっかりが悪いくじを引いてる。
良いヤツだってちらほらいるけど、「モンスターはみんなこうだ」ってひとくくりにできなくなるから…それはそれで考え事が長引いてしまってめんどうだ。
良いことと悪いことに、人間なのかモンスターなのかは関係ないのかな?どうなんだろう。
「モンスターはとにかく悪いヤツ!」っていう風に教えられてきて、それが当たり前だと思ってたけど…じっさいにモンスターと話してみたら、案外そうでもなかった。
ここにはほんとうに色んなヤツがいるから、どうやって向き合えばいいのかがわからなくなる。
気が合うヤツじゃないと仲良くなれなくて、仲が悪いヤツといっしょにいたって楽しくない。そんなこと村にいたころからわかってるけど、これがモンスターにも当てはまるとは思わなかった。
ジブンが思ってたよりも、人間とモンスターは同じところが多かった。
じゃあ、モンスターとも人間とも、好きなヤツとだけ仲良くすればいいのかな?それで良いとは思うけど、モンスターの場合は「好き」と「キラい」の他に「悪い」っていう変なくくりがあるから難しい。
ケンカになるようなゴブリンは悪いモンスターなんだろうか?ジブンはアイツがキラいなのか…いや、そんなことはない。
モンスターは荒っぽくてすぐケンカするけど、人間みたいにちゃんと話し合ってケンカしてる時もあるもの。そういうヤツはそんなにキラいじゃない。
…この船に乗ってからというものの、船長のことも船員のことも悩んで、その上、人間とモンスターのちがいなんて難しい悩みも増えた。
船長とはこれからも長い付き合いになるから、アイツのことは何度でも考えなきゃいけない。
船員との付き合い方も問題のひとつではあるけど、アイツらはいついなくなるか分かんないから後回しで良い。難しい悩みのことは…考えたくない。悩んだって何も変わらないし。今のところ船長が一番、問題ありだ。
アイツのわからないところはいくつも増えていく。はじめにした話を変えたり、ジブンと船員とで見え方が全くちがったり…。
…今考えてみると、船長は何を目指しているんだろうか?最近は船員がいなくなりまくってるくせして、アイツは前と変わった様子を見せない。そんなの変だもんな。
前はたしか、世界を一周したいなんて言っていた。でも、それだけならここまで船員を集めなくてもできる。
船員から妙にキラわれてて逃げられてる割に、船長はもっと船員を集めたがっている。
何か意味があるはずだ。「数えきれないほどの船員といっしょに旅がしたい」とか?それってどういうこと…?友達が多い方がカッコいいから?いや、アイツは「船長」で、そのほかは「船員」なんだから友達じゃないよね?
だとしたら、たぶん…夢が最初の頃と変わってきてるんだろう。はじめの夢は、「ミナライといっしょに世界一周の旅がしたい」だったかな。
それがランクアップしたってことは…どうやらジブンは、あのモンスターにとって当たり前だと思える立場になったらしい。
モンスターに仲間だと思われるなんて、イヤだなあ。おかげで船長をキラってる船員からあまり絡まれなくなったけど…。
「おうい、マジュツシ!ロープを干しておいてくれないか!」
「え?またワタクシですか…。」
「すまない!明日は好きに過ごしていいから!」
船長に言われて、マジュツシがしぶしぶ仕事をしに行くのが見えた。アイツは真面目だなあ。
あのマントがススだらけなマジュツシは、けっこうな昔からいるから当然か。ジブンならもっとイヤがるけど…アイツもちゃんとイヤがれば良いのに。
昔からいるヤツにしか仕事をふらない船長も船長だ。いくら新しい船員のほとんどが言うことを聞かないからって、ぜんぶ押しつけるのはやりすぎでしょ…。
一番悪いのは新しい船員だけど。アイツらはムカつくほどずるがしこい。
船員が多い時にこの船に来たわけだから、「元からいる奴にやらせてりゃあ、ある程度は好きにしてもバレないだろう」…なんて気付くんだ。そのせいで、残った他の仕事はジブンと船長と、昔からの船員がこなす羽目になっている。
最近来た船員たちがうらめしい。
でも、やることがないのもたいくつだろう。
友達と船に乗れても、船長やジブンを怖がっておしゃべりもできなくて…日がな一日海を見てばかりなんて。そりゃあみんな、イヤになって逃げていくはずだ。それだけが逃げる理由じゃない気もするけど。
船長も、船員みんなに仕事をあげたら良いのに。そうしたら、あれだけのモンスターとほんとうに仲間になれるかもしれないんだから。
…なんて、言えない。モンスター自体には慣れてきたけど、口答えするなんてもってのほかだ。
じっさいに船長に色々聞いたところで、ちゃんとした答えが返ってくるとは限らない。急に怒って攻撃してこないともわからない。だからこんな感じで、一人で長々と考えるしかできなくなってしまった。
何日も考えごとしてばっかりで疲れたけど、それでも考えなきゃ何も分からないままだし…。考え抜いて出た答えが合ってるかは別として、自分なりに答えを出さなきゃ不安で押しつぶされる。
だからまだ考えないと…。なんだっけ?船長の夢が変わった理由だったかな。
えーと…「ミナライ」には代わりがいないけど、船員の場合はそうじゃない。なら次を、上をと、いくらでも引き入れたくなる…。夢が変わっていったのはこういう理由なんじゃないだろうか?
欲ばりなモンスターのことだ、ほんとうにこう考えている可能性は高い。
でも船員をどれだけ引き入れても、どんどん逃げていくから意味ないんだよな。そのおかげで船が沈まないでいられるんだけど。
船長の夢が船員を苦しめて、船員たちが船長の夢からこの船を救ってるなんて変な感じだな。
こう考えると確かに、船長は悪いモンスターだ。
でも、ジブンからしたら良いところの方が目立つ。船員への対応だって良い方だと思う。船員を無理に働かせてなんかいないし、きびしくしてないからこそ船員が逃げ出せてるんだから。悪いのはサボる船員の方だ。
…モンスター同士を比べてるから仕方ないとはいえ、モンスターの肩を持つのはイヤなものだ。
船長だって、新入りの船員に比べたら良いってだけで、「良いヤツ」って言い切れるほどじゃない。船員からあそこまでキラわれてるんなら船長にも悪いところがあるはずだから…今まで何匹も船員が逃げてること、アイツには言いたくない。
それで船長がショックを受けてどうにかしちゃったらたまらないし、ジブンがアイツについて知ろうとしてるのを船員が聞きつけたら、何を吹き込まれるかわかったものじゃない。
船長の悪い部分を知ってしまったら、それからアイツにどう付き合っていけばいいのかわからなくなる気がする。
そもそも船長は言ったところで変わるモンスターじゃない。それに、変わったところで船員は戻ってこない。あんまりモンスターが多いとうるさいし怖いから、ジブンは今のままがいい。
「今日もうるせえなあ、あいつ。」
「ほんと、船長サマは良いご身分だな。」
「…む、俺がどうかしたか?」
「は!?いやいや…!」
アイツら今日も悪口言うの飽きないなと思っていたら、ヨロイノボウレイが「船長」という言葉に反応しているのが見えた。
アイツにとってはどうにも、「船長」という立場がとても大事なものらしい。「夢を叶えるために、俺は船長であり続けなくてはならないのだ」…なんて、よく言ってくる。
あれ?アイツ、わかってて…だから脱走を見過ごしてるのかな?
ジブンで船員を増やしておいて、船が沈みそうになって、「出て行ってくれ」って言うなんておかしな話だ。そんなめちゃくちゃなことを言う船長なんて、みんなからキラわれる。誰もアイツを「船長」だなんて呼ばなくなるだろう。
アイツはそれがイヤなんだ。だから、船員が逃げてるのを知らないふりをしているんだろう。それが誰にもバレないように上手いことふるまって...いや、船長にそんな演技できるかなあ。
アイツがなに考えてるかもわかんないんだから、演技かどうかなんて見抜けないか...くやしいなあ。
演技だとしても船長のヤツ、新しい船員にこの船を紹介するのめっちゃ下手だな。船長がイヤで、というより、船員が逃げ出しまくってるこの船が不気味ではなれたがる船員もそれなりにいるくらいだし。ほんと、ぜんぶ見て見ぬふりはさすがに無理があるでしょ…。
いちおうの答えは出せたけど、船員があそこまで逃げ出すほどのどんなキッカケがアイツに眠っているのかはわからないままだ。もう、変なとこありすぎだっての。
船員たちこそ、ジブンより船長を変に思ってるはずだ。モンスター同士なんだから、人間の自分にはわからないような変なところがあっても可笑しくないもの。
でも船長に「なんで」って聞きに行かないのは、船長のことが怖いからだろう。船長も船員も、お互いに変なところを見逃してるんだ…。
なんだか難しい。意味のないことだとも思えるけど…ジブンも見て見ぬふりさえしていれば、このいざこざに関わらないで済む。そう思うととても安心する。
ジブンは船長に、元の名前といくらかの時間を差し出しただけだ。いっしょに居続けることも、力ぞえも約束していない。
その程度のつながりだから…あのモンスターの夢を変えようなんて思わなくていい。船員の心配事に関わらなくたっていい。
見習いなんかが、上の立場に口を出しちゃいけないのだ__ということにしておけば、船員が逃げてるのを船長に知らせなくても許されるはず。
船員からすればジブンだっておかしな人みたいだから、もし「なんで船長に言わないんだ?」って聞かれたらそう言っておこう。
「ミナライのやつ、ちゃんと仕事してんのか?ぼうっとしてるけどよ…。」
「意外にもやることやってるみたいだぜ。あんなのがいたら俺たちも働かざるを得ないっつーか…。」
「意外だよなあ。あと迷惑。」
…ほら、この船ではジブンの悪口も良く聞こえる。
船員に何回も「ジブンはおかしくなんかない」って言ってもわかってくれなかった。だから、それを逆に生かして…関わりたくないと思われるほどにもっとおかしく振るまえば良いんじゃないかって思い付いたこともある。ミナライは変なヤツだという嘘をつき通そうって。
そうしたら上手くいった。狙い通り、面と向かって悪く言われなくなった。その代わり、モンスターなんかにおかしな目で見られるようになっちゃったけど。
ジブンだけでもあのふるまいが嘘だってわかってるんなら、どんな風に思われていても大丈夫だ。平気に決まってる。
船員が、ジブン船長とのつながりを疑ってきた場合の嘘も考えておかないとな…。
船長がほんとうに悪いことしてるんだとしたら、ジブンも疑われることによってその裏付けになるかもしれないけど…子どもの方がやっつけやすいからってとばっちり受けたとしたらたまったものじゃない。第一、アイツとグルと思われるなんてまっぴらごめんだ。
『変な船長をほったらかしにしているのは、ジブンを元の名前じゃなくて「ミナライ」って呼んでくれるから』…なんて言うことにしてみよう。良い感じに不気味なんじゃないかな。
これで船員たちは「やっぱり可笑しなニンゲンだ」と思って、ジブンからはなれていくはず。
それでいい。キラわれるのなんか怖くない。ジブンがどんな思いでモンスターなんかに着いていったかなんて、言ったところで船員にわかるわけがないし。
ジブンも、船員たちが船長をどう見てるかなんて全く知らないけど…。もちろん、それ以外の考え方すら知らない。人間とモンスターとじゃ、色んなことが全くちがう。
モンスターの考え方からしたら、船長よりジブンの方がおかしく見えることもあるみたいだし。しかも、ほんとうにただ「人間だ」というだけでなんて…イヤなヤツらだ。
船員をキラってばかりいるけど、あいつらはここから無理にでも逃げ出したがるくらいだし…ジブン以上に悩んでいるのかもしれない。でもこっちにだって、向こうには想像もできないような悩みがある。とはいえ、夜の海に飛び込んでまで逃げるほどじゃない…。
だったら、まず考えてあげるべきは船員の方なんだろうか?
あそこまで逃げ出すんなら、この船がよっぽどキラいなんだろうし…。あんまり数が減っても旅がし辛くなるしなあ。
でも、どうしてみたいのか聞いても、向こうが怖がってイヤがって答えてくれないことばかりだ。おかしく見られようとふるまったのが悪い方向に働くなんて…。
1回でもおかしな目で見られちゃったら、もうどうしようも無い。いくら仲良くなろうとしてみても、つまずいてしまうことになる。
無理に仲良くなろうとするのも辛いし、悩んでも良くならないから、どうにかしようと頑張るのをやめてしまう。
…あんまり考え事してばっかりなのもどうかって気がしてくるな。はたから見たら、ジブンはうだうだしているだけで、真面目ぶっているアイツらの方が働き者ってことになってしまうわけだ。ジブンより、良い船員のフリをしているモンスターの方が時間を上手く使えてるってことになっちゃう。
そんなのイヤすぎる。文句ばかりじゃなくて、ちゃんと考えてもいるジブンの方がぜったいにえらいのに…はあ。早く持ち場に戻ろう。
「ミナライ、ちょっと怒ってる?何かあったの?」
「え?えーと、船長の役に立つにはどうしたらいいのかなって…。」
「そっかあ!じゃあ、ごはん取って来るね!」
さっきまで隣にいたキャノヤーは、ものすごい速さで船内へ入っていった。急に話しかけて急にどっか行くだもんな…ジブンも村ではあれくらい落ち着きがなかった気がするけど。
思えば、キャノヤーとは良く話す気がする。ジブンと似ているモンスターは珍しいからかな。
こんな船の上で、いつも通りにいられるのはうらやましい。でもキャノヤーもいつかは、他の船員みたいにワルになっちゃうんだろうか?そんなのイヤだな。ジブンも悪いヤツになんてなりたくないけど…こんなところにいたらグレちゃうかも。
ジブンとキャノヤーがいくら似ているからって、「人間」と「モンスター」っていう大きなちがいがある。
モンスターは大きなくくりの名前で、キラうべき生き物で…大昔からの人間の敵、と言われている。
でも怖がってばかりじゃいられないって思ったようで、最近はモンスターの研究が進んでいるらしい。モンスターについてのおもしろい本がたくさん書かれてて、ジブンも何冊か持ってる。
ジブンは、中でも「モンスター図鑑」がお気に入りだった。あれは一匹一匹のモンスターに名前がつけられていて、番号も振られている。モンスターが何十種類もいるってわかった時はおどろいた。
大人が読むような新聞だと、他とは少し色がちがうモンスターが大きく取り上げられていたこともあった。
そんな珍しいものを人間が知ってるってことは、誰か、誰でもいいけど、モンスターが捕まったんだろう。そいつは悪いことをして捕まったんだろうか?いや、そんなのどうでもいい。この船とジブンが傷つかないなら、誰がひどい目にあったって…。
船長をキラっているモンスターはいても、船長のせいでひどい目にあったモンスターなんていない。だったら、わざわざさわぎ立てなくたっていい。
船長は、人間にだってひどいことしてないみたいだし。なら悪いヤツじゃないから、いちいちアイツを怒らなくたっていいはず。
思い返せば、ヨロイノボウレイはモンスターの中でもそんなに強くなかったもの__いや、そうじゃなかったとしても、船長はそんなことはしない。そんなこと、船長の夢じゃない。
あのモンスターは、そんなことのために船長になったんじゃない。だったらジブンを仲間にするわけがない。アイツの夢が、ほんとうに旅をしたいだけって可能性も十分あるし。
船員にキラわれて逃げられるのは、なんか…悪いように見えるところが重なって、たまたまそうなっただけかもしれないし。
ならやっぱり、気にしなくっていいじゃないか。世界にもっとひどい目にあってるモンスターがいるんだとしたら、ジブンたちはそういうヤツらよりも幸せなんだ。今以上の安全なんていくら願ってみても叶わない。だから、ジブンは無理にがんばらなくたって良い。
「ミナライ、ごはん持ってきたよ!」
「あっ、ありがとう。」
キャノヤーが船室から戻ってきた。
「そうそう、ミナライはさ、船長が悪いモンスターでも協力したの?皆が噂してたよ。」
「え?するわけないでしょ!悪いことはダメだよ。」
「命の恩人なのに?」
「それとこれとは話がちがうよ…。」
「へえ!相当な理由があったら許してた?」
「うーん…いや、ダメ。っていうか、ジブンは船長に協力なんてしてないよ。」
「なるほどね。だからミナライは皆を見逃してるんだ!」
「……そうなるね。」
うわ、余計なことを…コイツも根はモンスターだな。
今の話が聞こえたらしい船員が、おどいてこっちを見たのがわかった。そいつのことを見つめ返す前に、船員はそそくさと逃げていった。
まただ。なんでジブンのことまで怖がるんだろう?おかしく見えるようにふるまったことしかないのに...。
そもそも、キャノヤーがあんなことを言わなければ…ああ、もういい。どいつもこいつも、ジブンからも船長からもはなれていけばいい。
船長の夢をジャマするヤツは特に、とっとと出ていってほしい。そんなヤツがいたら旅が出来なくなって、村に帰れなくなるもの。
ここの生活が良いってわけじゃないけど…そりゃあ、できれば船長よりもいい人に協力してもらって村を探せるのが一番だ。でも、今のジブンにはこれ以上の居場所なんてどうあがいたって手に入れられないし。
それに、船長がそばにいてほしいと言うものだからジブンはアイツのそばにいなくちゃいけない。じゃなきゃ、ジブンの好きな方向に船を動かしてもらえない…。
今は、船長に与えられたままに過ごすことにしよう。名前がないのがモンスターにとって普通なら、今までの自分にとっての普通なんて少しは忘れてみせる。
それでも、村のみんなのことは忘れたくない。それだけは、船長に言われようがぜったいにだ。
あのモンスターの夢が、船長になることとミナライを含めた船員との旅なら、見習いとして叶えられるよう頑張るけど…それ以外の願いなんて叶えてあげる必要はない。
そもそも、船長が助けてくれなかったら協力なんてぜったいにしなかったけど。
「おい、今の聞いたか?」
心の声が聞こえたんじゃないかと、どきっとする。
「ミ…のやつ…てた…あ…。」
「まさか…たちも…ろ…。」
小さい声で話しているから耳をそばだてても聞こえないけど、たぶん、ジブンの悪口じゃないみたいだ。良かった。
もしジブンの思いを知った時、船員はバカにしてくるのかな?これも、わからないことだけど。わからなくたって、考えてみたらどうにかなることもあるかもしれない。でも、ほんとうにそうなるかどうかわからないことなんて、考えるだけムダな気もしてくる。
うん、ここはさっぱり切り替えちゃおう。今日は考え事はやめだ。さっきのキャノヤーの言葉を思い出しながらパンをかじる。
…このパン、生焼けだ。でもおいしい。
こんな日が来るなんて思ってもみなかった。モンスターと仲間になることなんて、考えもしなかった。
やっぱり、先のことを考えてみてもムダなんだろうか?何もかも、「こうなったらいいな」という願いでしかないんだろうか。
たとえば、明日も同じところで目を覚ますなんてことですらも。
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