ストゼロ心中

澄田ゆきこ

本編

 アルコールが骨の髄まで染みていく。

 ストローでお酒を吸い上げる。喉を通るしゅわしゅわとした痛み。ピアスを空けたばかりの舌の根が、じん、と熱をもつ。

 素面で世界を見るのが怖くて、わたしは気づくと缶をあけている。

 二本目の缶のプルタブを立てて、マッチングアプリを開く。ヤリモクの男女の盛り場。アプリで盛ったわたしの自撮りに、今日もいいねがたくさんついている。「会おうよ」という、吹けば飛ぶような軽いメッセージもいくつか。その中で、まあまあ顔のよさそうな人を選んで、返事をする。

 お酒と男で自分の空洞を埋めるようになったのは、いつからだっただろう。思い出そうとしても、アルコールで鈍麻した脳はうまく動かない。

 処女を失ったのは中学生の時だった。当時つき合っていた一個上の彼氏は、今思えば単なる「男の子」のはずなのに、その時の私には「男」に見えて、怖くて「いや」と言えなかった。

 最初はただ痛いだけだった。そのうち、痛みの中に小さな快楽を見つけた。それは、炭酸を飲めるようになったばかりの時の感覚と似ていた。おいしい、と心から言えるころには、すっかり虜になっていた。

 それは、甘い毒だった。あるいは麻薬。最中は空洞が埋められる感覚に陶酔して、終わると自己嫌悪で死にたくなって、でもしばらくすると不安になって次を求める。

 今日もわたしは会ってくれる男を探す。それが自分を傷つけることと紙一重であることは、わかっている。


 今日の男は、中学の同級生だった。男の方から「あの……覚えてない?」と言われるまで気づかなかった。名前を言われても、当時の男の顔は思い出せなかった。聞けばただのクラスメイトだったという。わたしに片想いしていたと言った彼は、整ってはいるけれど、全く印象に残らない顔立ちをしていた。きっとバイバイをして数秒後には忘れてしまう顔だ。当時の彼もそうだったのだろう、と思った。

 ごはんの時、男はひとりで思い出に浸り、盛り上がっていた。何も言わないわたしの代わりに、男はよくしゃべった。高嶺の花、なんて歯の浮くような言葉でわたしを形容した。わたしは同じ相槌を何度も使いまわしながら、なにか別のことをぼんやり考えていた。そろそろ行こうか、と言われて、やっと話が終わった、と思った。話の内容は少しも覚えていなかった。

 ホテルに入って、服を脱がされる。わたしの肩に入った蝶の刺青を見て、男がぎょっとする。だけど、腰の後ろに入れてある一組の羽にはどこか興奮した様子で、そのせいか男は後背位ばかりしたがった。

「君ってさ……いつもこういうことばっかりしてるの」

 すべてが終わって、後始末をしている時、男は不安げに尋ねた。ピロートークで説教をしたがるタイプの人種だろうか。少しげんなりしながら「うん」と頷く。どうして、と問う男は悲しげだった。

 さあ、と短い返事をすると、男はますます悲しげに眉を寄せた。その顔をみて初めて、きれいな人だな、と思った。もっと悲しませてみたくなった。その時はじめて、その男に興味を持った。

「どうしてこんなことをするのか、自分でもわからないけど……」

「けど?」

「わたしは、わたしが破滅していくのを楽しんでる……のかも」

 何かを誤魔化すように、わたしは9%のアルコールに手をのばす。

「死に場所を、探しているのかもしれない」

「死にたいの?」

「ううん……ただ、わたしは生きてるんじゃなくて死に損なってるなって、それだけ」

「ねえ」とわたしは首を傾ける。長い髪が、さら、と重力に任せて落ちる。

「一緒に死なない?」

「え?」

「……冗談だって」

 わたしはべーっと舌を出す。その舌に、男の熱い舌が絡みついてくる。突然のことに戸惑っていると、かちゃ、と口の中で音がした。ピアスを弄ぶように転がされて、鈍く舌が痛んだ。

「誰にでも、そういうこと言うの?」

 やっと口が離れたと同時に、男が尋ねた。

「ううん、あなたがはじめて」

 わたしは目を伏せたまま微笑む。こういうセリフが男をよろこばせることを、わたしは知っている。

 この男のことを、無性に絡めとりたくなった。このまま死の淵まで一緒に堕ちてほしいと思ったのは、紛れもなく彼がはじめてだった。

 わたしは男のごつごつした指に触れる。指の間に自分の指を入れ、そのまま耳に顔を寄せた。

「ねえ、もう一回しよっか」

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ストゼロ心中 澄田ゆきこ @lakesnow

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