第30話 飲みニケーション

「俺ではないな。知ってはいるが」


 オレの問いかけに対し、鱗イノシシのサラミをつまみながらそう答えた。


「そんなハズは・・・!じゃ、なんでオレ達に?こう言っちゃなんですけど、あなた方ドワーフ族はあまり友好的では・・・いや、済まない。・・・そうだ、これを!」


 食い下がるべく、ローレイからのシグ宛の羊皮紙を思い出し懐から取り出す。


「俺ではないと言ったろうが。

ホ~レホレ!竜くん、サラミだぞ~。美味いぞ~?・・・うは!たべた!!かーわいいのぉう!!元気でたか?ホレ!イッパイ食べろ!

・・・フン・・・見んでもわかる。エルフの匂いがプンプンするわ。ローライの倅ローレイからのものだろ?」


「ええ!そうです!ハレルの街の!!違うと言うのならばシグさんをご存じですか?!もしそうでしたのなら、ぜひ、取り次いで頂けないでしょうか?!オレは会わなければならないんですよ!」


「・・・会って、どうする?」


 クリスタル製のグラスに注がれた強めの酒を一気にあおると、壁の燭台をぼぅと眺めながら逆に問うてきた。

 

「会って、女神の話を伺いたい。オレは女神の涙を探して旅をしている。

・・・どうしてもやらなければならない事があるんだ!!お願いだ。知っているならシグに会わせてくれ!!」


「まあ、そう興奮しなさんな。

・・・知ってはいるが、会えんな」

「何故!!」


「ヌッ?俺しか飲んでないな!!なんだ?お前達は飲めんのか?」


「う~ん、ワタシは飲まないからな~。けど、ツマミは、食べたいかな。うん。美味そうだ♪」「オイラもそれだけでいいかナァ」

「ボクは、今いらない」


「・・・フン。では竜の主、貴様、この酒を飲め」


 卓上のツマミと共に並んだこの辺の特産の酒ではなく、今しがた彼が飲んでいた方の酒を、ニヤリと、まるでオレを試すかのように差し出してきた。


「これが飲めん様な奴に、名乗る名はないし教えてやる義理もない。酒の飲み方でそいつのひととなりが判る」


 グラスからねっとり立ち上る香りで、只ならぬ程の度数だと判る。後から足された安物アルコール酒じゃあねぇ。何度も丁寧に蒸留して濃縮されたそれの香りだ。

 正直、オレも飲むような気分ではなかったが、渡された酒は舌の根、喉の奥、いや本能が“あれは美味い”と告げているのだ!!飲み助の血が、久しく踊っている。まだ飲んじゃいないのに自然とよだれが湧いてきやがる。

 さらに煽られたとあっちゃあ、なおのこと。いざ男ルイ、飲まらいでか!!


「@◦@///☆○♭♪⇧⇧☆♪⊗∑⊗√」


 っかあァァアッ~~!!なっ!何ちゅう強さだ!!酒の転がって行った後がペンペン草も生えねぇ程の焼け野原になったぜ!!こいつは本当に酒なのか?!

んっ?・・・お?・・・おおぅ??なんだ?

 焼けた息を吐き出すと、荒涼とした大地にポポッと芽吹きを感じた。そう思った途端一気に育ち、あっという間にオレは香木の密林の中に放り込まれた。だが向かうべき方向はしっかりと判る。にもかかわらずフラフラ、ヨタヨタとあっちの香り、こっちの匂いと浮気しちまう。

 ようやく自分の居場所が定かになる頃、深く柔らかい、ナッツを思わせる豊かな香りがオレを目覚めさせ、余韻を残しつつ消えた。

 嗚呼、なんて、深い酒なんだ!!こんなにも複雑なボタニカルをまとめ上げ、至高の一滴に育て上げるとは!!さすがは無類の酒好きドワーフ族だ。エルフの気品溢れる酒も美味いし、ヒト族の大衆的な酒も美味い。が、

これはまた、別次元だ!“美味い”というより他に表現が思いつかない自分を呪う。

 感激を伝えようと口を開いたが、旨味の余韻によだれが溢れて唸るよりほか無かった。


「ガァッハッハッハ~ッ!!よくぞ飲めた!たいしたものだ!!どうだ?美味いだろう?お前さんを認めようじゃないか。俺の名はギグだ」


 グラスの酒を一息に飲むとニカッと笑った。

 ギグ、か。シグと名前が似ているな。何か関係が?・・・空のグラスを眺めてそう考えていると新たに先の酒が注がれた。


 「その酒の銘も“ギグ”だ。俺の名だな。俺達の一族は産まれた時に、その者の名の付いた酒を造り与えられる。その酒に恥じぬよう生きていくのが俺達ドワーフ族よ。

・・・もっとも、純粋なドワーフはどのくらい残っているのやら・・・」


「酒で生き様を語るんですね!!さすがはドワーフ!感服致しました!!・・・ということは、シグさんの酒もあるのですか?!」


「ないな。アイツはもう、この世界にはらん。居らん奴の酒は無い」


「えっ?!」


「フン。二年ほど前に逝きおったわ。アイツも純粋なドワーフでありながら・・・一族の恥知らずめ!!事もあろうことかエルフなんぞの門下に下りおって!!」


 サラミを口の端にくわえたまま、酒をまた、あおる。


「百年程前か。貴金属を武器へ加工する技術と薬学はドワーフにはないものだ、とか抜かしやがって。全く意味のない事を・・・!!武器は、まぁ認めなくはないが、薬なんぞ・・・ほっとけば、何でもそのうち治るものだろうによ」

「その上、ヒト族の娘に恋心なんぞ抱きやがって!!まったく何ちゅう奴だ!!

・・・娘はそこの街に住んどってな、傍に居たかったのだろうよ。何度も振られるうち、この我が一族の城跡に引き篭もるようになっていたようだ」


 なるほど。だからローレイは“会えるか”という言い方をしたのか。・・・亡くなった事を知らなかった所をみると、よほど誰とも会いたくなかったのだろうな。


「大戦後に別れてからは二十年程会っておらんかったが・・・やはり心配でな。俺が見に来てやった時には、大分衰弱しておったよ」


「・・・」


「今際の際に、当然転生するのだろう?と尋ねたが、アイツは“俺はこのつらい記憶と共に生きていく勇気はない”と断りやがった。我ら純粋なドワーフ族は転生によって技と知識を繋いできたというのに!

 まったく情けない!!あの勇敢な男が恋わずらいごときで・・・とんだ恥じ知ら・・・

 いや、もうこの世界にいない者の名誉を、これ以上辱めるのはよそう」


「・・・ギグさん。失恋は・・・つらいことだとオレも思います。シグさんはその方に“生きていく意味”を見いだして全霊をかけたのですよ・・・。報われない思いは・・・オレも・・・」


 リッチェ・・・あぁ、リッチェに会いたい。リッチェの微笑みが笑い声が風になびく長い髪が・・・オレだ。オレのせいだ!

・・・オレのせいでリッチェは・・・。


「ルイ!ダメ!!・・・ボクの目を見て?ね?いまは、みんなで、旅をしてるんだよ?

ボクがいて、セッちゃんがいて、オイデがいて、み~んないるよ?ほら!!顔あげて?!

大丈夫、みんないるよ!!」


「・・・大丈夫だ。ありがとうな・・・」


 リンを膝に乗せて、お礼に背中を掻いてやる。なんだか、前よりも引っ張られやすくなったな。魔人化の影響、なのか・・・。


「良い絆だ。俺とシグも互いに信頼しあってておった。俺達以上固い絆で結ばれていた兄弟は後にも先にも居ないであろうよ!!そう思っておったわ」


「兄弟?シグさんとはご兄弟で?!」


「おうよ!ドワーフ兄弟のシグとギグの名声は世界中の知れる所よ!」


「ん?!ドワーフ兄弟!!うん。聞いたことあるぞ!ワタシの村でもユーメーだ!!」


 今までテーブルの上のツマミやらにご執心だったセリがリスのように口いっぱいに食べ物を詰め込んだまま話に入ってきた。


「おお、エルドラのお嬢ちゃん!ツマミは美味いだろう?俺の手作りよ!!

 そういや、アイツも俺のツマミが気に入っていたようだったな。・・・グラグラは元気にしとるかね?!」


「!!え?なんでおさの名前を?なんでワタシがエルドラの民だってわかったんだ?・・・スッゲぇな!!お爺ちゃん!!」


 見事に蓄えた髭を撫でながらニヤリと笑う。


「右手の手甲でわかるわ。その武器は、かつて彼奴あやつが使っとったものよ。拳を交えた事があるのでな!その後はよく一緒に飲んだものよ・・・。そうか、グラグラは元気にしとるか!巨人族にしちゃ、小柄だったが強かった!!ま、俺の方が僅かに上だがな!!」


「うん?あれ?ちょっと待って?ドワーフ兄弟の話って、たしか千年位前の伝説で・・・あれ?でもお爺ちゃんも兄弟で、長と一緒に戦ってて、アレレ?」


 セリが首を横に倒し悩んでいるが、そんなに首を傾げるヤツも“アレレ?”とかのセリフ

も久しぶりに聞いたぜ・・・。


「・・・お嬢ちゃん、俺の話聞いとった?」


「う~ん、ごめんなさい!!ツマミに夢中で

最後だけかな!よし!!ちゃんと聞くよ!うん。さぁ!最初からお願いします!!」


「・・・」


 ギグがオレに困惑しきった目を向けてくる。申し訳ないが、たま~にセリはトンチンカンな奴になっちまう。オレにはどうしようもないのポーズをとる事しか出来んのよ。


 ギグは深~くため息をつくと転生のあたりからもう一度話し始めた。

 顔に似合わず以外にイイヒト、いや、いいドワーフか・・・。



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