第26話 ヤレヤレだねぇ
「おばあちゃん!!」
黒い針の雨によって地面に縫いつけられたモモは、倒れることなく、そのままの姿勢で頭だけ項垂れていた。あと一歩間に合わなかったセリセリが両こぶしを堅く握り、歯ぎしりをして魔人となったルイをキッと睨みつける。
「・・・んナァ・・・」
トボトボと近寄ったオイデがモモをそっと見上げた。惨たらしい姿とは裏腹に、実に穏やかな顔で目を閉じている。
「ナァ・・・。 ・・・?」いや、変だ。血色が良すぎる気がする・・・。
「ヒッ・・・ヒヒッ」
少しだけ意地の悪い、喉の奥でくぐもったような笑い声が聞こえた気がして、顔を覗き込むように見上げると、突然、モモがカッと目を見開きオイデを凝視した。
「うひゃ~~!!んナァ!んナァ!んナァ~~!!」
ギョッとして変な叫び声をあげながら、只でさえ丸い目を更に丸くし、腰を抜かして仰け反った。
「ヒッヒヒッ♪いいびっくりの仕方だねぇ。やっぱりアタシャ、驚く顔を見るのが一番好きだねぇ!ヒヒッ♪たまらないねぇ」
「ナムナムブツブツブツ・・・」
オイデとともに、セリセリが両手を合わせて拝んでいる。
「こりぁ!まだお迎えは来とらんよ!縁起でもないよ、まったく!アタシャねぇ、あの店を客でいっぱいにするまでは死んでも死にきれないのさね」
二人が口をポカンとあけ呆気にとられている間、モモを“殺した”と勘違いしたリンは、何か叫びながらルイの側を飛び回っていた。
「ヒヒッ。不思議かえ?言ったろ?名の知れた巫女だったって。不浄の類いのものはアタシにゃあ通じないね。
・・・それにねぇ、むかぁし昔、余計なことしてくれた奴が居てねぇ・・・。ちょいとばかし頑丈で長生きに為っちまっているのさ」
「それにしても間抜けな竜も居たもんだね。気配で生きとるか死んどるのか判らんもんかねぃ」
少し乱れた装束を正しながら、リンを指差しヒヒッと笑う。嫌みからでは無く純粋に“面白い奴”という思いから込み上げたものだった。
笑われたリン自身もそれに気が付き、ちょっと照れくさそうに「よかった」と下へ降りてきた。
モモは息をひとつ、深く吐く。神楽鈴を前に構え目をつむり、気を取り直すとふたたび舞いはじめた。
「・・・しっかし、まあ、あのコンコンチキ、こうなることが判っていたな?まあったく、してやられたねぇ」
舞踊りながら、そう呟いた。
「シャン」
鈴の
ひらり、とまるでホタルのような光がひとつ漂うとやがて、モモを中心として無数の桃色が乱舞し始めた。
鈴を高く掲げ、くるりくるりと回し無数の光を空に放つと、ルイの周りに漂せた。
「シャン」
再び鈴を鳴らすと光達はルイの身体に一斉に付着し始めた。光が貼り付いた箇所から肌色が覗く。アザが抑えられ浄化されているのだ!ルイは顔を歪め必死に光達を払うが、その手にも張り付く。もがけばもがく程光達がよけいに纏わり付き、やがて完全に光に包まれた。
「ホレ!竜!さっきの焔あびせてやんな!今ならば効くはずだよ!アタシだって疲れるんだ。さっさとおし!!」
「お願い、ルイ!!」想いを乗せて青い焔を吹きかける。
「グォッ!・・・ガアァあぁあ・・・!!」
焔に包まれ、苦しみながら
少しずつ、アザが煙となり引いていく。
「効いてるね?さぁ!もうひと息だよ!」
モモの舞も最高潮に達し、ルイを取り巻く光の粒はクリスタル化して彼を封じた。
辺りは静まり返り、パチパチと燃える街の音だけが悲しく響く。
「シャン」
とても清らかな一振りだった。
鈴の
「ワァ!」と歓声が上がる。セリセリがそっと彼を降ろすと、リンがワンワンうれし泣きし、オイデが歓喜のステップを踏む。疲れ切った顔のモモが「ヤレヤレだねぇ」と襷をほどくと、安堵の空気が漂った。
「ドッッ!!」
悪意は密かに、剥がれ落ちてなお息衝いていた。煤に成り果て消えてゆくだけの存在が、息絶えたはずのケルベロスに僅かながら、尻尾をほんの一振りするだけの力を与えたのだ。だが、それで十分だった。
尻尾の直撃を受けたモモは弾き飛ばされ、転がり、仰向けに突っ伏して止まった。
「モモさん!!」「おばあちゃん!!」
セリセリ一行が駆け寄ると、四肢こそ無事だが虫の息であった。
「おばあちゃん!!嘘でしょう?!また、嘘なんでしょう?さっきみたいに、笑って目を覚ましてよ!!」
「モモさん!ボクイヤだよ!セッちゃん治した時みたいに、自分も治してさ!起き上がってよ!!ボク、ルイのお礼もしたいんだ!また、いっぱいお饅頭食べたいんだ。死んじゃやだよ!!」
「・・・ヤレヤレだねぇ・・・。そろいも揃って、情けない顔だねぇ・・・リンと言ったかえ、竜よ・・・綺麗な色だねぇ・・・」
そう言うと、リンを撫でようと震える手を差し伸べる。リンはそれを受け入れて、背中を撫でさせてあげた。
「ありがとうよぉ・・・。ホントに綺麗だねぇ・・・。背中の金色が特に、素敵だねぇ・・・」
「うん、うん。ボクもそう思うよ。ずっと撫でててもいいよ?だからモモさん・・・死なないで!!」
リンの背中の金色の鱗が、モモが触れる度に柔らかく光る。まるで、命を与えているかのように。
「・・・すまんがねぇ。アタシを・・・店の側まで連れて行っておくれでないかい?店の事が心配で・・・ならないのさね」
「分かったよ、おばあちゃん!ワタシがおぶってやるよ!うん、すぐに着くよ!そしたら、お店着いたら、ゆっくり休もうね?すぐだからさ!もうちょっとだけ、頑張って!!」
セリセリはそう言うと、モモをおぶり店が在った方へ向かった。なるべく速く、負担をかけないよう注意を払いながら。
だがそこに、店は、無かった・・・。何処からが街かさえも判らないほど破壊されていて、セリセリは戸惑った。
「・・・あの・・・おばあちゃん・・・その・・・」
どうしようかと尋ねるため振り返ったが、背中におぶったモモの目を見て涙が流れた。そこにはもはや、精気は無かったからだ・・・。
「・・・あぁ!ここで下ろしとくれ・・・アタシの店は、無事だったんだねぇ!おぉう、おう。入り口であんなにたくさんのお客が!こりゃあ、早く支度しないとねぇ」
セリセリは両手で口を押さえ嗚咽が洩れないように努めるが、溢れ出る涙は止められない。
「ほら、アンタらもお入りな!あのアホンダラも連れといで・・・。うれしいねぇ・・・お客でいっぱいなんてねぇ・・・」
店の引き戸を開ける仕草のまま、モモは静かに倒れた。
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