第25話 苦しみは雨に変わる
アザが全身に広がりきり、身体の所々から黒いススのような物が立ち上っている。
”意識はあるが、オレの身体ではない”
そんな感覚だ。ただ、無闇矢鱈に気分が悪い。
喉が渇いて、込み上げてくる胃液の臭いで吐きそうになる。
気を晴らすために何かを破壊したい!!それが例え、物であろうが、生き物であろが・・・!!
今は全てがどうでもいい。
「ルイ!ルイ!!・・・お願い!!返事して!?
ね?ボクの声、聞こえてる!?・・・お願いだから返事してよ!!」
青い焔をルイに向かい放ってみる。多少浄化されてはいるみたいだが、その場所は直ぐに煤に呑み込まれ元に戻ってしまう。
“・・・あぁ、リンか。何か言ってるみてぇだな。ま、関係ねぇ。とにかくオレは今、気分が悪い!吐き気がヒデェんだ。
・・・そうだ!ゲロでもひっかけてやるか!!当たりゃあしねぇだろうが、嫌がる顔が見てぇ”
飲み過ぎて、食ったものを全部もどしたその先の、胃液しか出ない時の味のするドス黒いゲロをリンに向かって吐き掛けてやった。
“ハハハッ!ザマァ・・・??ちっ、誰かリンを突き飛ばしやがったな!?引っかからなかったじゃねぇかよ!!クソ忌々しいな!!”
「それに触るでないよ?生命の在るものが触れると、腐っちまうからねぇ・・・。
はあ、魔人、ねぇ。大戦末期に1度見かけたが・・・ありゃ何匹も居るもんなのかえ?
しっかし、まぁ・・・ケルベロスに魔人・・・ここは地獄なのかい?・・・おかしいねぇ?アタシゃ、まだ死んではおらんハズなんだけどねぇ」
「モモさん!無事だったんだね!!それに、アレ??え??セッちゃん、さっきぶっ飛んで動かなくって、アレ??」
「うん、このおばぁちゃん、スッゲエぞ!?
ワタシも“あ、これは死んだかな”って思てたら、ワタシの周りでシャン、シャン、って踊りはじめてさ!そしたらパ~って光って、グィ~ンって力が溢れて来て、パッと治っちゃったんだ!!びっくりだよ!!スッゲエよな!!うん!ホントスッゲエおばあちゃんだよ!?」
少女が宝ものでも見つけたかのような、キラキラした目で興奮気味に語るその姿を見て、オイデは、まるで我が子が助かったかのような気持ちでいっぱいになった。
「ンバァ~。ぼんと、あびばとうな~。」
「オイデ、もう大丈夫だからさ!とりあえず、鼻水拭こうな」
「・・・で、こっち見てるあの黒い奴、ルイなんだろ!?」
オイデの鼻を拭いてやりながらセリセリが聞く。
「うん。そうなの・・・」
振り返りながらそう答え、ふたたびルイの元へ向かおうとした瞬間、両前脚を失ったケルベロスが吠え声を上げ跳びかかり、ルイをひと呑みにする。
「いやぁぁぁ!!!」
リンは絶叫しながら竜の姿に戻り、ケルベロスを切り刻もうとしたが、呑まれたルイが何処に居るのか判らず、ただ飛び回ることしか出来なかった。
“五月蝿いコバエだな”
そう言わんばかりにケルベロスが火焰を吐くが、リンに攻撃が効くはずもなく、すり抜けた火焰があたりに巻き散らかされ被害が広がる。
ケルベロスが何度目かの火焰を吹いた後、まるで掃除されていない煙突の煙のようなものが口から立ち上りはじめた。
「焦げた!?」
焦げない。自身の分泌物だ、そんなわけは無いが様子がおかしい。
その場にとどまり“ちんちん”のポーズをとると、先の無い右前脚で顔を拭いぺろりと脚の傷を舐める仕草をする。反対の脚も舐めようとするが、二度程痙攣を起こし、腹の中程から腐って酷い臭いの臓腑をダラリと流して、そのままドチャリと倒れて息絶えた。
更に黒く煙るルイを空中に残して。目と口だけがニタリと光っていた。
「ヤレヤレだねぇ。・・・ありぁ、あのアホンダラなんだろ?
・・・まあ、ウチの饅頭のファンだからね、なんとかしてみましょうかねぃ」
「・・・!!モモさん、ルイを戻せるの!?お願い!!なんとかして!!じゃない。お願いします!!」
「ホッ、ホッ。こう見えても昔はチョットは名の知れた巫女だったんだよ?あたしゃ」
そう言うと、腰の帯から”神楽鈴”と呼ばれる法具を抜き取り、シャランとひと鳴らしすると厳かに舞い始めた。その舞に呼応するかのように魔人が揺らぎ始めたかと思うと、その身体から大量の煙を噴き出し始めた。
「グヲオオオッ・・・・!!」
苦しみ始めた魔人のルイが右手をモモに向かって差し出し、黒い煤を放った。舞によって結界が貼られていたが、僅かに煤を浴びてしまいよろけた。
「モモさん!!」
「大丈夫だよ!それより、アンタら離れておいで!今は心にカセが無いからね、感情の赴くままなのさ。アンタらでも殺そうと思いついたら、即。来るよ!」
しゃん。
舞踊りながら鈴を鳴らす。その音にススが苦しむかのようにルイの身体からちぎれて離れていく。
ちぎれたススは消えずにその場に漂って、先に吹き出していた煙と合わさり、やがて針の雨となりモモに向かい一気に降り注いだ。
初めのうちこそ、舞に合わせて避けられてはいたが、次第に強くなる“雨”をその身に受け始め、やがてヤマアラシのような姿に変わり果てた。
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