第19話 存在
感情という奴は恐ろしい生き物だ。セリセリに引き剝がしてもらえなかったら、オレは感情に食い殺されてローレイを絞め殺していただろう。ただただひたすらに憎かった。
この街から奴が逃げ出さなければ、いや、そもそもあんなイカレたヤツを野放しにしていなければ、ハレルでの疫病も無くアゼルやヨミや、あの子たちは両親と共に平和に過ごせていた筈だ。
種族など気にせず、分け隔てなく優しかったリッチェも、悲劇に見舞われることなどなかった筈だ!!オレは今頃、ダイアンの酒場でリッチェを見ながらブリックと楽しい酒を酌み交わしていた筈だ。
何でだ!何でだ!何でなんだ!何故こんな、何でこんなにも・・・あまりにもヒデェじゃねぇかよぉ・・・。オレは誇りまみれの床にへたり込み、溢れ出る涙を拭う気力も無かったのだが、
ローレイの「すまない。我らのせいだ」「すまない」「すまない」と繰り返し詫びるその声が、再び感情の牙をもたげさせた。
その時、まるで灼熱のコテを押し付けられたような激痛が背中に走った。転げまわるオレをセリセリが押さえつけ、リンがシャツをまくる。
「大丈夫?!ルイ!!しっかり!!ルイ!・・・あぁ!!背中のアザが!・・・広がってる!とっても不安な気持ちにさせる、おどろおどろしい黒いアザが・・・やっぱり、気のせいなんかじゃなかった!!あぁ、ヤダよぅ・・・何でルイばっかり・・・ヒドイよ・・・」
「っっくはっ・・ハァハァッ!!大・・丈夫だっ!・・・ハァハァッ!セリセリも・・・降りてくれ・・もう、大丈夫だ。くっそ痛ぇが・ハァハァ・・・お陰で少し落ち着いたぜ!ハァッ・・・」
「ホントに大丈夫か?ルイ。オマエはホントに何なんだ?訳が分からない事が多すぎるぞ?オマエ・・・ホントに・・ヒト、なのか?」
「・・・良ければ私が、診よう。そこに、寝てくれたまえ」
オレに絞められた首を擦りながらローレイが申し出たが、オレは首を振った。正直、今はエルフに対して感情的に成らざるを得ない。
「診てもらえ?ルイ。リンちゃんがすっげー不安そうにしてるぞ?リンちゃんをまた泣かせたいのか?お前は。うん。決めた。せんせ!診てやってくれ!オレが押さえつけとくからさ!」
「・・・分かった、分かったよ!!診てもらってやるよ!そんでいいんだろ?」
くそっ。仕方ねぇ。女に押さえつけられて何て、そんなみっともねぇ事、できるかっての!・・・それに、リンをまた泣かせんのもな・・・。ちっ、アイツ、最近泣き虫になったな。
気は進まないがローレイに背中を向けたのだが、オレのアザを診るなり血相を変えて隣の部屋へ駈け込んでいき、竜の細工の施してある小箱を持って戻って来た。
「これは・・・君のアザは・・恐らく呪じゅの類だね。それも、とても、強力な・・こんなにも深度の深い呪は・・・女神、あるいは、同等の力を持つ者・・・。とにかく、これ以上広がらぬよう君に石の魔力を送り込む。この石は私の先生が900年ほど前に女神から直接承ったものだそうだ。私は女神にお会いしたことは、無いがね」
「な!女神!女神は存在するのか?直接だと?女神はどこに居やがるんだ!その先生って奴は!ソイツに聞けば・・・」
「すまない。先生はもう他界されている。私も先生が最後の時に託された物だから、詳しくは知らないのだよ・・・。とにかく、背中のアザを・・・」
そう言って小箱から銀色に光る石を取り出すとオレの背中に乗せた。オレ達に魔力持ちは居ないが、それでも、この石がとてつもなく強大な魔力を放っているのが解る。ローレイに”もしかして、そいつは女神の涙とよばれていないか?”と聞いてみたが、どうやら違うようだった。
「私も噂は聞いた事があるが、先生ですら知らない筈だ」と返って来た。くそ!こんなにもすげぇのに?
それにしてもこのアザ、そんなモンと同等って・・・なぜ俺の背中に?一体誰が?何の為に?オレは、只のしがないオッサンだぜ?セリじゃねぇが、オレは一体ナニモンなんだ?・・・記憶がねぇってのは、こんなにも、もどかしいモンだったんだな。
「これは、賢者の石だと先生は仰っていた。この石は同等の魔力と共鳴して初めて、その力を開放するのだ・・・と、聞いていた。実は私も・・・この石が発動するのを初めて見た。・・では、はじめよう」
ローレイは何やら、エルフ語で詠唱をはじめた。とたんにオレの背中の石が激しく振動して宙に浮いた。そして、眩い光を放ち弾け飛んだ。
「!」
皆、同じものを見たようだ。石が弾けた瞬間、女性の様な・・・あるいは、竜の様な・・・あるいは別の何かの様な・・・そんな不思議な者を光の中に垣間見て、暫らく呆然としていた。
壊れた石はその光を失い、幾つかの石ころになっていた。手掛かりになったかもしれない石が・・・。
「驚いたな。今のは、一体??・・・どうやら石は・・・その力を使い果たしてしまったようだね」
「あぁ、ありがとよ、ローレイさん。背中の痛みはだいぶ消えたぜ。その石、済まなかったな。オレに使わせちまってよ」
「いいんだ。つい先程までは私も、アレはただの石なのではないかと疑っていたのだよ。・・・だとすれば、まさか、本当に・・・。ルイ君・・・非常に言いづらいのだが、その背中のアザ、今の時点では進行は止められたかと思う。だが、あくまでも、今は、だ。・・・気になることがあってね。服を着て少し待っていてくれ」
ローレイは先程の部屋に戻り、なにやら探し物をしているようだ。バサバサと音がするたびに薄暗い部屋に差し込んだ光にホコリが舞うのが見える。
「んナくちゅん!!」オイデが妙な声のくしゃみをしたので、セリが「外へ出てもいいか?」と一旦出て行った。
入れ替えに、ローレイが一冊の古ぼけた手帳の様なものを持って、ページをめくりながら戻って来た。
「これだ。・・・ルイ君、”そう”と決まった訳では無いから、可能性として聞いてくれたまえ。
その黒き魔人もとはヒトなり
その黒き魔人もとを忘れたり
悲しみ憎しみを糧とし災いを振り撒かんとする者なり
その黒き魔人青き光を欲し自ら滅びん
・・・この”黒き魔人”は全てをそのアザに呑み込まれた者なのでは?リン君、と言ったか。キミは”広がっている”と言っていたね。最初に彼にアザが現れたのはいつの頃かね?その時の状況は?
恐らく、激しい怒りや・・・先程の様にね・・・深い悲しみの後では無いのかね?その内包されている魔力、並ではない事は先程ので理解した。・・・となると、やはり・・・」
「ルイは!!そんなんじゃ無いモン!!ルイはすっごい優しいんだから!!絶対にそんな風に・・・オマエ、ムカつくっ!!」
余りにも興奮しすぎて変身が解けたようだ。竜の姿へと戻ったリンは口に一杯の青い焔を溜め込み、ローレイめがけて放射した。これは!!
別に当てちまっても問題なかったが、反射的にローレイを庇ってしまった・・・チッ、女でもないってのに。
「わぁ!!ルイ!ごめんなさい!!あと、えと、うわぁぁ、暫らく面倒な事にっ!どうしよう!!・・・ね?ルイッ!大丈夫??」
あぁ!アイツの吐く青い焔をまともに浴びちまった。・・・オレは、もう駄目だ。きっと4,5日の間は良い大人の見本みたいになり果てちまう・・・!!
「うおぉぉっ!やっべぇな!ルイが燃えてっぞ!!水!水!また死んじまうぞ!オイデ!水!」
部屋の中の騒ぎで戻って来たセリが、オレに足払いを入れて転ばせると、自分のマントをオレに被せボディープレスで消火に懸かった。
「ふご、ふが!」セリ!やるべき事は間違ってないと思う。ただ!重い!重いうえにオレの顔に圧し掛かっているこの、ぽいんぽいんのふくらみは?セリのoppaiか?!窒息するっつーの!!
「げほっ!げほっ!」
セリが退いてくれたお陰で上体を起こすことが出来たが、間髪入れずオレの顔面に、雑巾臭い水が勢い良くかけられた。この臭い!!ミルク拭いた雑巾しぼったやつだな?!
「ヤバい!!死ぬ、死ぬ!ホントに!マジで!!臭いで死ぬ!!ローレイさん!!トイレどこ??・・・ヤバ、あがってきた・・・うっ!おえぇぇ・・っ」
オレぁ、耐えきれなかったねぇ、あんなもんまともに喰らったら、そりゃぁ無理よ。オレは転がっているバケツの中に”鉄板の上で焼くようなもの”を作り上げた。想像して、さらにもう一杯。
「ぷっ・・・大・・じょぶ?・・くくっ」笑いをこらえてリンがオレの背中を撫でてくれている。もう、いっそ大爆笑してくれた方が救われるぜ・・・。
「ルイ!大丈夫か?燃え、てないな!びっくりしたよ、うん!良かった!」
ある意味、大丈夫じゃないがね!って、、、おろ?何とも、無いだと?あの何とも言えない健やかな気分にならねぇぞ?こいつぁ一体?ちくっと残っていた背中の痛みは消えたが、あの焔をまともに受けたのに・・・!!
オイデが「オイラ、鼻が利くからルイの臭いに耐えられないんだナァ」とか言ってオレから離れやがった!お前だ!お前のせいだ!オレが臭いみたいにゆーな!!
ついに耐え切れなくなったリンが大爆笑を始めた。
「う~ん、いったいどゆこと?」とリンとオレ以外はキョトン顔だ。そりゃそうだ、普通、竜の吐く焔は全てを焼き尽くすもんだからな。オレはリンの焔について説明したのだが、セリとオイデは「毎日浴びせろ」と酷いことを言いやがった。
会ってから間もないのに、オレって、そういう扱いなのかい?セリは「発想と発言が・・・」オイデ曰く「セッちゃんを見る目つきがやらしいんだナァ」なのだそうだ!オレはそんなつもりで・・・いやお尻以外は・・・見たことないぞ!!
そんな、和気あいあい?な中、一人ローレイだけが真剣な顔つきでいた。
「・・・ルイ君。先ほどの焔こそ”青き光”なのではないか?君は説明の中で、心が洗われる様なと言っていたね?黒き魔人はその焔を浴びて滅したのでは?先生の手帳に記された手記と・・・都合よくでは済まされない。ムムム・・・。少し時間をくれたまえ!」
まだ魔人について言いがかりを付けてくるもんだから、リンがまたもやイラついている。こっちも気分が悪いが、オレの為に何かしてくれているのだし、ここはおさえてくれ。
暫らくすると、ローレイは幾枚かの羊皮紙を手に、手記より抜き出した幾節かの詩を書き写したと戻って来た。
「所々、私にも読むことのできない古代エルフ語で書かれている所があるのだが、そこ意外、取り急ぎ共通言語に起こし直したよ。この手帳と共に持って行ってくれ。きっと、旅の役に立ってくれるだろう」
「そりゃぁ、有難いが、ローレイさん、アンタの先生からの大事なモンなんじゃねぇのか?石もブッ壊しちまったしよ」
「これで許してほしい、という訳では無いが、我らエルフの不始末、それに、アゼルに良くしてくれた礼だ。今の私に出来る事はその位なのだ。本当に、済まない、受け取ってほしい。
それと、ここから西へ、森を抜けると岩原が歩きで四日と続くのだが、其の辺りにわが友、シグという名のドワーフが住まう城が建っている。いや、かつては城だった、というべきだな。彼を訪ねるとよいだろう。彼も私と共に先生の弟子だった。そして彼も、女神よりの品を先生から受け取っている。それが何かは私は知らないが・・・。その羊皮紙の一枚目、私からの紹介状になっているから、もし”会えたら”渡すと良い」
”会えたら”というところの喋り方が気になったが、取り敢えず、繋がって来た!女神はどうやら存在する様だ!”女神の涙”ってのは、比喩じゃなくて、ホントに涙なんじゃあ?ならば、女神に泣いてもらえばいいんじゃねぇのか?
女神っていう位だから女なんだろうな。女、泣かすのは趣味じゃねぇが、これまでのツケ盛大に払ってもらうぜ!!
「うん♪良かったじゃないか!ルイ!悪いことばっかしじゃ無いな!直ぐに発つんだろ?先に出てるぜ?」
オレ以外、皆がそれぞれローレイと別れの挨拶をかわし外へ出て行った。
「ところでよ、ローレイさん。あんたなんでオレに色々としてくれるんだい?・・・若しかして好み、とか?」
「ハハッ、バカな。・・・君が見せてくれた、彼女の念写の裏に「この世界で一番大切なひととき、ありがとう!心より大切なひと」とあった。
我らエルフ族にそこまで言わせるとは。これは、何とかしなくては為らないと思ったのだ。・・・女神の涙とやら、見つかる事を願っている」
「有難う、ローレイさん。あんたには色々世話になっちまったな。首とか絞めて済まなかった。代わりによ、女神に合ったら、オレも何か貰って来てやるよ!そんじゃな!!」
高ぶる気持ちと共に、皆と合流してハレルの街を後にした。浮かない顔のリンが出遅れてはいるが。もう、希望しか持てねぇ!!
「おう!リン、置いてっちまうぞ?!」
「あ!ごめん!」”黒き魔人・・・アザ・・・ボクの焔・・・いやだよ?ボク・・・ルイは・・・そんな風には・・・”
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