第18話 ローリング・ストーン
とても暗く、重たい時間が流れて行く。
騒ぎを聞きつけ、直ぐにデランの街の人たちが駆けつけてくれたが、横たわるルイを見るなり首を横に振った。
・・・すでに、もう誰にもどうすることも出来ない事を悟らされた。
アゼルが「シショーはオレが焼く」と言ってくれたが、リンが絶対に嫌だ、傍から離れないと聞き入れず、辺りが暗くなるまで泣き叫び続けた。
街で、感染したルイの亡骸を安置させるわけにもいかないし、ましてや此処は道のど真ん中だ。仕方がないのでベースキャンプになりそうな場所へルイを運び、夜を過ごすことにした。
リンは魂が此処には無いみたいに、一点を見つめたまま何かボソボソと呟いている。
「・・・私の部族では、勇敢な戦士はこうやって弔ってやるんだ・・・。夜明けと共に川に浮かべて旅立たせてやろ?それでいいかい?」
大きな葉でルイをくるみ、上と下とをツタで縛りながらリンに語り掛けるが返事は無い。傍へ寄ると「ルイは、死んでない」「ルイは死んでない」とうわ言を繰り返している。
”う~ん。気持ちはわかるけどさ、アレはどう見たって死んでるしな。街の人たちが罹ったっていう、例の疫病か・・・。きっと直ぐに罹って一目見れば判る病気なんだろうな。こんなに早く死んじゃうとは、言ってなかったけど・・・”
大人のヒトは直ぐに紫色になる、というのなら、何故時間差が?それに私もヒトだけど、何も起きてない。さっきオイデに全身みてもらったが、何処にも何もない。私のルーツが巨人族なのが関係しているのだろうか?いずれにしても、ルイは、死んだ。・・・会って間もないけど、面白い奴だったな。
翌日、朝日と共に湖から流れる川にルイを浮かべてやる。お別れだ。
「勇敢なる者よ!魂は朝日と共にあれ!!・・・うん・・じゃあな、ルイ。貰って直ぐに形見になっちゃったけど、大切にするよ」
弓を目一杯引き絞り朝日に向かって一矢、放つ。ヒョウと悲しい調べの下、葉にくるまれたルイはゆっくりと川の流れに乗っていった。
私は背を向けたがリンはジッと見送っていた。”キミが気の済むまで、私達もここにいるよ・・・”
「・・・まって!!動いた!!今!動いた!!セッちゃん!!動いたの!今!あぁ、流れて行っちゃう!早く取って来てよ!はやく!!」
そんな筈は無い。本当に気持ちは分かるし、今までの戦士の家族も皆、同じ事を言ってた。死者は蘇らない。それは種族関係なく、絶対の掟だ。
「リンちゃん、気を落とさないで、とは言わないよ。うん。でもね、死者は・・・うん??」
川面の葉の棺がまるで芋虫の様にうねっている。あれは流されているからじゃ・・・なさそうだ!
大急ぎで棺を回収して、オイデが爪で葉を切り裂く。ドッと黒い血の混じった水と共に肌色のルイがこぼれ出て来た。生気はあるが、息をしていない。
リンが咄嗟にリッチェの姿になり息を吹き込み胸を強く押すと、のどに詰まった”何か”を吐き出して大きく息を吸い、跳ね上がる様に上体を起こした。
「ルイ!ルイ!ルイッ!」
「え?え?なに?なんで?!ルイ、お前何だ!!」
その場から飛び退き、右腕の武器を構える。生き返る、なんて聞いた事も無い。ネクロマンサーや動く骸骨なんてのは空想上でしかないはずだ。そんな事ぐらい私だって知ってる。
でも、目の前のこれは?ルイ?なのか?
「グェッッホゲホッ・・・おえぇぇ・・ゲホッ・・何だよこれ!ヒデェじゃねぇか!死んじまうかと思ったぜ!!ゲホッ・・・・うおっ!!バッチいな!何だ?この臭くて黒いの」
「うわっぁぁぁん!!ルイ!ルイ!やっぱり死んでなかったぁああ!!」
「死んで?何?若しかしてオレ、まぁた死んでたの?マジで?ってか、この黒くてバッチいの何?」
「それは、多分オマエの腐った内臓だ。オマエは例の病気のせいで死んだんだ!私の目の前で!何で生きてる?オマエ、誰だ!!またって、なんだ?!」
「だれって、セッちゃんオレだよ。ルイ様よ?え?これ、オレの内臓?ははっ、まさか!オレの内臓ないぞーってか?」
・・・うん!!つまらないその物言い!ルイに間違いない・・・よな?
「それよかリン、何だ?その姿・・・可愛いじゃねぇか!お前じゃなかったら勃っちまうとこだぜ!早く何か着るか、元に戻れよ」
「え?どうして直ぐにボクだって解ったの?怒らないの?その・・・リッチェの・・・姿してるのに・・」
「んん~?そう言われりゃあ、まぁ、似てるかなぁ。でもな、お前はお前だし、リッチェはリッチェだ。それにリッチェちゃんはもっと可愛いし、サラッサラの金色ストレート。お前は銀髪ショート。リッチェのお尻はもっとプリっとこう・・・もーー全然まったく、話になんねぇ」「ばかぁ!!」
強くひっぱたかれた。何が何だかリンの奴も含めて状況が全く掴めない。取り敢えずセリに経緯を聞いた。
「するってぇと、なにかい?オレぁ疫病に感染して、内臓吐いて死んだと。んで、リンがそのカッコなのはオレに息を吹き返らせる為だと。で、セッちゃんは何とも無くて、オレが怖ぇから、右手の武器が向いたままだと。
・・・うん、納得♪・・・って、なるかーーい!」
セリの、右手の矢がオレの顎を下からつつき「お前、生き返ったばっかなのに、やたら元気だな!」と脅して来やがる。
”タニ系とか、シミズ系とか、あるじゃん?オレアンデット系♡みたいな?”
とか言おうと思ったが、なんか撃ち抜かれそうなので、止めておいた。そういえば、気を失う(いや、死んで、か)前にオレの手が紫色になってて、なんかぶちまけてたような・・・。
”もしそうなら、オレって一体、何者なんだ?昔の記憶がねぇのも関係してんのか?”
いつもの色の手を握ったり開いたりしながら自分に問いかけてみたが、判る筈もなく、こりゃぁ、女神に問いただす案件だなとの結論に達した。
そもそも居るのかどうだか疑わしいが、居てもらわないと困る。それともう一つ、目の前の困ったが・・・
「あの~、セッちゃん。ハレルの街でさ、オレの・・なんでもいいから服、買ってきてくんねぇかな?血が渇いてバリバリなんですよ・・・。あ、あと、リンの服もあると嬉しいんですけど。ほらぁ、こいつが竜のままだと色々面倒なのよ。それに次の街、エルフしか居ねぇみたいだし。あいつら、皆綺麗好きじゃん?頼んますよ」
任せろ、と頼もしくハレルへ向かってくれた。その間にオレはリッチェのスカーフを聖水で洗う。綺麗になるんだな、コレが。ほれ!驚きの白さ!!
「・・・なぁ、リン。一旦、竜に戻らねえ?そのカッコでウロチョロすんなよ。知らない人が見たらオレ、悪者よ?」
”だって、ルイが可愛いって・・戻りたくないじゃん”腕をクロスにして肩を抱き胸は隠しているが、いかんせん、スッポンポンだ。オレはオッサン、あっちは中身はともかく見た目裸の美少女だ。こういう場合悪者は絶対的問答無用で、男だ。捕まれば、良くて斬首刑、悪くて断チン刑か・・・そういやぁ昔、ギッチギチの馬車で両手を上にあげ幌につかまって必死に、オレ、何もできませんアピールしてた事思い出しちまったぜ。
・・・くそ、リンのくせに・・・いい尻ぢゃねぇか・・・
「買って来たぞ~~!」びっくぅぅっ!!危うく残り少ない聖水を落っことしちまいそうになったぜ!!高いのよ?これ!
「悪い、ありがとうな、セッちゃん。・・いつもすまないねぇ・・・げほげほ」
「うん?初めてだぞ?お買い物」
・・・まぁ、そうね。鋭い突っ込みありがとう、泣きそうだ。なにはともあれ、着替えますかね。先ずは川で体洗わんと、臭ぇし、ガビガビだ。
「どお?サイズ、ピッタリだったろ?うん!いいね!リンちゃんも、可愛いな!うん♪」
サイズは確かに、文句は無いが、何だ?この胸元のヒレヒレ、袖もヒレヒレ。こんなの、ナルシス貴族か、作曲家位なもんだぜ?着ていられるの・・・。黒いパンツに黒いブーツ・・・なんか前に居たな、こんな奴。リンは、まぁ、フツウに動きやすそうで可愛い感じだな。
何だろう、セリは王子様志向なのか?文句、言わないけどね。ガンタンの街じゃ「ルイさんて、ホビットと一緒に指輪捨てる旅とかしてそう」とか言われてた位だから、こんなカッコも、アリかな?なんて、自分で言ってみたりして。
ほんじゃ、改めて向かいますかい。エルフだけになった街、か。実際はどうであれ、ヒトを見捨てたことに変わりはねぇからな。果たして歓迎されるかどうか、怪しいもんだ。
門のところでオレとリンは別の場所へ連れていかれ、服を脱げと言われた。検疫だとさ。セリはさっき受けたからとそのまま通過していった。リンは裸は嫌と一旦竜に戻りそのままパス。オレはアチコチ調べられ背中のアザについても聞かれたが、メンドクセェから”生まれつき”と言ってパスした。
何か、一気にこの街が嫌いになっちまった。まだ入り口なのに。気が滅入ったが先ずは人探しだ。ローレイっつたか、そいつ探さにゃ始まらねぇ。
噴水の傍で片膝を立て休んでいるエルフに声をかける。オレがヒトだからか初めは相当警戒されたが、色々と話してくれた。女神の存在は分からないが、石は有ると、確かにローレイが知っているとの事だった。その上、丁寧に住まいの地図まで書いてくれた。書いてある文字はエルフ語で読めないが・・・。ただ、会ってくれるかどうかは分からない。ヒトを救えなかったことをひどく気にしていてる。ましてあなたはヒトだ。・・・だ、そうだ。
別れ際に「私も、済まないと思っている。ただ、私は何者でもない、ただのエルフだ。祈る事しか出来なかったのだ」と。ふうん、まぁ一応は済まないと思ってはいるみたいで、ちょっと安心したぜ。
地図を頼りにたどり着いた場所は全ての窓が閉め切ってあり、入口のドアーに溜まった砂埃から大分出入りがないことを物語っていた。本当に住んでいるのか?中で死んでんじゃねぇのか?不安に駆られながら、戸をたたいた。
「ローレイさんいらっしゃいますか?」「ローレイさん」二度、三度と繰り返したが返事がない。・・空振りか・・・。振出しへ戻る、だな。
帰ろうとした時に、ドアーの上に設けられた小さな窓が少し開いた。
「ローレイさん!」声をかけた瞬間、ぴしゃっと、閉じられたが、次の瞬間ドアーが勢いよく開けられた。
「リコレーノ?リコレーノじゃないか?!久しぶりじゃないか!一体どうしていたんだい?今まで何を・・・いや、済まない。ははっ、そんな訳が・・・間違いだった。済まなかった」
再びドアーを閉め引きこもろうとしたので、隙間にブーツを挟み込み閉まらないようにしてやった。日雇いの押し売りで培った足さばきが見事に役立ったぜ。経験に勝るものなしってやつだ。
「すみませーん。ちょっと話を!話を聞いてもらうだけでいいんですよ。ちょっとお話だけでも!」
閉まりきらないドアーに身体をねじ込んでいく。ふふふっ、ドアチェーンは掛けておくべきだったな!オレの勝ちだ!
「アゼルが!アゼルがヨロシク伝えてくれって!デランのアゼル!覚えてるだろ?」
「!アゼル!あの子を知っているのか?アゼルはまだ、無事なのかい?」
ドアーを閉めようとする力が弱まったので一気に開き、皆でなだれ込んだ。
街の大人たちは皆、病に倒れたこと、子供たちの疫病が進行中な事、アゼルの事、そして彼から聞いた石の事を自己紹介と共に話した。
「そうか・・・やはり、アレは止められなかったか・・・。結果、彼らを追い出す形となってしまって、医者として何かできないかと籠って研究していたのだが、何も見いだせなかった。アゼルやあの子たちはまだ、無事なんだね?・・・そうか・・・・そうか・・・。ん?キミ等はヒト、だね?なぜ無事なんだい?彼らと接触したのだろう?間違いなく罹患するはずなのに!
だから、我らはこれ以上広まらぬよう橋を破壊したのだ。何故だ?医者としてキミ等が診たい!!手がかりが掴めるかも知れない!!」
怒涛の質問攻めを躱すべく、リンが実は竜であること、オレは竜飼いできっと女神の祝福を得ているからだと納得させた。セリに関しては採血して調べたが、どうやら巨人族の血が濃く感染しなかった様だ。ローレイは、オレ達からなんの糸口も掴めなかった事に酷く落胆していた。
「そういやぁ、ローレイさん、アンタ、リンを見てリコレーノって呼んでたが誰かに似てたのかい?」
「いやあ。先ほどは済まなかった。思えば、あれから二百年ちょっと経っているのだからそんな筈は無いのだ。お恥ずかしい限りだ。いやしかし、実によく似ている」
オレは何となくカバンから記録の護符に念写されたリッチェを彼に見せてみた。
「これはっ!!リコレーノ!!なぜ君が?!・・いや、面影があるが少し違うな・・・この念写はごく最近だね?リコレーノは幼馴染なのだよ。歳は一緒だから成人なはずだ。だが、これは??」
「その子はリッチェだ。だが、本当の名前じゃぁねぇ。百十数年前に両親が、この森のどこかで魔獣に襲われて亡くなってるんだ。もしかすっと、母親の方がそのリコレーノさんなんじゃねぇかな。あ、悪い。幼馴染、だったっけか」
「いいんだ。ここまで似ていると、そうかもしれない。基本私達エルフは集団から外れると疎遠になってしまうからね。この、リッチェという娘は?」
リンが血の気の引いた顔でオレを見上げる。「大丈夫だ」頭を撫でてやり、一つ深く息を吐いた。
「殺されたよ。三日前に。・・・アンタらと同じ、エルフの奴にな・・・」
「馬鹿な。我らエルフにそのような・・・」言いかけて、顔色が変わった。
「我らの中より一人、ヒトに対しての憎悪や蔑みの念の強いものが居た。彼が・・・疫病を・・・撒いたのだ・・。幽閉したのだが脱走した。追っ手を差し向けたのだが、皆、帰って来ない・・・。もし、近隣の街に潜伏していたとすれば、あるいは奴ならば同族殺しも・・・」
話の途中で頭の中が真っ白になった。崖の上から巨大な岩が崩れ落ちていくような感情。気が付けば、オレはローレイの首を絞めていた。
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