4章 旅の物語
第16話 たまにはイイこと言わねぇと
湖を離れ次の町までの道すがら、セリセリの事情も聞いた。・・・なるほど、部族の存続ってのも大変みたいだな。それと”伝承”てのも、聞かされた。我が耳を疑ったがオイデの顔色から察するに未だ真面目に信じているし、誰からも真実を聞かされていないことも分かった。オイデ君よ・・キミはキミで大変なんだな・・・。
まぁ、その、なんだ。恋ではなく愛を知れば、自ずとお互いを求めるようになるから、その時が来れば解るだろうさ。
セリセリの持っていた地図は、流石、商人からの品だ。あのまま、真っすぐに進路を取っていたら、この暑い時期限定の魔蟲、人食いヤンマの縄張りとワイバーンの巣とが重なっている地帯に突っ込んじまうところだった。
蟲にバリバリ喰われるのは御免被りたいし、ワイバーンは一匹仕留めると他が執拗に追いかけて来やがるから、コイツも避けたい。だいぶ遠回りになるが、街との中ほどにある旧市街地を通るルートをとる。
この旧市街地はこれから向かう街の元々の場所なのだが、先の大戦時に破壊され、ヒトの住める状態では無くなった、と地図の脇に書き込みがある。ふぅん、廃墟か・・・。書いちゃいないが(というか、書く必要もないのだろう)十中八九、ゴブかオークの巣だわな。リンと二人なら近寄らねぇが、セリセリが心強いし、なによりアイツら阿呆だから罠に嵌め放題だ。何とかなるビジョンしか浮かばねぇ。
旧市街地に近づくにつれ、岩石がごろついているのが目に付く。恐らく投擲によって街を破壊していったのだろう。樹々からもその片鱗がうかがえる。幹の抉れているものから、折れて立ち枯れしている物まである。美しい森なのに・・・実に不愉快だ。
倒木や岩石を迂回しつつ、ようやく街跡らしきものが見えてきたのだが、街の周りの堀が深い。リンが飛ぶにしても俺一人運ぶのが限界だろう。石橋は反対側に見えるのだがそこまで回る道がない。手前の橋は破壊されているのだが、石の断面が真新しい。
・・・やはり、ゴブか、オークの巣か。ギルドが寸断したのか?
「ルイ!!あそこ!!」
リンの示す方向にうっすらと煙が立ち上っている。火事ではないな。家事の煙だ!ヒトが??ならば、何故橋を?とにかく向こうへ渡る手段を考えねば・・・。
「なぁ、その弓、私に貸してくんないか?見たとこ結構強そうなヤツだな。・・・・うん!!いけそうだ!!これ、矢に長いツタつけてビヨーンって。んで、リンちゃんに向こうで結んでもらうの。どうかな?」
「いいね!セッちゃん、冴えてるぅ~!やってみようぜ?!そういうの、ロマン感じちゃうねぇ!」
森から長いツタをオイデに取って来てもらい、矢を二本、手持ちのロープで合わせて頑丈にしてそれをセットする。ブリックの弓はセリセリが扱うとまるで別の物であるかのようだった。
弓幹はどこまでもしなやかに、美しく力強い曲線を描いている。あの野郎も馬鹿力だったが、きっと、これが本来の姿なんだろうな・・・。
極限まで引き絞られた弓から解放された矢は、ツタの重みをものともせず街の外壁を軽々と超えて行った。すげぇな。”空を切り裂く”なんてよく聞くがまさにこれの事だな、というのを目の当たりにしたぜ。
「うん!!すごいな、この弓!!いい子だ♪それにとってもキレイだな!不思議な色だね・・・赤くて艶やかなのに透き通ってるみたいだ・・・所々に散してある・・金粉?かなぁ・・・見とれちゃうね♪うん!ありがとう。うまくいったな!」
オレに返そうと差し出した左手を、そっと手を添え押し返した。
「うん??え??」
「そいつは、セッちゃんにやるよ。弓がそうして欲しいって言ってる気がするんだ。実際オレじゃ扱いきれねぇしよ。・・・そいつは、オレのたった一人、本当に気の許せる大事な友から譲られたもんなんだが(一度、置いてけぼりにしたけどな)アイツも、「いいぜ」っていうと思うんだ」
う~ん・・。言うかな?いや!そうに決まってる。オレより弓の喜ぶ方をきっと取る。そして何よりアイツはおっぱいマンだ!!さらに可愛いお嬢さんときたら、疑う余地はねぇ!!
「いいのか??こんなきれいな子!会ったばっかなのに、大事な友達からなんだろ?悪いよ!」
「武器ってのはさ、使われてこそ、だろ?確かにセリとは会ったばっかカモだけどもよ?「この子」って言ってる時点で悪いようにはしねぇのが解るよ。使ってやってくれ」
セリセリは少しためらったが、優しく弓を撫で「よろしくな」と呟いた。
「ありがとう!うん!!大切にするよ」
「・・・ボク、もう行ってもいいかな!」
リンが何だかちょっとふてくされてる。なーんか、最近おかしいんだよな・・・。反抗期なのかしら?オレは子供がいねぇから分からんけど。
ほどなくリンから合図がありオレたちはツタをつたって街のなかへ入った。
・・・それは、異様だった。地図には廃墟、と在った筈だがヒト、がいる。ボロをまとった老人が道端に幾人か座り込んでいるが、オレ達が入って来ても身じろぎ一つしねぇ。生きてるのかすら怪しいもんだ。そこの小道にも、あの通りにも、見える限り老人だけだ。若い奴らは?子供は?ヒト以外は??近くにいた老人に尋ねてみたが、こちらを見ることもなく、返事もない。なんなんだ?この街は?セリに巻き付いているオイデも身を固めピリついている。リンも警戒姿勢をとかない。殺気などの嫌な気配がないのがまた不気味だ。取り敢えず、煙の上がっているところを目指そう。何か判るかもしれんしな。
しかし、あの煙の臭い・・・
動かない老人たちを横目に大通りを曲がるとそこもある意味、異様だった。今度は逆に子供たちしかいねぇ!!7~8人の子供たちがそれぞれが畑(と言っても、雑草の様なひょろっこい何かが植わってるのみだが)やら洗濯物を干したりとせっせと動いている。しかし皆やせコケていて、元気いっぱい!ってわけじゃなさそうだ。
呆然としているオレ達を、洗濯物を干していた一番年上っぽい男の子が見つけ、こちらへ寄って来た。
「ふぅん。大人なんて久しぶりに見たな。あんた達は・・ヒト・・・みたいだけど・・・平気なんだ。ま、いいや。俺はアゼル。ここのリーダーだ。あんた達も街から追放されたのか?」
「追放?久しぶり?おい、ぼく、どういうこった?」「ぼく、じゃねぇよオッサン。アゼルだっつったろ?」
食い気味に反論されて顔が引きつってるよ?ルイ!ぷぷっ、オッサンって、うん!間違ってないけどね、口が悪いぞ?
「ごめんね!アゼル!おねぇさんにならいいかな?話して?」「さんをつけろよ、でっけぇねぇちゃん!」
やはり食い気味にきやがった。セリ、顔が引きつってるぜ?ぷぷっ、でっけぇねぇちゃんだってよ!
「ふん!別にどうだっていいや!どうせ、大人は皆居なくなるんだからよ。ここは、デラン、俺達は橋向うのハレルに住んでたんだ。だけど、二か月前に急にエルフの奴らが街を乗っ取って、ヒトは出て行け、ってなってよ、そんで行くとこねぇから、みんなでこっちに来たんだ。ぶっ壊れてるけど、森の中よりマシだってな。そんで・・・」
「まてまて!エルフ族はそんなに悪い奴らじゃない筈だぜ?そんなことある訳が・・」
「知らねぇよ、オッサン!!俺が喋ってんのによ。もう、教えてやんねぇ~」
捨て台詞を吐き、そのまま奥の煙の立ち昇る小屋に引っ込んで行ってしまった。
・・・くっそっがっきいがぁああ!!
ああ、オレ、ほんとガキ苦手だわ。頭に来たから、後でイタズラ仕掛けてやる。
オレがどんなイタズラにしようか思案していると、オイデがオレの袖を引っ張り耳を貸せの仕草をして来た。
「んナァ、頼みがあんだけどもよぉ?セッちゃん、まえにチョットあってナァ。子供たちとあんまし仲良くならねぇうちに、ここ離れたいんだナァ・・・」
「仲良くって、きっともう遅いかもよ?ほら!」
見るとすでに、二人の女の子と自分のマントを使って遊んでいた。「ほら、お前らも行ってこい」リンとオイデも混ぜてやる。コミュ力、高ぇなと感心していると、さっきのクソガキよりも少し年下の女の子がオレの元へやって来た。
「こんにちは。私はヨミです。アゼルの事、ゴメンナサイ。アゼルも大人ぶりたい年頃なので許してあげて下さい。この街の事、アゼルに代わって私が話しますので、付いてきてください」
なんてしっかりした子なんだろう。さっきのガキとはまるで正反対だな。うん。ついていきますよ~。
ヨミは森の入り口にオレを案内すると、辺りを窺ってから手招きして森の中へ入った。続いてはいると、背中を向けたまま立ち止まっていたヨミが、おもむろに服を捲し上げ、下着を少しだけ下ろして尻を突き出した。いや、待って?オジサンそっちの趣味は・・・無くはないが・・・急だな、おい!キュートなお尻に目が釘付けに・・・。
「いきなりごめんなさい。私のお尻のちょっと上の方、アザがあるの分かりますか?」
アザ?・・・確かに可愛らしいお尻のすぐ上に不似合いなアザが帯状にある。
「このアザ、お年寄り以外、みんなあるんです。前の街、ハレルでもらったヒトにしか罹らない疫病なんだそうです。この病気にかかった大人たちは急に全身が紫色になって、少しづつナイゾーが腐っていくんです。あなた達はヒトの大人なのに、この街に入って来ても紫色にならなかった・・・。平気なんですね・・・。
街の大人たちはコレの所為でみんな、死んでしまいました。私たちもそのうち・・・。
エルフのお医者さまもこれは治せないって。だから、本当は追放じゃなくて自分たちでなんとかするって出て来たんだって」
万薬を知り尽くすエルフにも治せない病気?なかなかに厄介な・・・呪いならば解けただろうに・・・。
「最後に死んだ大人が全部教えてくれました。私の、お母さんでした。この事を知っているのは私とアゼル、後、お年寄りですが、彼らはみんな心を患ってしまって、あのまま死んでしまうのを待っているだけの、抜け殻みたいになってしまいました」
服を戻しながら淡々と話すその眼には泪は無かった。もう、散々泣いて、枯れ果てたのだろう。
「アゼルは、死んだ大人達を一人であの小屋で焼いていました。私達の、お父さんやお母さんだからです。ひと月前に全部済みましたけど・・・」
・・・だよな。やっぱり、あの煙の臭いはヒトを焼いた時のものだったか。
戦争孤児なんてのはよくあることだが、そいつ等には少なくとも生きていくチャンスが、未来がある。でもこの子達には、大人になったら死ぬ未来しかねぇってのかよ!!
チックショウ!オレには何もしてやれることがねぇ。・・・あのクソガキもたった一人でよく頑張ったな。くっそ、目頭が・・・。
「ここに、このお花をあげてもらえますか?みんなのお墓です。女神さまに”天国で幸せになれますように”って毎日祈ってるんです。・・・はい、お花」
女神・・・様か。様なんてつけてやる事ぁねぇよ。様を付けるのはお前たちの願いが届いた後でじゅうぶんだ。
・・・オレは自分のために女神を探すが、もし会えたらお前たちのお願いもきっと、伝えるからな。
「ヨミ!そのオッサンと何してた!まさか、全部話したのか?話したって意味ねぇーだろ?よけーな事すんなよ。オッサン、わりーけど、忘れてくれ。そんで、この街から早く出てってくれ」
森から戻るとアゼルが腕組をして待ち構えていた。オメェに言われなくとも早く出てくつもりだけどよ、その前にな
「おいアゼル」「さんをつけ・・」「うるせぇ。ちょっと来い」
オレは切り株に突き刺さったままの斧をアゼルに放り、森の中へ再び戻った。
かがみ込み注意深く探ると、在った、獣道だ。まだ足跡が新しいな。オレはそこに簡単な罠を仕掛けてから、手近な薪になりそうな木をアゼルに渡していく。
「・・・何なんだよ、オッサン・・」「オッサンじゃねぇ、ルイだ。アゼル」「だから、さんをつけろって・・」
「アゼル。オレはお前を一人の”男”として見てやるよ。だから、さんは付けねぇ。いいから、手伝え。飯、食おうぜ」
「んだよ、いきなり・・。こんな事してくれなくったってさ、いいよ。どうせ俺達みんな死んじまうんだからさ」
振り向きざまに思いっきり頬をぶん殴ってやった。
「どうせ?そうかもしれねぇし、そうじゃ無ぇかも知れねぇだろ!やさぐれてんじゃねぇよ!!アゼル、お前洗濯もん、干してたよな?
それは、明日着るための服だろ?ってことは、諦めきってる訳じゃねぇんだろ?だったら!どうせ、とか言うんじゃねぇよ。自分で言ってたろ、リーダーだってよ。
リーダーがそんなんで、どうするんだよ!!」
「っるせえよ!説教かよ!テメェーに何が解んだよ!自分の親!自分で焼いたことあんのかよ!!テメェに・・何が・・・」
殴られて真っ赤になった頬を押さえボロボロと涙を流し始めた。オレは涙を見ないフリで小枝を拾い集めながら語りかけた。
「・・・オレぁな、ついこの前、最愛の・・・女性を・・この腕の中で看取った。死んだんじゃねぇ・・・殺されたんだ・・・。だから・・愛する者を失うってのが、どれほどつらいか、分かってるつもりだ。でもな!諦めちゃいねぇぞ?必ず、生き返してみせる。その為の旅だ。その為の命だ。・・・オレは、諦めねぇぞ」
「・・・・」
オレの話をアゼルは黙って聞いていた。暫らく二人とも無言の時間が過ぎたが、罠にかかった獣の叫び声がそれを破った。
罠を見に行くと、結構な大きさの猪豚が掛かっていた。オレの腰のダガーを鞘ごとアゼルに渡して
「アゼル。お前がトドメをさしてやれ。そんで、さっきまでのお前とサヨナラだ。生きてるもんを殺すのはキツイかもしれねぇけどよ、明日を生き抜くためだぜ。料理はオレがしてやるからよ。皆に美味いもん、食わしてやろうぜ?リーダー!!」
かなり躊躇っていたが突如大声を張り上げ、ダガーを抜くと一気に脳天めがけてとどめを刺しに突っ込んだ。ははっ!やったな!
震える手からダガーを取り鞘へ戻し、猪豚の両足を縛り肩に担ぎ上げる。さっき痛めた腰が痛いがまぁ、命の重み、ってことで。
「実はな、オレは、絶望した時に自分で命を絶つ道を選んじまったんだ。連れの竜、居たろ?あいつに救われたんだけどな。だからよ、そうしなかったお前は、オレよかスゴイぜ?さ!胸はって、帰ろうや!!」
「んだよ・・・そんなんで、偉そうに説教垂れてたのかよオッサン・・・」
「だからオッサンゆ~なって」「・・・ありがとう・・・ございます・・・」
「あ?なんか言ったか?悪口か?」
「んでもね~よ!!先、いくかんな!」
あ・・・ちょっと待って・・・予想よりずっと重かったのよ、この猪豚・・・一人じゃ辛いの・・・手伝って~~!!
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