第14話 愛物語は突然に

「ねぇ!ルイ・・・大変なんだけど!!」 


「あ?ゼェゼェ・・・大変だからゼェ・・逃げて来たんだろ、ゼェゼェ・・・うっへ~~、キッツイな走るの・・」


「それもそうかもだけど、あの赤いの、ブリックさんから頂いた弓、だよね」


「あ”あ”・・マジか!必死だったから忘れて置いてきちまったぜ。・・・うげぇぇ、でっけえ魔鳥が虫喰ってるよ。口から翅と脚飛び出してんじゃねぇか!蛾とか喰うなよ!くちばし周りがウェッティーじゃねえか!おえ・・せめてセミとかカスカスの喰えよ!う!グチュ!って聞こえたぜ!ありゃ、無理だ。ブリック弓、そこで安らかに眠りたまえ・・・」


ブリックよ、本当に済まないと思う。だけど、あれは無理だ。虫に殺されることはないが、心が殺される。


「ダメでしょ?ちゃんと、取りにいこ?ね?」


「イヤ、オレ、ムリ。オマエ、ヨロシク」


「なんでカタコトなの?自分で行きなよ。ルイが貰ったんでしょ?ボクだってあんなグチョグチョの傍に行くのイヤだよ!」


「そうだ!変身出来たよな?!とりあえず鳥になれ!心も鳥に成りきれ!多分イケる!オマエならやれる!自分を信じろ!・・・頼むよぉ・・リンちゃん・・取って来てくれたら、チュウしたげるからさ!!」


「な!い、いらないよ、そんなの!・・ルイのバカ!!」


”結局、ボクが行くんだよな・・・もぅ、なにが、チュウだよ、そんなの・・・ほしいけど、言えないじゃん!・・それよりも、自分の心配しなよバカルイ・・・カラ元気が、見てる僕もつらいよ

 ・・・あの時から、どんなにバカなこと言ってても、目から光がなくなってるもん。自分でも解かってるはずでしょ?いつかまた自棄になって無茶しないといいけど・・・。

 ボクもこういうのじゃなくて、力になれたらなぁ・・・ルイの支えになりたいよ・・・”

そう思いながら大きめの鳥に姿を変え、食事中の魔鳥を刺激しないよう、こっそりと近づいて行った。


 オレは弓を取りに行ってもらっている間、情けないが大樹にしがみついていることしか出来なかった。ふと、幹の裂け目にコケではない草が茂っているのが目に留まった。

 コイツはたしか、虫よけ、かゆみ止めの薬になるキンカン草じゃねえか!街までのつなぎに、ちょっと使わせてもらいますか。

 リンから更に死角に入るよう森の茂みに近づき、背を向けて下着ごとズボンを下ろすと、キンカン草を握りつぶして汁をツルツルの丘に塗り付ける。掻き傷とナイフ負けした肌にヒリヒリとしみて、思わず声が出そうになった。その辺の枝を握りしめて我慢していると、一匹の岩キツネがこちらを見ているのに気が付いた。


「なんだ?珍しいな。森ん中に岩キツネが居るなんてよ。ん?このキノコは食いもんじゃねえぞ?ほれ、あっち行け」


 オレは急いでズボンを上げてオレのキノコをしまった。喰いつかれちゃ敵わねぇからな。ちょっとパッキン緩めだが、オレの大事な蛇口だ。まぁ、岩キツネは珍しいが、見られたのがリンじゃなくて良かったぜ。ホント、カッコワリィからな。


「はい、取って来たよ!もう!最悪だよ。すっごいバッチかったんだからね!しばらくトロッとしたものと、ソースのかかってるの、食べられそうにないや。夢に出て来そう・・・

 なにしてたの?」


「イヤ何って、あれだよ、森にな、水と養分をだな、差し上げてたのよ。おお!ありがとう、リン!!恩に着るぜ!!ほれ、お礼のチューだぞ?」


唇をべろべろと舐めまわしタコの様に突き出しリンに近づくと


「ばっちい・・いやだ、絶対に、イヤ」


 物凄い引き方で離れて行った。そんなに嫌かね?イヤか・・オレもこんなのされたら嫌だな・・・反省。またやるけどな。


「冗談はさておき、急いで逃げたから方角が定かじゃねぇ。が、そこの小川があっちに向かって流れてる。恐らく湖に注がれてる筈だから、こいつを辿って行こう。思ったんだけどよ、道沿いに歩くわけじゃ無ぇからギルドの地図は役に立たねぇんだよな。商人の地図と違って魔獣地帯も書いてねえし。流石、お役所。いい仕事してるぜ。オレの勘道理なら、なにも無けりゃ昼前には湖に着けるかな、ってとこだな。そこから次の町までは、そう遠くないと思うから一気に行っちまおう」


 沢沿いを湖目指してくだる。途中、二度ほど高い崖を降りなければ為らなかったが、リンに食い千切ってもらったツタのお陰で難なく降りることが出来た。備えあれば、だな。

 ただ、今目の前にそびえるデカい岩山はどうにも迂回できそうにない。森ルートは斜面がきつ過ぎて登れねぇ。川は岩山に沿い深くゆったりと回り込むように流れているが、高低差から、恐らく向こう側は滝で落ち込みになっている筈だ。巻き込まれでもしたら、二度と青空は拝めねぇだろうな。さて、どうしたもんか。


「リン、オレを咥えて飛んだとして何処まで行けそうだ?」


「う~ん・・・けっこう高いね。半分くらい?かな」


リンちゃん引っ張り上げ作戦はダメか・・・。ならいっそ、ぶっ壊しちまうか!手頃な岩の割れ目が有ることだし、そこに爆破の呪符を埋め込んで矢で射抜けばドカン!はい、通れますっと。


「少し下がってろ。工事用の呪符だが結構な威力があるからよ。岩の破片なんかも飛んでくんゼ。・・・って、当たるのはオレだけか」


 弓の扱いにはほんの少し自信があるが、ブリックの弓は強弓で弾くのに結構な力が必要だ。うまく当てられるか自信がねえが、ま、なんとかなるでしょ。

弦を引き絞り狙いを定めて矢を放つ。はい、ドカ~ン!!


「コーーーン」


矢は数センチずれて岩肌に傷をつけて上方へと吹っ飛んでいった。


「もう!ちゃんと狙ってよね!耳塞いで損しちゃったよ。・・・あれ?この岩、今揺れた・・・?」


「ははっ!オレ様の強弓アタックは岩をも揺るが・・・す・・・リン!!離れろ!そいつはただの岩じゃねぇ!!魔獣だ!!」


 なんてこった!岩山だと思っていたが、コイツはロックイーターと呼ばれている魔獣だ!なんでこんなところに?ここにはお前の喰いもんの岩はねえぞ?!・・・あれか!大戦時にどこかの国が兵器として送り込んでいたと聞いた事があるが、コイツは、それか?大戦も終わり、用がなくなってここに座り込んでそのまま眠ってたのか?


「チックショウ!やっちまった!!」


「ゴメン!ボクも気配がないから気がつかなかったや!!」


 ソイツは背中に体積した砂利や泥をまき散らしながらゆっくりと立ち上がり此方に振り向いた。今は明らかな敵意を感じる。そりゃそうだ。寝てるところを起こされたのだからな。しかも、矢で。・・・デカい!!20メートル位だろうか?そのデカいのが今まさに左腕を振りかぶり、オレたちをぶん殴ろうと振り抜いて来た。


「リン!アイツの股下の方へ飛べ!急げ!!」


 オレとリンの後ろを物凄い質量の岩の腕が通り過ぎて行った。刹那、暴風に飛ばされヤツの股下をくぐり、背後に回された。振り向くとヤツの振るった拳とその風圧で、森と地面がえぐり飛ばされている。もし、ヤツに背を向け逃げていたら、と思うと背筋が凍る思いだ。一息つく間もなく、片足が上がってオレ達を踏みつぶしにかかって来た。図体のわりに眼がいいな!


「ズウ~~~ン!!」


物凄い地響きと踏みつぶされた樹々の根の破片がオレ達を襲う!!「ルイ!!」飛ばされてきた破片がオレの額をかすめ出血する「大丈夫だ!」流れ出る血を拭いながらヤツの対処法を考える。

・・・あれだ!さっき呪符を埋め込んだ場所はヤツの頭部だ!あれを発動させることが出来れば何とかなる!

 弓を構えるとリンが一番狙いやすい高台にオレを咥えて運ぶ。この辺の連携はそこいらの冒険者やハンターには真似できねぇだろうな。

 集中して呪符を埋め込んだ辺りに狙いを定める。この強弓なら目一杯引き絞れば岩ごと呪符を破壊できるだろう。ただし、大きく外さなければ、の話だが。


「スゥー、ハァ~~・・」


 一つ深呼吸して精神を整る。周りの音もヤツの立てる地鳴りも全てが消え、ただ、ヤツの動きのみに集中する。

・・・右肩が上がり次の一撃を加えるべく、ヤツは腕を大きく後ろへ引いた。その瞬間、矢を放つ!

限界まで引き絞られた弓幹と弦がビシッ!とうなりを上げる。矢は稲妻のような勢いでヤツの頭部の一部を破壊して、そのまま彼方へと消えて行った。

瞬間、ヤツの頭部の七割ほどが凄まじい勢いで吹き飛び、そのまま巨木をへし倒しながら倒れ込み、大きな地鳴りを残して動かなくなった。


「っ・・!ハァハァ・・あ、危なかったな!いや~~~!両腕がビリビリするぜ~!ブリックの野郎、こんなの使ってたのかよ!お陰様で通れるようにはなったが、握力がゼロックスだ。剣も握れやしねえ・・。また何か来たら、そんときゃ、ムリだ!何もねぇことを女神さんに祈ろーぜ!カアァーーッ!喉乾いた!エールが飲みてぇ!」


「うん!ボクも飲みたーい!ダイアンさんとこの地エール、すっごいおいしかったよね♪・・あ!・・ごめんなさい・・・」


「はははっ、気にするな。確かに、美味かったなぁ・・・。次の街でも美味い店があると、いいな・・・」


 正直、あの時から食事は何の味もしねぇし、酒も酔えるが美味くはない。心の一部を殺していることはきっと、リンにも察せられてるんだろうな、と思う。が、それはお互い様だ。

アイツも、どこかぎこちねぇしな。

 あの時の怒りや絶望は、今、オレが生きている意味なのだ。オレの腕の中で凌辱されて衰弱する中、リッチェが語った夢。オレは、彼女を生き返らせて必ず叶えてみせる。

 記憶を消してくれ、なんて都合に良いことは出来ねぇと思うが、それでも、みんな揃ってテーブルを囲みてぇ。そんな、ささやかな夢位いいだろ?女神さんよ・・・。

そんときはみんなで、ホントに美味いエールと食事で”乾杯”って言いてぇんだ。・・・いけねぇな。またこっちに引っ張られちまってる。切り替えねぇと。


「おお、見ろよリン!さっきのでっけえ音で魚共が脳震盪起こして浮いてきちまってるぜ?今なら簡単に捕まえられるな!に、しても、ひどく水を濁らせちまった・・・!先を急ごう。湖に流れ込んで広がる前に着きてえ」


「そだね!暑くなってきたから、ボクも水浴びしたいし!いこ!」


ロックイーターがどいて、なだらかな斜面となった沢は簡単に渡りきる事が出来、倒れたヤツの足の裏を眺めながら進むと、ほどなく森の樹々の隙間から湖面が見え始めた。


「以外に、早く着いたね!ボク、先にザブンってして来ていい?」


「ああ、構わねぇよ。オレは、”あの場所”に用があるから・・・ああ、ここから見えるな。んじゃあ、ちょっと行ってくるわ」


・・・ここだ・・この場所からリッチェを抱きかかえて・・・

湖の中へあの時と同じように胸の辺りまでザブザブと進む。


「ルイ!!!」


リンの叫ぶ声が聞こえ、コッチへ向かって飛んでくるのが見える。


「大丈夫だよ!もう、あんな真似はしねぇよ!約束したろ?大丈夫だ!!」


大声でそう伝えると、ポケットから小さな瓶を取り出して綺麗な水をすくい入れ栓をしてから湖から上がった。

ちょっと不安そうにオレを見つめるリンの頭を撫でてやり、リュックから護符を取り出した。こいつは物質を結晶化させる性質のある護符で、実はご禁制品だ。

昔、女性ばかりを誘拐して、コイツで結晶化させてコレクトする気の振れた阿呆が居て、それ以来製造中止になったのだが、コネと事情で二枚ほど手に入れたのだ。

そのうちの一枚を使いさっきの小瓶の水を結晶化させてピアスを作り、針を左の耳たぶに当て一息に貫通させてピアスのフックを通した。水面を鏡のかわりに覗き込み


「どうよ?オサレな感じだろ?似合うか?」


「・・・え?・・・あ!うん!いいと思うよ?透き通った水色・・・素敵な色だね!」

”いけない・・・見とれてた・・・ヒト型だったら鼻血でちゃうとこだよ?!”


「さてと、準備、つぅーか、儀式も済んだし、街に向かう前に昼飯でも食いますか!あっちの流れ込みの脇のワンドで魚でも捕らえてよ、焼いて食おうぜ!」


「いいね、お魚!大きぃのがいいな。朝、ボクのせいで食べ損ねちゃったから。何か手伝うよ!」


「おおぅ、そんじゃ、オレはここに護符で罠、貼っとくからよ、デカいのが居たらこっちに追い込んできてくれ。バチーンと来てビヨーンよ!」


「任せて!そんじゃ、探してくる♪」


リンが湖面を飛び回り魚を探している間に罠づくりに取り掛かるとしますか!

 先ずは、さっきも使った爆破の呪符を油紙に包んで濡れないようにして、水底に枝で作った仕掛けに取り付ける。仕掛けには弦が伸びていて、引っ張るとバチンと仕掛けが閉じて呪符を発動!まぁ、ネズミ捕りみたいな感じだな。で、そいつにびっくりしてジャンプしたところをオレが弓で仕留めるって寸法だ。


「ルイ~!いたいたぁ~、そっち行ったよ!」


「おう!まっかせなさーい!」


 来た、そろそろ仕掛けの真上か・・・今だ!!


予想通り水中での爆破に驚いた魚が水面に飛び出してきた。うお(さかなだけに)!でかいな!くらえ!!

放たれた矢は鰓から脳天にかけて貫通して見事捕獲完了!!・・・んん??今、ほぼ同時に何かが四本、立て続けに魚の頭に吸い込まれていったように見えたが??


「ははっ♪みて!オイデ!全部脳に刺さっただろ?うん!完璧♪・・・あれ?なんか穴あいてっぞ?」


「んナァ、多分、アイツらが放った矢だナァ・・・ナァ?アイツ、どっかで・・・」


突然、脇の茂みからスゲェでかい女と(オッパイも・・・興味ないが)岩キツネが飛び出してきた。・・・ん?岩キツネ?


「おい!悪いけどよ、その魚、オレたちが追い込んで仕留めたんだ。横取りは、良くねぇな」


「うん?いや、これはジャンプした魚を私が撃ち殺したんだ。ほら、頭に私の矢が刺さってるだろ?だから私のだ」


「ちょっと!!それ、返してよ!!魚はボクが追い込んだんだし、ルイの矢の方が早かったもん!!」


「おい、お嬢さんよ。下手に出てやりゃあなんだ、調子に乗んなよ?返しなさい」


「なんだよ。私のだって言ってるだろ?・・・やなオジサンだな!」


・・・んナァ・・・この流れ、いつか・・・・聞いたようナァ・・・

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