第12話 ツルツルでドキドキで
街を出てまずは湖を目指す訳だが、大きな問題が一つあった。どうしても通りたくない場所があるのだ。大きな目標の為には、現実から目を逸らす事もまた必要だ。
それを直視して乗り越える!なんてのは若いうちだけで、なんやかんやと理由を探して、結局は自分を誤魔化して、納得した気になっていたダケだと、いつの日か気付いちまう。
歳を重ねてくるとそれが、胃もたれや胸やけの様に重くのしかかって来てつらいのだよ。だからこれは逃げではなく戦略的撤退なのだ、とあえて言いたい。
リンは散々文句を言っていたが(前に森ミミズに喰われてるからな・・・)多少の危険は伴うが道なりにでは無く、森の中を進むことにした。
森の中の樹々は樹齢数千年経ているものが多く、根はそれ自体が城壁かと思えるほどに高くそびえ立ち、苔むした大地に巨大な迷路を作り出している。これが魔獣たちの住処でもあり、同時に狩場でもある。ヒトの手が入った細く若い木々や、ガサガサと音を立てる低木の生い茂る林道沿いの方が、よっぽど安全なのだ。それでもやっぱり、あそこは通りたくねぇ。だいぶ遠回りした為に森の中程まで来れた頃にはそろそろ、日が届かなくなる時刻になってしまった。
闇夜の行動は命取りだ。折角何故だか生き返って来たのに、勿体ないことはするもんじゃない。野営の準備と湖の方向を確かめるために一旦、通称”巨竜の寝床”と呼ばれている空間で足を止めた。苔の絨毯が中程度の村一つ分ほど広がり、所々でむき出しの岩の隙間から湧き水が染み出し、そこに清涼な水たまりを作り出している。地図を見ると、この森にはこういった所が数か所あるみたいだが、"不死鳥の止まり木”だの”一角獣の角研ぎ場”だのと伝説クラスの魔獣の名がついている。まぁ確かに、此処はひんやりとしていて神聖な感じはするわな。
「ねぇ・・・ルイ、さっきからあそこに居るデッカイ鳥が、体の向きそのままなのに、顔だけグリって動いてて気味が悪いんだけど・・・ジッとこっち見てるしさぁ」
巨木から伸びた枝の上に一羽の真っ白な鳥がいる。だいぶ離れているのに足の爪さえ見て取れるところから体高7~8メートル、って感じだな。
「んー?ああ、ありゃ~牛喰いフクロウだな。オレ達みたいにチッコイのは大丈夫だと思うぜ?興味あるだけじゃねぇの?」
「だってさぁ、ほとんど真後ろだよ?顔はこっちだよ?そこまで回らないもん、フツウ。きもっちわる!」
首をめいっぱい後ろに回してみて、自分も出来るか試しているようだが体も一緒に付いてくるので、まるで自分の尻尾に噛みつこうとしている、ちょっとお間抜けな犬の様だった。
こいつの、こういった時折見せる仕草がオレに安らぎを与えてくれる。特に、今は、とてもありがたい。しょうがねぇ、今夜はアイツの好物の豚バラの塊を煮込んでやるか。
夜の森での煮炊きは、炎の明かりや食事の匂いで魔獣を呼び込んじまうから極力避けたいところだが、まぁ、こんだけ広けりゃ逃げれるだろうしよ。
「リン、ちょっくら上行って湖がどっちだか見てきてくれよ。こっちであってんと思うけどよ、一応な」
「わかったよ。でも、どっか行かないでよ?ついでに、アレ以外に変なの居ないかも視てくんね。っわ・・まだ見てるよ。目、デッカ。気持ち悪ぅ」
「オマエ、あんま気持ち悪いって連呼してっと、そのうち襲ってくっかもよ~?あのグリグリの顔でガブっ~ってよ」
「あ、それヤダ。御免なさいフクロウさん!んじゃ、みてくんねー」
上空へ舞い上がるのとほぼ同時に、フクロウも音もなく滑空してリンに襲い掛かった来たが、リンは咄嗟に煙へと姿を変えオレの後ろまで逃げて来て難を逃れた。目標を見失ったフクロウはそのまま滑空して滑る様に元の場所へと戻って行った。
「ほらー、やっぱりアイツあっぶないよぉ!ボクじゃなかったら絶対食べられてたもん!!ルイがあんなこと言うから、ホントに来ちゃったじゃん!もうボク上行きたくない!あってるって事にしよ?ね?」
「オマエが悪口ばっかり言うから、聞こえたんじゃねぇの?まったく・・・んー、また襲ってきたらメンドクセーし、一応護符で簡単な結界でも作っとくか。・・おい、リン。そこいらから二メートル位の棒四本、探してきてくれ」
「え?ヤダ!ボク、ルイの後ろに居るよ。・・・あ!ほら!背中危ないじゃん?ボクが守ってあげるよ!」
・・・死ななくても、怖いのかよ。キミの牙は何のために・・・。かといって無駄に戦う必要もないし、フクロウは食うとこ少ないし、別にいいか。
手頃な枝を三振り見つけたが、あと一本がオレの剣では切れそうもない位のツタに絡まっていて、そのうえちょっと届かない。
「リン。悪いんだけどもよ、あそこの枝が欲しいんだわ。ツタ、噛み切ってくんねぇかな?んで、そのツタも欲しいんだ」
「ツタ?うん、それならいいよ!あんなの楽勝だもんね♪」
ああ、牙、役に立ってたわ。
枝の先に”閃光”と”爆音”の二枚の護符をそれぞれ取り付け、野営の為のテントの四隅に立てて結界もどきを作った。悪戯程度の護符だがまぁ、追い払う位ならこれで充分だ。空間のは取っておきてぇし、戦闘用の本格的なヤツは、オレの稼ぎではちょっと手が出ないんでな。
魔術使いにでも生まれりゃよかったぜ。と思うことがたま~にある。こんな紙っキレにちょちょっと魔力を込めて、そんではい、いくらです。だもんな・・・。銭ジャブじゃねぇーか。
まぁー、オレには絶対無理なんだけどもな。アイツら魔力が弱まるとか何とかで、酒を飲まないんだ。脂っこいものも食わねぇしよ。さらに一生涯、処女と童貞だぜ?なぁにが楽しくて生きてんだろうかね。決して負け惜しみなんかじゃ無いゼ?心底そう思うのよ。
そんなことを思いながら、その”脂っこい”の最たる豚バラを取り出す。保存食用に一度熱を加えてから塩漬けにしてあるから、調理自体はそんなに掛からねぇ。合う酒がねぇからエールで代用して、香辛料とたっぷりの砂糖、お?いいねぇ、足元の水たまりに香草が生えてんな。一緒に煮込む用と、付け合わせようとで少し頂いてっと。ん~、トロットロになるまで煮込みてぇとこだが、時間がねぇから、味が染みたら良しとしますか。さてと、出来上がるまでの間にちょっと身体を洗いてぇ。昨日のままで服はボロボロだわ、髪はべたっと張り付いてるわ、オマケにそこかしこが痒いんだわ。特に股間辺りが・・・。ジョアとのやり取りでガマン汁が渇いたか?いや!あの時オレは紳士だったハズだ。
・・・オレはただジョアが苦手とか好みじゃねぇから断ったんじゃない。ダイアンから昔、オレがジョアの父親に似ていて・・・という話を聞かされ、それが事実だと確信したからだ。
彼女は幼いころ、実の父親から性的虐待を受けていて、いわゆる洗脳状態であったらしい。父親は大戦の遠征軍に参加し行方知れずになったそうだ。よりどころのなくなった彼女は厚生施設に預けられ、そこで料理を学びいまの宿を開いた。そんな折に父親似のオレが客として現れ過去の記憶をよびさましちまった、といった所か・・。
やれりゃいいって奴もいるかもしれんが、オレには無理だ。いずれ居なくなる者が心のかさぶたをはがしていい筈がねぇ。
もっとも、股間をボリボリしながらカッコつけても様にはならねぇけどな。あれだな、死んでる間、雨で蒸れた大地に転がってたから、毛ジラミにやられたな、こりゃ・・・。
取り敢えず、ち〇毛を剃ってこれ以上広がるのを防がなくては!
「リン、ちょーっと、体洗ってくっからこの煮てるの見ててくれよ。お前の好きなバラ煮込みだぞ~?んじゃ、よろしくな!」
「ちゃんと見えるとこに居てよね。いっつもその辺で適当に拭いてんじゃん、わざわざ言わなくても。背中流そう・・・・」
言いかけて何だか急にキスの事を思い出してしまい、恥ずかしくなってきた。
「ごめん、なんでもないや。あんまり遠くに行かないでね?バラ、いい匂いだね~」
「お、おう。ダガーも持っていくから大丈夫だ。ちゃちゃっと洗ってくっからよ」
何だかわからねぇけども、取り敢えず、剃るか・・・。いい歳してち〇毛剃ってる姿ってみっともねーなぁ・・・。んー、肩から腹にかけて、この間の傷跡が酷いな・・・。縫ってもねえのにくっ付いてやがる。自分の身体ながら気持ちワリィな。だが、生きてるってことは確かだ。女神さんのお陰かねぇ・・・?ゾリゾリ・・有難いねぇえ・・ゾリゾリ・・ち〇毛剃りながらで御免なさいねェ・・・ゾリゾリ・・。あー、オレの森が・・・枝とカマキリの卵だけに・・・。
うわあ!しまった!!オレとしたことがあぁ!・・ヒゲから剃れば良かったorz。ま、自分のだし、いいか・・・うし!オッケーちゃんっと!
「わりぃ~な。お待たせ。飯にしようか。おおぉ。イイ感じになってるな。トロトロじゃねぇがプルプルだ。いま、切り分けてやんな」
「ちょっと!!ルイ!そのダガーで今、毛を剃ってなかった?バッチーなぁ!ちゃんと洗ったの?」
ふ、不覚!見られていたか!!なんてこった!もう、お婿にいけない・・ぐすん。
「しかも、剃り残しだらけだし。ヒゲくらいちゃんと剃ってよね。昼の竜飼い、名前忘れちゃったけど、ツルツルだったよ?ルイも身なりはちゃんとしよ?」
「ひげ?ああ、ヒゲね、努力します。なんだ、オメェ、ああいうのが好みか?ツルツルサラサラが」
ふぅ!ヒヤッとしたぜ!オレの尊厳は保たれた!だがな、オレもある意味、ツルツルだ。
「ちっがうよ!ぜ~んぜん、無理!ああいうの。ぼくはルぃ・・・ごにょ・・・あ!ルイの方が大きい!ずるい!そっちがいい!!」
いままで、食い物がロクに喉を通らなかったせいもあり、あっという間に食べ終わってしまった。明日は日の出前には出発しよう。明け方は魔獣共もお食事タイムに入るから、料理の一品にされないように気を付けなければ。
「リンー。歯~磨くぞ。ほら、コッチこい」
「・・・今日は、いいや。自分で、ってゆーか、煙になればみーんな綺麗になるから、そうする」
「なんだよ、いつも、”あ~ん”とかいって磨いてもらってんのによ?竜はいいよな、身体もそれで綺麗になっちまうんだからよ。・・・明日は早いぞ。もう寝るからな」
宿から持ってきたクッションをカバンから取り出し、リンに投げてよこしてオレは歯を磨いた。テントへ戻るとド真ん中にクッションが置いてありその脇にリンが寝ていた。
「あのー、リンさん。オレの寝る隙間が物凄く狭いのですが・・・。クッションの上で寝ろよ~ただでさえ狭いんだからよ!」
「今日はいいの!これで!端っこがいいの!ボクのクッションだから上に乗んないでね!」
「わかってるよ。・・ちょっと、一口飲んでから寝る。先に寝てろ」
「うん・・・おやすみなさい」
”ルイにドキドキする。なんでだろ?好きなのはいつも好きなんだけど、ちょっと違う好きになってる・・・。リッチェちゃんの姿でキス、したからかなぁ。自分でもわかんないや。ボクは竜だし、オスとか雌とかないけど・・ん~~~、わかんないや!もう寝よ!・・おやすみ、ルイ、リッチェ・・・”
岩に腰を掛けちょっとキツめの酒をひとくち喉に流す。・・・やめよう、一人の酒は物思いに耽っちまう。オレも寝るかな。
テントへ再び戻ると、リンはもう寝ていたが、閉じた瞼の端に涙が流れている。オレはそいつをそっと拭いてやり、タオルケットを掛けてやった。
・・コイツには嫌な思いを一杯させちまったのに・・・気まで使わせちまって・・・オレ、ダメなオッサンだけどもよ、これからも一緒にやって行こうな、相棒。
フクロウが見守る中、静かな夜が霧とともに降って来た
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