第10話 なんもかんもうまくいかねぇ


   足取りが重く、次の一歩は出るんだが中々前に進みゃしねぇ。街に着いた頃には辺りがうっすらと明るくなっちまっていた。昨夜の雨で今はまだ涼しいが、日が昇ればきっと今日もうだるような暑さになるに違いない。そんな日は昼から一杯ひっかけて、ってのがオレの日課となっていたのに、こんな最悪の報告をしなけりゃ為らないなんてな。

  門番に顔を向けずに身分証だけ見せて通過する。面と向かったら多分、殴り殺しちまうかもしれない。何か言っていたが、無視を決め込む。そんなオレを気にして「相手にしないで」とリンが言う。

あぁ、分かってる。そんな八つ当たりをしたところで、どうにかなるもんでもねぇしな。オレは大分明るくなってきた空に向かって深く息を吐いた。あぁ、酒場に着いちまった。もう一度深く息を吐いて、酒場のドアーに手を掛けようとすると、中から「リッチェ?」と勢いよくベラが戸を開いた。


「・・・なんだ、アンタかい。ヒドい顔だねぇ。それに何だかえらいボロボロだし、アンタもリンちゃんも、目が蜂にでも刺されたみたいになっちまってるよ?大丈夫なのかい?それで、あの子は?いたのかい?見つかったんだろ?」


オレは無言で、リッチェにプレゼントした今は形見となってしまったベールを差し出した。


「・・・どういうことだい?これはあの子のだろ?見つからなかったのかい?あら?・・血?え?え?アンタ、なんだって血が?え?」


狼狽しているベラの声に気づきダイアンが出て来た。二人ともやはり心配でずっと起きていたのだろう、ひどく疲れた顔をしている。ありのままを伝えるにはあまりにも酷だと思い、汚されたことは伏せて伝えた。ベラはベールに顔をうずめて静かに泣き、ダイアンは目をつむり、項垂れ、じっと聞いていた。

 それから、頭を目いっぱい下げて謝罪した。許されようとは思っちゃいないが、今のオレにはそうする事しか出来なかった。


「・・・オレのせいです。オレがつきまとったせいで、オレなんかに優しくしてくれ     たせいで、オレなんかに・・・・」


 「くそ!!」ダイアンの握りしめていた拳が、オレの左頬を捉え鈍い音を放った。避けられなくは無かったが受けるべきだと思い、あえて受けた。数メートル吹き飛んだオレの傍にリンが心配そうにやって来る。「大丈夫だ」そう言い、その場に直立してもう一度深く頭を下げた。


「・・・娘を看取ってくれた事も、送ってくれた事も感謝する。あの子は、優しすぎた。ヒトとあまり関わるなとあれほど言っておいたのに。あの子が死んだのは自身のやさしさと、俺の躾のせいだ。だが・・お前の顔は二度と見たくはない!ここにも来るな」


ダイアンはそう言うと、ベラからベールをひったくると、店の奥へと消えて行った。ベラもそれに続き、ちらとこっちを見てドアーを閉めた。

オレは暫らく頭を下げ続けた。


「ルイ。そろそろ、いこ?」


「・・・そうだな。宿の荷をまとめ出発の準備をしなけりゃなんねぇよな」


リンに促されその場を後にして宿へと向かった。途中、城壁の上からロープが降ってきてオレのデコにかすめ当たった。こんな時に、ブリックの仕業だ。


「お~い。ルイー!昨夜はどうなったよ?リッチェは見つかったのか?」


やはり身軽にスルスルと降りてくる。


「ハッハッハッハァ。当たらんかったろ?」

 

ロープが当たったことも、ブリックの言葉も行動も今はどうにも腹が立つ。


「当たってんだよ、いつもよ!だいたいオマエ、リッチェの事なんか心配してねーだろ。リッチェはエルフだからとか何だとか、いつも言ってたもんな!あの娘がどうなろうが、オマエにゃカンケーねぇんだろ?」

「あ?おうおう!なんだぁ?のっけからよ!人が心配してやってんのに何だそりゃよ?!」

「あぁ、そりゃどうも御親切に。感謝感激の極みでございます。これでいいか?じゃあな!」

「なんなんだよ?オマエ、今日は変だぜ?いいから、このブリック様に話してごらんよ?」


「・・・ブリックさん、ゴメンね?今日はホントに、そっとしておいて欲しいんだよ、ぼく達・・・」


「なんだよ、リンちゃんまで・・・わかったよ、じゃあな・・・」



・・・別に、古くからの唯一無二の友、ってわけじゃないが、大事なもんをまた一つ、無くしちまった気がする。アイツも、ロープを昇っていく後ろ姿がさみしそうだが、きっと全部話しちまったら”おれもいくぜ?”なんて言いかねない。何時もなら真っ先に相談しているところだが、今日は駄目だ。もう少ししつこかったたら、軟化の護符を地面に張って埋めてやるところだった。いや、埋めちまえば良かったか?

 ダメだ、どうにも苛立ちが収まらねぇ。こういう時は決まって、畳み掛ける様につまんねぇ事が起きるもんなんだ。なるべく最小限の工程で街を出よう。先ずは、あれだな、先にギルドに行って来よう。宿は間違いなく厄介ごとが待ち構えてるからな。これ以上の自己嫌悪の上塗りはまっぴらごめんだ。それに、事務手続きの間に少しは落ち着くんじゃねえかな。

「三番窓口へ~」だの「その書類は一番窓口へお持ちに~」だのたらい回しにされるが、まぁ、脳死の作業だ、何も考えなくて済む。

 どうやら、ボチボチ周りの店やら何やらが開き始めたようだ。ギルドはお役所だからまだやってねぇし、その辺の飯屋にでも入るか。


「リン、朝飯食うか?」


「・・・ううん。食べる気になれない・・。ルイは食べてね」


「オレも・・いらねぇけど、まぁ、寄って行こうぜ。ギルドへ先に行こうと思うんだけどよ、まだ開かねぇし」


「じゃぁ、ぼく、ノン・エールだけでいいや」


「わかった、でも何か食っとけ。・・すんません、ノンエール二本と、フィッシュ&チップス二つお願いします」


 初めてくる店だがまぁ、馴染の店であれやこれや聞かれるのは勘弁だ、と考えての事だったのだが、どうやらそれが間違いだったようだ。先ず給士のネェチャンが

「わぁ♪竜飼い様だ~。初めてお会いしました~。この街に居るって話は聞いてたんですけど~・・云々・・」

申し訳ないが、鬱陶しい。オマケに店の中の者にも伝えやがって、チラチラ見てくる、念写いいですか~とか言ってくる奴までいる始末で、この上なく腹立たしい。とっとと食って出よう。


「・・・油切れ、悪いね・・僕チョット・・・もういいや。落ち着けないし」


「あぁ、ワリィ、店の選択をしくったな。行こう」


勘定を済ませて店を出る。「ありがとーございました~♪またお越しを~♪」

・・うるせぇもう来ねぇよ。来てほしいんなら、先ず衣はエールで溶けよ。

若干の胸ヤケを感じつつ、もう開いたであろうギルドへ向かったのだが、またもや、嫌な出来事が待っていた。


 事の発端は、ギルドカウンターに貼ってあった一枚のクエだった。ベラが夜中に来て頼み込んだのであろう。リッチェの容姿が細かく書いてあり、続いて

{エルフなのですが、何卒宜しくお願い致します。報酬はヒト相場の倍お支払い致します。}

とある。そこまで書かねぇと誰も動かねぇってのが腹立たしいが、ヒト絡みで無ければ誰も受けないってのも事実だ。

 オレはその依頼をカウンターに持っていき「この娘は、何者かに殺害された。遺体は森の湖でオレが送った」との旨を伝えた所、別室へ連れていかれ二時間ほど尋問を受けた。当然と言えば当然だ。まぁ、そうなるよな。

 その間にリンには、オレのギルドカードでこの街からの退出届や、周辺の地図、提携施設への支払い(ジョアの宿もここで済ませられる)などの手続きを頼んでおいた。


 結局、オレが竜飼いであること、良くも悪くもマァマァ知られていたことで解放された。まぁ、この街でのエルフ案件でしっかり調べてもらえただけでも良しとするべきだな。

 再度、カウンターを訪ね、尋問の末の報告書を提出したのだが、この受付の若ぇ兄ちゃんの応対が癇に障った。


「はい。ではリッチェさんは死亡、と言う事ですね。そのように処理しておきます。ん・・?エルフ族、でしたか。ええと、処理の必要はないですね。報酬は一部預かっておりますので必要経費等、不足分が発生しておりましたら請求書を添えて・・・」


「処理?今、お前、エルフ族は処理の必要ねぇ、っつたのか?聞き違いじゃあねぇよな?!それにただ死んだんじゃねぇ、殺されたんだよ!!」


「誠に申し訳ございませんが、生存か死亡かの項目しか御座いません。それと、当ガンタン街ギルド協会では、ヒト族以外の管理は行っておりませんので・・・」


「オマエら、ほんとに胸糞ワリィな!!それでもヒトか?豚のクソ以下だな!!」


「もうやめなって、ルイ。ここのヒト達はゼンマイで動いてるんだよきっと。こっちが気分悪くなるだけだから、ね?もうよそ?」


「・・あのぅ・報酬の受け取りを・・」


「てめ!マジで呪符で燃やしてやろうか?」「ルイ!!」「っ・・・フゥゥ・・・ハァ・・・振り込みで。振込先は大樽のダイアン。あとで口座を書いて提出する」


クソ!ここはこの街の嫌なところの吹き溜まりだな。ヒトだのエルフだの関係ねぇーだろが!オレは博愛主義者ってわけじゃねーけどよ、なんなんだつーの!!

 ヒトだからエルフより美しい旋律が奏でられるのか?ヒトだからドワーフより美味い酒が造れるのか?そんな訳あるかって!!それぞれあんだよ。楽しくいこーぜ!!

って何でなれねぇかね。やっぱ、ガンタン伯爵何世ってのがガンだな。ロクでもねーよ。世襲だけで何もしねぇから、世の中良くならねーのよ。ってのの見本だな。

 あー、もうだめだ。ひとつキライになっちまうとみんなキライになる病が発症したぜ。とっとと、宿の荷物持ってこの街を出ねぇと、リッチェとの思い出に傷がついちまいそうだ。昼飯まえには出て行かなけりゃな。

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