3章 始まりの物語

第9話 重い思い


  雨が止むのと同時に、灯が一つ消えたのを感じた。急いで主のもとへ向かっていたが、次第に速度が落ち、やがて、力なくフラフラと漂うようになった。


「・・・自分で行かないで、ぼくにリッチェを頼むものだから、ヤな予感がしたんだ・・・死んじゃヤダよって言ったのに、馬鹿ルイ・・・ねえ、ルイ。最初から死ぬつもりだったでしょ?戻ってくる途中、アイツが来たから、やっぱりなって。・・・・ぼくねアイツの腕を噛みちぎってやったんだ。ぼくの渡した剣に魔毒符使ったでしょ?だってアイツから毒の味がしたもん。カメムシみたいな味がして、ウェってなったよ。・・・あれさ、魂が食い散らかされて、あの世に行けなくなるヤツだよね?

 あはは。すごいでしょ?竜の味覚、舐めんなよ!だよ。ねぇ?ルイ・・・褒めてくれてもいいよ?」


・・・・


「でもね、ルイはもっとすごいね。伊達にオッサンやってた訳じゃ無かったんだね。ぼくは噛み殺してやりたかったけど、そうするとあの世で、リッチェと会っちゃうかも知れないもんね?

 ぼくが気付くって、信用してくれて、だから、使ったんだよね。ルイならきっと、何か仕掛けてるんだろうなーって、思ったもん。

 本当にすごいや・・馬鹿で、間抜けでトンチキで、ブーツがすごく臭くって、いっつも、お金ないない言ってるくせに、悪戯用に呪符買っちゃうし・・・・

 あれ・・悪口ならいっぱい出てくるのに、おかしいや・・・。いまも・・・ルイが、臭いから、目に染みて涙が止まらないじゃんか」


・・・・


「ねぇ!!こんだけ悪口言ってるんだから、いい加減起きてよ!!その悪戯!つまんないよ!!今までで、一番つまらないよ!!!

 ねぇ!!またぼくは置いてけぼりなの?・・・今度は・・ほんとの・・置いてけぼりじゃんか…うっ・・・

 うわ~~~ん!るいのばぁーかぁー、ひぐっ、ぼくも、ぼくもそっちにいきたいよー!!ひぐっ、ばぁーかぁ~、うわ~~ん」


世界は音で溢れている筈なのに、光で満ちている筈なのに、リンには何も聞こえず、何も見えなくなっていた。ただただ、悲しく、ひたすら泣き叫んだ。そして、何も感じなくなった。

”真っ暗な泥の中みたいだ。二度と浮かび上がることが出来ないや”深く深く沈み込んでいくが、もがく意思も残ってなかった。


そんなリンを救い上げたのは不意に聞こえたルイの幻聴だった。


「リン、おまえさぁ、泥の中だけにそのままドロンってか?らしくねぇな」


ルイの温かくて大きな手が頭を撫でてくれた気がした。


「くくく、ルイったら。死んじゃっててもつまんないこと言うんだね。ありがとう。ちょっとだけ、元気、でたよ」


うつぶせに倒れているルイを仰向けにして、両手を組んであげた。リンは一度煙になり、リッチェの姿へと形を成し唇をそっと重ねた。


・・・名残惜しみながら唇をゆっくりと離し、頬を撫でながら呟いた。


「・・・コラ、無精ひげがいたいぞ?やっぱり、物語みたいにキスじゃ生き返らないね。それとも、ぼくじゃダメなのかなぁ・・・」


「リッチェになった事も、この姿でキスしたことも、ルイが生きてたら怒るだろうな。だって竜のままじゃ、キスできないもん。だから、ゴメンね。ぼくもね、ルイがリッチェの事好きなのと同じ位、ルイが好きだったんだよ?」


深く息を吐きながら空を見上げると、所々樹々の切れ間から月明かりが差し込んでいる。雲はどこかへ消えたようだ。”ぼくがルイにしてあげられることをしなくちゃ”傍らに、最後に掴もうとしていたベールを拾い上げ体に乗せてやると、再び煙となりルイの身体を包み込んだ。


「リッチェの隣に、連れて行ってあげるね。一緒にお空に昇りたいもんね」


深い森の中を銀色の霧が流れてゆく。時々、月明かりを受けてまばゆく輝いた。


「あ~あ。着いちゃった。ホントにこれで、お別れだね。今、リッチェの隣に降ろして手を繋がせて上げるからね」


ゆっくりと降ろしながらルイの顔を覗き込んだ。


 


「!!くぁwせdrftgyふじこlp!!」




閉じていた筈の両目ががっつりと開き、握り拳一つ分の距離で見つめ合う形となった。あまりにも仰天したために変な声がでて、思わずルイを頭から落としてしまった。


「あだ~!ガンって、頭の後ろ!おー、痛ぇ~!!お星さまが目の前に一杯!!かぁ~~!・・・お?これ、捕まえらんねぇかな?」

「ってか、オマエ、ご主人様を落とすなんてヒデーじゃねぇか」


腰?が抜けて逃げるも隠れるも出来なかったリンは、顎が外れたかのように口を大きくぽかんと開けていた。


「だって、ルイは死んでるから死んじゃってて、気配もなくて、息もしてなくて、ヒトは死んだら死んじゃって、生き返らないんだよ?」


「何言ってるのか解らねえけど、だからって、落とすなよ。ヤッパリ死んでたとしても、遺体だって、痛いんだぜ?」


リンは色んな思いがどうにも出来ず、飛び込んだルイの胸でワンワン泣いた。ただ、さっきと違うのは、ルイが生きてて、うれし泣きだって事で、うれし泣き出来ることが、嬉しくて仕方なかった。


いつものルイだ!つまんないルイだ!オッサンの、ルイだ!!ひとしきり泣いて、安心した途端、さっきのキスが急に恥ずかしく思い出され顔を上げられないままでいた。


「ルイ?一体いつ目が覚めたの??ルイってアンデット系のヒトなの?」


「あー、ちょっと前よ。何かオレ浮いてるし周りはまぶしいんでよ、ああ、ここが”酒はうまいしねーちゃんは綺麗だって”いう噂の天国ってとこだな。

 よしよーし。んじゃま、リッチェちゃんでも、探しますかね。なんて思ってたら、お前の声がきこえてよ。あり?若しかして、オレ、死んでないんじゃねえか?みたいな?それよか何だよ、アンデット系のヒトって。草食系とかの仲間かなんか?

〝あのヒトってアンデット系だよね~”って使うの?・・・いいな、いつか使おう」


 訳も分からず生き返ってぼぅとしていた頭に、”オレが生きてるってことは、ひょっとしたら、今までのは酔っぱらって寝ちまってて、実は酒場で見てる悪夢なんじゃないか?”という淡い希望が湧いてきた。現に、リッチェの姿が、どこにも見当たらない。そうだ、こいつぁ、夢だ。悪酔いしてんだ。きっとそうだ。若干の期待を込めて聞いてみた。


「・・・リッチェは?」


「!・・・」


 オレの胸に顔をうずめていたリンがビクッとして、全身が硬直したのがわかる。ゆっくりと見上げてきた目は腫れぼったく、端からまた、涙が流れる。恐る恐る口を開いた。


「・・・ルイに言われた通り、綺麗にしてあげたよ?嫌な気持ちが残らないようにぼくの焔で焼いて、あと、聖水を半分だけ使って見た目もね。全部使うともう会えなくなっちゃうもんね。最後に、絶対会いたいだろうと思って。それで、ルイを迎えに行ってる間に、魔獣に持ってかれちゃうかもしれないからって、空間魔法の護符で隠してあるんだ。

・・・今・・解くね」


 湖の波打ち際に空間魔法とは対の護符を使い、今まで隠されていた彼女の遺体が姿を現す。傷一つ見当たらず、胸の前で手を組み、穏やかに目を閉じている。

その姿は月明かりに照らされて光り輝き、白く透き通るような裸身は、さながら女神の様であったた。・・・脈打つ鼓動を感じない事を除けば。


彼女を優しく抱き上げオデコにキスをしてリンには聞こえないように「またせたな」と耳元で囁いた。


「ありがとうな、リン。何から何までよ。オレの手で送ってやりてぇんだ。残りの聖水、くれよ。おまえはそこで見ててくれ」


「・・・うん・・・」


 ものすごく嫌な感じがする。ルイが真面目な顔つきの時は、決まってロクなことがない。只、いまこの時に何かするわけはないと首を振り、不安を覚えながらも聖水を渡した。


ルイはそれを受け取ると、彼女を抱きかかえたまま湖の中へと進んでいく。水面がルイの胸元辺りまで進んでところで、彼女を水面にうかべて聖水の瓶を取り出すとその身体に振りかけてやった。


残りの聖水をその身に受けた肉体はこの世との関わりを絶たれ、彼女の髪の色と同じ金色の霧となり、月へと吸い込まれるように消えた。


 ルイは暫らく虚ろに空を見つめていたが、やがてゆっくりとリンの方を向き、らしくない言葉を口にした。


「勝手で悪いんだけどよ、やっぱり、オレも向こうに行くわ。せっかく生き返ったけどよ、リッチ ェがいねえってのは、守ってやれなかったってのは、オレにはキチイわ。本当に済まないと思う。申し訳ない。月並みだけど、楽しかったぜ!達者でな」


そう言い残すとザブザブと深いところを目指して突き進んでいった。


嫌な予感は、当たってしまった。


「ちょっとまってよ!!じゃあ、僕はどうすればいいのさ、ぼくだって一緒にいきたいよ!!でも竜はそんなんじゃ死なない!ぼくだけおいていくの?ぼくは?そんなの身勝手すぎるよ!いつも一緒だったじゃないのさ!!これからも一緒にいようよ!!ぼくじゃダメなの?!」


「・・・・」


「ルイの!ばかー!!」


 リンは身を丸めると猛烈な勢いでルイめがけて突進した。「ガン!!」という鈍い音と共にルイごと吹っ飛び、互いに水面に浮かぶ形となったが、ルイの方は大きなコブを作りうつ伏せで


浮いていた。このままでは溺死する。


「ルイ!ルイ!」


 リンは必死に頭を水に突っ込みルイの身体を仰向けにしてやろうと頑張るが、踏ん張りがきかず上手くいかない。あぁ!ルイ!


突如、グルっと自分で向きを変えたルイは大声で笑い始めた。


「あははははは!はーはっはっはっ!おーーー、いてえぇー!目ん玉飛び出るかと思ったぜェ。むしろ頭突きで死んじまうつーの!」

 

リンはまたも、涙を流しながらポカポカと短い前足でルイの胸をたたく。


「ばかばかばかばかばかばかぁ!」


ルイは水面に浮いたままリンを抱き寄せて頭を撫でた。


「ごめんな。目ェ覚めたぜ。きっつい一発だったけどな。確かに身勝手だった。ほんと、どうしようもねぇオッサンだな、オレは。

 しょうがねぇから、生きてやるかな。・・・・それによ?もしかしたら”女神の涙”っつぅ、眉唾もんの代物でもよ?探してみようかなーなんてな。

 そんでよ?リッチェ生き返らせて、ヒトにしてもらって、オマエも一緒にどっかで暮らせたらな、ってよ、きっついの来た時、バチバチ~って来たぜ。

 ・・・欲張りすぎか?」


「・・・うん」


「一緒に・・来てくれるか?」


「・・・うん」


「今日は、泣き虫だな」


「・・・うん」


「今日からお前は、ピーピー泣くからピー助な」


「・・・うん・・うん?」


「ばかルイ!!」そう言ってルイのお腹にどっかりと座り込んで、再び水面に沈めてやったのだった。




「重い~。がぶがぶ。」


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