第8話 セリセリは つよい


 日も傾きはじめた頃、キャラバン隊が到着した様子なので、再び市場を訪れた。馬二十頭、ホロ付きの荷車が五台となかなかの規模である。うち、既に何台かは荷を下ろし終えていたようだが、ちらっと見た限りでは生鮮品や、酒などが主であった。

 そのうちの一角に妙に人だかりが出来ている。興味がわいたので覗いてみると、どうやら力自慢の隊の男が、腕相撲の相手を募っているようだ。賞品は酒樽二つか穀物が五十キロ程詰まった麻袋三つか、であった。どちらも別に欲しいものでは無かったが、それらよりも男のほうが気になった。セリセリよりも更に頭一つ大きく、前に立たれたら完全に隠れてしまうほどの体躯の持ち主が、テーブルに腕をセットし待ち構えている。なるほど、確かに力はありそうだ。


「もしかすっと、これは男と地図が両方いっぺんに手に入るんじゃないか?だとしたら、旅は終わりで地図も帰りのやつに変更だな」

「んナァ・・・そりゃ、おめっとさんナァ、くぅん、うん、・・・よかったナァ」


もしそうなら、チョットだけ面倒な事になる。結局、オイデは子作りの説明をすることが出来ずにいた。

”まぁ、成り行き任せで何とかなるんでないかナァ・・・なるかナァ?”

・・・ちょっと、不安だ。


「どうだい?誰か居ないかい?そっちからはお代は頂かねぇよ!!誰でもいいぜ!!さぁ!誰かいないかい?オレに勝てばいいだけだぜ!」


自分が負けることは万が一にもない、そんな自信に満ち溢れた口上だ。実際誰しもが相手にならないであろう。無謀にも挑戦したやはり力のありそうな男が、腕をおさえて転がっている。

トドのつまり、この男はただ、自分の鍛え上げた筋肉の自慢がしたいだけなのだ。皆が相手にしないよう目を背けて散らばっていく中、セリセリが前に出た。


「はいはーい!私でもいっかな?ちょっとお前の力がどんなんか見てーんだ」


皆が彼女の名乗りにギョッとし、その場を去ろうとしていた者たちも再び集まってきた。


「う~~ん。おじょうちゃんかぁ。ごめんなー。女と子供はちょっとなー。怪我させちまうと、俺が悪くなっちゃうじゃん?」

「うん?私は怪我なんか気にしないぞ?さあ!やろうぜ!」


そう言い、右手をテーブルにセットする。


「おじょうちゃんよ。つまんねぇ冗談はよしてくれ。それによ、その右手。武器ありゃ勝てるってか?そりゃー駄目だぜ」

「ああそっか。右手のこれ、私の一族に代々伝わってる武器のひとつでさ、村に帰るまでは外しちゃいけない決まりなんだ。こっちでもいいかな?」


セリセリは左腕を代わりにセットした。


「アーハッハッハッ!左?ヒヒヒッツ。ひだ・・ヒヒヒッ。くるしぃ。無理だよお嬢ちゃん。無理無理無理。早くお家帰ってご飯でも食べてなって。

 それとも、俺を小馬鹿にしてんのか?勝負になんねーよ!・・・まぁ・・どうしてもってんなら、後で、ちょっといい事させてくれんなら、勝負してやるよ」


"よく見りゃ若くていい面してんじゃねーのよ。ちょっと女にしちゃあデカいが、俺のもデカいからちょうどいいな。ツイてるぜ。女神さんありがとよ。寝る前に

毎晩祈ってる甲斐があったぜ。おっといけね。もう準備が。もうちょっと待ちなって、直ぐに出番だからよ。"


「いい事?よくわかんねーけど、いいぜ!私に勝ったら、オマエとの子供が欲しいんだけど、いいか?あと私の村に連れていく」


”子供って、ま、じ、か!ガキはメンドクセーから作らねえし出来ても知らねぇ。ムラにってのもシカトだぜ。私に勝ったらって、俺が勝つに決まってんじゃん”

俄然、男と一本に気合が入る。


「んナァ、オマエちょっと考えた方がいいんじゃねぇのかナァ。そのよぉ、もし負けちまったら大変、いや、おめでとうなのかナァ?あれ?んー・・んナァ!

 もうわかんね!オイラどうなってもね知らねーかんナァ!」


今まで、自分が喋ると気味悪がられてたので小声で喋っていたのだが、この時ばかりは大声が出てしまった。


「お?岩キツネじゃあねぇか。マジで喋るんだな。シッシッ!あっち行け!ツキが落ちちまう」


オイデも頭に来たが、セリセリもカチンときた。


「コインが落ちた音が合図だ。恨みっこなしだぜ?おじょうちゃん♪」

「うるせぇ、はやくしろ」



 神妙な顔つきで事を見守っている村人の中から一人、合図用のコインを受け取るように促す。しかし男は浮かれすぎて、渡すはずのコインをうっかり落としてしまった。

拾おうとしたが、いつの間にかに女が逆さまになってる。”あれ?おっかしいな。コインがねぇし、足元が空?”女だけではなく全ての物が上下逆に見える。

自分が腕を倒され、その勢いで吹っ飛んだことに気が付いたのは、目の前がグルグル回り遠くの地面に叩きつけられてからであった。

今まで黙り込んでいた村人たちも、男が地べたに座り込んでキョトンとしているのを見て、誰となく「ぷっ」と吹きだした。それを合図に、我慢していた笑いを一斉に解き放った。


「だーめだよアンタ。セッちゃん怒らせちゃぁ」

「黙っててごめんな。彼女が恐ろしく強いの、みんな知ってたんだ」

「いやあ、あんちゃん、いろいろと惜しかったねぇ。奢ろうか?」

「セッちゃんはよぉ、家位あるオスの爆走マンモスを殴り倒しちゃうんだぜ?ヒトじゃァ勝てっこねぇって話よ」


 村人たちは代わる代わる男に慰めの言葉をかけた。あそこまで見事に吹っ飛ばされると、ちょっと屑な奴でも同情したくなる。

実際、男も力量の差を体感し、素直に負けを認めた様子で態度もコロッと変わった。


「済まなかった。ほんとすんません。マジでごめんなさい。調子に乗ってました。あねさん、強いっすね。俺、ヒト相手に負けたのはじめてっす」

「私はいい。オイデに謝れ」

「オイデ?あっ!岩キツネですか?オイデさんって言うんすね。・・オイデさん申し訳なかったっス。ちなみにあねさんのお名前聞いてもいいすか?」

「うん?まぁ、ちゃんと誤ったし、オイデも、もういいよね?私はセリセリ。セリセリ=エルドランド=ガランドだ。おまえは?」

「俺は、ゴリラ。ゴリラ=ケブッカイっていいま・・・エルドランド?!あの、おっかねえ、関わるとロクな死に方出来ねぇっていうあの?」

「オマエ、ホントやなヤツだな。名前なんか聞いて損したよ。フゥーー。まぁ、いいや。で、さっきオマエが言ってたイイ事ってのしようぜ。決まり事だからな」

「うわ~~!!わぁ!わあ!ほんと!ほんとすんません!!忘れてください!!」


 男は焦りに焦った。このおじょうちゃん、イイ事の意味がわかってないっぽい、マズイ、間違いなく殺される。すがるようにオイデを見つめ、必死に”何とかして~”の

念を送り続けた。無視してそっぽを向いていたオイデも、鬱陶しいのでさすがに顔を上げた。この男が殺られるのは何とも思わないが、コイツにヤラレるのは気分が悪い。・・それはないと思うが。


「くぅん。んナァ、セッちゃん、コイツに勝ったんだからよぉ、貰うもん貰うナァ。酒か?酒なんかどうナァ?・・・そういや飲んでんとこ見たときないナァ・・・」


急にセリセリがオイデのお腹に顔をうずめてスンスンし始めた。


「んナァ?!ど!どうしたんナァ?」

「うう~。初めて名前よんでくれた~。縮めてるけど、呼んでくれたよ~。も一回よんでくれよ~」

「・・セッ・・・くぅん、い、今はあれナ!賞品ナ!もらうナ!そ、そんで・・・とっとと地図探すナァ!」


耳がピンと立ち顔が熱い。再びセリセリの首にクルっと巻き付き顔をうずめて隠した。


「ふふ。オイデ・・・。ありがとう・・・」


男が申し訳なさそうに聞いてきた。


「あの~、あねさん?勝負なんで、きちっと勝ち分、持ってってくださいよ。酒でいいです?」

「うん?私、酒は飲まないんだ。筋肉がダメになるからね。それに、酔った時に襲われて死んだ奴もいたし。お前も飲まない方がいいぞ?」

「俺も飲まねえんすよ!あねさん!やっぱ筋肉大事っすよね!・・あー、じゃあ、穀物の方でいいんですか?」

「うん。でも重いし私、地図を手に入れたらここを離れるし・・どうしようか、あ、じゃあ、村のみんなに分けたげてよ」

「え?地図!?地図でしたら俺の押さえたのが・・・ちょっと待っててください!」


そう言うと男は、自分の荷物をごそごそとやり出し、次の町までの地図をセリセリに差し出した。


「どうぞ!俺が次の町にすぐ行こうと思って買っといたヤツっす。俺なんかより、あねさんに使ってもらえるんなら、地図書いたやつも浮かばれるってもんですよ」

「いや、嬉しいけど、ダメだろ。ちゃんと買うよ。高っけーからな、地図」

「もう、俺が払っちまってるんで、マジで使ってください。あねさんに惚れちまったんすよ、俺」

「うん。そうか、そんなにいうなら貰うよ。なんか、悪いな・・・イイ事っての、した方がよくないか?」

「いや、あの、ほら・・・それっすよ!女の欲しいもの渡す、ってことですよ。いやぁ~、よかった!渡せて!じゃぁ、村の奴が奢ってくれるってんで、飯でも喰いに行ってきます!あ、オイデさん、あねさんの事、よろしく頼むっすよ!良い旅を!」

「あぁ、ゴリラもな!」


 何だか釈然としないが、とにかく地図は手に入った。市場のおっちゃんお店には後で寄ろう。地図は手に入ったが、何だか悪い気がするから、半分くらいは置いてこよう。

子を授かるための男はここでもやっぱり駄目だったが、まぁ、こうして旅するのも悪くはないかな、と思えるようになった。

 明日は、朝日が昇るよりもずっと早くこの村を出よう。馬車の停留所を通らない道で出ていこう。明日は、あの子たちに会いたくない。ごめんね。


その日の夜は眠れなかった。オイデをずっと胸に抱きしめたまま目をつむる事さえ出来ずにいた。


「ちょっと、長く居すぎちゃったな。こんな気持ちになるのって、初めてだ。ねぇ?オイデは一緒に来てくれるんだろ?・・掟なんて、やだな。・・・ホントは、ヤなんだ。決まり事だなんて知らないよ。だって、私が決めたことじゃないもん。・・・オイデ、寝ちゃってる?ごめんね、独り言だから。独り言だけど、有難う、聞いててくれて・・・おやすみ。オイデ」


”一緒に行くに決まってるナァ!付いて来んなってゆっても、付いて行くナァ。セッちゃんは絶対オイラが守るナァ!オイラからゆわせてもらえば、掟なんかし~らねってとこナァ!!オイラとどっか関係無ぇとこ、行っちまおうナ!”

 心の中でオイデも独り言を言ってみた。でも、決まりごとは守る奴だからナァ、と声には出せなかった。



・・・ひんやりと静まり返った中、ただ横になっていただけのベットを綺麗にして、僅かながら上乗せした宿代をその上に置き、一度部屋を見渡してから静かに戸を閉めた。ペコリとお辞儀をして宿を後にし、いつもとは違う道で村の外へ向かう。冷たく、パリッとした空気がなければ大声で泣き叫んでしまいそうだった。

・・・あぁ、村の出口が見えた。こっちは裏だもんね。市場も無いし、牙もないし、だれもいないし・・・うん!さよならだ!


「おねぇちゃん!!」


背中越しに子供たちの声がする。


「おねぇちゃん。今までいっぱい遊んでくれてありがとう!」

「おねぇちゃん、助けてくれてありがとう!」

「おねぇちゃん!大好きだったよ!」

「おねぇちゃん!」「おねぇ・・・ちゃ」

「うわ~~~ん」「え~~ん」


「お前たち!なんで。こんな。じかんに・・・だめだぞ。っ・・子供は、まだねてるじかんだぞ・・」

「おねぇちゃん、これ」


一番年上のしっかりした子が差し出したそれは、馬車の絵柄が織り込まれたブキッチョな造りの巾着だった。


「前からちょっとずつ、みんなで作ったんだ。それは助けてくれた時の馬車が書いてあるんだよ。ずっと、地図欲しがってたから、いつか出て行っちゃうねって。

 それと、あと、これ、オイデちゃんの」


セリセリの肩から降りてきたオイデの右足に、布で出来た手甲を履かせてあげた。


「おねぇちゃんと、おそろいの色なの。、これで、おねぇちゃんをまもってね・・・やくそくね」

「・・・んナァ。任せておくナァ。お前たちの分まできっちりと守ってやるナァ」


子供たちの前で声を出してしまったが、誰一人怖がらなかった。それどころか、昨日会ったばかりなのに一人ずつ頭をナデに来たり、抱きしめてくれたりした。危うく

オイデも貰い泣いてしまうところであったが、何とかこらえた。


「じゃあね!おねぇちゃん!元気でね!・・・・よいたびを!!」

「ああ!!お前たちも元気でね!!おねぇちゃん、振り向かないかんな!・・・どうだ?おねぇちゃん、でかいだろ?背中、広いだろ?おねぇちゃんは強いんだ!

前は牙が!こっちはおねぇちゃんの背中が守ってるからな!お前たちはきっと大丈夫だ!!・・・うん!じゃあな!」


オイデを首に纏い言葉通り、振り向かずに村の出口を通り過ぎた。真っすぐに、真っすぐに。


「・・・あの子たち、まだ、手を振ってるナァ・・・ホントにセッちゃんが大好きだったんだナァ・・・んナァ、セッちゃん・・」


見上げようとしたオイデの頬に大粒の水滴がおちてくる。ポタポタと、絶え間なく。


「くぅん・・雨、なんだナァ。あの目の前に広がる森で、雨宿りでも、するナァ」

「・・・・うん」


 セリセリは暫らく森の中をフラフラと彷徨った。地図は頭の中に入ってる。大体の方角は今までの経験と勘で分かっている。しかし今は、もう少しフラフラしていたかった。

やがて、月明かりを受けて銀色に光る湖の畔にたどり着き、そこに腰を下ろすと静かに泣いた。オイデにはその”少女”の頭を尻尾で撫でやることしか出来なかった。 

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