2章 セリセリの物語

第5話 セリセリは でかい

 「お頭、ここまでくればもう安心ですぜ。只、殺りこぼしの護衛が幾人かいますん

で、あの岩山に潜み夜を待ちやしょう。今宵はでけぇ月が出とりやすが、ま、あっしらには関係のねぇこって。この月明かりに影を出すほどの下っ端は、もう残っちゃい ませんからね。ささ、今のうちにこの明かりでお宝を拝んじまいましょうぜ」

 背の曲がった初老の盗賊が宝箱に手をかける。血糊と共に髪の毛とおぼしき物がヌタッと張り付いていて箱を開ける手が思わず滑った。


 「おっと!いけねえや。へへ、すいやせんねぇお頭。今あけ・・・おおぅ?箱はふ

たっつもあったっけかな?」


視界がずれてからようやく、自分が真っ二つになっていることに気が付くが、その時にはもう魂は肉体を離れていた。


「誰が、開けても良いと言った?あまつさえ、護衛を殺りこぼしたとは一体、どういうことかな?皆殺しにしろと言った筈だが?それなのに・・」

「なんでてめーが開けようとしてんだよカスがぁ!!てめぇは、いったい、何様なんだよ!!」

突如、激昂したかと思うと手下を何度も切り刻み、自分の足元にひき肉をの様なものを作り出した。


「お、お頭・・・もうそのへんで・・お体に小汚ねぇ肉がくっ付いちまってますぜ・・・。丁度、温かい湯が沸き出ているところがあっちにありましたんで、そちらへ行かれてはどうです?勿論、守りは固めますんで、そのへんはご安心下すって」

「ふん。あたりまえだ」

「では、あっしらは先に向かって警護にあたりやすんで」


そう言うと、手下たちはスッときえた。


「ふー。使えない奴等ばかりが集まったな。オレが行ったら誰がこの宝を見張るのか・・・。まぁこの岩陰にでも隠しておけばよいか。さて、湯につかる前に奴らを皆始末しておこう。あれらは、いらん」


そう言い残すと、お頭と呼ばれていた男も音もなく消えた。



「・・・えらいとこ、見ちまったナァ・・・オイラ湯に浸かりに来ただけなのにナァ・・・」

 一匹の若い尾長岩キツネが岩陰に身を寄せ、一部始終を見守っていた。


「オイラもそれなりに強いけんど、あの数は無理だナァ・・・今日は散々だァ。さっきも湯に行ってら、いつもは無ぇ山コブがあったもんで、柔~らけぇナァ~ふっしぎだナァ、って挟まってみるとよ、急に山コブが動くんだもんナァ。、びっくりしてこっち逃げて来てみたら、これだァ。・・・あの隠してたお宝は、きっとめっけもんだから、ソレもらって、今日はもうなんもしね。すっげぇタカラ入ってたら今日どころか、しばらくな~んもしね」


 足元のミンチ肉が美味そうだが後回しにして、こっそりと宝箱に近づいて錠を見ると、鍵は開けてあるようだ。


「まあナァ、かかってたってオイラにかかりゃ、わけないんだナァ♪音は、すっけどよ」

 

 岩キツネは大きな岩をくり抜きそこに巣を作る。その為前足の爪が固く鋭い。並程度の鍛冶屋の鍛えた鋼よりもよほど良い武器となる。

 このテの魔獣は大抵、乱獲の対象となる筈だが、ハンター達の間では彼らは

”すばしこく獰猛で、賢く、気高い。美女や少年に姿を変え言葉巧みに誘い込み、鋭い前足ではらわたを引きずり出して喰らう”

のだと、恐れられている。実際は、まぁ、そこまででもない。

 噂話に尾ビレ、どころか胸ビレ尻ビレまでくっ付いて流れている為、狙われづらくそれなりの個体数がいる。

 人語を操るので、命乞いや断末魔が気持ち悪がられ、情けで逃がしたハンターは”腰抜け”呼ばわりされるのを恐れている、というのが一番の理由だろう。

 

「おっタカラ、おっタカラ、おっタカラが、そこにおったから」

「な~にが入ってるんかナァ♪・・・ここんとこ焼き鳥食べてないから、腹一杯食えるくらいのおタカラだと、言うことねぇナァ」


よだれを垂らしながら宝箱を開き、中を覗き込んだとたん

「バチン!!」

と手枷と口加瀬がはめられてしまった。どうやら盗難防止用の護符が施してあたようで、まんまと引っ掛かってしまった。


”あっりゃりゃ、しまったナァ。くぅ~ん。欲張るもんでねぇナァ。オイラの鼻がきかなかったもんナァ。こりゃぁきっと、とっ捕まってキツネ汁にされちまうんだ

 ろナァ。やっぱり散々だァ。くぅ~ん、・・・どうせ喰われっちまうなら、湯にでも浸かって、せめて綺麗な身体で喰われてやりて”


 湯の周りには警護の物が、のあたりはきちっと聞いていなかったようで、ノコノコと湯の湧き出ている方へ向かってしまった。

 だが、どうしたことか一向に誰とも会わない。湯煙で視界が悪いにしてもおかしい。”まあ、そんなこともあるだろナァ”と、さして気にも留めずに先ほどの、柔らかな山コブのあった辺りまで来た。


”お?そこにうっすら山コブがみえるナァ。まーだあったかぁ。ありゃ、動いておっかねかったけど、や~わらけかったもんナァ。よし!どうせ死んじまうんだ。オッカねえもんなんてね。死ぬならあそこだ。よーし。潜り込んで挟まってやるナァ!いよいしょ~”


 山コブの間めがけて勢いよく飛び込もうとしたが、あと少しで、というところで、何かにとっ捕まり、硬い岩の上に叩きつけられた。目から火花がチカチカと飛び回る。頭を振って焦点を合わせると四本の鋭い爪が眉間を捉えていた。


”なんだかわかんねけど、捕まっちまったァ。ああ、いよいよだナァ”


潔く死のう。そう思い爪から目をそらし、ゆっくりと瞼を下ろした。


”ありゃ~、オイラがガキの頃よっく、飲ませてもらってたおっぱいみてえな山コブだナァ、おっぱいの先っぽみたいのまでついてんのナァ。

くぅ~ん。おっ母ぁが迎えに来てくれたんだ。おっ母ぁ・・・”


・・・・おっぱ?!しっかり目を見開くと身の丈2メートルほどの、赤いウェーブがかった長い髪の裸の女がオイラをつまみ上げていた。


「んー?魔獣か。あいつらの仲間、、じゃなさそうね。なにしてんだ?君は。ってか、何か付いてんな。とってやるよ。ん?あれ!・・・?!うーん、取れないな。

ごめん!」


 岩の上に下ろしてくれたので、さっと手近な岩に隠れて様子をうかがい、女をよく見た。改めてみても、やはりデカい。右腕に手甲を装備していて、その腕や腹、脚などミチミチと音を立てそうなほど鍛え上げられて、一目で戦士なのだろうとわかる。にもかかわらず、山コブだと思っていた胸は適度な張りと柔らかさを保ち女が動くたびに揺れる。


”多分、ちょうどオイラが尻尾咥えてグルっとまわったくらいだナァ。1メートルくらい、かナァ”


 何よりも彼ら魔獣からしてみればかなり奇妙なのは、眉やまつ毛、髪の毛などの首から上の部分以外いっさい毛が生えていないことであった。そして、ヒトの形をしている者は皆、雌は肌をさらすことを恥じらう。なのに、この女は、たとえ今まで湯に浸かっていたのだとしても、上がれば何かしらは纏うものだが、未だそのままだ。あまつさえ、彼においでおいでしている有様だ。

おっ母ぁのおっぱい・・・不覚にも、無意識にあの女の傍へ出てきてしまった。


「おいでー、おいでー。あは♪でてきたな?よしよ~し。よく見ると、君可愛いなぁ♪

う~ん、よし!!

お前は今日からオイデだ!私がそう決めた!私はセリセリ!ヨロシク!」


 抱きかかえられ、頭をなで繰り回されていると、今まで湯煙で気が付かなかったが、そこいら中に死体が転がっているではないか。

 たいていの死体は頭をものすごい力でたたき割られ、岩のシミと化していた。ぼんやりとだが、頭の残っている死体には、短めの矢が突き立っている様に見える。いったい、この辺りにどれだけの死体が転がっているのだろう。


「ん~?ああ、あいつらか。なんだか私が湯に浸かっていたら襲って来やがったんで、返り討ちにしてやったよ。一人逃げちゃったけどな。まー、そのうち魔獣が喰いに来るだろうし、掃除すんのも面倒だからほっといたんだ。

あ、ちょっとさむっ。湯冷めしちまったな、一緒に入ろうぜ。その枷の外し方も考えないとねー。そのままじゃご飯食べれないもんな」


 ザブンと浸かると辺りに大量の湯があふれ、死体どもが端の方へと押し流されていった。

”ありゃ~、すげえナァ。湯が、半分くらいになっちまうんでないか?”

横でセリセリと名乗った女が、植物の繊維で出来ているスポンジで泡を立てている。


「オイデ、なんかお前汚ったねーから洗ってあげるよ。そりゃ!捕まえた。わしわしわしー♪」


 ごつい見た目とは裏腹に意外にやさしく洗ってくれる。

あぁ、そんなに優しく前のほうを洗われたら、オイラ、オイラ!!


「んナァ!、、、くぅ~ん」


あまりにも気持ちが良すぎて思わず・・・


「ちょっ!!これはいったい?!」


戸惑うセリセリの前に、両手で前を隠した愛くるしい少年が立っていた。


「え?あれ?君は・・・だれだい?私のきつね、知らないかな?今まで一緒にいたのに、急にいなくなっちゃってさ」


少年はうつむき無言のまま、内股気味になりながら枷を差し出した。


「あ!オイデに付いてた枷?!君が外してくれたのかい?ありがとうな。・・・じゃぁオイデは自由になれて、どっか行っちゃったのか。良かった!うん!・・・可愛かったけれど仕方ないか」

「・・・」

「君、名前は?お礼したいんだけどさ。村で何か食べるかい?私、奢っちゃうよ?」

「・・・・」

「君さぁ、しゃべりたくないのは仕方ないにしても、うん、とか、いいえ、くらいは言おうね?そんで、そんな背中丸めてないでシャンとしなきゃ、男の子だろ?」


セリセリは男の子の背筋をピンとさせようと背中に手をまわした。「う、ナァ」聞き覚えのある声と共に、男の子はオイデに変化した。


「わあ!オイデ~。よかったー!どっかにいっちゃったのかと・・・あれ?男の子は?あれ?」

「・・・おいらなんだナァ」

「わ!喋った!オイデ、君、喋れるの?すごいな」


喋る方にびっくりされて此方がビックリした。


「ま・まぁそのくらいは出来るんだナァ・・・あの・・さっきの子はオイラなんだナァ」

「え?気が付かなかったよ!変身もできるのかい!!ほんとにすごいな。でもなんでさっきは黙ってたの?枷は?どうやって外したの、オイデ」

「オイデって、、、まあ、オイラ名前なんて持ってないから、それでいっかもナァ。 枷は変化したときに大きさが合わなくて、勝手にとれたんだナァ。

黙ってたのは、変化中はオイラしゃべれないんだナァ。喋っちまうと、今のオイラにもどっちまうんだァ」

「ふうーん!どっちも可愛いけど、私はいまのオイデのほうがいいかな!その手!私の武器みたいでかっこいいからね!」

「そんで、さっきご飯がなんとかって・・・おいら、焼き鳥、食べたいんだナァ。くう~ん」

「お!焼き鳥かあ!いいね、食べにいこう!」


宝箱のことなどすっかり忘れて、オイデの頭の中は山盛りの焼き鳥で一杯だった。

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