第4話 オッサンは・・・苦しむ
飛び出して見たものの、あてがない。右手の街中か、左手の森か。くそ!!森なら最悪だ。いや、リッチェに限ってそれはないだろう。空から探すにもリンがいねえ。なんでこんな時に居ねえんだよ!!なあ、落ち着けよオレ!!心と体と勘が全部バラバラのほうを向いていやがる。
酔いは一瞬で覚めたがアルコールでドロドロの血と、溢れ出す冷や汗がざわつきに拍車をかけてくる。不意に、内臓が口から全部出ちまうかの勢いで吐き気が襲ってきた。さっき腹に入れたものの大半をその場にぶちまけると、少し頭が冴えてきた。取り敢えず最悪から潰そう。
少しでも安心が欲しい、そう思い森へと続く門のほうへと向かうが、不思議そうにオレを見る門番の口から、最悪を決定的にする言葉が出る
「あれ?ルイじゃねえか。さっきリッチェと森に行ったんじゃねえのか?オレはてっ
きりお前が森中でヨロシクしに行くのかと思ってよ」
「ふっざけんな!!仕事しろ!お前ら何のためにいるんだよ!」
飲みに来ただけなので腰には小ぶりのダガーしか装備していない。夜の森には魔獣共もうろついているってのに、なんで此処に入ってんだ。
「ただ森に行っただけだ」「ただ森に行っただけだ」
呪文のように二度そう呟き裏門を走り抜ける。こちら側の森は馬車一台がようやく通れる程の、整備されていない小道が蛇のようにうねりながら湖まで続く。普段は漁師が使う程度なので荒れ放題だ。「リッチェ!!リッチェ!!」誰かが通ったような痕跡を探しながら大声で喚くが、森は深く声や物音を吸い込んでいく。焦りといら立ちが全身から噴き出しているのがわかる。
鬱蒼とした木々からわずかに覗く空の上から
「いた!!」
「ルイ!遅くなってゴメン!気配が読みづらくって!きっとコレが必要になると思って!!」
リンがオレの剣を咥えて降りてきた。飲み屋でいなくなったのは、不穏を誰よりも早く感じ取ってこいつを取りに行った為だった。リンに経緯を手短に伝えると
「あのヤな感じに巻き込まれてるのが、リッチェ?!そんな・・・!」
珍しく取り乱 したリンの顔つきが急にキッと険しくなる。
「・・・この先、ソコの大木の裏、、血の匂いがする」
あたりに殺気はないようだが鞘を握り直し、柄に手をかけ大木へとにじり寄り、一気に回り込む。
・・・リンとオレは呆然とすることしか出来なかった。そこには、子供のいたずらで、うなだれた触覚だけを残し、他はすべてバラバラにされてしまった白い蝶の様に、リッチェが横たわっていた。
逃げられないように脚を切り付けられ、衣服は乱雑に引きちぎられていた。透き通るような白い肌に、草や泥がまとわりつき、所々に殴打された後のアザが紫色の花を咲かせる。うっすらと茂る金色の野に佇む秘密の園は、土足で踏み荒らされた証に赤い血と、不似合いな粘液とを残していた。。臀部からも一筋の赤い血が滴っている。 この、あまりにも凄惨な姿とは対照的に、傍らに真っ白な絹のベールが空からの贈り物の様に佇んでいる。
無数の光虫が空へと昇り、まるでここだけが星々の中へと誘われているかのようだ。オレは不覚にも”うつくしい”と感じてしまった。それら全てが、カンバスに思いの丈をぶつけた絵画のようであったからだ。
「っゴフっ」僅かに咳き込んだ音に我に返り、リッチェのそばへ身を寄せる。ほんの僅かだが息があった。「っごっ」「ん・・っっめ」何かを伝えたいようだがうまく喋れないようだ。顔も酷くはたかれ、鼻血や涙で汚れている。オレはリッチェの喉へと指を突っ込み痞えているものを吐き出させた。ドロッとリッチェの血と共に白濁の粘液が流れ出る。
「ゴホッ、、、ごめんな、、さぃ。女神のなみだ、、、しってるって、、、、」
「ばっかやろう。なんでそんなもんの、あるわけないだろ、なんで、こんな、、、」
「いつも、ふざけて、、おどけてるけど、ほんとは優しいの知ってる。、私、、、エルフなのに、ずっと見守ってくれて、たの、知ってる うれしかった。」
「、、わたし、ね、ヒトになって、ルイさんに、本当のお父さんに、なってもらって、ずっと、一緒に暮らしたくって、、、」
「ね?・・・呼んで、いい?、、、おとうさん、、、」
そう言い残し、泣き叫んだはずなのに瞳だけは奇麗なままのその目を、静かに閉じた。大粒の涙が年甲斐もなくボロボロと彼女に落ちる。
「・・・なんでそんなもんの・・・オレなら、いつだって・・・いまだって・・・」
彼女の身体をぐっと抱きしめ、傍にいてやれなかったことを何度も謝罪した。いつの間にかに雨が降り始め、光虫たちは姿を隠し、代わりに雨粒をはじく草木が葬送曲を奏でている。この有様を一瞬でも美しいと思ってしまった自分が卑劣で卑小で、何もかもが嫌になった。こんなオレをお父さんと・・・。「
「ちょっと待っててな、リッチェ。今、奇麗にしてやるからな。そうしたらオレもそっちに行くからよ、、、わるいな、リン。お前は連れてけねぇや」汚れた顔を拭ってやりながらそう呟く。・・・そう、背中越しに殺気を向けてくる奴を屠ってから。
「今は、たとえ誰でも、絶対に二人の邪魔はさせない。お前だろ?こんな事したのは。」
ジッと、オレと彼女との最後の会話を見守り続けていてくれたリンが、オレと殺気の相手との間に割って入る。
向かなくてもわかる。今のリンは国一つ食い散らかせられる程の怒りを小さな体にぐっとこらえている。リンだって本当は大声で泣き叫んで、思いっきり泣いて、リッチェの傍にいたいはずだ。オレの為に我慢を・・・。けれど、もう一つ我慢してくれ。
抱きしめていた彼女の亡骸を静かに横たえさせ、両手を胸の前で組んでやる。そしてリンに頼みごとをした。
「この先に、それは綺麗な湖があるよな?そこでリッチェを清めてやってくんねえかな・・・。お前にしか、お前だから頼めるんだ。お願いだ。リッチェを・・頼んだ」
そこまで伝えきるのとほぼ同時に、殺気の持ち主が姿を現す。
「エルフ?!」虚を突かれた。エルフ族はみな穏やかで争いごとなどは好まない。ましてやこんな惨たらしい事をするなど聞いたこともない。だがこれで、何故リッチェがついて行ったのかが解った。同族だからと油断してしまったのだろう。
「・・・貴様らヒトは私たちに酷い仕打ちをする。なのになぜ、貴様らは報いを受けんのだ。私たちは食事すら満足にとることも出来ない。だから先ず、鶏をころしてやった。一羽ずつ、じわじわと・・・・」
こちらと視線を合わさず、下を向きながら淡々と話すそいつの手に、まだ鮮血の滴る剣が握られている。間違いなくこいつだ。こいつが、リッチェを。
「ぼくにも戦わせて。こいつだけは許せない。焔なんて当てないよ。端のほうから、あいつが苦しめるようにちょっとずつかみちぎってやる!」
「ダメだ。気持ちは、わかる。でもダメだ。リッチェを連れて行くんだ。」
「でも!」
「ダメだって言ってんだろうが!!はやくいけよ!!・・・たのむよ・・」
「わかったよ。でも!絶対死なないでね!死んだらやだからね!」
リンは霧の様になり彼女の身体を包み込んだ。銀色の光に包まれた身体がスウーっと空へ浮いた途端に奴が動く。
離れたところから信じられない程の跳躍を見せ、リンとリッチェの亡骸を狙ってきた。オレは傍の木を蹴り反動をもらい奴を払いのけたのだが、傷を負わせることすら出来なかった。エルフ族の戦士は剣の扱いに長けているうえ、身体能力がヒトのそれとはケタ違いなのだ。しかし、亡骸までも狙うとはこいつ!!
「なぜ彼女を狙った!!なぜ彼女をあそこまで!!なぜだ!!!」
奴の着地点からオレまで約三メートル。リンは無事に湖のほうへ向かえた様だ。・・あと半歩詰められればオレの間合いに持ち込める。以外に冷静に戦えそうだ。
「あいつは、エルフでありながら他種族と親しげに暮らしていた!ドワーフだけならまだしも!ヒトと!ヒトと親しげになどとはあってはならない!!あいつに何故涙を欲するのか問うてみた。答えはヒトになりたいであった!!ヒトに?!忌むべき存在のヒトに!!だから絶望を与えるため凌辱した!!辱め、全てを奪ってやった!!
・・・そうだ、貴様ルイと呼ばれていたな?あいつは犯されている間、貴様の名を呼んでいたぞ?私が小突く度に歓喜と嗚咽が混じった声で「ルイさん、ルイさん」と呼んでいたぞ?
ヒトの名を何度も聞かされながら小突くのは気分がとても悪くなる!吐きそうであった!だから、放っておけば死ぬ程度まで犯し尽してやった。
どうだ!苦しいか?心が張り裂けそうか?見ろ!それが我らに対する貴様らの仕打ちと知れ!!
ヒトよ!我らエルフの恨み、思い知ったか!!あいつを殺したのは、いわばお前 だ!!」
頭の中で何かが弾けた。全身の血が行き場なく暴れ狂っている。
「何がヒトだのエルフだのだよ!!そんなの、テメーの物差しが小せえだけだろうが!!テメーは羨ましかったんだろ?!自分にゃ出来ねぇことやってる彼女が!!面汚してんのはテメーじゃねえかよ!!くっだらねえ奴だな!クソが!! 死ねないように殺してやるから覚悟しとけよ」
「せい!」気合と共に一気に間合いを詰める。足を薙ぎ払おうとしたがヒラリと躱され、頭上から鋭い突きが来る。鞘で返しこちらも突き返すが、自分の剣を抱え込むようにして防がれた。再び間合いを詰めるが木の枝に飛び乗りそのまま殺気を消した。そうか、昼間の殺気はオレに向けていたのか。あの時、殺気の消し方でエルフ族と気付くべきだった。
一連のやり取りで少し、冷静さを取り戻してきたようだ。空気を切り裂くような気がしたので身をよじると、木の幹に矢が付き立たる。
「少しはやるようだねぇ。これは厄介になりそうだ。ならば、これはどうかな?」
「・・・ぅっ・・ルイさ・・・たすけ・・て・・ぃ・・いたい・・よぅ・・」
「ん・・・んっ・・ルイさ…ふぐっ・・ああ!!いたい!!」
卑劣にも程がある!奴は記録の呪符で彼女の声を残してやがった!!
「てめーーーは!どこまで!!!」
再び頭に血が上る。そこからはどう戦ったのか、記憶がない。
「ガン!」
鈍い音がオレの左鎖骨をとらえた。そのまま右わき腹まで振り下ろされ、オレの体からドロッとした黒っぽい血が滲み出る。これで再び意識が戻るが、遅すぎた。後ろに飛び退こうと顔を上げるが、すぐに襲い掛かる二撃目が視界に入った。
「くそ!!頭に血が上りすぎた・・ぜぇ」
斬撃のはずなのにゆっくりと見える。質の良くない鉄でこしらえられたソレは、剣と呼ぶにはあまりに酷く刃こぼれや錆が酷い。柄は欠けていて、ただの棒っキレのようだ。
只、全体を覆うようにまとわりついている、オレのではない、真っ赤で高貴なワインのような血が、刺されてないはずのオレの心臓をえぐってくる。
二撃目が「ブウン」と大袈裟な音を立てて空を切っていった。
オレの体が、苔むした大木の根元へと吸い込まれていったからだ・・・。傍らの真っ白な絹のベールに手を伸ばすが、とどきはしなかった、、。
「ごめんなリッチェ・・オレと親しくしてくれたばっかりに・・おれのせいで・・
お父さんが、今、迎えに行くから・・・
ごめんなリン・・・喧嘩ばっかりだったな・・・美味いもん、いっぱい食わせて
くれる奴、見つかるといいな・・・」
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