第3話 オッサンは予感がする

 夕刻にはまだ大分時間がありそうだったが、オレはすでに飲み始めていた。

 リンも酒は大好きだ。肴の好みもそこだけは気が合うのだが、まあよく飲むよく食う「ぼくを養うのは主の務め」とか抜かして遠慮のカケラもありゃしねえ。オレも結構食う方だから、いつも大盛オーダーだ。おかげで万年素寒貧地獄だが、実に旨そうにワイバーンのモモ肉にかじりついているリンをみていると、なんだか親ってこんな感じなんだろうなと思ってしまう。

・・・明日の分はまた明日稼ぐ!それでよし!

 街には何件か飲める場所があるのだが、ほとんどは小洒落た、紳士淑女が集うようなところだ。まぁ、平和な城下街ってことで、いい事なのだろうがオレには馴染めない。他人に気を使いながら飲む酒なんぞは、サルにでもくれてやれ。

 ここ”大樽のダイアン”は街の外れ、小さな裏門の脇にあり、冒険者くずれやあまりガラの良くない連中のたまり場となっている。まぁ、どの街にもよくある風景で、あちこちから笑い声やらののしり合う声、一人静かに飲んでいるのかと思いきや、突然大声を張り上げ泣き出す奴が居たり。まあ酒場ってのは、人間の生き様の「狭い店内ごった煮スープ仕立て」みたいなもんで、オレはここにいる時が何よりも楽しい。そこにぶっ倒れている奴の鼻の穴にナッツも詰め込めるしな。

 だが、そんなことよりも今、まさにオレの追加で頼んだオオエスカルゴのバター焼きハーブ添えと、ダイオウイカのエンペラの造り、大ジョッキの地ビール三つを華奢な身体で運んで来てくれているリッチェちゃん!!この娘に会いに飲みに来ているのだ。

 リッチェはエルフ族の中では相当若い部類らしく、まだ「100ちょっと。くわしくはダメでーす」だそうだ。ヒトで言ったら見た目、ちょっと発育の良い12,3歳、といったところだ。

 腰まで伸びた髪はサラッサラの金色のストレート、大きなパッチリとしたお目眼は磨きぬいたエメラルドのようで、タイトめの服から延びるすらっとした長い脚は、もうそれだけで飲める。

 いつも元気いっぱいに見えてはいるが、まだハイハイぐらいの頃に両親を魔獣に殺されている。森の外で暮らすエルフ族にギルドは関わらなかったが、たまたま森にキノコ狩りに来た同族の業者に拾われ、それを頼み込んでダイアン夫婦が引き取った。キノコ業者も森を駆け回る仕事なので、少々難儀していたようで


「実は此方も困っていたところでした。この子は運がいい。もし、ヒトに拾われでもしていたらと思うと・・・。よかった。ドワーフになら任せられる」


と快く授けてくれた。この子の素性を示すものはなく、名もわからなかったので、エルフ語のリチェーレ(幸運)からリッチェとつけた。 

 二人は子を授かる事が出来なかったのでそれはもう、大切に育てていて中々懐柔出来ない。リッチェ本人も二人を尊敬、慕っており、オレのデートの誘いも「二人にきいてくる」と・・・まぁ、返事は・・・察してくれ。

 ダイアンにはあと二人の売り子がいる。とはいっても、片方はダイアンの妻ベラで大柄、よく笑う、よくしゃべる、街によくいる気さくなおばちゃんといった感じだ。

 もう一方はこの店の看板むすめのウィーニー。リッチェと対極の存在で、スラっと長身で片目を隠したロングのウェーブ。ちょっと厚めのぷっくりした唇には光沢感のある紅が差してある。バインバインのボインボインがくねくねと歩くたびに揺れ、男どもを魅了する。

 どいつもこいつも鼻の下がツーフィンガーになってやがって。全く、だらしない奴ばっかりだな。


「ウィーニーさん。素敵ですよね。ちょっと憧れちゃいます」


 リッチェが彼女のほうを向きながらそう言った。


「はい!お待たせです!ルイさん!今日も暑かったですからね。うちでいっぱい飲ん で水分補給!です!」


 オーダーした品をテーブルに並べながら、キラキラした目で優しい言葉をかけてくれる。


「ありがと!リッチェちゃん。いや、オレはね、どの男の鼻の下が一番なげえのか探してたところよ。

 それにおれには守ってやりてえ女性がほかにいる!!」


 キリっとカッコつけて言ってはみたが、言われた当の本人は「あぁ」みたいにポンと手を打った。待ってくれ、多分、違うぞ!決してジョアじゃないからな!き み だ!!

 弁解するのもかっこ悪いのでビールで言葉を流し込む。リンがニヤニヤオレを見ている。やなヤツめ。口の周りのタレを拭け。


「んー、いっぱい飲むことは飲むけどね、ビールじゃ、水分補給にならないかな。トイレ行きたくなって、飲むより出ていくほうが多くなちゃうのよ」

「!そうなんですか?!だってさっき城壁補修の方たちが「水分とらにゃー」って何杯か飲んでいかれたので、、そうなのかー!って」


 ああ、もうなんて純粋でかわいいのだろうか!!

・・・ん?飲んで・・って、当然仕事終わってから飲んだんだよな。そう思いたい。きっとそうだ。


「リッチェ!これすっごくおいしいね!!」


 オレがお話に夢中になっている間リンの奴がおとなしいと思っていたが、なんてこった!エンペラが、ツマも含め跡形もない。イカの刺身は、海から遠いこの辺りではなかなかお目にかかれない一品だというのに・・。それはオレも楽しみにしていたんだぞ。


「でしょう?今日はみなさん、そればっかり頼んでいただいてて、最後の一皿だったの。リンちゃんに食べてもらえてよかった」


 ものすごいご満悦のリンの口周りを、リッチェは自分のハンカチで拭ってやっていた。くそ。なんてうらやまし・・それに、おれの烏賊刺し・・・。踏んだり蹴ったりだ。

 リッチェはリンに触れることのできる数少ない存在だ。「リッチェに背中を搔いてもらうのが世界で一番好き」なのだと。機嫌が悪いとオレでも触らせないクセに。


「あ!ごめんなさい。ルイさんの分がなくなっちゃいましたね。今、何か造れるか聞いてきますね」

「大丈夫だ。キミが謝ることじゃないし、そのやさしさと笑顔で胸がいっぱいだしな」


 厨房のほうへ向きを変えたリッチェのお尻のふくらみへ、そう声をかけながら思わず、手が、こう、ワキュワキュっと伸びる。


「ルイさんって、声とか、雰囲気とかそういうのが、とってもあったかいの。きっとお父さんってこんなひとなのかなー、って。あ、女神の涙の噂って知ってます?」


 危なかった!!振り向くタイミングと、僅かな自制心のおかげで、なんとか犯罪者にならずに済んだぜ!!


「ああ、どこかで聞いたな。何でも、目に指せば全てが見通せ、飲めば願いが叶い、空に撒けば死人が生き返るって代物だったっけ」

「この前、旅人のお客さんが話してくれて。もしあるのなら私、本当のお父さんと、お母さんとダイアンさんとベラさんと、みんな一緒にいられたらいいなー、って。そんなお願い事も叶えてくれるのかな。フフッ、私、冒険者でもないし、噂話だし無理かな。

・・・それにお父さんもお母さんも、顔だって分からないもの。・・・もしルイさんが、お・・・」


 最後のほうは聞き取れなかったが、照れながらそう言うと、ちょっと耳を赤くしてその場を離れていった。

ん~~!!やっぱりカワイイなぁ・・・。そんなリッチェに、オレは何てことをしようとしたんだ!胸がいたむ。


「なーにが胸が、だ。罪悪感でいっぱいの間違いだろ。おーい、俺にもビール」


 ブリックがいつの間にやら席についていた。「ねー。最悪変態おやじだよねー」「なー」互いに意気投合しながらオレのエスカルゴを食べている。


「お前、俺が来てなかったら、ぜってー頭に歯形ついてたぜ。だからオマエ持ちな。それにお前向きの仕事、もってきてやったぜ!」


「ウンチあつめ?」ケタケタ笑いながらリンが嫌みを言う。あの時、宿に置いてけぼりにした事を根に持っているようだ。


「いや、もうちょっと、剣士様よりのお話だ。今朝、お前の泊まってるジョアさんの所の騒ぎな、柵が傾いる所があったんだが、そこによ、刀傷があってな。そいつがこの前の旅人の背中の傷跡とが似てるんだとよ。万が一ってことでギルドに依頼が来たんだが、あん時、鶏は全部絞殺だったろ?剣を持ってるのに使わないって不気味だよな。

 ま、酒がまずくなりそうだから飲んだ後でな。

 お!!エンペラ?! うまいよなー。

・・・おわり?マジか!!じゃ、このつみれ焼きたのむわ。お前らも食うだろ?おーい!鶏つみれのクシ焼き六本!!あとビール追加で」


「ツミレってなに味かな?塩かな?僕、あの豆を発酵させて作った茶色い奴が塗ってあるヤツが好き。あれだといいな」


 リンはともかく、この野郎、割り勘みたいに頼みやがる。この気兼ねのなさがこいつの良いところでもあるのだが。

 リンとブリックが味付けについてあれやこれや話しているとほどなく


「あいよ。ビールとツミレね。あぁ、エンペラごめんなさいね~。今度入ったら真っ先に教えてあげるからさ。

 ほら!リンちゃん!これお食べ!ワイバーンの舌の塩焼き。美味しいんだから!串は取っといてあげるね。それとうちのにはナイショね。

あ、はいよー。そこの方ビールね~。

じゃ、いっぱい飲んでってね。ほらリンちゃん、温かいうちにおあがり」


 ひとりハリケーンのようにベラがまくしてて料理を置いていった。リッチェがよかったのだが他が忙しいのだろう。

 次の品もリッチェではなかった。「アラん。ごめんなさいね~。あの娘じゃなくってぇ」ちょっと顔に出てしまっているらしくウィーニーに揶揄われた。ブリックはもう、盛りのついた犬みたいなだらしない顔つきで「はい。ウィーニーさんがいいです」とか言ってやがる。挙手してそう言うものだからオーダーと勘違いされてベラがやってきた。


「・・・あの、リッチェちゃんは?」


 店内を見渡しても居ない。ちょっとした胸騒ぎ がするのでビールのお代わりついでに聞いてみた。


「ああ、あの子ならさっき、こんな時間に荷受けのサインくれって、業者が来たから行ってもらったよ。あたしらちょうど手が離せなかったもんでね。私が行きますって。

・・・ん?・・・もう戻っててもいいんだけどね。まあ、居たら真っ先にアンタんとこ行かせるね。

・・・手は、出すんじゃないよ!」


 しかし、次のビールもベラが持ってきた。ちょっと顔色が青い。


「あの子が何処にも居ないんだ。部屋にも、お手洗いにも。外もちょっと見渡したんだけどね。ヤッパリいないのよ。業者なんかとっく居ないだろうから、聞きようもないし」


 胸騒ぎが動悸に変わった。「リン!!」呼びつけるがリンもいない。


「リンちゃんなら今さっき、スーッと消えたぜ。なんかあったのか?おれも・・・」


 もう嫌な予感しかしない。のどが渇き、口の中に変な味が広がる。ブリックの言葉を最後まで聞かずオレは外へと飛び出した。

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