第11話 えっ、ビーチバレーで1話分消費していいのか?
「ビーチバレーをやるなら水着は必要なんだよね」
「そうだけど、どうかした?」
「遊ぶつもりなんてなかったから水着持ってきてないんだけど」
何を言っているのだろうと思ったがそういうことか。確かに、完全に予定外だものな。どうしたものか。
腕を組んで悩んでいると藤原がこっちにやってきた。
「どうかしたか?」
「ん、如月が水着ないから大会どうしようかという話でな」
「なるほど、それなら問題ない。系列のアパレルの商品は全種置いてある」
「んん? つまり、選び放題ってことか」
「そういうことだ」
やはりこの規格外な家、いや島だな。痒いところに手が届き過ぎている。
「今氷雨さんを呼んだから選んで着替えてきてくれ」
「分かった」
彼女は頷いた。
これでようやく如月の水着が拝める。それに全種類から選べるとなると如月のセンスがどういうものなのか見られるな。
色々妄想を掻き立てていると割とすぐ如月は戻ってきた。早過ぎないか。というかラッシュガードを着ているので中は分からない。
「まさかそれ羽織っただけじゃ」
「……そうではないけど」
流石にそれはないよな。ということは下はやはり水着か。見たいが、変な言い方して怒らせたくもないし難しい。
「……見たい?」
「え、見ていいの⁉︎」
じゃなくて! 如月からまさか言い出してくるとは思わなかった。
彼女は少し目を逸らし、汗をかき、唇を噛んでいる。なんだ、これ。いつもの彼女とはまるで違う。めちゃくちゃ可愛い。好きだ。
「正直、見たい。折角選んだんだから」
「……分かった」
彼女はラッシュガードを脱ぎ、ついに水着を露わにした。
「かっ……」
純白のフリルビキニだ。それは彼女を普段より大人っぽく見せる。可愛いとも言えるし美しいとも言える。つまり、彼女の水着姿はとんでもない破壊力だ。俺の言語野が死滅してしまう。
「可愛い……」
「何か言った?」
「い、いやなんでも」
思わず声が漏れてしまった。にしても本当にやばい。思わず目線が胸元に行ってしまう。だめだだめだ。こんなのじゃ引かれてしまう。女性は男の目線にすぐ気付くからな。なんとか上を見て……ってまたリボンを付けてくれている。今日は高めのゴールデンポニーテールか。
「……よく似合ってるよ」
「そっか。時間ないし適当に一番近いところにあったのを選んだけど、良かったみたい」
一番近いのを選ぶあたり彼女らしい。が、もう少し選んで欲しかったと残念なところもある。それを差し置いても可愛い。
「髪型も良いと思う」
「解いてると集中できないと思うから」
ああ、やっぱりそういう考えなのか。
「……買ってくれてありがと」
「……え?」
今、ありがとって言ったよな。聞き間違えてないよな。あの如月が? 一体どういう心境なんだ。全然分からん!
「……大会、始まるから行くよ」
「そ、そうだな」
よく分からないが少し進展したように感じたのであった。
いよいよ、ビーチバレー大会が始まる。
ルールは基本的に何かローカルルールが追加されるわけではない。正直俺はルールをよく知らないがとりあえず三回以内に返せば良いらしい。
トーナメント形式で一回戦の相手は片瀬と藤原に柚子と呼ばれていた女子だ。
「二人とも対戦よろしく」
「よろしくお願いします」
「よろしく。あんたが噂の高橋って人か」
噂って……俺そんなに噂されるような人になった覚えはないんだけどな。
「噂ってなんだ?」
「ま、それは試合終わってからっすねぇ。そんじゃ、やりましょ」
「あ、ああ。如月、いくぞ」
とりあえず勝って話を聞かないとな。生徒会の中でもこの柚子って子はまともに話したことないし良い機会だ。
「ええ。さっさと終わらせる」
試合は如月の脅威的な身体能力により宣言通りストレート勝ちして終わった。
「嘘でしょ……」
「いやあ、完敗です」
「ちょっと、片瀬。あんた本気でやってないでしょ!」
「小田原先輩そんなカッカしないでくださいよ……どうせ本気出してもあの人には勝てませんよ」
片瀬が小田原先輩と呼ぶというなら二年生以上か。小田原柚子。彼女の名前はこれか。改めて彼女を見るとかなりレベルの高い顔立ちだ。山吹色の髪が彼女を明るく見せている。
「……っ」
「えっと、なんかごめん」
「別にあんたが謝る必要はないっしょ」
「そ、そか。で、話があるんだけど」
「そういえばそうだった。噂、気になるんすよね?」
「そうだ。どういう噂があるんだ?」
「女性を誑かしその気にさせたと思ったら振って心を折る女性の敵ってやつっすね」
「へ?」
なんだその噂。
如月は無言で俺を見ないでくれ。
「っていうのは半分冗談で」
「半分は本当に噂してるってことだよな⁉︎」
というかその噂ならどちらかというと藤原になるだろ。
「まあまあ落ち着いて」
「小田原先輩、話拗れるんで端的に言ってもらっていいですか?」
「片瀬見た目に反してまじ可愛くない」
「それはどうでもいいんで」
結構、片瀬ってドライだよな。こんなに見た目は美少女なのに。でも男。性格は男寄りの男。まじで脳が混乱する。
「……ま、実は大したことなくて時雨ちゃん先輩から聞いてただけっすよ。本当、普通の人だなあって」
先輩経由だったのか。話が拗れそうになくて済みそうで良かった。
「普通で悪かったな。俺の周りはどうも特殊な奴らが多いんだよ」
俺の親友は中学時代に何か物語があったみたいだし東雲と蒼羽は現在進行形、そしてそれらを凌駕する藤原。これらに対して俺は何もない。本当にただの普通の存在。この年になるまでイベントらしいイベントは何もなかったんだ。今年のイベントも正直あいつの掌の上で俺を転がしたことで発生しているようなもので俺が能動的に起こしたのは何一つない。
「藤原先輩は特殊すぎるので比較になりませんよ」
「お前が言うな」
「あんたが言っても説得力ないから」
二人して片瀬に突っ込んだ。
「ええ……どこがですか」
おいおい、こいつ無自覚かよ。なんかもう突っ込むのも疲れたのでやめておく。
「はぁ……あんたね。って、やば、次の試合が始まるじゃん」
次の試合のカードはギャルズこと光彩と灯凛のペアと颯人と九十九のペアだ。東雲とは組まなかったんだな。というか、無理にすると喧嘩してしまうか。折衷案といったところかな。
「ひかりん、勝ってはるにご褒美もらうよ」
「はるくんの為にやるわよともりん」
「……颯人、なんか、すっっっごいムカつくからやっても良い?」
「良いんじゃないか別に。ルールさえ守れば向日葵のやりたいように」
九十九は相変わらず女子に対してイライラしてるな。それを軽く往なす颯人はもはや慣れている。
颯人は過去をそこまで語ってはくれないがやはり九十九がああなったのは色々修羅場があったんだろうなと考えられる。
「じゃあ、やるよ」
「やれるもんならやってみなさいよ」
「後悔してもしんねーぞ!」
試合は始まり、やがて後半戦に入る。思ったよりも互角でギャルズの身体能力が高いことが分かる。颯人は元々野球部なのでそこそこ能力があるのは分かっているし九十九はその言動から厄介なのは明らかだ。それを互角まで持っていくギャルズは侮れない。
「やるじゃん……!」
「そっちこそ、ね。舐めていたかも」
九十九の目付きが悪くなる。
「颯人」
「分かってる。リミッター外していいよ」
「……行くよ!」
「ともりん! 来るよ!」
九十九の強烈なサーブは相手コートの地面を抉り、砂を巻き上げる。
「ゲホッ! ゲホッ! ちょっ、なにこれ!」
「大丈夫⁉︎」
近くにいた灯凛はモロに喰らい、咽込んだ。
「大丈夫……にしてもあんな力を隠していたなんて」
九十九のアレは人が出せる威力じゃない。一体どうなっているんだ。力も、速さも。その気になればプロすらも返せないサーブを放てる彼女は一体何者なんだ。
「えっと、大丈夫か? 無理そうなら棄権した方が良いぞ」
一瞬、煽っているように聞こえたがこれ本気で心配しているように聞こえるな。
「バカ言ってんじゃないよ! これくらいでやめるわけにはいかないから!」
「ともりん……そうだね、あたしも本気出すから」
「なら、止めずにやってやるよ。向日葵!」
「颯人、行くよ‼︎」
結局、本気を出した九十九に二人は手も足も出なかった。けど、アレに立ち向かった勇気は褒めたい。
にしてもこのまま次勝てばあの二人と当たるということか。俺はただの常人だし如月も身体能力が上とはいえ人外レベルのアレとやれるのか。優勝候補は間違いなくあのペアだ。
「二人とも、お疲れ様」
「はる……ごめんね……」
「はるくん……」
「二人ともありがとう。僕の為にこんなになって」
東雲は二人を励ましていた。あいつあんなに気を遣える人間だったんだな。俺の知らないところで成長をしている。もう、俺は必要ないのかもしれない。
「なあ、如月」
隣にいる彼女に言う。本当は九十九に勝てるかどうか聞こうかと思ったけど、彼女ならば勝てるかどうかじゃなく勝つ、と答えるはずなのでそれはやめておく。
「何?」
「やばい相手いるけど優勝するぞ」
「もろちん。じゃなきゃ参加した意味ないから」
やはり俺の読みは当たっていた。この負けず嫌い、最高に頼もしい。
「颯人、向日葵のことでちょっと」
「ん? 良いけど」
「颯人が一緒なら」
「勿論だとも。二人とも少し来てくれ」
一方、颯人と九十九は藤原に呼び出されていた。どうやらあの力について気になるみたいだ。三人は砂浜から出て行ってしまった。
俺達が行くと話をやめてしまいそうだしこのまま次の試合を見ることにした。
「さて次の対戦は……」
次は新旧会長ペアと夢咲と郁のペアだった。郁は夢咲と組んだんだな。意外な組み合わせだ。ここに来てから少しだけ絡みがあったしそれかな。或いは如月と組むつもりだったが当初出ないということで夢咲と組むことになったか。
「時雨姉さん前は任せたぞ」
会長は先輩のこと姉さん呼びなんだな。新旧で軋轢があるかと思っていたけどそうではなさそうだ。なんというか会長同士ってのは啀み合いとかありそうなイメージだったけど、仲が良さそうで良かった。
「うん。天城はサポートお願いね」
身体能力は不明だが身長的に会長は不利だ。だから先輩が必然的にブロッカーになる。
「うむ、後ろは私がいるぞ」
会長は腕を組んで偉そうにしている。
「郁ちゃん大丈夫そう?」
「大丈夫です! 全力でやります!」
「遠慮しなくていいからね!」
「はい!」
郁、夢咲チームもやる気十分だ。
妹が他の人と交流を深めているのを見ると兄として感慨深いものがある。別に妹は特別人と話すことが苦手とかそういうのはないから普通なんだろうけどさ。高校と中学じゃ住む世界が違うし普段妹がどんな感じで人と話すかなんて知りもしなかったから良い機会だ。
だからこそ俺への罵詈雑言が気になる。兄とは辛いものだな。思春期が終われば普通に話せるのだろうか。あとどれくらいかかる。
試合が始まる。カードのバランスが良かったせいか一セット目からデュースが続く。
「早く降参してよー!」
「天城、素が出ているわよ」
「やー!」
前にも見た会長の甘えん坊。幼児退行がすぎる。見た目も相まって小学生みたいだ。
そうか、だから普段はああやって気丈に振る舞っているのか。悪い言い方をすれば背伸びをしているということだが、舐められない為ということを考えれば納得できる。
「これはチャンス! 行くよ郁ちゃん!」
「攻め切りましょう!」
まだまだ体力が残っている妹達は一気に連続を取り一セット目を取る。
「いぇーい!」
「やりました! この勢いのままでいきます!」
二人はハイタッチをしている。なんか、眩しいな。俺と如月、ああいうのはできないし、羨ましい。
そういえば如月はどこいったんだ? と、少し辺りを見回すと隅で単語帳を見ている。真面目か! いや、別に良いんだけどさ。俺が勝手に誘っているだけだし。
「あんまり言いたくないけど、このままだと縁の名に傷が付く。こっちも手を抜いてられない! 天城、ほらシャキッとしなさい!」
「うー……う……そ、そうだな。会長として威厳を見せなければ!」
どうやら先輩に火が付いたようだ。普段は忌み嫌っている縁を出すとはかなり追い込まれているのだろう。髪を結び、気合の入れ方が変わったのを感じる。
会長も調子を取り戻し、二セット目が始まる。
とはいえ、九十九みたいに人外じみた力を持っている人はこの四人の中にいるわけではないので気迫だけで再びデュースにもつれ込んでいく。
「ハァハァ……やるね」
「そっちこそ。私についてこれるなんて」
体力の差。ここに明確な差が出てきた。普段から運動をしているわけでもない妹と夢咲はバテ始めてきている。一方、先輩はまだ余裕があるようだ。一セット目は温存していたのか。なお、会長は泡吹いて倒れている。このオチ担当がよ。
「天城、大丈夫?」
「う……私の屍を越えてゆけ……」
「ばかいってんじゃないわよ。とりあえずタイムで良い?」
「……そう、ね。こちらからもお願いするわ」
一度タイムアウトになった。規定では三十秒らしいが素人が開催しているものだし何より運営のあいつがいないのでしばらく休息を取ることになる。
「熱中症ではなさそうね」
「……まだ倒れるわけにはいかないのだ。勝って、藤原から景品をもらう為に」
「……分かった。天城にそこまで覚悟があるなら」
四人は試合を再開する為にコートに戻る。
「言っておくけど! 龍司から景品を貰うのはこのあたしだから! 会長だからって譲ったりはしない!」
「ならば! 新参如きに負けるわけにはいかんよ!」
二人とも熱くなっている。そうだよな。好きな奴の為に諦めない。すげえ分かる。ただ、まだ一回戦だぞ。このペースで行くと確実にバテる。
「ねぇ」
「ぬぉ⁉︎ 如月いつの間に」
気付くと如月が隣にいた。砂浜なのに音もなく近付いてきたのか。
「人をお化けみたいに言わない。……それで、あの二人はなんであそこまで熱苦しいのかしら」
「二人とも、好きな人から貰いたいんだよ。どっかで聞いたけど、人は愛を知ると強くなれるってさ」
「愛……」
別に愛があるからといってすぐに強くなったり凄くなったりするわけではない。好きになった人の為にあれこれしたい、強くなりたい、凄くなりたい、と行動する為の原動力が愛だ。今の俺には分かる。好きな如月の為に優勝を掴み取りたい。その為ならたとえピンチでも諦めたりはしない。
「如月は今も凄いけど愛を知ったらもっと凄くなるかもな……なんて」
「それは勉強にも通ずるものなの?」
「それは……」
やっぱりそう聞いてくるのは分かっていた。彼女からすれば今はひたすらに受験の為の勉強をしなくてはならない。その他のことは排除すべきこと。道を外せば途端に転落する。故に愛はいらない。そう言いたいのだろう。
けど、必ずしも恋愛に浮かれて人生設計を失敗するとは限らない。
だから、今の俺は『分からない』で終わらせない。
「通ずることもある。例えば、俺の好きな人が難易度の高い志望校を選んだとしたならば俺はそこに入れるように努力する」
「……そういう理屈か」
理解してくれたようだ。
「それで高橋に好きな人はいるの」
「ぃ⁉︎ え、えっと……」
まさかの質問だった。どう答えればいい。どう答えるのが正解だ。
「そこまで言うのだから好きな人でもいるかと思ったけど」
そうか、いないといえばさっきの話の説得力がなくなってしまう。結局、机上の空論でしかないと結論付けられてしまう。ならもう、こうするしかない。
「いるよ」
その言葉に彼女の眉は僅かにぴくりと動いた。
「けど、まだそれが誰か言えない。俺、全然だからさ。その人に見合う奴になったら、その時に言うよ」
あれ? これ事実上半分告ってね?
仮に俺が如月以外を好きになっていたとした場合、何も言うのを後回しにしなくても良い。如月からは薄い反応をされるのは目に見えているのだから。わざわざ後回しにするってことは実質答えているようなものだ。
「……そう。なら、証明して」
「え、あ、ああ……」
今の言葉はどう捉えればいいんだろうか。俺の真意に気付かれたのかもしれない。でも、証明してくれと言われたのなら、証明してみせるだけだ。間違いなく関係は先に進んできている。
話が終わると、既に試合は三セット目に入っていた。三セット目に入ったということは二セット目は辛うじて会長コンビが取ったみたいだ。お互い体力が切れてサーブを返せないまま点を取り合っているせいか試合展開が早くなった。
そしてそのまま三セット目もデュースへ縺れ込み、全員が倒れてしまった。
「大丈夫か⁉︎」
慌てて駆け寄ると、東雲達も来た。
「とりあえず日陰へ連れて行こう!」
まだ藤原達は帰ってきていない。俺が仕切るしかない。
「情けな……」
「何言ってんだよ夢咲。あのまま続けてたら取り返しのつかない事になってたかもしれねえんだぞ」
大事には至らなかった。が、このまま試合を続行するのは不可能だろう。
「皆大丈夫か⁉︎」
戻ってきた藤原は大量の氷と経口補水液を持ってきた。
「何とかな」
「そうか、すまなかったな」
藤原が二人と何を話していたのか気にはなるが、今はそれどころではない。
「郁、大丈夫か?」
妹もまた倒れた一人だ。家族として放っておけるわけがない。
「ごめん、兄さん」
「謝らなくていいよ。お前がこんな無茶をするとは思ってなかったけどな」
「それは……」
「それは?」
「……なんでもない」
何か言いたげではあったが結局妹は何も言わなかった。理由が聞けず、歯痒い。思わず首を掻いてしまった。
「私より、他の人のとこに行ってあげて」
「そうか……。分かった」
妹は体育座りをして蹲ってしまった。
「先輩も問題なさそうで良かったです」
夢咲はさっき見たし、会長は藤原が見ているから時雨先輩のところに来た。
「体力はある方だから、ね。……けれど、これ以上は危険だと思う」
「無理しないでください」
「うん……」
先輩は問題なさそうなのでタオルと補水液を渡して藤原のところへこの後はどうするんだと聞く為に行った。
「俺の配慮が足りなかったようだ」
藤原は自責の念に駆られているようだ。足りていないのはどこかと聞きたいくらい配慮はされていたと思うが。まさか屋根を付けるべきだったとでも言うつもりなのだろうか。
「……どうかな。休まず自分の限界を超えてやった結果だよ」
「その結果を見据えておくべきだった」
そんなの、無理だろ。と、言いたいがこいつならやっていたかもしれないから言わなかった。
「で、どうすんだ? 後日に回すか?」
「それに関しては皆が納得する結論を出したい」
「じゃあ聞いてくるよ」
「すまない。会長が思ったよりきつそうなのでな」
会長以外の三人に試合をどうするか聞き回る事にした。
「あたしはもう、良いかな。気付いちゃったんだよね。あたしがどれだけ本気を出したところであの会長と同レベルじゃ、仮に勝ち上がったとしてもみぃんちゃには勝てないって。諦めたくないけど、諦めるしかないというか」
夢咲らしくない答えが返ってきた。そう思わせるほど彼女は疲弊してしまっているのだろう。
「私は明日からまた勉強だから、辞退するよ。……ごめん」
妹は勉強が理由だった。確かに勉強合宿が目的で来ているんだものな。でもなんで最後謝ったんだろう。俺に謝られてもよく分からない。
「向こうは辞退したんだ。なら、私もかな。私は皆ほど本気でやる理由もないから。後は、天城次第だね」
先輩は会長に委ねた。会長はというと、変わらず辛そうに藤原に寄りかかっている。
「藤原、聞いてきたぞ」
結果を伝えると、会長にどうするか聞いている。
「そうか、皆は……。分かった、私も降りよう。その方が良い」
思ったより素直に辞退したことに驚いた。だが果たして本当にそう思っているのか。
「それで良いのかよ会長」
「良いわけ、ないであろう……本当は……嫌だ……嫌だ嫌だ嫌だ! でも……私一人じゃどうすることもできない……」
「……ごめん」
そりゃそうだよな。状況は理解できても納得はできないはずだ。
「良いんだ。夢咲の想いの強さも分かったから。それに、迷惑をかけたくはない。迷惑かけた上で勝っても、私は嬉しくないよ」
会長は時折愚図ることはあっても、ちゃんと考えていることが分かった。伊達に生徒会長はやってはいないか。
「藤原、これで全員辞退するということになるが。大会そのものはどうする」
「……そうだな。ひとまずこの組み合わせは全員除いて代わりの埋め合わせをしよう。折角用意したんだ。ここで中止にしては残ったメンバーが何の為に頑張ったのか分からなくなるからな」
「それはそれ、これはこれ、ということか。分かった。俺は全然やれるし、続けよう」
「そういうことだ。それで次のカードだが」
対戦相手はコートにいるらしい。早速如月と向かった。次は準決勝だ。
「うぇっ⁉︎ 蒼羽⁉︎」
コートにいたのは蒼羽と東雲だった。何故蒼羽がここに。呼ばれていたのか。今まで姿が見えなかったのは何か理由があるのだろうか。
「よっ、高橋。それに……っ」
まだ如月のこと引き摺っているな。顔が曇っている。
バシン、と大きく音を立てて両手で顔を叩き、決別をしたかのように顔を整えた。
「それに如月。対戦よろしくな」
「えぇ」
如月は変わらず無表情のままだった。もう告白のことも気にしていなさそうだ。
「よろしく、というか蒼羽いたんだな」
「ん? ああ、サッカー部で合宿に来ててな。凄いんだぜ? ここの施設」
なるほど、合点がいった。途中ちらりと見えたがここのサッカーはかなり盛んみたいだった。そこにサッカー部が来ていたとは。
「だろうな。驚くことばかりだよ」
「最新鋭のトレーニングマシーンに強力な相手。プロ相手と練習できるってもんだから気合い入ってしまうよ」
プロもここに来ているのか。スケールが違いすぎて現実感がない。
「で、そんな練習中に来たわけか」
「緊急で呼ばれてな。ったく、藤原の奴。俺は蹴るのは得意だが手でボールを弄るのは苦手なんだよ」
埋め合わせの存在は蒼羽というのは何となく分かっていたがやはりそうか。
サッカーで相手するんじゃなくて良かったよ。丁度良いハンデぐらいだ。
「はは……。そういや東雲って元々参加してなかったのか」
「うん。元々は運営側だったんだけど急遽出てくれって言われて。蒼羽君、足手纏いかもしれないけどよろしくね」
「あー、うん。大丈夫だ」
最初から期待はしていない、と言いたげだ。東雲の身体能力じゃどうフォローしても却って惨めになってしまうだけだな。
「相手が東雲だからって容赦しねえからな。俺は本気で優勝を狙いに行く」
「う、うん。大丈夫」
「スポーツ大会の時といい、結構高橋って負けん気が強いんだな」
「まあな。誰かのおかげで」
ちらりと如月の方を見たが彼女はこちらの視線に気付いていない。
「……なるほど。そんじゃやりますか」
気を引き締めていこう。相手は蹴り専門とはいえ身体能力がある蒼羽だ。東雲のカバーぐらいしてくるはずだ。
試合開始のホイッスルが鳴る。その直後如月がサーブをした。
「東雲そっちいったぞ!」
「任せて!」
「追いついた……だと⁉︎」
かなり際どいところに打っていたが東雲はそれに喰らいついた。
「ナイスだ!」
上がったボールは蒼羽がそのままスパイクを打ってきた。
「っ!」
不意打ちだったが故に対応できない。
「よし! 幸先の良いスタートだ!」
「まさか、東雲があんなに動けるとは」
侮っていた。この一ヶ月ちょっとで見ない間にここまで動けるようになっていたとは。テニスの時とはまるで別人だ。
「二人の気持ちを受け止める為にはこれくらいはしないと」
「……なるほど」
あのギャルズ二人のことか。東雲は本当に覚悟を決めているんだな。あの顔が良いだけのナヨナヨした東雲はもういない。こいつは間違いなく変わったんだ。
おい、如月。早速あいつが証明しようとしてんぞ。
「そう。ならそれを越えるだけ」
どうやらまだ如月には響かないようだ。けど、今はそれで良い。これで圧倒されていては優勝はできない。
サービス権が移り、東雲のサーブになる。流石にサーブそのものは普通だ。
如月が受け、俺が上げる。そして彼女がスパイクを決める。
「凄いな、息ぴったりじゃないか」
違う。合わせてくれているだけだ。俺はそんなパスが上手いわけじゃない。
「どうだかな」
「やっぱり付き合ってるんじゃないのか」
「それはない」
「それはない」
俺と彼女はほぼ同時に否定してしまった。
「ぷっ、あっははは! おもしれぇ!」
「そんな笑うことか?」
「いや、良いってことよ。ただ、前と同じ否定をされてしまうとな」
確かに前もそう否定したっけ。覚えていない。
「それに付き合ってなくてそれなら、付き合ったらやばそうだな」
「蒼羽、お前」
よく分からないが後押しをしてくれているようだ。だが如月がそれに動じるはずもなく。
「どうでも良いから続きをしましょう」
この様である。
「っし。じゃあ続きやるか。東雲、行くぞ」
「うん。まだまだここからだよ」
「はるー! 頑張ってー!」
「はるくーん!」
「君達が負けられない理由があるように、僕だって負けられない」
ギャルズの声援が聞こえてくると東雲の目は光り輝き出したように見えた。
再びサービス権がこちらに回り、俺がサーブする。普通のサーブしか打てない俺にサービスエースなどできるわけがなく、普通に返ってくる。少しだけラリーが続いたが風によってボールの軌道が変わり、それを読み取れなかった俺のせいで失点した。
「すまん……」
結局、俺が誰よりも何もないことを思い知らされる。凡人。器用貧乏。何か秀でているものがあるわけでもない。そうやって何度も何度も同じことを繰り返す。
「次」
だけど! 今の俺はここで立ち止まりたくない!
普通でも良い。その中で少しだけ前に進みたい。如月だって『次』って言ってくれているんだ。勝手にしょぼくれて立ち止まっている場合じゃねえだろ。
もう去年までの俺じゃない。如月に証明する為に俺は何度でも失敗しようが必ず立ち上がる。
「……ああ!」
試合はその後点の取り合いになり、デュースに縺れ込み、向こうがリードしている状況だ。
再び風がボールを運び、俺の思うような場所に来ない。それでも。
「ここで諦めてたまるか!」
体を捻り、無理矢理ボールに手を伸ばすことでなんとか上げることができた。
そのまま如月が相手コートに返し、その次の向こうの手は彼女のブロッキングにより防がれた。
「っ……! 今のよく取ったな」
「あんな捻り方して大丈夫?」
「まあ、な。負けられねえから大丈夫だ」
「どういう理屈なのそれ。……でも、おかげで点が取れた」
流れが変わった。向こうの勝つ気持ちよりこっちの方が上回った。このまま押し切ってみせる。
試合はそのままの勢いで拮抗しながらも勝利を収めた。
「あと一歩及ばずってか」
「ごめん、最後のミスで」
「良いんだよ。向こうが上だった。それだけだろ」
「蒼羽君……」
落ち込んでいる東雲に蒼羽は肩をポンと置いた。
「対戦ありがとな。二人とも」
「こっちこそ。普段やっていないスポーツだからこそ、楽しめるところもあった。また機会があったら頼むな」
「そうだな」
東雲はギャルズの方へ向かい、頭を下げた。
「ごめん、二人とも。負けてしまって」
「ううん、全然。はるくんの良いところ見れたしちょー嬉しい」
「それに、本当ならあたしたちが勝っていれば良かったんだから。はるは何も悪くないよ」
東雲の前だとあの二人の口調もギャル成分が抜けている。あいつと一体何があったんだろうかと何度でも繰り返し思考を巡らせてしまう。
「次が決勝か……如月、頼むぞ」
「そうね。相手はあの得体の知れない力を持つ九十九。一瞬でも気が抜けない」
決勝戦こそが正念場だ。九十九のあのバカ力が相手だ。それでも、如月と優勝すると誓った。ならそれに向けて走り続けるだけだ。無駄なことを考えるな。
「決勝戦は十五分後にする。二人は休んでいてくれ」
藤原の案内により決勝戦の時間まで少し時間が空いた。さすがに連戦はきついし助かる。
五分間水分補給等準備を済ませる。
その後聞きたいことがあったので俺は東雲の元へ向かった。
「なあちょっといいか」
「どうかしたの高橋君」
「二人で話したい」
「分かった。ごめん、二人とも。ちょっと待ってて」
ギャルズは俺の方を見て不機嫌そうな顔をしていたが許してくれ。
少し離れた日陰まで来ると、東雲に問う。
「で、どっちなんだ」
「どっち……って何が?」
どうにも察しが悪いので頭を掻きながら分かりやすく言う。
「いや、あのな。あの二人だよ」
今は二人を付き合わずに相手しているかもしれないが、いずれ決断の時が来る。その時東雲はどちらを選ぶ。
「……やっぱり聞きたくなるよね」
「当たり前だろ。それで、どうすんだ」
「どっちかを選ぶなんて僕にはできないよ」
「はあ? お前何言ってんのか分かってんのか」
ここに来てハッキリしない奴だ。なんでこいつにあの二人があそこまで好意的に持つんだ。
「……分かってる、つもり。でもどっちかを選んでもう片方が不幸になる未来になるなら、僕はそんな未来、選択しない」
「それでいつまでもキープするってことか。お前が言ってるのはそういうことなんだぞ」
優柔不断野郎。かつてラブコメ界に大量に湧いた主人公達。東雲、お前もそうだというのか。人の好意を都合良く利用するだけの存在。あれはフィクションだから許されるのであって、外から見ればただのクズだ。
「違う……そうじゃない」
「何が違うんだ。ちゃんと説明してくれ」
「…………分かった。僕は、二人とも選ぶ」
「……は? 今なんて言った」
「だから、二人とも選ぶって言ったんだよ。どちか、じゃない。どっちも、だよ。二人まとめて幸せにする」
ますます頭が痛くなってきた。二人とも付き合うとでもいうのか。
「お前、それ二股って言うんだぞ。それじゃあいつらの元彼と同じだろうが。そんなんであの二人が幸せになれるとでも?」
「確かに……そうかもしれない。二股ってのは世間的には許されないと思う。僕だって最初はそう思っていた。だけど。どっちかを選ぶ、あるいはどちらも選ばない選択肢はもう僕には存在しないんだよ」
「お前……」
「僕なりの最善の考えだから。元彼と違って僕は真正面から受け止めてみせる。たとえ世界を相手にしても、ね。勿論、友達である君も僕の敵になるなら、その時は」
「分かった、分かった。はあ……ったく、つくづく恋愛ってのは大変だな。あの二人もそうだが、お前をそんなに変えるなんて恐ろしいよ」
いくらなんでもキャラが変わりすぎだろ。頭が追いつかないぞ。
「それはこっちの台詞だと思うけど」
耳が痛い。
「……ごほん。とにかくお前の覚悟は分かったよ。そう決めたのならもうとやかく言うのはやめた。何を言ったって無駄ってことくらい俺にも分かる。ところでこの件は藤原には言ったのか? 幼馴染なんだろ」
「もちろん。迷っていた時にどうすれば良いかを指し示したのは藤原君だし」
「やっぱあいつが一枚噛んでいるのな」
そりゃあいつの度量があればやりかねないことだ。あいつは誰とも付き合う気がないからそうなっていないだけ。
「万が一の時のために国外に出れるように手配もしてくれてる」
「お、おう」
だから、あいつが絡むとスケールが急に飛び抜けるから現実感がなくなるんだよ。勘弁してくれ。
で、最悪の場合一夫多妻が認められている国に逃げられるって算段か。一般人なら無理だがあいつはそれが可能だ。
「話はこれで終わりで良いのかな」
「ああ。良く分かったよ」
「なんか、ごめんね。最近ちゃんと話できてなかったし」
「いや、良いんだ。こっちも色々あったし。そっちにも都合あるだろ」
「うん……ちなみに如月さんとはどうなの」
「分かんねえ。ってかなんで如月が出てくるんだよ」
「いや、もうなんというかバレバレだし……」
「そーですかそーですか」
そりゃ明らかに狙っているのは分かるよな。
「応援してるよ」
「くっ……マウント取られた」
悔しいが東雲の方が一歩リードしている。
「あ、もうそろそろ時間だよ。決勝戦、頑張ってね」
「もうこんな時間か。もちろん、勝ってくる」
じゃあまた後でな、と東雲に手を振り、コートに向かう。そして如月に待たせたと声をかける。
「何を話してたの」
「東雲の恋愛事情」
「あ、そ……」
本当興味なさそうだな。あの内容を聞いたら流石に驚きそうだが、今はそれどころではない。
「健太、対戦よろしく」
「ああ。颯人、よろしく。親友だろうと本気出すからな」
「それはこっちの台詞だぞ。向日葵、最初から全開で良いからな」
「分かった。颯人がそう言うなら。ということで高橋、それと……えっと……誰だっけ。まあ良いや。全力で潰してあげる」
向こうは最初からリミッターを外してくるか。にしても如月の名前すら覚えていないとは本当に他の女子に興味を示さないんだな。
「全力の相手を倒してこそ意味のある優勝。かかってきなさい」
如月も煽りよる。しかしその通りだ。手抜きされて本気を出していれば、なんて言い訳されたら困る。お互いに全力を尽くす。悔いの残らないように。
「両チーム準備は良いな。これより決勝戦を始める」
始まった。最初から九十九の本気のサーブが飛んでくる。俺がそれを受け止めようとすると異常な回転数のそれが俺の腕を抉ろうとしてくる。
「ぐぅっ……‼︎」
聞こえてはいけない骨の音がする。なんだ、これ。俺は今何を受けている。
受け止めきれず、ボールが弾けた。
「これが九十九の力か……!」
「おい、大丈夫か親友」
「うるせぇ……まだ始まったばっかりだ」
とは言っても思うように力が入らない。向こうは完全に潰す気満々だ。
「……いきなりだけどタイムアウトを行使する」
如月が藤原に宣言した。
「分かった。三十秒間だぞ」
「それだけあれば大丈夫」
如月は俺のところに来て、大丈夫かと尋ねてきた。
「まあ、な。それよりどうする」
「真正面に受けるのは無駄に傷付くだけ。サービス権がこっちに来る為に相手のミスを待つしかない。力が強ければ強いほど、それをコントロールするのは容易いわけじゃない」
「多少の点は諦めて確実に攻める、ということだな。分かった」
如月は頷き、続ける。
「それに加えて八木は身体能力に限界がある。スポーツ大会の時から見ていたけど、彼は人より体力が少ない」
よく観察しているな。
「集中狙い、か」
「そう。それでも多分九十九がカバーしてくる。でもそれで良い。この方針でいく」
「分かった。俺は如月を信じるよ」
「うん、ありがと」
三十秒が過ぎ、試合再開となる。
「何か妙案でもあったか?」
「煽るばかりのお前よりは良いのは思いついたよ」
「はっ、そうでなきゃ困る」
再び、九十九のサーブだ。正確なそれはラインギリギリを抉っていく。
「……っ」
わざと泳がせたとはいえ点を取られるのは痛い。だがこれも勝つ為だ。
そしてそれを五回繰り返す。
「思いついた作戦ってのはぼっ立ちか? 随分と奇妙な真似事だな」
「颯人、こんなやる気のない奴らさっさと倒すよ」
まだだ。まだ耐えろ。
結局、セットポイントまでサービス権は移ることはなかった。
「如月」
彼女は少しだけこちらを見てまたすぐ前を見た。信じろ、と言いたいらしい。
「よし、向日葵決めてやれ」
「これでしまい!」
何度も九十九のサーブを受けて分かったことがある。
このサーブは、入らない!
「アウト!」
「惜しい!」
「なっ、外した……」
ボールはラインを半個分程度超えていた。
如月がネット前に行き、二人に言い放つ。
「あなたがどれだけ力が持っていたとしても、ロボットじゃないから百パーセント再現し続けることは不可能。この時を待っていた」
「そうか、それが狙いだったんだな」
「そういうことだ。まさか、こんなに成功し続けるとは思わなかったけどな」
サービス権がこれでようやくこっちに移る。だが崖っぷちなのは変わらない。上手く運ばなければまた九十九の鋭いスパイクを喰らうだけだ。
「如月、一本頼んだぞ」
「この
如月のサーブは決して強いわけではない。だがその分コントロールが上手い。丁度相手のど真ん中にボールが行く。お見合いしてミスを誘えるか。
「颯人!」
「分かってる。次任せた!」
瞬時の判断で颯人が取り、上げた。さすがにこのカップル、一筋縄にはいかないか。
しかし、九十九のスパイクは入らない。
「っ……!」
「あぶねっ」
「どんまい向日葵」
如月が再びサーブしようと後ろに戻る際、耳打ちをしてきた。
「……もう、彼女のボールはコート内に入ることはない」
どういうことだろうか。どういう理屈で、どんな根拠を持ってして今の発言をした。
とにかく、今は勝つことに集中する。
「向日葵、大丈夫か⁉︎」
その後、九十九のボールは彼女の言う通り、一度も入らなかった。コントール出来なくなっている。さすがの俺も分かった。コントロールするにはより力を加える必要がある。その力分を今の九十九は使えない。つまり、体力切れだ。隠そうとしているが若干の息切れ、指の震えが見える。
「……頼りっぱなしにしちまったからな。悪い。……いつも向日葵に助けられてばっかだ俺は」
「颯人……」
「後は、任せてくれ」
煽りカスと化していた颯人の目つきが変わった。
すると次のプレーは向日葵がサポートに回り、颯人が叩き込んできた。
「取れねぇ……!」
折角のチャンスだったが結局このセットは向こうに譲ることになった。
「このまま終わらせねぇよ」
「颯人、お前……」
「俺と健太、何がどう違うと思う」
「いきなり何を。そんなの、彼女持ちかそうでないか、じゃねえのか」
「ボケのつもりか? まあいい。背負ってるもんがあるかどうかなんだよ。まだ、お前にはそれがない」
「……だろうな。お前にゃ中学時代にそれが出来たんだろ」
「色々あったからな。だから、向日葵の為にこの勝負負けられない」
確かに、俺には背負ってるものはなかったかもしれない。だがそれは高一までの話だ。今は違う。如月の為に勝ちたい。いや、如月と共に勝ち取りたい。以前までの俺とは違うことを見せてやる。そして証明する。
「そうかよ。お前の気持ちは十分分かった。だが最後に勝つのは俺達だ。な、如月」
「ええ。二人で勝つ」
「なら見せてみろ」
「そしてその上で潰してあげる。颯人、サーブお願い」
二セット目が颯人からのボールで始まる。
「オラァッ‼︎」
鋭い、だが九十九に比べれば取れる。
「如月! 次!」
浮いたボールは如月によって叩きつけられる。
「くっ……やるな」
「まだまだここから」
二セット目は点の取り合いになった。どちらかがミスするまでのラリーがひたすらに続く。
そしてデュースからのリードを奪った。
これでこのセットは最後にしたい。そう思っていると九十九が飛び上がった。
「……! 高橋、あれは止めて!」
如月がいつになく大声で叫ぶ。
九十九のスパイクが俺の僅か後ろを狙ってスパイクを打ってきた。まずい、このコースは入る。
「届けェッ‼︎」
飛びつき、腕を伸ばす。当たった瞬間嫌な音が鳴る。またこの感覚だ。この殺人的な威力を持つボールは俺の腕を粉砕しようとしてくる。
「ウォォォラァァッ‼︎」
負けて、たまるかよ。
「上がった!」
「何っ⁉︎」
「ふんっ‼︎」
なんとかチャンスボールにできたおかげで如月が決めた。
「このセットもらった」
「まじか……」
身体中に砂がこびり付いたので払って、それから言い返す。
「何が背負ってないって?」
「ふっ、くっ……あははは‼︎ すげえや健太。向日葵のあれ取るなんてよ。良く分かったよお前の覚悟」
物凄く痛い。だが、最初に受けた時よりはマシだ。明らかに威力が落ちてきている。
如月の話した通り、九十九はロボットではない。必ずいつか限界を迎える。そしてその時が来た。
三セット目。これを制した方が優勝だ。体力の消耗がお互い激しい。俺もかなりきつい。如月も顔には出していないが汗の量的に厳しそうだ。
「勝つのは俺達だ!」
「いいや、俺達の方だね!」
「行くぞ! 九十九ォ! 颯人ォォォ!」
そしてーー。
「勝者、高橋如月チーム」
「しゃあああ‼︎」
最後まで体力を残していた如月のおかげで勝つことができた。
「やった……勝った……勝ったよ高橋!」
如月がこっちに駆けてきた。
「優勝だよ優勝! きさらぎっ……⁉︎」
彼女はそのまま俺に抱きついてきた。一瞬何をされたのか分からなくて思考が停止する。
あの如月がこんな行動を⁉︎ 俺に⁉︎
脳が混乱する。それより彼女の温かい肌が直に触れておかしくなりそうだ。色々当たっている。柔らかい。良い匂いと汗の匂いが混ざり合って鼻腔をくすぐる。
俺は何もできず、できるだけ接触しないようにする。
「き、如月……」
「あっ……ごめん……」
冷静になった彼女は離れる。その顔は少し緩んでいる。いつもの鋼のそれではない。今日の彼女は今までに見せたことのない表情を何度も見せてくれる。
離れた今も感触が残っている。こんなことなら俺も抱きしめた方が良かったのだろうか。いやいやいや、ダメだろ。いや、でも、したかった。あーもう、後悔先に立たずだ。潔くここは諦めよう。
「負けた……くぅっ……だが、楽しかった!」
「確かに、この高揚感は久々だったね。……認めざるを得ない。えっと……如月。ありがとね」
「え、あーうん。こちらこそ。九十九のサーブ、私でも取れなかったから凄いよ」
如月と九十九が握手をしている。二人に友情が芽生えたようだ。
「健太」
颯人がこっちに来た。
「さっきは煽って悪かったな」
「いや、良いよ。お前のことだ。発破かけてくれたんだろ」
「……気付いていたか」
「親友、だからな」
「そっか、そうだな。これからもよろしくな親友」
俺と颯人もまた握手をする。
「二人とも、優勝おめでとう。というわけで早速景品の方を渡そうと思う」
藤原は俺と如月に一枚の封筒を渡してきた。
「なんだこれ。開けてもいいのか?」
「良いぞ」
「じゃ、遠慮なく。……ん? なんだこれ」
中から白のカードが出てきた。何も書かれていない。
「これが景品なの?」
「さて、なんだと思う」
「いやいやいや、ノーヒントすぎるからこれ」
まじでこれ何? 藤原のことだからすげえ豪華な景品かと思ったんだけど。え、これ一枚? 何の価値もわからないこの白いブランクカードだけ⁉︎
「そうか、分からないか。ま、そうなるように作ってあるからな」
「どういう意味だ?」
「そのカードがあればこの島にいつでも出入りが出来るようになる」
「え?」
「つまり、パスポートだ。本来この島に入れるのはごく僅かに選ばれた者だけ。お前達はその資格を手に入れたということだ」
「ま、まじか……このカードそんなやばいやつなのか」
いつでもこの島に来れるとかやばすぎる。娯楽の終焉地みたいなところだぞ。
「それで無くしたら大変だと思うかもしれないだろ? だが普通の人間ならそのカードを手にしたところで価値はわからずそのまま捨てられるだろうな」
そういう設計なのか。なるほど理解した。
「解析をして不法侵入する輩がいるかもしれない。その場合はどうする」
「その場合の対処法もある。そちらは気にしないでくれ。で、どうだ、気に入ってもらえたか?」
「ああ。最高だぜ。また来るよ」
「確かに、利用価値はある」
「そう言ってもらえると嬉しいよ。さて、大会はお開きだ。次は夕食からの自由行動だ」
こうして長いビーチバレー大会は終わりを迎えた。今回の大会、色々あったけど今日来ていた皆と話せたし交流を深めることができたので良かったと思っている。
そして優勝できたことは何よりも代え難い経験となった。今にして思えば決勝では俺以外は皆運動ができる人間だった。九十九は置いておくとして、颯人は元とはいえ野球部、如月はバスケをしていた。その中で俺は何もしてこなかった。優勝できたのは間違いなく如月のおかげだ。彼女に感謝をしなくてはな。
こうして彼女と過ごす日々が増えるほど、好きの気持ちはより強くなる。
ありがとう。如月。これからもよろしく。
今はまだ言葉にできないが、いつかちゃんと伝わるように、行動で示したい。
「皆、本館に来てくれ」
藤原の合図で夕食の為に移動する。この後もまだまだ財閥の島の話は続く。
ーーこれは、背景モブが脇役となり、そして主人公へと変わっていく物語である。
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