Side:藤原龍司 1 行動原理

※このお話は本編10話までを読んだ上で読むことを推奨しております。




 俺の名前は藤原龍司。都内に住む高校生。ただし一般的な家庭とは違いかなり特殊な環境下で育った存在だ。


 皆に藤原と伝えているが本当の名字は現代にはあまりに似合わない突飛な名字を持っている。俺はそれを良しとしなかった為、かつて財閥が使っていた名字を使用している。


 財閥とは俺の一族のことであり、世界を統治する組織のことである。父親がその現トップだ。


 俺は中学一年にして多元宇宙を司る神と戦い、そして神なき世界にした。既に俺は人生でやるべき事を果たした。そう思っている。なら、次は何をすべきか。それを考えた時ある一つの答えが出た。


 それは何者でもなく、本当にどこにでもいるような子を主役にする事。次の俺の使命だと感じた。


 かつて父は恵まれない子どもや突然変異によって人間の形を保てなくなった人々を救ってきた。手の届かない範囲ですらもやってのけた。一方、今の俺にその力はない。神との戦いで消失してしまった。今は手の届く範囲がやっとだ。だから、一人に絞りたい。


 俺ははっきり言って誰よりも恵まれているという自覚をしている。世界最大の財閥の息子であり、父は世界最高の知能を持ち、母は世界最高の力と美貌を持つ。


 それに対して殆どの人類は俺とは違い、同じような人生を歩む。なんとなく生きて、なんとなく妥協点を見つけて、やがて死に至る。ならばその中でも一人は色づく世界を見せてやりたい。


 傲慢かもしれない。そのような事は承知の上だ。ただ、これをする事でそいつが幸せになれるのなら俺は本望だ。


 この春俺は高校生になる。両親がかつて通っていた蒼紅学園。そこに俺の求める人物は果たしているのだろうか。


 しかし残念ながら一年の間は家庭の事情で殆ど出席する事は出来なかった。神なき世界にした代償ともいう。その詳細は今はまだ語ることはできない。


 気付けば冬になっていた。


 クラスの名簿を見る。この時代ともなると皆奇抜な名前が多い。これはゼロ年代以降増え続けている。きっと、初期の頃は名前で苦労する事もあっただろう。今となってはその奇抜、もとい個性的な名前はスタンダードとなり、名前で差別される事はまず無くなった。俺のこの名前は代々課せられた名前ではあるがこれも個性的だ。特に父の名前はーーいや、父の話は置いておくとして、名簿だ。個性的な名前から却って光るものを見つけた。高橋健太。どこにでもいそうな名字、名前。一般人の中の一般人、といった印象だ。


 ならばこの高橋健太を少し観察してみるとしよう。彼の言動すらも一般人であるならば、正に俺の求めていた人物である。


 二学期の終わり頃、正に世は浮かれていた。そんな中彼は彼女もいなかった。何かと誰かと話してはいるが、会話の中心にいるわけではない。言うなれば背景。いてもいなくても変わらないような存在。一方、幼馴染の翔陽はるとは翳りが強すぎてむしろ目立っているが高橋はまるで目立たない。


 ああ、正に俺の求めていた存在だ。これを物語の主役にしたらきっと俺は満足するだろう。


 早速彼と接触し、仲を深めていこう。


 そう思っていた矢先、ある女子に呼び出された。


「25日の予定はある?」


 世間では彼女の事をギャルと呼ぶのだろう。髪を金色に染め上げてインナー部分をピンクにしている。メイクはしっかりと決めて大人びた印象を与える。


「その日は家族と過ごすよ」


「そう、なんだ……」


「用事はそれだけか?」


「……やっぱり上手くいかないものだね」


「人生上手くいく方が珍しい」


 俺がたまたま上手くいっているだけで殆どの人類は願った事を願ったままで終わってしまう事が大半だ。実現する事はまずない。


「だったら……」


「だったら?」


「ここで言う。……あたしと付き合ってほしい。あなたの事が……好きです」


「そうか。……悪いな、俺は高校の内は恋人を作るつもりはないんだ」


 俺には目的がある。その行動をする為には彼女がいると動きづらくなってしまう。


「そんな……」


「何故俺を?」


 純粋に気になる。決まって俺の事を好きだと言ってきた者は結局見ているのは俺ではなく家だった。もうそれはうんざりするほどに。


「そりゃ、内も外もイケてるし……あたしがこの格好をしてるのもあなたの父親が不良だったっていう噂があるから」


「……そう、だったのか」


 父は確かに高校時代は不良の格好をしていたがそれは今となっては黒歴史だと彼自身から聞いている。なんでも不良の心理を知りたいが為とかなんとか言っていたが理解できなかったらしい。


 結局、俺ではなく父親、か。


「そうすればあなたの気を引けるかと思っていた。でもダメだったみたい。あはは……何やってんだろ」


 ただ、気合を入れているのは伝わってきた。


「いや、良いと思うぞ。似合っている」


「あ、え、本当⁉︎」


「ああ。付き合う事は出来ないが、友人としてはどうだ?」


 付き合いは多い方が良い。俺をまだ好意的に見てくれているのであればいずれ彼女にも手を貸してもらうことになるだろう。


「う、うん! もちろん! もっと一緒に話したい」


「そうだな……ならまずは名前からだな」


「あ、そうだった! 名前言ってなかった! あたし、夢咲明里!」


「なら、明里と呼ばせてもらおう」


「え、いきなり名前⁉︎」


「コミュニケーションを取る上で名前呼びは重要だ。ダメか?」


「い、いやそんな事……じゃあ、あたしも龍司って呼んで良い?」


「良いぞ」


「や、やった! これからよろしくね! 龍司!」


「よろしく頼む」


「来年は一緒のクラスだったら良いなぁ」


「……ふっ、そうだと良いな」


 こうして俺と明里の初めての会話が終わった。そして明くる日、明里は彼氏が出来たと公言し始めた。少し困惑したが、これはきっと魔除けに近いものなのだろう。実際に彼女に彼氏はいない。昨日の夜はLINKで質問攻めされた。そんな中で他の男とできる暇などない。別に彼氏が出来たのであればそれはそれで俺からそういう意味での関心が薄れてもらってむしろ助かるのだが、どうやらそれはなさそうだ。今日もひたすらLINKを送られてきている。


 さて、明里の事は置いておき、高橋の事だ。相変わらず彼は背景だ。気付けばいなくなっている。放課後になるとすぐにいなくなる。帰宅部のようだな。昇降口に向かおう。


 急いで向かうとまだ彼の靴が残っているのを確認した。


 しばらく待っていると彼が来た。


「やあ」


「や、やあ? えっと、同じクラスの藤原だよな」


「よく知っているな」


「そりゃ財閥トップの息子だからな。知らん方がおかしいだろ」


「ふっ、確かにな」


 俺はあまりにも目立ちすぎている。そのつもりは全くないが、羨望の眼差しで見られている。


「……えっと、何か俺に用?」


「友達になろう」


「……へ?」


「まだ俺はクラスに慣れていなくてね。高橋ならクラスの殆どと話しているだろう? 取り持って欲しい」


「いや……あんたなら一人でも大丈夫だろ。まあ、でも悪い気はしないな。じゃあ、えっと、よろしく」


「ああ。折角だ、名前で呼んでいいか?」


「え、あ、おう。良いぞ」


「なら、よろしくな健太」


 これで健太と友人関係となれた。彼を観察しながら共に行動し、俺の求めている存在か確かめる。




 時は流れ、二年になった。その間で健太は正に求めていた人物だと確信した。この二年生からいよいよ俺のもう一つの物語を始めよう。彼が主役として過ごせるようにする為に生徒会に入り、そして前例のない文化祭と体育祭をする。夏はプライベートビーチで皆で楽しもう。一度きりの高校生活、彼には幸せになってもらわないと。


 どうやら俺にとって都合の良いクラスになったみたいだ。健太、翔陽、健太の親友の颯人、明里、そして転入生の如月。彼にはこれから様々な試練が待ち受けているだろうが大丈夫だ。俺が支えてやるとも。


 ただ一方で翔陽の面倒も見ないといけない。父からお願いをされたからな。良いだろう、どちらもやるさ。


 如月の紹介が終わった次の休み時間、廊下で健太は颯人と会話をしている。如月の事が気になるみたいだ。なら、今度は俺が取り継ぐとしよう。


「けど、縁にあることに越したことはない、だろ?」




 高橋健太の物語はここから始まる。




 いや、俺が始めさせる。

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