第6話 主人公でないものにラッキースケベは起きない
学校一の美少女、如月瞳美はそこにいた。
「な、なんで……」
「なんで? って、見舞いに来た以外に何があるの」
そりゃそうだけど。不意打ちすぎて頭が追いつかない。
「まあ見舞い以外に言いたいことはあるけど。まずはどうなの?」
見舞い以外に何かあるってもう告白の件しかないよな。
「もう大丈夫だと思うんだけど先生が中々厳しくて」
「そう。一応先生の言うことは聞いておいた方が良いよ。自覚なしでも頭って危険だから。でも良かった。あの時嫌な音鳴っていたから」
「だろうなぁ……全然記憶ないけど。それで見舞い以外って何だ?」
「貴方が言ったの? 蒼羽に行けって」
「……告白されたのか」
「ええ。でも断った。それだけ。で、今は何で行けって言ったの?」
やはり断ったのか。蒼羽と明日からどう接すればいいのやら。
「元々優勝したら告白するって言ってて……アクシデントがあったから先にこっち来ててそれでも行ってほしいって思ったから」
「そう。でも、思い通りにはならなかった」
どうかな。どちらかというと思い通りではあるんだ。
「俺のせいでタイミング逃したら嫌だったから。如月がどう思うかは分からないけど……」
「そうね、もう少し他人の気持ちを考えた方が良い。蒼羽もそう。というか、殆どの男子がね」
主語がいきなり大きくなったな。
「……なんて、答えたんだ」
「あり得ないって答えた。別れたばかりで告白するなんて頭おかしい。それに怪我人出たあとによくもまあそんなことが言えたなって。……後半は本人が了承していたからなんとも言えなくなったけど」
ま、確かにそうかもしれない。むしろ蒼羽の隙はそこしかなかった。別れたばかりという、倫理観を問われる問題。
「容赦ないな」
「容赦する必要、ある? 真剣な事だから。付き合うっていうのはそういう事」
けど妥協していかなきゃ上手く行かないだろ。相手は自分自身じゃないし。
けど、フラれた事でどこか安心していた。
「それに、もう一つ。同じクラス内で告白するリスクの事を考えて欲しかった。仮に上手く行こうが行くまいがクラスの雰囲気は悪くなる」
なるほどな。上手く行きゃいちゃつき出して空気最悪になるもんな。如月のいちゃつきとか想像出来ないけど。で、上手く行かなかったらそれも空気が最悪だ。蒼羽は落ち込み、ムードが下がる。
「確かに……」
「じゃ、私は帰るから」
もう帰るのか。
「あ、そうだ。リボン、役に立ったから。それはついてはありがとう」
そういえばリボン、付けてくれていたよな。今はもう普段の姿に戻ってはいるが、あの時の如月も可愛かったな。
「いや良いよ。お返しだし。俺の膝当ては活躍できたのかな……」
「どちらかというと頭の方が必要だったかもね」
「そ、それは……」
「冗談。ラグビーじゃあるまいし」
「だよね」
「じゃ、今度こそ帰るから」
「あ、ああ……じゃあな」
「後は彼女が面倒見てくれるから」
「彼女?」
如月は答えてくれず、そのまま出ていってしまった。その直後、夢咲がこちらを見ている。
「え……」
何で、夢咲が来るんだ。あんな事があったんだぞ。もう来ないと思っていた。
「なんで……」
「……流石に頭をぶつけて放っておくほどあたしは人でなしじゃないよ」
「けど、殆ど絶縁みたいなものだったじゃねえか。話しかけるなって」
「それは……あんたからの場合。あたしからは話しかけていいから」
屁理屈かよ。
「でも、大丈夫そうなら私帰るから」
「え、ちょ……」
「……嘘」
「え?」
「これでおあいこ。嘘ついたの」
「え、え?」
彼女が何を言っているか分からない。
「残るって言ってんの。全く……」
「わ、分からねえ……」
もしかして俺が嘘を付いたからこれでちゃらにするって言っているつもりなのだろうか。
「正直、まだあたしも整理がついてない。けど、龍司に言われたんじゃもうやるしかないって」
また藤原かよ。あいつどこにでも噛んでやがるな。けど、助かった。あいつが帰ってきたおかげでサッカーは優勝できたし、こうやって夢咲と話す機会ができた。あいつへの借りが多いな。
「藤原はなんて?」
「自分の理想を押し付けていないかって、さ。確かにあたしは結構人に厳しいんだと思う。だからもう少し視野を広げてって事なんだと思う。相手の気持ちも考えないとって」
「……けど悪いのは俺だ。嘘ついて、夢咲に嫌な思いをさせた」
「……それでもその後拒絶したのは私。ちゃんと話聞いてなかったから。……改めて聞くけど何で嘘ついたの」
「それは……同じこと言うけど如月に渡すって言うのが恥ずかしかったからだよ。言うと揶揄われるんじゃないかって。確かに、夢咲の性格を考慮すればそんなことはないだろうと今では分かる。けど、やっぱり恥ずかしかったんだよ」
「そ……うん、そっか。普通はそうだよね。きっとあたしが特殊なんだと思う。さっきはごめん」
「いや、こちらこそごめん」
「都合の良いことを言うかもしれないけど前言撤回で良い?」
「勿論、むしろ歓迎だよ。また夢咲と話がしたい。夢咲と話していると勉強になるからさ」
「……ん、そっか」
「だからありがとうな」
「うん」
これでまた話せるようになったんだな。
その後は特に話すこともなかったのでお互い黙っていた。夢咲はずっとスマホを弄っている。
「暇なら別に帰ってもいいけど」
「残るっていってんの。黙って安静してなさい」
「あ、ああ」
ずっとフリックしているけど誰かとLINKか何かしているのだろうか。まあ普通はこういう時彼氏だよな。
彼氏にも悪いな。俺がこのザマになってしまったせいで夢咲の足を止めてしまっている。
夢咲が少しにやけている。やっぱり彼氏が相手か。まあ、そりゃそうだよな。好きな人と話をしていればそうなる。
「……何?」
やべ、見てたの気付かれた。急に顔を変えて睨んでくる。
「いや、その……夢咲もそういう顔するんだなって」
「あたしを何だと思ってるの」
「カリスマギャル……?」
「いいね、それ。あり。でも素を出したくなる時もある。あんたに見られたのは迂闊だったけど」
「なんかすまん…‥」
「良いよ別に」
また気まずくなってきたな。彼女と接している時は基本的に誰かの事を話していて俺と彼女についての話はしていなかったな。すると微妙な空気になるのは目に見えているけど。
なら誰かの話をするか。少し気になる事がある。
「そういえばさ」
「何?」
「今でも藤原の事好きなの」
「そうだけど、何? 出会った時からずっと変わんないから」
「なら何で彼氏作ってるんだ?」
不可解なところがある。それは彼女の性格的に浮気は許さないということだ。今まで接してきて分かったが彼女はギャルという格好こそしているが曲がったことは嫌いな性格だ。自分にも他者にも。しかしながら彼氏がいるというのにも関わらず今でも藤原が好きであること。これは矛盾してはいないのだろうか。
「いいでしょ別に」
「良くねえだろ。浮気だろそれ」
「……あいつには理解してもらってるから。それを含めて付き合ってる」
変な間があった。俺はそれを嘘を言う為の考える時間だと思った。
「何だよそれ……」
こういう時なんて言えば良いんだろうか。
「個人間の事情に口を挟まないで」
それを言われたらもう聞けないな。確かにそうだ。けど、もやもやする。
「分かったよ。けど一つ聞いていいか? 俺一度も彼氏の名前聞いたことないんだけど何て言うんだ?」
「は? きも……個人情報聞き出すとかありえないし」
もしかして地雷を踏んだのかな。これ以上はやめておこう。
いや、待てよ。これまでの言動から推測できることがある。彼氏はいると言っているがいつも彼氏以外の誰かと一緒に帰ったり遊んでたりしている。彼氏と電話しているところを見たことがない。俺とこんな時間まで保健室まで残っている。俺が彼氏なら多分気が気でない。
そして今でも藤原のことが好き。
そのことから二つの結論が出た。実は彼氏はいない。あるいは隠れて藤原と付き合っている。ただ、後者は考えにくい。告白の際断られているからだ。それは周知の事実である。断られたという事が嘘であることは考えにくい。それとも、もう一度誰も知らない時にオーケーをしてもらえたか? それもどうかと思う。
にやついていたLINKの相手は彼氏ではなく藤原の可能性が高くなってきた。にやつく、という表現はあまり良くないな。返信を貰って嬉しがる乙女の顔、これが近い。
結論を一つに絞るならやはり夢咲に彼氏はいない、だ。
しかし、もしこの事が真実であるならば夢咲は皆に大きな嘘をついている事になる。嘘を許さない性格を捻じ曲げてもなお嘘を付いているならば、何か目的があるはずだ。
ここから先は分からない。知りたいが今はこの事は言わない方が良い。不機嫌になってしまうだけだからな。
「ごめん。ちょっと気になってさ。嫌なら良いんだ」
「あっそ……」
焦る必要はない。これから先で確信を持てる時が来るはずだ。
「おや、夢咲。今日は看病か」
先生が帰ってきた。
「うん、そんなとこ」
「悪いが閉めないといけなくてね。夢咲そいつを送ってってくれるか」
「え、まじで?」
この先生は急に何を言い出すんだ。
「今最悪な気分なんですけど……まあ良いや。帰ろ」
「え、あ、ああ……」
最悪な空気だけど帰れるならそれで良いや。けど、送ってもらった後夢咲は一人なんだよな。それって危なくないか。
校門まで一緒にそのまま付いてきたがやはり俺ん家から一人で帰らせるのはまずいよな。
「むしろ俺が送ってくよ。日が長くなってきたとはいえ危ないし」
「へ? ああ、じゃあそうして」
急な事に目が点になっていた。
「俺ん家から夢咲の家まで遠いし帰りに何かあるといけないから」
「ふーん……あんたもそういうとこあるんだ」
「そういうとこ?」
「気にすんな」
文脈が読み取れない中で指示語はやめて欲しい。
その後はというとただ電車に乗って最寄駅で降りて彼女の家の前まで行っただけだった。特に会話もないまま。少し距離を置くくらい。
「送ってくれてありがと。もう夜か〜」
「ああ、だから俺を送ってから帰ってると遅くなると思ってだな」
「……そうだね」
夢咲の家は一般的な一軒家か。部屋とかどんな感じなのだろうか。下心とかそういうのではなく純粋にギャルっぽい感じなのかなと思ってしまった。
「それじゃ帰るよ。じゃあ」
「ん、また」
帰ろうとすると足がふらつく。
「あれ……」
「え、ちょっ、ちょっと大丈夫⁉︎」
今更ぶり返してきたのか。
コンクリート壁に手を置き休む。
「大丈夫……しばらくしたら帰るから」
「……やっぱあたしが送るべきだった。ごめん」
「良いって。俺が言い出したことだし」
「でも……。あーそっか。その手があった。家入る?」
「え?」
「途中で倒れてそのまま死なれたら夢見が悪いって言ってんの。さっさと家入りな」
「え、あ、うん……」
家に入っていいのかよ。
「ただいま〜」
「おかえり明里……へ⁉︎ 男⁉︎」
「送ってくれたはいいんだけどね」
夢咲が母親に事情を説明してくれた。
「そう、送ってくれたのはありがたいけど無理しちゃったのね。リビングのソファでゆっくりしてね」
あ、そうだ。帰り遅くなるって連絡しないと。
「すみません、助かります」
「あたし着替えてくるから」
夢咲は自室へ向かっていった。
俺はソファに横たわると夢咲の母がお茶を出してくれる。
「ありがとうございます」
「アクシデントとはいえ明里が男の人連れてくるなんて初めてだからびっくりしちゃった」
「そう、なんですか」
彼氏がいない疑惑が更に深まった。まあ単に連れてきてないだけかもしれないけど。
「彼氏さんも来たことないんですね」
「え? 彼氏? へぇいたんだ」
あれ、反応が妙だぞ。やはりいないということをより確信へと近付く反応だ。
「まあ、隠したかったのかもしれませんけど……すみません、何か言っちゃって」
「そういうのっていずれバレるものだからね。私なんかすぐにバレちゃって。親ってそういうの分かるんだなって思ってたけど私はそうじゃないみたい」
確かに親って子どもの変化に敏感だよな。やっぱり顔に出たり言動の変化があるのだろうか。けど、夢咲の母が彼氏がいることを感じ取れなかったって事はますます疑惑は深まるばかりだ。決して鈍感だからではない。
「それにしても青春って良いわねぇ。お母さんももう一度戻れるなら、なんて」
この母親も結構若そうに見えるけどいくつなのだろうか。
「そんな、良いもんじゃないですけどね……」
「今は、ね。大人になってから思い返すとあの頃は青かったなあとか、なんだかんだで楽しかったなって思うようになるの。大人になると能動的に動かない限り殆ど変化のない毎日。良く言えば安心かもしれないけど悪く言えばつまらない」
変化のない毎日、か。今は激動しているけど去年は変化のない毎日だった。なんか、分かる気がする。でも、青いってどういうことなのだろうか。
「青いって何なんですかね」
「若いってことよ」
若いと言われてもその感覚は分からない。それが若いということなのかもしれないけど。
話していると夢咲が髪を濡らした状態で入ってきた。肩にはタオルが掛かっている。風呂でも行ってきたのか。それにしてもヘアセットされていない無造作な髪型でノーメイクの夢咲って思ったより可愛い。こういうのって作っているものだと思っていたけど素が良いんだな。
「ついでに風呂も入ってきた。あんた、母さんに変なこと言ってないでしょうね」
「うふふ」
「ちょ、意味深な笑いやめてくださいよ。……何も変なこと言ってねえからな」
「そう……なら良いけど。乾かしてくる」
それだけ言って夢咲は出ていった。
「お風呂覗くタイミング逃しちゃったね」
「な、何言ってんすか⁉︎」
そりゃ確かにラブコメ漫画ならこういう時ラッキースケベチャンスなんだろうけど俺にそういう時は訪れないってのは分かっているんだ。というか親なんだからそういうこと言うなよ。
「ふふ……まあ折角だし入っていったら? もう遅いしね」
「え、でも着替えが」
「こんなこともあろうかと各サイズ男性用の着替えあるからそれ使って」
こんなこともあろうかと、なんて台詞現実で存在したんだ。
というか男を連れてくるの想定しているし問題ないんだな。父親がそれ見たら何を思うのだろうか。
「はあ、では……なんかすみません」
「良いのよ、ふふふ」
え、なんか怖いんだけど。なんか企んでない?
脱衣所に行く。しかし本当に良いのだろうか。ただのクラスメイトが女子の家に上がって風呂までって。夢咲的には単に休憩程度なら良いって考えだろうし。
ま、相変わらずのイベント回避能力によってラッキースケベは起きなかったしこの後も何も起きないだろう。
折角親御さんが入っていいというのだからここまで来て断るのもおかしいよな。
ということで脱ぎ始めた。えっと、脱いだやつどこに置いておこう。下手にカゴとか入れるのまずいよな。ニオイとかそういうの移りそうだし。袋でも持ってくれば良かったか。とりあえずズボンを置いてその上に下着を置いてカバーするか。
と、色々四苦八苦していると扉が開いた。
「な、な、な……」
「うぇっ⁉︎」
ドライヤーを持った夢咲が呆然と立ち尽くしていた。
「なんで脱いでんのよ⁉︎」
「い、いや入れって」
「つーか隠せ! 馬鹿!」
顔を真っ赤にして怒りをぶつけてくる。
「わあああああ! ごめん‼︎」
そっちかあああああ! 逆パターンは確かに最近見るけど想定していなかった!
急いで風呂に入り逃げる。
「変態! 死ね!」
バァン! と勢いよく扉が閉められ夢咲はいなくなった。
くそ、何か嫌な予感はしたけどあの母親これを狙っていやがったな。
誰得だよ。まじで。俺もあいつも損してるじゃねえか。
何か、疲れた。とりあえず髪を洗おう。
シャンプー、良い匂いするな。女子が使うシャンプーって何でこんなに良いんだ。男もすれば、ってそれはそれで気持ち悪がられそうだな。あ、やべリンスもしないと。いつもリンスインだからこのままだと髪がガサついてしまう。
ボディーソープも心なしか良い匂いがする。やべー夢咲と同じ匂い……ってやべえ想像するな!
俺は如月が好きなんだからそれは違うだろ。
髪と体を洗い、湯船に浸かる。
他人の家で風呂に入るって不思議だな。生まれて初めてだ。
というかこの後どうするんだ。戻ったら夢咲はブチ切れてそうだし帰りの電車も残り少ない。なんとかして帰りたいな。
色々と考えていると型ガラス越しにシルエットが見える。誰だろう。
「あのさ、さっき」
シルエットが話しかけてきた。夢咲だ。落ち着いたのかな。
「母さんに言われたんだってね。本当最悪。今日色々とあんたに言った後にこれだから本当頭の整理が付かなくて」
事情は把握してくれているみたいだ。
「いや……入った俺も悪いと思う。というか全面的に今日の事は俺が悪いから……」
「それは……まあそうだけどさ。けど、これに関しては母さんが悪いから。ごめんな、見ちまって」
「えっと……」
いや、やっぱり俺が悪いだろ。ああ、くそ。無理してでも帰るべきだった。これ以上心象を悪くさせたくない。
「ごめん……」
「……聞き飽きた」
「え?」
「謝られるの聞き飽きたっつってんの。もうあたし許してるから謝んな。次謝ったら殴るから」
「あ……うん……すま……」
うっかりまた謝りそうになった。話題を変えよう。
「……夢咲ってさ、良い奴だよな」
「はあ? いきなり何?」
「いや……なんというか、あんなことあったのに家に上げてくれたしさ。今もこうして話してくれているから」
「……言ったでしょ。あたし別に人でなしじゃないから。怪我人は放っておけないって」
「でも、見知らぬ他人だったら家に上げていたのか?」
「それは……その時は救急車呼ぶかも」
「だよな。でも呼ばずに入れてくれた。俺にとって、やっぱり夢咲は良い奴なんだよ」
素直に救急車呼んでもらっても良かったけどお金かかるしな。呼ぶほどでもないし。
「そっか。確かに、良い奴って言われて悪い気はしないかな」
「だから、ありがとな」
「……。逆上せんなよ」
何か妙な間があったけど何があった。というか気付いたらいなくなっているし。
そろそろ上がらないとな。夢咲もいなくなったし今のうちに出よう。
借りた着替えは仄かに柔軟剤の匂いがする。これも夢咲の着ている服と同じなのかな。いかん、こういう妄想は良くない。
「お風呂ありがとうございました。あと着替えも」
「ちゃんとサイズ合ってて良かったぁ。我ながら良いお母さんね」
「母さん……あんまり変な事言わないで」
夢咲って家の中だと普通だな。そりゃ四六時中ギャルってわけにはいかないか。あれもエネルギー使いそうだし。
「何なら泊まっていったら?」
「ちょっと……!」
「流石にそれは……」
時計を見ると20時を過ぎていた。今ならまだ間に合う。今の格好でも外に出られるし帰ろう。
「すみません。この服はクリーニングして返しますので今日はこれで。大分頭の方も治ってきましたので」
「あら、そう……」
「ふぅ……」
彼女は胸を撫で下ろしていた。好きでもない男を泊まらせるのはしんどいよな。
「ではお世話になりました」
服を返すついでに菓子折りも必要だよな。どういうのが良いか父さんに聞いておこう。
「気をつけなよ。ここから離れたらもう助けられないから」
「ああ、うん。本当にありがとな夢咲」
何でこいつギャルやっているんだろうな。そう思うくらい真面目だ。それとも近年のギャルというのは格好だけなのか。
帰路につく。もう大丈夫そうだ。電車もこの時間ならいつものラッシュに比べれば何とか座れるし問題ない。
家に着くと母が迎えてくれた。
「おかえりなさい」
「ただいま母さん。LINK送ったけど夕飯まだで……」
「すぐ温めるから大丈夫。それにしてもそんな着替え持っていた?」
「ちょっと借りてきた。今度返さないと」
「そう。きちんとお礼をしないとね」
「そうだね」
ダイニングに行くと妹がいた。休憩といったところか。
「ただいま」
「……におう」
「へ?」
「めっちゃ女の匂いするんだけど。何してたの」
やべえ、そんな匂うのこの服。柔軟剤すげえ。俺の鼻って鈍感なんだな。
「ちょっとアクシデントがあってだな」
「ふーん。まあどうでも良いけど。兄さんって女っ気まるでなかったから意外だっただけ」
どうでも良いなら聞くなよ。というかそりゃ女子の家なんて初めてだし。
あーあ、どこぞの主人公なら今頃泊まっていたり夢咲の部屋見れたんだろうけど、この通り俺はそういうのには無縁なのでね。
単純にチャンスをふいにしてるだけというツッコミはやめてほしい。こっちは真面目に生きているんだから。
「そうですか。女っ気なくて悪かったですね」
「ないならないで良いのに」
「……どういう意味?」
「魔法使いにでもなれって言ってんの」
このペースだと30まで何もなさそうな気がするけどなあ。なりたくないけど。
「それは嫌だ」
「あっそ」
郁は自室に戻ってしまった。
「えぇ……」
会話が成り立たなさ過ぎてお兄ちゃんちょっとしんどいぞ。
その後はというと夕食を済ませ、もう一度シャワーを浴びて寝巻きに着替えてもう寝る事にした。
次の日。藤原の復帰にクラスが騒ぐ。
「皆本当にあの人に弱いんだね」
如月が話しかけてきた。
「外も内も良いからそりゃモテるだろ」
「ふーん。というかもう大丈夫なの」
如月って藤原に興味ないのか。それとも同族だと思っているのか。
「ああ。問題なさそうだ」
「そっか。じゃあ一つ聞いて良い? 貴方から夢咲の匂いがするんだけど、何で? あれから何があった?」
え、何。まだ匂い残っているの。
「そ、それはだな……」
上手く通じるか分からないけど事情を説明した。
「なるほど。他意はないのね?」
「あるわけねえだろ……別に好きじゃねえし」
この瞬間ガタンと後ろから大きな音が鳴る。振り返ると皆が不思議そうにしている。誰がやったのだろう。
「それはそれで夢咲が可哀想な気がする」
「へ? あ、いや異性として好きではないってことだぞ! 人としてはむしろ尊敬してるし」
「そう。ちなみに私は?」
え⁉︎ いきなり何言い出すのこの子! こんな人前で好きとか言えるわけないだろ!
あ、いやそうじゃねえ。人としてってことだよな。焦った焦った。
「あー、えーっと? 勉強できるし凄いなあと思う。他は、まだ全然知らないから何とも言えない」
「そっか。勉強はその人に合ったやり方があれば誰でも出来るから」
あれ、回答ミスしましたかね。如月の感情が読めなさすぎて良いのか悪いのか分からない。
「あ、あはは……そうだね……」
思わず苦笑いするしかなかった。
後ろで黄色い声が大きくなる。
何事だと思ったら藤原が東雲に話しかけている。なるほどね。美男子が二人揃っている。心なしか周りの人間は薔薇が見えているのではないかと錯覚する。
更にそこに蒼羽が入っていく。うーん、トップスリー。俺がそこに入る余地はない。
「向こうの話気になる?」
「ま、まあね……珍しい組み合わせだし」
「それは、確かに」
聞き耳を立てると蒼羽は昨日の話をしているみたいだ。
「昨日サンキューな藤原」
そういえば蒼羽って昨日如月に告白して撃沈しているんだよな。大丈夫なのか。
「問題ない。俺も参加したかったんだ。健太が負傷してしまったのは残念だったが」
「ああ、そうだな。あ、たかは……」
蒼羽がこっち見て俺に話しかけようとした瞬間、如月が横にいるので途中で止めて引き攣った顔をしている。そりゃそうだよな。昨日の今日だからそんな簡単に傷は癒えないよな。
「その、もう大丈夫か」
なんとか堪えて様子を聞いてきた。
「大丈夫だよ。ありがとうな」
「なら良かった」
「藤原も、俺の代わりに出てくれて、しかも勝つなんて。頼もしい限りだ」
「そうなるよう努めているからな。大丈夫で何よりだ」
二人はまた東雲の方へ向いた。
「き、気まずい……」
「何が? ああ、あの人。だからクラス内同士で告白するリスクを考えろと……」
いざ目の前でやられるとこんな気まずいとはな。
「翔陽、聞いたぞ。一回戦で成す術もなく敗れるとはな」
「ご、ごめん……」
「謝る必要はない。だが、もう少し運動はすべきだ」
「なら、サッカー部の練習に入ってみるか? 勿論サッカーをやれというわけではなくトレーニングを一緒に」
「あ、いやその……ありがたいですけど……」
「良い機会だ。これを機にもっと体を動かしたほうが良い」
「ひぇぇ……」
哀れ東雲。その二人に対抗するにはもっとコミュ力を鍛えないといけないぞ。
「何か、色々と大変だなあいつも」
「東雲はもっと鍛えるべき。中身が伴わないと」
「中身、か」
そう思うと俺なんか全く両方ともダメダメだな。分かってはいるものの改善しようとしていない。動けていない。
その点藤原も如月も凄いよな。顔も体も運動神経から勉強まで何もかもが雲の上の存在。何で彼らはあんなになれるのだろうか。俺とどう違うのだろうか。環境の差なのか、自尊心からなのか。
結局、何をしても駄目だと思っている俺は自尊心の欠片もなく、動こうとしない。
動いたとしても、結果は見るまでもなく残酷だ。
今回のスポーツ大会も練習したところで頭を打って終わり。悪く言ってしまえば藤原のヒーローショーの踏み台となったわけだ。
凡人がいくら努力しようが本物には勝てないのさ。
「何、考えているの」
「……え?」
「ずっと黙っているから。別に話したくないなら話さなくていい。……じゃ、私は席に戻るから」
折角如月が隣に来てくれたのに何考え事しているんだよバカが。
「東雲、是非運動をしよう」
「如月さんまで……!」
如月も東雲のいじりに参加している。彼女ってああいうのもするんだな。
「よっ、昨日無事に帰れたみたいだな」
入れ替わりで夢咲が話しかけてきた。
「ああ、うん。昨日はありがとうな。色々と」
「気にすんなよ! あたしも寝てリフレッシュしたしさ」
けど、どこか夢咲の表情はひきつっているように見えた。
「じゃ、それだけだから! 龍司〜!」
俺から離れると今度は藤原へ抱きついた。全く、あいつの藤原好きには敵わないな。
皆がそれぞれのグループで話し合っている。俺は一人になった。俺は自分で動かない限り誰かを引き留めることはできない。
けど丁度良い機会だ。改めてスポーツ大会の反省をしよう。
今回のスポーツ大会は俺自身、何もなし得ていないと思っていた。結果は最悪。それでも、以前より皆と話す機会が増えたように感じた。蒼羽とはまともに話したことはなかったけど、良い奴だし、今度失恋話でも聞かせてもらおうかな。
去年と比べれば大幅に俺の望んでいたイベントは増えた。何事もない日々。他愛無い会話。それが毎日だった去年と比べればずっと。
次の大きなイベントは期末試験だ。それまでに梅雨が来て、また何かあるのだろうか。
何にせよ本業である勉強を出来るようにしないと如月と話し続けることは出来ない。今から勉強モードに入ろう。
この決心をしてから梅雨に入るまではあっという間に時間は溶けていった。
「本日のラインナップです」
テレビで梅雨入りした事が報じられる。まだ今日はこの地域だと雨は降らないみたいだが明日は雨か。そろそろいつ降られても良いように折りたたみ傘でも入れておこうかな。
「先日公表されました次世代型デバイスについてですがーー」
そういえばスマホに代わる新しいウェアラブル端末が発表されたんだっけか。あれも藤原の親が関わっているんだろう。まあ、一般人の俺に手が届く頃には俺はもう大人になっていると思う。
「いってきます」
朝食と準備を済ませて学校に行った。
なんか、雲行き怪しいな。最近の予報は全然当たらない。予報のシステムは旧態依然だ。といっても、完全に予測することなど不可能だしな。折りたたみ傘を持ってきておいて正解だった。
今日も今日とて勉強に勤しんだ。放課後一人で図書館に籠る。まだこの時期だとギャルズと如月はいないみたいだしスタートダッシュは出来ているな。
今のところ範囲の復習も全然分からないというところはない。このまま調子を落とさずにいけば前よりも伸ばせそうだ。
一度休憩をしようと姿勢を崩すと雨の音が聞こえてきた。集中してて全然聞こえてなかったな。
それにしても結構降っている。傘がないとしんどいな。昇降口側の窓を見ると鞄を傘代わりにして走っている生徒が見られる。そりゃ朝降らないって言われたら普通は持ってこないよな。
このまま降り続けられると厄介だし俺も帰るか。帰って勉強の続きをしよう。
昇降口まで降りていくと一人、女子が佇んでいた。黒髪ロン毛。一瞬如月かと思ったが知らない人だ。如月より髪が整っている。傘が無くて帰れないのだろうか。
「……」
ああ、こういう時俺はどうすれば良いのだろうな。知らない人に傘を貸すとかあんなのフィクションの世界だけだ。返ってくる保証なんてどこにもない。相合傘なんてもっての外。
けど、このまま見過ごしたら俺はそれこそただの一般高校生、背景モブのままだ。
決めた。やっぱり貸そう。この際返ってこなくてもいい。また買えば良いのだから。
「あの、これ」
顔も見ないまま紺色の折りたたみ傘を渡し、俺は返事も聞かないうちに走り出した。
「ああ、くそ! やっちまった!」
この先の事なんて知るか!
俺は帰る!
ずぶ濡れになった俺はシャワーを浴び、今度はちゃんと乾かす。風邪をそう何度も引くわけにはいかない。
その後リビングで勉強を始めた。部屋に戻ると誘惑が多すぎる。
「あれ、兄さん勉強?」
郁が帰ってきて俺を見つける。珍しく普通の反応だ。そりゃ勉強している奴が勉強している奴を見て揶揄するのはおかしいものな。
「ああ。負けられないんだ」
「ふーん。ま、頑張ればいいんじゃない」
「そっちもな」
「うん。お互いにね」
何か、久々に郁とまともに話せた気がする。話す言葉は短くても棘のない会話。郁と少しだけ向き合えた気がした。
次の日。
「健太ーお呼び出しだぜ」
「え?」
颯人が教室の入り口で手を招いている。
「やるじゃんお前も」
「はあ? 何言ってんだお前」
気味が悪いぞ。
教室の外に出ると昨日の黒髪さんがいた。よく見ると結構スレンダーな体型だ。顔が良い。
「これ、ありがとう」
昨日あげた傘が返ってきた。まさか、本当に返ってくるとは思わなかった。
「あ、うん。ところで何でこのクラスだと分かったの?」
「名前、書いてあるから」
そういえばこれ昔から使っているから母が名前を書いていたのか。
「でも、名前だけで分かるものなのか?」
「生徒名簿が生徒会にあるからそれくらいはね」
それで照合したというのか。アナログなやり方だが凄いな。
けど、それより生徒会室に入れるのは関係者くらいのはずなのだが生徒会メンバーなのだろうか。
「生徒会?」
「ええ。私、元生徒会長の縁時雨。去年やっていたんだけど覚えてなかったかな」
その出会いはあまりにも衝撃的だった。
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