第5話 ラブコメにおけるサッカー部は大抵クズだが蒼羽は主人公属性持ちなので良いやつだったりする

 スポーツ大会当日。俺のクラスは何というか戦力が揃っている。サッカーでは蒼羽から始まり野球では颯人がいる。バスケでは如月がーーとはいっても彼女に関しては運動神経がどんなものか見たわけではないので未知数ではある。


 そんな中俺はというと、まるでだめだ。運動神経がないというわけではない。至って普通。ただそれだけ。器用貧乏というかある程度できるがそれ以上の実力は持てない、という感じ。バスケならまだなんとかなったかもしれないが選ぶ権利すらなかったのだ。


 サッカーなんて授業でやる程度しかなく、まともに足にボールを当てられない。だというのに人数埋め合わせで入れやがる。


 結局、蒼羽が活躍するだけだ。俺はその為のお膳立てでしかない。


 ちなみに蒼羽がどれだけの実力か改めて言うと、スポーツ系の、それこそサッカーを題材にした漫画の主人公だ。かつてはこの学校も名門だったという。この十数年で地に落ちてしまった。そこで蒼羽が入部し、一気に去年は全国大会まで行ってしまった。普通ならあり得ない。ただ蒼羽がいるだけでチームの実力は底上げされる。ゲームで言えばバッファーのような存在。それだけでなくアタッカー、もといフォワードとして活躍する。


 嘘みたいな現実。それが蒼羽だ。当然、モテる。かつてはそんな感じで野球界や将棋界にもフィクションの世界から飛び出した人間がいたというが、正に今その男がクラスにいる。


「お、高橋ーそのシンガード付けてきたか。頑張ろうぜ」


 今まであまり会話をしてきてなかったが普通に会話出来そうだ。


「精々足を引っ張らないように頑張るよ」


 そうだ。負けてはならない。優勝しか有り得ない。俺のせいで蒼羽が負けるなんてことはあってはならないのだ。


「そう気張るなよ。ただのクラス同士の試合だ。高橋はやれることをやってくれたら良いから」


「それでもさ。というか、蒼羽と俺以外膝当て付けてないのな」


「そうだろうなー所詮はって感じだし」


「結局、素人同士の試合だからか」


「そうだな。でもだからこそ俺は本気だよ」


 俺には適当で良いって言うくせに本人は勝つ気満々だ。


 こりゃ確かにモテるな。この爽やかなフェイスからは思えない情熱。見えないけど赤いオーラが見える。名字は蒼なのに。


「しっかり柔軟やっとけよ。怪我は勘弁な」


「お、おう」


 試合までまだ三十分くらいある。柔軟が終わったら他の試合でも観に行こうかな。


 クラスの女子バスケが十分後、野球が十五分後か。今やっているのはテニスか。テニスって誰だっけ。組み合わせリストどこいったっけ。いや、決めた当日にいないから持ってないのか。


「ってまじかよ……」


 テニスコートに行くと東雲がいた。が、もちろん運動などろくにしていない東雲がまともに出来るわけがない。


 サーブは基本的にダブルフォルト。レシーブは追いつかない。


 というかクラスにテニスが得意なのいなかったのか。こんなの公開処刑だろ。


「あのイケメンの子って顔だけだったんだー」


 勝手に期待して勝手に失望している奴発見。まあでもこれで東雲に言い寄る奴らも減るかな。ある意味で良かったのではないだろうか。


「最悪」


 気付いたら隣に如月がいた。もう後数分でバスケ始まるけど大丈夫なのか。


「最悪って何が最悪なんだ」


「ああいう人たち。噂に踊らされたり、顔だけで判断して言い寄る人達。それで運動神経がないと分かった途端離れていく。それって本当に最悪」


「俺も考えていたよ。多分夢咲も見てたら同じことを言いそうだ」


「そっか。類は友を呼ぶというし、私達は似ているのかもね」


 俺は全然顔は良くないけどな、という自虐を心に秘めた。


「前に同情するって言ってたけどこれで分かったでしょ」


「そうだな……っていうか試合もうすぐで始まるけど大丈夫か?」


「あ、しまった」


 素で忘れていたのかよ。


「東雲の仇は私が取る」


 とりあえず東雲に話をするだけして如月の試合を観にいこう。


「お疲れ様」


 疲れてぐったりしている東雲にスポドリを渡す。


「あ、ありがとう……嫌なところ見せちゃったね」


「何言ってんだ。素人がテニスなんかできるわけねえだろうが。それを勝手に期待した馬鹿どもが悪いんだよ」


「そう、だけどさ……でももうちょっと上手くやれたらな」


「なんだ? テニスでもやるのか?」


「そういうわけじゃないけど……」


 何だそりゃ。よく分からないな。


「そうかい。とりあえず今から如月の試合あるけど観に行こうぜ」


「あ、うん、そうだね」


 如月が仇を討つと言っていたし見せた方が良いよな。


 体育館に行くと試合が始まっていた。夢咲も出場しているのか。


 点差は……えぐいな。13-2。このペースだと圧倒的に俺のクラスが勝つ可能性が高い。


 それにしても、白Tにハーフパンツ、その上ビブスというのはここでしか得られない栄養素だ。二人とも凄く良い。


 って冗談を考えている場合ではない。


 如月、あのリボンちゃんと付けてくれているんだな。何というか嬉しい。


 夢咲はそれを見て何を思うだろうか。明らかに時系列として俺が買ったものと認識するだろうし。俺はあくまでも表向きには妹に、って事にしていたから。後で夢咲に何か言われそうだ。


「みぃんちゃには負けない」


「私も」


 もはや相手クラスではなく身内同士で点の取り合いになっていた。それにしても二人とも上手いな。


 気付けばスコアは31-6になっていた。どんどん点差が離れていく。


 っと、そろそろ野球も始まるな。颯人にも顔を出さないと。


「東雲、悪いが俺は野球観に行く。お前はここで残ってちゃんと最後まで見届けろ」


「え? あー……うん、分かった」


 これで東雲は試合の続きを見ているだろう。


 球場に行く。男子が野球で女子がソフトボールで試合は野球が終わった後にソフトが始まる。時間の都合でこの二競技に関しては各クラスから二人ずつ選出され前半組と後半組に分かれて一試合だけ行う。ルールは指名制があるので十人ずつだ。問題は7イニングも投げられるのだろうか。疲れたら内野か外野の誰かと交代するとか? その辺のルールは曖昧だ。


 颯人は小学の時にやっていたらしいので投手で出場する。他のメンバーは殆ど未経験。敵チームに野球部が固まっている。こりゃ勝敗は見えたな。


 試合が開始する。攻撃は敵チームから。颯人、あんまり力みすぎるなよ。


「颯人ー!」


 颯人を応援する声が聞こえたのでその方を見たら彼女である九十九だった。


 あの子自分の試合とか大丈夫なのだろうか。


 颯人はサムズアップで応えていた。ちゃんと届いている。


 そして一球目が投げられる。


「はっや……」


 初球はストレート。見逃しストライク。電光掲示板には138km/hの表示となっていた。あいつ絶対裏でずっと練習していただろ。プロでは当たり前のように150前後が見られるが、これはプロであるからであって殆ど素人では100を超える事はまずない。つまり彼は相当練習しているのである。


 次は遅めのフォーク。空振り。さらにその次はチェンジアップでタイミングをずらして空振り三振。いきなり三球三振を見せてきた。


 あいつ変化球当然のように投げるな。コントロールも良いし今でも野球部に所属していたらプロに行けたんじゃないのか。


 っと、そろそろ自分の試合の準備をしないと。


「帰ってきたか」


 皆を見て思う。東雲は仕方ないとして皆何かしらスポーツの特技があるのだなと。俺にはそんなのない。ただただ足を引っ張らないようにだけはしないと。俺はディフェンダー。とにかく点を取らせるだけは阻止しないと。ただ絶対起点は出来ないしクリアは下手くそだから上手いやつに渡すしかない。


「さっきも言ったと思うけどあんまり気負うなよ。俺に任せろ。よし、皆集合!」


 蒼羽の一声で全員が集まる。作戦は次の通りだ。基本的に蒼羽にボールを集中させる。隙を見たらそのままシュートを決めるし空いている奴がいたらパスするから油断はしないようにとのこと。蒼羽のワンマンプレイに思えるがこれに反感するものはいない。それほどまでに彼の実力は知られている。


 一方で蒼羽が徹底マークされてしまうだろう。これをどう対処するのか。ここに彼の真価が問われる。


 そして試合が開始する。


 俺は遠くで眺めているだけだった。開始一分で蒼羽はすぐに敵地を駆け抜けゴールを決める。


「まずは一本!」


 ここまでは想定通りと言っても良い。問題はここからだ。相手チームからの攻撃を止めないと。


 ボールが近くに飛んでくる。なんとかしないと。体は動く。後は当てて遠くに飛ばすだけ。


 頭では分かっている。それでも思うようにいかない。


 すぐそこにあるボールを空振り、姿勢を崩す。


「まずっ……」


 その隙を相手に狙われ、ゴールを決められる。


「ドンマイ高橋! 次行こう!」


 俺のミスなど起きるものだと言わんばかりだ。もしやノーガードで行くつもりか。


 次の攻撃は案の定蒼羽に三人も付いていた。が、えぐいところにパスを出す。的確にゴールが狙いやすい位置に。そしてそこには相手がいない。キーパーも蒼羽に気を取られている。


そして受け取った後は少しゆっくりと確実なシュートを決める。


「ナァイス!」


 これがエースの実力。素人相手じゃ太刀打ちできない。


 こりゃ確かにあいつはバッファーだわ。決めたら褒めるしミスしても次行こうと言う。やる気が出ないはずがない。


 このまま一気に流れはこちらに向き、開始五分で三点も取れてしまった。


 試合は残り十分。かなり短縮制だが時間の都合上仕方がない。もう守れるなら守る。それしかない。


 再びボールが飛んできた。ヘディングはダメだ。絶対あらぬ方向に飛んでいく。落ち着いてトラップして逃す。これだ。


「高橋」


 俺を呼ぶ女子の声が遠くから聞こえる。ちらりと見るとそこには如月がいた。


 うわあ、見られているよ。またミスしたらこれはこれでメンタルに来る。


 人生上手くいかないってのは分かっている。けど、ここだけは譲れない。


 トラップをする。が、痛い。上手くやるコツなんて知らない。受け止めるというより弾いてしまった。


 けど、まだだ!


 まだボールに相手が追いついていない。何とか走り追いつく。そしてクリア。とにかく遠くへ。


 たまたまラインを越えずに向こうに飛んでいった。


 その瞬間蒼羽が歯を見せて笑ったように見えた。


 一気に逆サイドから詰め、ボールを自分の物にする。そしてそのままミドルシュート。完全に不意打ちでキーパーの動きが鈍る。何とか食らいつこうとするが軌道が変わり、ゴールする。


「しゃあっ!」


 あれ、これって俺アシストになるの。よく分かんねえ。パスのつもりじゃなかったし。


 その後はパス回しで相手にボールを譲らずに試合が終わった。


「一試合目お疲れさん! 次も頑張っていこう!」


 たった十五分だけだったので彼の体力は有り余っている。一方俺はちょっと動いただけなのにしんどい。


「高橋さっきのは良かったぞ! ちなみにトラップのやり方なんだがーー」


 こいつは本当に何なんだろうな。太陽かよ。


 トラップのコツだけ教えてもらって休憩に入った。


「お疲れ」


 如月と東雲がこっちにやってきた。


「あれ、その二人なのか」


「夢咲は飲み物買いに行ったから。東雲が高橋に見てろって言われたから見てたらしい」


「そりゃ仇討ちとかいうから見せないとって思ってだな」


「確かに」


「……え、そんな話を」


「そう。だから全力を出した」


「結果は?」


「70対18」


 ぼこぼこにしてるじゃねえか。こっわ。


「夢咲と取り合いしてたら後半失速してしまった」


 いやそういう問題ではないと思う。


「いがみあっていたよね……」


「まじか」


「まあうん、そうだね。ところでさ、さっきの最後らへん良かったね。見てたよ」


「頑張った」


 そりゃ見られているからには良いところを見せたくなるってのが男なんですよ。




「みぃんちゃ飲み物買ってきたよ〜。お、そっちも終わったか。……じゃ、ちょっと話あるからこっち来ようか」


 もしかしてリボンの件か。もしかしなくてもそうだ。


「いってらっしゃい」


 涼しげな顔で言われても困るんだけどなあ。


 二人には聞こえない距離まで遠ざかった。


「みぃんちゃの付けてるアレ、あんたが渡したの」


「そ、そうだけど……」


 こ、こええ。過去一怖いんだけど。めっちゃ睨んできている。


「へえ。嘘、ついたんだ」


「う、嘘って……」


「妹にあげる、じゃなかったの? なんで素直にみぃんちゃにあげるって言わなかったの? ねぇ、なんで?」


「それは……」


口籠るとより一層目付きが鋭くなる。ええい、もうどうとでもなれ。


「は、恥ずかしかったんだよ……如月に渡したいって言ったら何言われるか分からなかったし……」


「あんたあたしの性格知っててそれ言ってんの? まじ? いつあたしがあんたをバカにした? ……もう良い。もう二度とあんなことはしない。話しかけてもほしくない」


 そう言って夢咲は如月の方へ行った。


 俺ってつくづくバカだと思う。彼女の言う通りだ。きっと、誠意を込めて如月にお返ししたいって言えば良かったんだ。そうすれば彼女は応えてくれた。


 逃げたのは俺だ。


 夢咲の気持ちをふいにした結果かがこうなった。


 これから彼女とどう接すれば良いんだ。女子のカーストトップと仲が悪くなれば女子からの扱いも悪くなる。彼女自身は何もしないだろうが、周りが空気を読んで攻撃してくる。


 俺の高校生活は今度こそ終わった。これから先いじめとかあるんだろうな。でも俺が悪いことなんだし、受け入れるべきなのだろうか。


 如月のところには戻れないし空いている時間は練習でもしようかな。


「おっ、練習してんな」


 グラウンドの隅でリフティングの練習をしていると蒼羽がやってきた。


「さっきの試合全然ダメだったからもう少し、あ、やべ……っと、練習しないとだな」


 話しながらだと集中が切れてボールがあらぬ方へ飛んでいった。


「だが最後の得点はお前が上手くやったおかげだ」


「たまたまだよ。それに決めたのは蒼羽だし。全力で逆サイ行ってさ。すげえよな」


「そこはほら、サッカー部として威を示さないとな」


「そ、そうか……」


「ところでさ」


 急に話が変わった。それは俺の聞きたくない話だった。


「この大会優勝した後如月に告白しようと思ってる」


「え? ぁいだっ⁉︎」


蒼羽から告白の話をされた瞬間ボールは高く上がり頭にぶつける。


「お、おい大丈夫か」


「まあ……」


 それよりも優勝する前提なのな。負ける気はさらさらないと。


「今まで絡んでなかったけどこの前買い物に行った時さ、良い人だと思ったんだよな。色々真剣に考えていてさ」


「そうか」


「高橋って如月とよく話すよな?」


「そうだけど、どうかしたのか」


「付き合っては」


「それはない」


「分かった。一応確認はしておこうかと思って。じゃ、終わったら言ってくる」


 蒼羽は悪いやつじゃないしむしろ良いやつだ。こうやって確認すらしてくる。今まで話したことはなかったけど今日一日で分かった。


 俺は蒼羽には勝てない。


 後は如月がどう答えるか、もうそれに託すしかなかった。


 試合まで他の競技に目をくれずただ練習をしていた。


 続く第二試合も蒼羽が大活躍して勝った。俺は結局ボールを弾いて逃すことしかできない。練習すればするほど蒼羽との差を実感する。


 次の準決勝は昼休みが終わってから。今日は一人で食べるか。


 練習していた場所で密かに弁当を食べていた。


 誰も来ない。いや、期待はしているつもりはないが、今まで誰かと一緒に食べていたから変な気分だ。やっぱり俺という存在は自ら動いて話しかけない限り誰かと一緒にはいられないのだ。向こうから来てくれる人なんていない。それはただの甘えでしかない。俺は何者でもないのだから。


 弁当を食べ終えて軽く柔軟をする。そしてまた練習を再開した。


 準決勝では流石に相手も手強い。僅差での勝利となった。俺は引き続き大して活躍もできず、蒼羽は空を舞うかのように自由自在にボールをコントロールしていた。


「……こんなところにいたんだ」


 決勝までのクールタイムの間、練習をしていると東雲がやってきた。


「東雲か……」


「僕はもう初戦で負けちゃったからフリーでね……探していたんだよ。……あれから顔見せなかったし」


「足引っ張ってるからさ、何とかしねえとって」


「でも、それって付け焼き刃じゃないの」


「それでも、だ。あいつを見てたらやらないといけないと思って」


「蒼羽君か……」


「そう! それにここまで来たら優勝したい。優勝してあいつの願いも叶えさせてやりたい」


「願い?」


「優勝しなきゃ告白できねえんだとさ」


「え、告白? 誰に……」


「如月だよ」


「そ、そうなんだ……でも、良い感じになりそう。前の噂でも良い感じだって」


「だろうな」


「でも……それで良いの?」


「え?」


「高橋君って如月さんのこと好きなんじゃないの」


 突然のことに体が固まってしまった。


 ボールはバウンドし、ゆっくりと転がっていく。


 何でバレた。


「な、なんでそうなる」


「だって、普段付けてないリボンのこと聞いたら高橋君から貰ったって」


「あ、あれか……け、けどそれはこれだよこれ」


 脛当てを指差す。


「これとは?」


「これ貰ったからお返ししただけ。それだけだから!」


「そ、そうなんだ……よく分かんないなあ」


「分からなくていいよ。俺も分からん。何でくれたのか」


「逆のパターンはなさそうだし……何でだろうね」


 しれっと今如月が俺のこと好きではなさそうだという推測を入れやがった。


「と、とにかくもう決勝始まるから」


「あ、うん……いってらっしゃい」


「ま、精々足掻くところ見てくれよな」


 そして俺はフィールドに向かった。


 決勝の相手はサッカー部が六人もいる。いくら蒼羽でもサッカー部が複数いると厳しいのではないのか。


「蒼羽ァ……普段お前と敵になることなんてねえからよ……ぜってぇぶっ潰す」


「おう、やってみろやってみろ。面白いことになりそうだ」


 これが強者の余裕というやつか。


「なら遠慮なく行かせてもらうぜ!」


 決勝戦だけは前半後半があり、合計三十分だ。そのうち前半はひたすら競り合いをしていてお互い得点にはならなかった。


「流石にきっびしいなあ。あの包囲網を潜り抜けた先にキーパーがあいつか。もう一人経験者がいれば余裕だが」


 こっちの経験者は蒼羽以外いない。俺も助けることなんて出来ないし。


 ああ、こういう時に藤原がいてくれたら余裕だったんだろうな。


 後半に入っても均衡は破られない。と思っていたら突如崩れだした。流石に蒼羽も六人を相手にすると体力の消耗が激しく、遂にゴール近くまでボールが運ばれてしまった。


 まずい、なんとかしてゴールだけは阻止しないと。今こそ練習の成果を見せる時だ。


 今にもシュートを打ちそうな相手に目掛けてダッシュする。間に合ってくれ。


「間に合え……っ!」


 このままじゃ阻止できない。なら、飛んで少しでも距離を稼ぐ。


「届けっ!」


 シュートを打ってきた。その瞬間俺は既に飛び出し、体で受け止めようとする。が、距離が足らずに頭にぶつける。


「ごっ……」


 何だ、これ。どうなっているんだ。


「高橋!」


 何で俺呼ばれてんだ。


 意識がーー。


ーー


「……ん」


 ここ、何処だ。


 カーテンで仕切られている。ということは保健室か。


「起きたみたいね」


 保健室の先生が話しかけてきた。影で判断したみたいだ。


「先生、あの……」


「まだ危ないから体を動かしたり話したりしたらダメ。ゆっくり横になって」


 そう言ってカーテンを開けてきて俺を枕に戻す。


「多分混乱してると思うから一応説明だけ。スポーツ大会のサッカーの決勝で貴方はボールが頭にぶつかり一時的に意識を失ってしまった。とりあえず今は安静。悪化しそうならすぐに救急車を呼ぶわ」


 ああ、そうか。あの時、そうなったのか。


 痛い。考え事も今はやめた方がいいか。


「決勝はどうなったんですか」


「貴方のクラスの勝ちよ」


「え?」


 あそこからどうやって勝ったんだ。


「もうすぐ閉会式が終わる頃。多分誰かが見にきてくれるから詳細はまた後ほど。今はとにかくゆっくり落ち着いて」


 先生はカーテンを閉めた。


「……はい」


 しばらくぼーっとしていると段々頭が楽になってきた。そろそろ眠くなってきた。


 と、その時扉が開く。


「高橋の容態は」


 何か聞き慣れた声が聞こえる。


「今は大丈夫。けど、貴方を見たら脳に影響を与えるかも」


「ですね。ふむ……どうしたものか」


「別の誰かにお願いするとかは」


「そうしたいところですが、やはり俺が説明をしておきべきかと」


「……分かりました。許可をします」


「ありがとうございます」


 その声は今日本にいない人物のはずだ。何故ここに。


 カーテンを開けられると予想していた人物がそこにいた。


「大丈夫か? 健太」


 その声の正体は藤原だ。


「なんで、藤原がここに……」


「留学を早く切り上げられそうだったから切り上げてきた。帰国してさっさと学校に戻ってきたらこれだったわけだ」


「まじか……」


 最強存在が帰ってきてしまった。というか留学って切り上げられるものなの。優秀すぎてもう不要になったということなのか? こいつの存在は規格外すぎて何も分からない。


「それで、空いた穴があったので埋めてきた。スポーツ大会は俺も出たかったんだよね。テストはリモートで出来るがスポーツはその場にいないと」


「空いた穴……?」


「健太だよ。サッカーで人員が欠けたので俺が代わりに入った」


「えっ……勝手に入って良いのかよ」


「同じクラスだから許可してもらったよ」


 こいつの事だからただでは済まさない感じで許可をもらったのだろうな。


「んな無茶な……」


「よく言われるであろう? 主役は遅れてくるとな」


「そ、そうかもしれないけど」


 というよりこいつは自分が主役である自覚をしているんだよな。そりゃそれだけ恵まれていれば自覚もするか。


「そして勝った。残り九分で三点奪ってな」


 嘘だろ。平均三分で一点とかどんな世界だよ。蒼羽が藤原と組めばサッカー部なんて目じゃない。やはり異次元の強さだ。


「そうか……」


「他にも伝えることがある」


 クラスの全ての試合結果を教えてもらった。結局、優勝したのはサッカーだけ。野球は準決勝まで颯人が完封で制していたが流石に肩の調子が悪くなって敗退してしまった。バスケは昼休み以降夢咲が調子を落として敗退。テニスは言わずもがな。残るソフト、ドッヂ、バレー、そしてオセロは準決勝にすら辿り着けなかった。


「以上で報告終わり。何か他に聞きたいことは」


「ゆ……夢咲は大丈夫なのか」


「ふむ……俺から伝えられることは特にない。彼女自身から聞くのだな」


「いや、でも、俺……話しかけんなって言われてて」


「そうか。なら、好きにするが良い。俺は何も言わない。他には何かあるか?」


「いや、特には……報告してくれてありがとう藤原」


「ああ。俺はもう帰るよ。元々留学から戻ってきて再度登校する為の手続きをしに来ていただけだからな」


「あ、ああ。じゃあな。また」


「うむ、またな」


 あ、一つ聞き忘れていた。優勝したから蒼羽は如月に告白したんだよな。


「高橋、いるか?」


 丁度思っていた相手が来た。


「蒼羽、こっち」


 カーテン越しに呼ぶとすぐに来た。


「大丈夫なのか?」


「まあ、多分……? 安静しろとは言われてるけど」


「そっか……心配したぞ」


「わりぃな、あんな手段しかなくて。練習も、あんまり意味なかったし」


「そんな事はない。たまたま打ちどころが悪かっただけだ。それに、あの時高橋がブロックをしてくれなかったらきっと点を取られていた。だから、ありがとう。そしてすまない」


「べ、別に……良いよ。ところで告白はどうだった」


「まだやってないぞ。流石に、怪我人ほったらかしにして告りに行くほど俺は馬鹿じゃない」


「あ、そうなのか……けど、行っていいよ。俺のことは良いから」


「いやけどさ」


「……行けよ。行ってくれ」


 告白してほしくないという気持ちはある。恐らくしても如月は断るだろう。だが蒼羽は良い奴すぎるんだよ。なんで別れたのか分からないくらいに。漫画だと大抵このポジションにいる奴は嫌な奴なんだ。だけどこいつは違う。


 断るという確証は得られない。けど、もやもやしたまま終わるのだけは嫌だ。


「そ、そうか。なら、行ってくる! ありがとな、高橋」


「ああ」


 蒼羽は保健室から出ていった。


 それにしてもイケメン二人が俺の見舞いに来てくれるって中々のものだな。俺が女だったら舞い上がって頭から血が噴き出すかもしれない。


 二人だけではなかった。入れ替わりで東雲が入ってきた。


「あれ、蒼羽君凄い走っていったような……」


「東雲」


「高橋君大丈夫なの?」


「もう大丈夫だ。多分」


「そっか、良かった……」


「よっ、健太。調子は?」


 颯人まで来た。九十九も一緒にいる。


「大丈夫だって。というか九十九……さんも」


「あんたが倒れると颯人に影響が出るから仕方なくついて来ただけ」


 何というか、ヤンからツンになっているような気がする。


「えっと……僕はこれで」


「東雲、別に良いぞ。遠慮するなよ」


「そうそう! 全然オッケー!」


「静かに」


 颯人が大声を出してしまったので怒られてしまった。九十九が先生に物凄い目付きで睨んでいる。


「けど、なんかあれだな。何か持ってくりゃ良かったな」


「あ、じゃあ……飲み物を……って保健室って良いんでしたっけ」


「だめだったはず」


「うーん……」


「ま、まあ仕方ないし暇なら別に良いんだよ外に出ても」


 俺は誰かに来てもらえるだけで嬉しいから。


「じゃあ颯人、行こ?」


「お、おい……向日葵……じゃ、じゃあな健太。安静しろよ〜」


 九十九が無理矢理颯人を連れていってしまった。


「不思議な関係……だなあ」


「幼馴染同士で付き合うとああなるもんかな」


「色々とあったんだろうね……」


 あの手この手でハーレム展開になって幼馴染が負けそうになって最終的に勝ち取ったのならああなっても仕方がないがないよな。誰にも取られたくないって。まあその過去は何も知らんけど。


「それじゃ僕も戻るよ。帰りのホームルームには出ないといけないし」


「ああ、ありがとな東雲」


「うん。お大事に」


 東雲もまたクラスへと戻っていった。


 ここからもう来る人はいないだろうな。女子はきっと来ない。夢咲はあれだし、如月はきっと今頃……。


 ゆっくりと時間が過ぎていく。こうしている間にも世界は回っていて色んなことが起きている。俺は一人取り残されていくんだ。


 変わらない世界なんてない。無情で無常だ。一人になるとこんなことを思うなんてな。前までは考えたことすらなかったのに。


 考え事をしていると夕方になっていた。


「先生一旦外出るけど、まだ動いちゃダメだからね。最後まで面倒は見るから」


「ありがとうございます」


 多分もう皆帰る頃だろうな。俺も早く帰りたい。


 スマホも弄れないしまじで一人だとつまらない。安静していると無意味に考え事し始めてしまうし何なんだろうな。どうすれば良いんだ。


 その時、ドアがノックされる。


「失礼します」


 俺の前に現れたのは学校一の美少女だった。

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