第7話 生徒会の権限は思ったよりないものだ

「も、元生徒会長⁉︎」


 この縁時雨えにししぐれというのは去年の生徒会長だったのか。それにしてもエニシって聞いたことのない名字だな。こんなに珍しい名字なのに何で知らなかったんだろう。


「ちょ、ちょっと声大きいって」


「あ、ごめんなさい。えっと、生徒会とかまるで興味なかったから」


 制度は知っている程度で中身には興味がなさすぎたせいだろうか。


「なら仕方ないかも。あと、三年だから私。三年は生徒会長にはなれないから今は補佐に回ってるの」


 この高校の生徒会は二期生で四月から九月、十月から三月の前後半に別れる。受験の都合で二年の時にしか会長になれない。三年は前期までしかいられず、後期は引退という形で事実上の追い出しをされる。


「な、なるほど……」


 去年は特に気怠い毎日だったから生徒会なんて、と思っていたがこんな可愛い人が会長だったとは。誰に投票したかすら覚えてない。


 ひとまず年上なので敬語で話すべきだな。


「いやあ、予報だと降らないって言ってたからつい持ってこなかったんだ。だから貸してくれてありがとうね。次からは気をつけるよ」


「いえ、お気になさらず」


「それじゃ、私はこれで。あ、そうそう。生徒会は随時募集中だ。人手不足なんでね」


 そう言って元会長は手を振ってさよならを告げた。


「誰? 今の」


 後ろから急に如月が話しかけてきた。びっくりした。いや、本当に。


「うわっ、如月か」


「何、その出た、みたいな反応」


「や、違くて。えっと……今のは元会長だってさ」


「元会長……どういう関係?」


 如月は当然面識がない。やっぱちょっと似てるよな。生き別れの姉妹とかでは無さそうだけど。まあ人生生きていれば三人くらいは似ている人はいるみたいだしきっと他人の空似だ。


「昨日雨酷くて昇降口にいてさ、そん時傘貸しただけだよ。それで返してもらっただけ」


「ふーん、そう。返してもらってよかったね」


「そうだね。返されるとは思ってなかった」


「あげる前提だったんだ」


「そういうつもりはないんだけどな。ただ、何かほったらかしには出来なかったから」


「そっか」


「ところでさ、生徒会募集しているらしいけど如月とか興味ないの?」


「ないかな。生徒会なんて所詮小間使いでしかないから。それで勉強時間減らされて受験失敗したら元も子もない。内申に良い影響を及ぼすとは限らない」


 確かにな。生徒会が学校に影響を及ぼしているのは所詮漫画の世界だけだ。実際は地味で忙しいだけ。


「それに知ってる? 高校でいくら課外活動を頑張ったところで就職には全く影響しないから。そういうのは大学でやればいいのよ」


「はは……そうだね……」


 如月めっちゃボロクソに言っててあの人少し可哀想だなと思ってしまった。


「国立に行って学業と課外活動を両立させて正社員として就職して親を安心させる。人生っていうのはそんなものよ。高校は遊びに来るところじゃない」


 至極真っ当な意見だ。けど、それってつまらない人生だなとは思う。いつ遊ぶ。いつ息抜きをする。俺達は機械じゃない。そんな人生を送ってきたらいつか壊れる。若いうちに出来ることは限られている。と、俺は思う。


 青二才なのは分かっている。それでも自分の為に生きられない人生って何なんだろうな。そうやって心の中で反論した。


「何事も経験だぞ瞳美」


 色々考えていると藤原が入ってきた。


「どうかな」


「それはまだ瞳美が学業以外まともに経験していないからだ。どんな事であれ経験したことは自分の血となり肉となる。遊びもいつか誰かと交友関係を結ぶ時に使える。生徒会で培った先生とのコミュニケーションは就職先で上司と上手くやり取りが出来る可能性だってある」


「えらく肩を持つのね」


「当然さ。俺は副会長だからな」


 え、藤原って副会長なの。俺の無関心さに自分で驚いている。


「そう。……そうね、学年トップの貴方にそう言われると私は何も言えない」


「だろう?」


「……少し頭を冷やしてくる」


 藤原のおかげで如月はこれ以上ヒートアップする事はなく自分の席に戻っていった。


「流石だな」


「全てやり遂げる。それが俺の信条だ。ま、去年は生徒会に入る余裕がなくて生徒会長に立候補する権利が無かったからな。後期はなってみせるさ」


 会長へ立候補するには最低半期の生徒会活動を行わなければならない。だから、今は副会長か。いきなり副会長になれるのも凄いけどな。


 去年の藤原ってどうしていたっけ。あれ、まるで思い出せないな。いつの間にか仲良くなっていた気がする。


 それにしてもやはり如月と対等に話せるようになるにはテストで上回らないといけないみたいだ。藤原は満点野郎だからあらゆる言葉に説得力を持たせられる。


「父も生徒会長を務めていた。親を越えるには親以上の事をしなければ」


 もしかしたら、藤原も実は生きづらいのかもしれない。親の事を考えて生きている、なんて。結局、どこで生まれようとも親子関係というのはしがらみになってしまうのかもな。


「皆、大変だな」


「そうだな。皆どこか悩みや自覚のない苦しみを抱いて生きている。昔に比べれば自由に生きるというのは父のおかげでかなり出来るようになった。就職も求めれば当然のように出来て賃金も年々上昇している。どれだけ勉強ができなくても、な。しかし、やはりどこか縛られているんだ。俺も含めて」


「藤原……」


 やっぱり藤原も不自由に感じるところはあるのだな。


「さ、難しい話は終わりだ。俺達は高校生だ。高校生らしく学んで遊んでいこうではないか」


「あ、ああ」


 まさか元会長と出会ってこんな話をするとは思っていなかった。


「そういえば、会長ってなんて言うんだ?」


「健太……知らないのか。隣のクラスの天城結奈あまぎゆうなだぞ」


 えっと、名前からして女子だな。今のところ生徒会は女子ばかりだけどもしかして藤原のハーレム説……いやいや、それはないだろ。考えすぎだ。


「へえ、そうなのか。すまんな、興味なくて投票も適当にしてたし」


「……もう少し周りに目を向けるんだな」


「うぃっす」


 引いている藤原の顔を初めて見た。俺、こんなんだから背景なんだろうな。


「とにかく、後期は俺への投票をよろしく頼む」


「お、おう。余程の事がない限り入れるぞ」


 会長に立候補する奴なんてそんなにいないから大丈夫だろ。それにこいつのカリスマ性に勝る者はいない。


 予鈴が鳴り、席に着く。今日は予習してあるのですらすらと頭に入ってきた。




 明くる日は大雨だ。これで傘持ってきてない奴は盗まれたとかない限りいないだろう。


「今日は体育倉庫使えないからここで飯だな」


「俺らも屋上使えないしここだな。流石に東雲の囲いももう無くなったし平和に行けそうだ」


 今日の昼は俺と颯人と東雲で食べる事になった。


「最近どうだ?」


 東雲に聞くと「どう? ってどういう事?」と返されてしまう。


「女子からの誘いとか」


「あー……断りすぎて全くなくなっちゃった」


「お前って奴はつくづく……」


「はっはっはっ、こりゃ面白えな。折角のチャンスを無駄にしてしまう辺り根は変えられねえってか。まあ隣の人も同じだしな」


「うっせ……最近はまあそれなりにあるんだよ」


「へぇ。例えば」


「それは……言えない」


 言えば多分誤解されるだろうからやめておく。


「あっ、そういえばリボンあげてたよね」


「ちょ、おま」


 空気読めよ! これだからまともにコミュニケーションが取れない奴は困る。


「へぇ〜〜〜〜〜」


「なんだよ」


 くっそニヤついてきやがる。


「誰に渡したのか、お兄さんに言ってみ」


 そういや野球が結構上まで残ってたから如月のリボン見てないのか。


「……ああ、もう。如月だよ。ったく……」


「ふうううんなるほどねえええ」


「うっざ……」


 いくら親友と言えどこれはうざいぞ。


「まあやる事やってるしお兄さん安心したぞ」


 笑顔の絵文字みたいな顔していやがる。そんなに俺を揶揄からかいたいか。


「あと夢咲さん家に泊まったとかも聞いた」


「ちょ、東雲……!」


 まじでそれは誤解を招くだけだからやめろって。


 颯人が一呼吸置いてお茶を飲んでいたところを暴露したので俺に思い切り吹き掛けられる。うわ、きったな…‥最悪。


「は……まじ?」


「って如月さんが」


「それよりなんか拭きものねえのかよ。ベタベタなんだけど」


「ああ、悪い……わりとまじでそこは」


 颯人がハンカチを取り出した。


「ちょっとトイレで拭いてくる」


 トイレに行くと蒼羽が髪を整えていた。学校で鏡見ながら髪整えるってナルシストかと思ってたけどやっぱりモテるためには必要なんだろうな。


「ん、高橋か……ってなんだそりゃ!」


 ベタベタな俺を見て驚いている。この状態を見て驚かない奴はいない。


「ちょっと事故ってな」


 顔を洗い、濡れたところを拭く。あー早く帰りてえ。


「ついでだから俺のワックス使うか?」


「お、悪いな」


「つーか何があったんだ?」


「お茶ぶっかけられた」


 髪を整えながら説明する。


「喧嘩?」


「いや、碌でもない話に思わず颯人が吹き出して俺に掛かった。それだけ」


「災難だったな」


「本当だよ。ったく。東雲はもっと間の取り方とか空気読むとかコミュニケーション能力鍛えてくれってんだ」


「確かにあいつは疎いなそういうの。俺達がびしばし鍛えてやらねえと」


「そう、だな……」


 普通なら付いてこれない奴は切り捨てるけど、蒼羽はそんな事しない。真の陽キャだからな。俺も東雲を何とかしないと、と思ったからには最後まで付き合うさ。


 ところで、折角二人きりだしあの事を聞いておきたい。


「そういえばさ」


「ん?」


「告白の件だけど」


「あー……まあ俺が悪かったんだよ。色々とな。焦りすぎたせいもある」


「別れた直後だったから、って感じか」


 如月から直接断った理由は聞いているがぼかして言う。


「そういうこと」


「ちなみにさ、フったの? フラれたの?」


「フラれた。というか取られたというか……」


「え?」


 やっば、地雷かこれ。これ以上話さない方が良いかもしれない。


「サッカー一筋だからさ俺。あんまり構えなくて。そしたら他の男ができてた。結構ショックでさ……んで如月が眩しく見えたから思わず、な」


 なるほどな。偏見があると思うが蒼羽といえど構ってもらえないと繋ぎ止められないってことか。


「そっか……悪いな、そんな話させて」


「良いのさ。もう過ぎたことだ。あ、フラれたのは内緒にしておいてくれよな。俺とお前の仲だ」


「勿論」


「今はもうとにかくサッカーしかない。恋にうつつ抜かしてたらダメなんだって良く分かった」


「ああ、ああそうだな! いつか代表になって見返してやれ! お前が捨てた男はこんなビッグだったんだぞ! ってな」


「……そうだな! っしゃあ、やる気出てきた! 雨だろうが室内でやれることはある! じゃあな!」


 そう言って蒼羽はトイレから出ていった。俺と蒼羽の奇妙な友情が芽生えた気がした。


 俺も落ち着いたし戻るか。


「お、戻ってきたか。で、詳しく聞こうじゃないか」


「え、まだ続きするの」


 こっちはこっちで大変だ。


ーー


 今になって思えばこの大変さこそが青春なのかのかもしれない。


ーー


「当たり前だろ〜詳しく聞かないと夜しか眠れねえじゃねえか」


「いや寝てるじゃん」


 古典的なギャグを言うな。


「確かに……」


「ま、とにかく。話しなされ」


「あーもう分かったよ」


 誤解を解く為に何もなかったことを伝える。


「クソ真面目か!」


「え、ええ……」


「そこは! ほら! ハプニング的な! アレ!」


 いやあったけど。逆の立場で。でも言えるわけがないだろうが。


「据え膳なんとかってあったよね……」


 据え膳食わぬは男の恥、な。そもそもそんな状態ではなかった。


「据え膳ですらねえから。てか教室で大きな声出すなって」


 幸い、夢咲も如月も今この場にいなくて助かった。というか彼女らはどこで昼食を食べているのだろうか。


「本当になかったのか?」


「何もねえって。ないもんはない。俺も夢咲もそんな関係じゃない。ただの友人だよ」


「なんだ……つまんね」


「お前な」


 良いよな、そっちは幸せそうで何よりだ!


「で、東雲は本当に浮いた話ないのか?」


 また東雲をターゲットにし始めた。颯人って何だこんなに他人の色恋沙汰に興味を持つんだ。自分のが終わったからか?


「ないよ……でも、最近はあったら良いなって思ってしまった」


「お前なら余裕だろ……」


 僻み良くない。けど、そう思ってしまうほど顔が良い。


「どうせ僕なんて、って思って二次元ばかり見てたけどリアルも良いのかな。皆を見てるとさ。そう思うんだよね」


 それはな、お前が持っているからだよ。普通のオタクはそういう変化もないまま高校を終えてしまうんだ。ってこいつはオタクじゃねえか。いや、オタクだろ。趣味から察するに。


 俺も漫画好きだけど。べべべべ別にオタクじゃねえし! 俺そこいらのオタクとは一線を画しているし!


 ってなんだこの妄想。あほくさ。


「彼女はなあ良いぞ。色々と柔らかいし。良い匂いするし。その、なんだ、ゲームとかアニメとか漫画とかだと五感全てで味わえないぞ」


「なんか、いやらしいぞお前……」


 颯人も颯人で気持ち悪い。いきなり何を言い出すんだ。


「わー健太がエッチな妄想してるー!」


「お前な……」


 そりゃ、思わなくはないけど。いや思うだろそんな言い方をされたら普通はよ。


 九十九が颯人の彼女で良かったよ。ある意味でお似合いだわ。


「高橋君変な妄想してた⁉︎」


「お前もしてるだろどうせ」


「し、してないけど!」


 その反応からして絶対嘘だな。


「男子って本当バカな話するよねー」


「エッチな妄想って何?」


 げ、夢咲と如月が帰ってきた。なんというタイミングで帰ってくるんだ。


「や、その違くてだな。こいつが勝手に話を膨らましてるだけだ」


「違うところ膨らんでそうだよな」


 お前本当にいい加減にしろよ。彼女持ちだからって余裕そうに。


「へー……ま、それよりも」


 良かった、夢咲が話を切り替えてくれそうだ。


「あたし達生徒会に入りましたー! いえー!」


「……え?」


 え、ちょっとごめん。上手く聞き取れなかった。今なんて言った? 生徒会?


「よくよく考えればさぁ、生徒会に入れば龍司ともっと一緒に居られるじゃん? だから入ったってわけ。入るだけなら簡単だし」


「それは分かるけどなんで如月が?」


 昨日あれだけボロクソに言っていたのに。この気の変わりようは何だ。女心ってやつなのか。


「それは藤原の言っていた事を思い返したから。何事も経験。彼が生徒会をやりながら勉強もできるなら私だってできるはず」


 なるほど、対抗心か。そりゃ頂上決戦だものな。学力に負けているだけでなく生徒会にいたらそりゃ入って上に立ちたくなるものか。


 藤原って本当に人を動かすよな。如月ですら動かした。はあ、あのチート主人公兼ラスボスにまるで勝てる気がしない。


 にしても、これは後期の会長選でバチバチにやり合うかもしれない。今入ったことで会長に立候補できる権利は取得したし。


 もしそれが現実になったのだとしたら俺はどちらを選ぶべきか。


 昨日ああ言った手前だが、どうやら余程の事が起きそうだ。


 ……ん? ところで生徒会に二人女子が入ったことで女子率更に上がっていないか。おいおい、本格的にハーレムものかよ。くぅ、改めてこの世界の主人公はあいつだと思い知らされる。


「このままじゃビーエスエスに……」


「何言ってんだ健太?」


「そういうことなので放課後は基本生徒会室にいるからよろしく」


 俺も生徒会に入ろうかな。と思ってしまったけどそれはそれでなんか悔しい。


「分かった」


 けど少しだけ覗きにだけ行ってみようかな。どんな様子か知りたいし。


ーー時は放課後まで進む。


 早速、生徒会室の前に来た。用事がないと入れないだろうけどなんとか中の様子は見られないのか。


 とりあえず聞き耳を立ててみよう。


「会計から報告があった通り去年より運動部の経費の申請が増加している。しかしながら実績は芳しくなく、増やせるのはサッカー部のみだ。これについて何か具体的な対策や削減案があれば聞きたい」


 藤原の声が聞こえる。めっちゃ真面目な会議してないかこれ。副会長が進行して書記がまとめるという感じかな。会長の声は今のところ聞こえない。


「無駄なことに使ってる様子は?」


 これ如月か。ちゃんと参加しているんだな。


「この報告書によればどれも必要経費だ。主に消耗品費が多いな」


「色々と買い時が重なってしまっている可能性があるのではないでしょうか」


 この声は知らない。やっぱり女子だし。


「それもある」


「でもぱっと見これじゃ減らしようがないんじゃない? 実態調査もしないと。本当に無駄がないのか。そういうのってできないの?」


 夢咲って見た目ギャルだけど普通にそういうの話せるんだよな。


「それはしたいところだな。うむ、実際に見てみるとしよう。早速調査の申請手続きをしていきたいので伊織はその用意を。今日中に各部室に配ろう」


「分かりました。作成します」


 どうやら伊織と呼ばれた子は書紀みたいだ。


 うーん、入れる様子がない。とにかく、二人とも出ていることは分かったし中は真面目な会議をしているみたいだし帰ろうか。


「ひとまずこの議題については申請が通るまで保留だ。今日の残りは……会長、何かなかったか?」


「うん? いや特にはないよ。いつもありがとう藤原くん」


「いえ……皆の学校生活を円滑に進める為には必要なのでね」


「ん、では今日は解散」


「俺と伊織はこれをやってから帰るよ」


 残ってやるのはさっきの申請のやつかな。


「えー! じゃあ私も残るー!」


 夢咲、お前彼氏良いのか。そこはいる体で過ごせよ。


 やはり生徒会は藤原のハーレムだったか。本人からするとその気はないんだろうけど男子が見事にいねえ。


 なんか俺今すげえ惨めな感じだ。


 というかやばい。早くここから離れないと見つかる。


「……あ」


「あ……」


 如月が真っ先に帰ろうとしたので見つかってしまった。


「高橋……なんでここに?」


「い、いやあ? ちょっと様子見を……」


「興味あるの?」


「あるというか……別の意味で」


「?」


「と、とにかく生徒会真面目過ぎて俺には合いそうにないから帰る!」


「ちょっと……」


 うおおお、逃げてしまったぞ。明日どう顔を合わせればいいんだ。


「きゃっ」


「っ⁉︎」


 一目散に逃げたせいで曲がり角で女子とぶつかってしまった。


「あ、ごめんな……げっ……」


 勢い余って押し倒してしまった。


「いったぁ……」


「すすすすすみません!」


 急いで退いて頭を下げる。


「あ、君……」


「え?」


 よく見たらぶつかった相手は元会長だった。あれ、生徒会室にいなかったのか。


「高橋君だやっぱり。えっと……廊下は走っちゃだめ。今みたいになってしまうから」


「そ、そっすね……すみません……」


 めっちゃ冷静に対処されてしまう。


「分かればよろしい。ところで、向こうから来たってことは生徒会室に何か用かな?」


 そっか。この廊下の向こう側は生徒会室しかないんだ。やべえ、どう言えば良いんだろう。ここは素直に言っておくべきか。


「あーえっと、今日クラスメイトが生徒会に入ったからちょっと様子を見ようかと思って」


「なるほど。お昼にきたあの二人かな。どうだったかな」


「いや……そのめちゃくちゃ真面目にやってたから気が引けちゃって、引き返してきたところなんです」


「そっかあ。君にはそう見えたか。結局、生徒の戯れでしかないんだけど。藤原君が入ってきてからは色々と方針がね」


「藤原が?」


「知ってるかもしれないけど彼の父親は前理事長だし現役時代は会長もやっていた。だから多分それで燃えているんだと思う」


 そういえば会長をやっていたって言っていたな。


「親を越える為にはあれくらいはしないといけないと思ってるんだろうけど、周りから見ればそう見えちゃうんだな」


「……えっと、縁さん的にはどう見えているんです?」


「頼りになるし何より格好良い。けど、少し心配だな。無理しているような気もする」


 藤原の事やっぱり格好良いと思っているのか。ってそれは置いておくとして無理していると感じているのか。所謂背伸びをしているとも言い換えられる。彼の大人びた話し方も根っこは父親を越える為。


「あとそれから縁ってのはやめてほしいかな。あんまりこの名字好きじゃないし」


「え、そうなんすか……じゃ、えっと……時雨先輩?」


「それでいいよ」


 俺、藤原の事分かっているようで何も分かっていないんだな。


「……話を戻しますが藤原は無理をしている、ですか」


「いくら体力があったとしてあれだけ動きまくってテストは毎回満点。どこにそんな時間を確保しているのか分からないけどいつか壊れてしまう気がする。だから、無理をしていると感じたの」


 確かに、どこであいつは時間を作っているのだろうか。


「なるほど……ち、ちなみに彼に対して異性的な意味で好きとかは」


「ないわね。逆に、と付けた方がいいかな。普通の人なら好きになれない要素はない。完璧超人だし。けど、私はそれが却って怖い。異性としてそういうのは見れないかな」


 即答だった。まさか、藤原に対してそう思う人が出てくるとはな。でも、少し安心した気がする。藤原をちゃんと見ているんだって。


 いや、俺は藤原の何なのだよと言ってしまいそうな考えだ。


「そうですか」


「むしろ君みたいな方が私は良いかなー」


「何言ってんすか」


 急に何を言い出すんだ。これは冗談のはず。


「冗談だよ」


 案の定だった。流石俺、こんな時でも動じない。長年の経験で分かるものだ。


「そっすよね」


「あーでも……女の子押し倒すのは良くないよ」


「そっすね……」


 それに関しては何も言い返せない。俺があんなイベントを起こすなんて思っていなかった。


「……そういうのはべ、ベッドの上で……」


「え?」


 続いて何か小声でごにょごにょと呟いている。まじで聞き取れない。難聴じゃなくて本当に。


「何でもないっ。じゃ、私行くね」


「え、ええ?」


 結局なんだったのだろうか。時雨先輩は生徒会室へ向かっていった。


「俺も帰るか……」


 なんか、疲れてしまったな。気圧のせいだけではない。


「……」


「……?」


 今、何か気配を感じたけど気のせいだよな。




「……兄さん雨くさい」


 帰ると開口一番妹に酷いことを言われる。


「んなっ……そりゃこんな雨じゃ傘差しても濡れるって」


「……早く着替えてって言ってんの。くさい」


「わ、分かったよ……」


 こう、家族に臭い臭いって言われると結構ぐさぐさと刺さるな。赤の他人ならそこまででもないのに。


「分かったなら早く着替えて夕飯作って。今日も遅いから」


「はいはい……」


 全国のお兄様方、貴方の妹はこんなにきつい性格ですか?


「ったく、俺を何だと思ってんだ……」


 着替えてさっさと作ろう。今日はもう冷凍物を温めて終わりだ。やる気が出ねえ。


「何これ、レンチンだけ?」


「疲れて作る気がねえ」


「作ってよちゃんと」


 呼んだら今度は別の文句だ。別に冷凍物で良いだろうがよ。たまには楽させてくれ。


「ならお前が……ってこれ言ったところでな」


 妹の勉強時間を減らしたくない。だからお前が作れば良いだろう、と言ってしまってはだめだ。


 家族のメンタル管理も難しいものだな。


「……明日」


「んだよ」


「明日はちゃんと作って」


「分かったよ」


 晴れたら作ってやるよ。




 と思っていたところで次の日は梅雨晴れだった。


 しゃあない。帰ったら作ってやるか。


ーー


「モテないお前の為にこれどうだ?」


 颯人がスマホを見せてくる。


「これ、VR? 一時期流行ったけど結局廃れてしまったやつじゃねえか。今更出してどうしたんだ」


「ちっちっちっ。これは改良されたフルダイブ型だ。今度出るスマホに代わる新しいやつに合わせて一緒に開発されててよ。ほら、昔流行ったあのアニメ。何だっけ。VRのやつ色々あるからな。とにかく、これでお前もモテる!」


「何を根拠にお前は言っているんだ」


 フルダイブ型は結局高コストすぎて一般流通しなかったじゃねえか。


「何でも思うがままの姿になれる。例えばイケメンになれば」


「ええ……」


 理想の自分にでもなれと。しかし、理想の自分になったところでそれは好きな人の理想ではないのだ。


 そもそも、如月がVRに手を出すとは思えない。


「この話はなしだ」


「ちぇーっ」


「お前は九十九とやってろ」


「そうさせてもらうよ。リアルと同じ姿でやれば離れていても一緒にいられるからな」


 こいつはインターネットリテラシーがないのか? そんな身バレするような格好でインターネットを出歩くなよ。


 颯人のバカ話に付き合うのはこれでおしまいだ。


 そろそろ勉強時間を増やさないとまずい。期末テストは気を抜いたらすぐに来る。あと一ヶ月先だ。


 そういえば夏休みの予定とかまるで組んでいなかったな。どうせ去年と同じだろう。学校を出れば俺は何も残らない。いくらここで誰かと仲良くなってもそれ以上はないのだ。


 背景モブは学校にいる時にしか存在できないのだ。


 だと思っていたのにな。


「健太、夏休みの予定は」


「ないけど。藤原はどうせ忙しいんだろ」


「夏休みは休むと決めている」


「そうなのか?」


 いつも動きっぱなしのこいつが休むだと。何の真似だ。明日は雨が……って梅雨だから降って当然か。なら雪が降るぞ。


「夏休みを休む事で親より楽しむ」


「……どういうことだ」


「父も母も二年の夏休みは大変な目に遭っていた。なら俺は平穏な日々を送らせてもらう」


「そ、そうなのか」


 休む事で親を上回る学校生活とでも言いたいのだろうか。何かズレている気がするけど。


「というわけで最近頑張っている健太に招待状だ」


 封筒を渡される。


「何これ」


「開けてみろ」


 封を開けると中には藤原の実家の招待状だった。


「……まじ?」


「ああ。今年の夏は全力で楽しむぞ」


 実家、と言っても大きな島全体のことを指す。東にはプライベートビーチ。西は登山用に開発された山。そんじょそこいらの遊園地とは比較にならない娯楽の数々。まさに楽園。ただし、訪れることができるのは藤原家に認められたものだけ。


 藤原から話を聞いているだけで実際にどんな感じなのか見たことはないが容易に想像できる。


 だから、この招待状はとんでもないものだ。無くすとまずい。急いで鞄にしまった。


「ありがとな。めっちゃ楽しみだ」


「そうかそうか。なら良かった。健太以外にも数人呼んでこよう。父の事だ。クラス全員呼んでも問題ないと言うだろうが流石にそれは色々と問題が起きてしまう」


 藤原にも限界があるのだな。


「というわけで、夏休み初日から集合だ」


「ああ。あ、あのさ」


 どうせ楽しむなら妹も連れてきた方が良いのかな。


 いや、あいつは勉強させておいた方がいいよな。遊んでいる場合じゃない。


「いや、何でもない」


「……ん、そうか。では配ってこよう」


 にしても、楽しみだな。この楽しみをバネにもう少し頑張ってみるか。


 後で誰に配ったのか聞いたが当日の楽しみだと言われてしまった。




「ただいま」


「おかえり兄さん」


 早く飯を作れ、と言われるかと思ったら今日はやけに上機嫌だ。


「ゆっくりで良いからね」


 妹の心がまるで読めない。


 女心よりも妹の心を読ませてくれ。


「さて、今日は何を作るかな。ちょっと中華に挑戦してみるか。えっと……調味料揃っているかな」


 とりあえず豆板醤と甜麺醤と豆豉醤は揃っているな。


 今日は回鍋肉を作ろう。余りがちなキャベツを一気に消費できるし濃い味付けでご飯が進む。


 必要な材料を切って炒めて調味料を混ぜたら完成。実際はもう少し調理工程が複雑だがこれは省略するぞ。


 これでかなり簡単に美味しく食べられる。さっきの三つの調味料があれば麻婆豆腐も作れるしインスタントで作るよりずっと美味しい。インスタントの中華ってなんか味の決め手に欠けている気がするんだよな。万人向けすぎて却ってそれが良くないというか。


 あともう一品作って呼ぶとしよう。


 折角我が家にノンフライヤーがあるわけだし唐揚げ、作ってみるか。学生が油物作るのは少々危険だしノンフライヤーは便利だ。


 以前食べた回鍋肉と唐揚げの組み合わせが美味しかったんだよな。真似できるといいが。


 色々とやっていたら三十分以上費やしてしまった。


「おーい、郁ー」


 ドアの前でノックしながら呼ぶが返事がない。


「郁ー? 飯どうすんだー?」


 どうするべきか悩む。ここで部屋に入ると何か言われそうだしな。


 けど、あいつが作らせたんだし別に入っても良いよな。


「あと五秒で反応なかったら入るぞ」


 五秒過ぎても反応がないので入ることにした。


「……なんだ、寝てるのか」


 妹は机に突っ伏して寝ていた。床にはシャーペンが転がり落ちている。


「寝落ちか」


 国語をやっていたようだ。読んでて眠くなったのだろうか。そこら辺は俺と同じだな。


「首と腕に悪いぞー」


 呼び掛けても起きない。疲れているんだな。


「仕方がないな」


 妹を動かし、抱き抱えベッドに運んだ。


 後で妹に何言われようが知った事ではない。彼女の体が第一だ。


「飯、冷めちまうな」


 俺だけでも食べておこう。


 自分で作った料理は補正が掛かってより美味しく感じた。やはり唐揚げとの相性は抜群だ。



 夕食後、片付けを済ませてリビングでごろごろしていると妹が起きてきた。


「兄さん……」


 何勝手に部屋に入ってきてるんだとか言われそうだな。それも承知の上でああしたんだ。別に何を言われようとも後悔はしていない。


「ごめん」


「え?」


 何故か謝られた。妹は何を考えているのだろう。俺にはまるで理解が及ばない。


「寝てしまってた」


「別に、良いけど……温め直すよ」


「ん」


 今日はやけに素直だな。これがいつもなら良いんだけどな。


 レンジで温め直していると妹は椅子に座ってじっとしている。まだ? とか早くして、とか何も言ってこない。不気味だ。


「お待たせ」


 作った料理を並べるとありがとうとだけ言われて食べ始めた。


 中身入れ替わりましたか? 二重人格とかないですか。そう思うくらい妹が別人のように見える。


「……何?」


 そんな妹をじっと見ていたら不審に思われる。


「い、いや別に」


「そう」


 なんか、これはこれでやりづらいな。怒ってもこないし相手にしにくい。


 話題を出して話をするか。彼女が今何を考えているのか調べたい。


「そういや、夏休みはどうするんだ?」


「予定ある」


「夏期講習?」


「そんなところ」


「偉いな」


「それで?」


「え、いやこれで終わりだけど……」


「そ」


 いやいやいや、本当に話しにくいんですけど! もうちょっとリアクションくれたって良いじゃないか。


「……俺もさ、予定あんだよね」


「ふーん。あの兄さんがね」


「あのって……今年は一味違うんだよ。夏休みの間しばらく帰ってこないからよろしく」


「別に良いよ。私もそんな感じだし」


「泊まり込みか。随分と熱心だな」


「受かる為だから」


「そっか、応援してるぞ」


「うん」


 郁がここまで勉強に向き合うなんて凄いな。俺とは大違いだ。俺も負けてはいられない。


「ごちそうさま」


「片付けやっておくから戻っていいぞ」


「ん」


 夏休み。きっと今までの人生の中で一番の思い出になりそうだ。その前に期末があるから今は気を引き締めないといけない。けど、それが終わったら全力で楽しんでやる。


俺は今、夏休みに向けて燃えている。




ーー夏休み。


「おおおお、ここが藤原の実家の島か!」


 とにかく規模が大きい島だ。ここには最先端の技術が注ぎ込まれている。少し歩けばスポーツ用に整備されたグラウンド。ゲストハウス。そして抜けた先には関係者しか立ち入ることの出来ないプライベートビーチ。まるで漫画のお金持ちが提案してくる夏休みのイベントそのもの。よもや現実で出会えるとは思わなかった。藤原には本当に感謝しないとな。


「荷物はゲストハウスに置いてきてくれ。早速遊ぶとしよう」


「はいよ」


 ゲストハウスに向かうと先に到着していた女子メンバーが揃っていた。


「可愛いー! 何て名前なの⁉︎」


 夢咲が何やら興奮している。話しかけられている対象の子は丁度彼女によって隠れている。


「あ、えっと……その……」


 この場合逆ナン? いや何と言えば良いんだ? とにかく相手が困っている。俺が少し助太刀するか。


「夢咲ー。その子困っている……ぞ……?」


「え?」


「郁……」


夢咲に絡まれていたのは我が妹だった。

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