第3話 オタクに優しいギャルではなく単にイケメンに弱いだけ

 高校生の溜まり場、カラオケ。他に娯楽もなくこの歳になればゲーセン行くのはもはやプリクラ目的ぐらいだ。ゲームで遊ぶ奴は陰キャというレッテルも貼られる。SNSが随分と昔に普及してからは数々の映える写真等が投稿されてきたが所詮その手の場所は溜まり場としては使えない。気兼ねなく誰の邪魔もされずにストレス発散したり話し合える場所としてはうってつけだ。


「改めて紹介するね。光彩ひかり燈凛ともり。うちら高一ん時に仲良くなってさ〜今はクラス違うけど、こうして放課後遊んでるってわけ」


 噂はかねがね聞いていたがギャルズ三人が揃うと集団として強者だな。それぞれ別々に見た目に個性を持っている。夢咲が金髪のピンクインナーで光彩と呼ばれる子が茶髪に青のメッシュ、少し濃いめの化粧。燈凛と呼ばれる子が銀髪で所謂黒ギャル。皆何か似たような名前だ。ごっちゃになりそう。


 それに比べてこっちはザ・スタンダードな男である俺と顔だけは超イケメンの東雲。


 これから一体どうなってしまうのか。


「よろしく〜てかやばない⁉︎ あかりん超イケメン連れてきてんだけど⁉︎ これ噂の人⁉︎」


 ほら早速食いついてきた。東雲、どう出る。


 ちらりと隣を見ると完全に彼は固まっている。ああ、やっぱりそうだよな。無理もない。


「ひかりん、あたしが連れてきたわけじゃないよー。連れてきたのはこいつ」


「へぇ。ふーん」


 何かジロジロと見られている。


「……なんか普通だね」


 普通ですが悪かったですね! って言いたいけど言えねえよこんなの相手じゃ。


「うん確かに普通。もっと他にいなかったの〜?」


「いやーごめんね。元々はこいつが誘ってきたから私が皆を呼んじゃったから」


「へぇ〜なるほど。彼氏持ち誘うとか度胸あんじゃん」


「いや、そういう意味で誘ったわけじゃないんだが……カラオケにしたの夢咲の方だし」


 既に誤解が発生している。今日本当に生きて帰られるの。


「ああ、うんそうそう。私が勝手に決めただけだから!」


「本当かな〜?」


 ニヤニヤと二人ともこちらを見てくる。


「ま、でもイケメン君連れてきたのは正解だったね」


 ギャルズが東雲の腕に纏わりつく。というかこいつらも彼氏持ちじゃねえのかよ。こいつらの貞操観念どうなっているんだ。


「あ、あの……」


 これ東雲大丈夫か。


 それにしても夢咲と一緒に行動して俺を評価してもらえるように画策してきたけど何もないまま終わりそうだ。正直、夢咲とはまともにコミュニケーションが取れていたと思っていたが他のギャルは結構きつい。彼女があの時「良いんだ」って言ったのはそういう事だったのかな。


「か、カラオケ行きましょう……時間もったいないし」


「あ、ああそうだな。ここにいたら予約時間遅れてしまう」


「イケメン君声ちっさ〜」


「それも良いかも〜」


 イケメン補正が強すぎる。


「ほら二人とも行くよ。予約したのあたしだし遅れたら嫌だからね」


「は〜い」


 前途多難だなこりゃ。


 街に出てカラオケ屋に入る。夢咲が受付を済ませて部屋に入った。


「トップバッターは誰行く⁉︎」


「あたし〜! いぇ〜い!」


 光彩と燈凛がもう既に出来上がっている。やっぱ凄えな。一方夢咲は苦笑いしている。夢咲もいつも通り楽しめばいいのに。


 俺は持ち曲はないが流行りの曲はある程度把握しているのでそれを歌おうと思う。普通に、無難に。カラオケなんてそんなものだろ。


 東雲はどうだろうな。あいつの趣味漫画以外知らないけど上手く出来るのか。それとなく探りを入れてみるとしよう。


「東雲、お前何歌う?」


「え、えーと……特に歌える曲はないよ」


「何だそりゃ」


「う、埋め合わせだから……僕は……」


「別に良いだろ好きなの歌っても。俺は流行りのやつやるけど」


「えぇ……えっとじゃあ……」


 画面にはアニソンらしきものが映っている。やっぱりそういう系か。


「だ、大丈夫だよね……」


「このタイトルって漫画原作の奴か」


「し、知ってるの?」


「まあ、な。アニメは見た事ないけど」


「ぼ、僕好きなんだ……」


「そうか。良いんじゃねそれで」


「予約済んだ? 早くこっちに頂戴」


 今の時代スマホから予約送れるだろうにそういうの知らないんだな。もう二十年以上も前からそういうサービスはしているぞ。


 とりあえずこの後の順番は俺、東雲、夢咲になった。


「三番手ふつメン君がんば」


 ゲラ笑いをされながら俺にマイクを渡してくる。やれやれ、このノリは好きじゃないなあ。


 ーー結果。平均点の87点。普通だ。極端に音痴でもなければめちゃくちゃ上手いってわけでもない。


「へー普通に上手いじゃん」


「こないだ出たばっかの新曲だし上等でしょ」


 ふぅ、何とかこの場は乗り切れたな。新曲でハードルを下げられるしミーハーなら誰もが知っている。


「……つまんな」


 何か、夢咲が独り言を言っているように聞こえた。


「ほら次東雲」


 東雲にマイクを渡す。いよいよアニソンの番だ。さて、ギャルズはどういう反応をする。


 東雲が歌い出す。これまでの自信なさげな言動からは思えない集中力と熱唱。


 歌い終えると得点は驚異の95点。とんでもねて才能を隠し持っていやがる。


「す、すご……」


「え、あーしこんなラブソング知らないんだけどどこのやつ⁉︎」


 そうか、この漫画って確か割と一途なやつでこの歌詞から察するにヒロインの気持ち的な奴か。知らない人からすればただのラブソングにしか聞こえない。ただ、真実を知ればどう思うのだろうか。野暮なのでそんなことは言わないけど。


「えーっと……」


 俺が言うまでもなく曲名を調べている。まあ、そりゃ気になったら調べるよな。


「あ、アニソンなんだ」


「イケメン君アニソン歌うんだ! ギャップがあって良いね!」


 心配事は全て杞憂に終わった。イケメン補正が全てプラスに作用している。何だよギャップって。つい最近までの東雲の状態で同じ事したら絶対貶すだろ。


「ふ〜ん、ま、良いんじゃない」


 相変わらず夢咲が何かつまらなさそうにしている。


「次、あたしね」


 そして夢咲へバトンタッチされ、一周していく。


「普通に良かったじゃん。何かつまんなさそうにしてるけど」


「そりゃ陰キャ君にきゃーきゃー言うダチを見てたらそうなるわよ。もっと面白いの見れると思ってたのに。まあでも、陰キャ君は好きを貫いているってのは評価しないとね」


 確かに想定していた結果とは違ったけどそこまでがっかりするのか。


 ただ、夢咲は本当に己の好きを貫く姿勢の人間を評価するよな。


 俺は周りに流されて流行りの歌を歌えば良いと思っている。そうすれば荒れずに済むから。


 俺が歌った後夢咲がつまらないと言ったのは俺に自分がないからだ。周りの為に、空気を読まないといけない、そう考えていたから彼女は吐き捨てた。結局、俺の行動は保身でしかないという事に気付かせてくれた。


 なら、次の曲は俺の好きな曲でやってやる。未だに上手く歌えないし高音域の曲だけど、歌いたいものを歌えって言うなら、歌ってやる!


 二巡目が開始し、ギャルズが歌い出す。


「次はどうする」


「もう決めたよ。……先、良いかな」


「ああ、良いよ。少しは自信ついたんだな」


「……うん」


 東雲は一気に前に進んだ。俺だって、負けていられない。


 東雲の番が終わり、相変わらず黄色い声を浴びている。


 さあ、俺の番だ。行くぜ!




「……」


 カラオケは終わった。結果として俺は「うわ、きっしょ、そういうの歌うんだ」とか「何これ古いやつ? だっさ」とか散々な目に遭った。結局、イケメン補正がないとこうなるんだ。分かっていたさ。二曲目が終わって以降俺は撃沈し、うずくまっていた。


「だ、大丈夫……?」


「平気……東雲、付き合わせて悪かったな」


「え、えっと……むしろありがとうかな。おかげで何か前に進めた気がする」


「そ、そうか……」


「イケメン君〜帰ろ〜!」


「あ、あの僕陽翔っていう名前があるんですが……」


「陽翔って言うんだ! 名前もカッコいいじゃん!」


「あ、はい……」


 またウザ絡みされているがメンタルが保たないので助けにいけない。


 受付付近のベンチに座って精神を落ち着かせる。


 結局、上手くいかなかったな。上手くいったのは東雲の方だ。良かったな。もう、それで良いじゃん。


 惨めだな、俺ーー。


「っーー⁉︎」


 突然頬に冷たい金属的な何かを当てられる。


「お疲れ」


「夢咲……」


 当てられていたのは冷たい缶コーヒーだった。


「めっちゃダサかったね後半のあんた」


「う、うるせぇよ……」


「けど、あれが歌いたい曲だったんでしょ。それは伝わったから」


「ていうかくれるのそれ」


 コーヒーに指を差す。


「……は? やっぱやめた。言わなきゃあげたとに」


「ご、ごめん」


「……冗談。ほら」


「あ、ありがとう」


 投げられるので落とさないようにあたふたしながら取る。危な、もう少しで落とすところだった。


「悔しい?」


「ボロクソに言われて悔しくないわけないだろ。俺、そこまで腐ってねえから」


 汗ばんだそれを軽快な音で開け、口に含む。


「そ、なら良かった。まだまだこれからって事かしらね。今日は最悪だったけど次は頑張りなよ」


 別にギャルズに認めてもらう必要はないんだが、夢咲には「やるじゃん」と言ってもらいたいと思った。


「ま、次は中間だな〜お互い頑張ろ」


「あ、ああ。にしても夢咲って勉強も頑張るんだな」


「勉強もできるギャルっていうのが最強なのよ。そこ、一歩も引かないから。勉強でもあんたに勝つ」


「お、おう……」


 だったら、俺は夢咲にも如月にもどっちも勝つ。もう普通の高校生に残されているのは勉強しかないんだからな。これで負けたらもう何も残らなくなる。


「というか三人いなくなってるし。こりゃお持ち帰りされたね」


「え、ええ……」


 立場逆だろ⁉︎ というかまじで貞操観念どうかしてるぞ。


「あたしは帰るから。じゃね」


「お、おう。また明日」


「んっ」


 何だかんだで夢咲と会話出来たし、少しは評価されるだろうか。


ーー次の日。


 昨日から話していた通り、今日からはテスト勉強に入る。


 その前に、確かめたい事がある。


「東雲、昨日なんだけどさ」


「……あ、昨日は誘ってくれてありがとう」


 彼は頭を掻きながら照れ臭そうに言う。


「その、昨日あれからどうなった」


「えっと……言わないといけないのかな」


「やっぱり、何かあったんだな」


「……別に何かあったわけじゃないけど」


「じゃあ、言えるってことだよな」


「ちょ……えっと……じゃあ……」


 ボソボソと言っているので何言っているか聞こえない。


「人前で言いにくいなら昼休み付き合え」


「あ、うん……」


 とりあえず話は昼休みで良いか。


 戻ろうとすると如月に止められる。


「彼と仲直り出来たんだね」


「ん? ああ、昨日はカラオケにな」


「そうなんだ。楽しかった?」


「あいつは楽しそうだったけど俺は散々だったよ」


「そういう日もあるよ。気にしないで」


「そ、そうだな」


「止めて悪かったわね。中間、お互い頑張りましょう」


「お、おう!」


 昼休み、屋上へ東雲と向かう。


「で、昨日あれからどうなったんだよ」


「いや、その……ホテルまで連れて行かれたんだけど」


 やっぱり。そうかーこいつはもう大人になりやがったな。


「彼氏の有無を聞いたら、いるって言われて……その……」


「その?」


「もっと自分を大事にしてって言って逃げてきちゃった」


 そ、そう来たかー⁉︎ こいつ、良い意味でも悪い意味でも主人公してるな。それにしてもそれだけの雰囲気で逃げられるとはある意味凄い。


「お、お前……まじか」


「あはは……はあ……」


「言わせて悪かったな。なんか、その聞きたくなって」


「良いんだ。高橋君気になるんだろうなとは思ってたし……だから何も起きてないとだけ。やっぱり、その……そういうのは好きな人とやるべきだし」


 あー何からしくて最高だ。


 俺だったらどうなっていただろうな。まあ、顔が普通の時点でそういう時は起きないんだろうけど。でも、手を出すかもしれない。俺はこいつほど意思が強くないから。


「そっか、そうだよな。で、東雲って好きな人いるのか?」


「え⁉︎ いや、それは……」


「言い淀むって事はいるんだな」


「い、いや……今はいないや」


「今は、か。ま、出来たら教えろよ。手伝えることあったら手伝うからさ」


「あ、ありがとう……」


「っしゃ、飯食うか!」


 食べた後はいつも通り東雲の戻れるタイミングに合わせてLINKを送ることにしている。


 その前に颯人が戻ってきた。


「今日からテス勉だろ。放課後やろうぜ」


「彼女もいるの?」


「勿論。俺がいないとあいつ何するか分かんねえから」


「それって、辛くないのか?」


 何というか、束縛のように感じる。


「ん、別に。紆余曲折あったけどそれでも彼女だからな。昔からずっと一緒にいるしそれが当たり前って感じだから」


 分からない世界だな。俺が知らない二人の時間が今を作っていると言ったところだろうか。こいつらもこいつらで色々あったんだろう。


 恋愛ジャンルにおける幼馴染の敗北率は高い。それでもこいつは幼馴染を選んだ。俺がとやかく言うことじゃないんだな。


「そっか。なら尚更俺は一緒には出来ないよ。俺は一人でやる」


「あらら、振られた」


 そりゃ二人の時間を邪魔するわけにはいかないだろ。


 そろそろ東雲を戻しておくか。LINKで合図を送る。


「いつもありがとう」


「無問題」


 東雲はそのまま席へ戻っていく。


「なんだ、あいつと仲良くなったんだな」


「こちらにも色々とありましてね」


「良いことだと思う。色んな人と接していけば何かに繋がる。ま、その何かってのが起きるまで分からんのが辛いんだけどな」


「何か、か」


 行き着く先のゴールは見えているけど、果てしなく遠く感じる。


「っと、昼休みも終わりか。放課後、本当に良いんだな?」


「ああ、良いよそれで」


「じゃ、また明日な」


ーー放課後。


 颯人は幼馴染と一緒に帰り、如月は夢咲と二人で図書館に向かっていった。俺はすぐに帰り、自宅で勉強する。


 ここから先は特に何もなく、テスト初日まで流れる。


「あー全然勉強してねえやー」


「俺昨日めっちゃ寝た!」


 勉強してない自慢と寝た自慢、どちらも大嘘で無駄な言い争いが今日も苛烈に行われている。それって何の意味があるのか分からないままもう高校二年生の最初のテストに入ってしまった。


 ここまでやや分からないところはあったものの、点数は取れるであろうくらいには対策を取ってきた。


 今日も誰とも話さず、最後の時間まで勉強に勤しむ。


 チャイムが鳴り、一つ目の数Ⅱのテストが始まる。まだこれくらいなら全然分かる。いける、いけるぞ。


 次、数B。ちょっときつい。


 初日の最後は英語。最近妹の為に勉強に手を付けていたからか基本は完璧。応用はそこそこ。


 こんな感じで中間テストはあっという間に過ぎていった。基本的な事は出来るが応用は少し足りてない。暗記科目は楽勝だ。


 そして、結果発表に至る。


 今回全体の平均点は60点台。大体いつもこれくらいだ。


 そして俺はというと、大体どれも70点後半。まあこんなものか。最低限は出来ている。可もなく不可もない。けど、もう少し欲しかったな。


「健太ーどうだったよー」


「普通」


「じゃあ平均点くらいか」


「……の、プラス10点」


「なるほどなるほど」


「そういうお前はどうなんだよ」


「俺? 俺はこれだ」


 結果を見せられると何と平均点以下。


「お、お前……」


「やべぇなまじで!」


 笑っているが笑い事ではないだろう。


「どうせいちゃついて疎かにしたんだろ」


「あ、バレた⁉︎ なはは〜」


「お前……しかも数学赤点すれすれじゃねえか。期末大丈夫かよ」


「まーなんとかなるって」


 こいつなんでこんなに楽観的なんだよ。


「ところでさ、転入生様はどうなんだろうな」


「如月か。今は女子達と話しているしまた後だな」


「何か盛り上がってるよねぇ。これは気になっちゃうな〜。な〜?」


 こっち見ながら言うな。気になるかと言われたら気になるけど、今はその時ではないだろ。


「おーい」


 女子を無視して声をかけようとする。


「ちょ、お前待てって!」


「何で?」


「何でじゃねえよ。お前空気読めよ」


「別に良いだろ。気にしすぎだって」


「楽しそうだねあんたたち」


 制止しようとしている俺の肩を掴まれる。


「夢咲……お前かよびっくりした」


「ほら見せろ見せろ結果〜」


「あ、ああ……ほら」


「……勝ったな」


「は?」


 嘘だろ。


「これを見ろ高橋ィ!」


 俺の目の前に結果用紙を見せつけられる。どの教科も80点オーバー。まじかよ、こいつこんなに勉強出来たのか?


 満面のドヤ顔を見せられると流石にイラっとする。


「だから言ったっしょ。勉強もできるギャルだって。宣言通りあんたに勝った」


「た、確かにそうだけど。そんなに頭良かったか?」


「先生の教えのおかげってのもあるけどな」


「先生?」


「あそこ」


 指の先は如月に向いている。


「ああ……そうなのか。てことはやっぱり如月もできるのか」


「まー多分あたしよりもっと上。空いたら聞きに行ったら?」


「いや、今聞きに行こうぜ」


「八木はちょい自重しような」


 怖い笑顔で颯人を睨んでいる。


「しゃ、しゃーねーな」


 結局放課後まで彼女が解放される事はなかった。


 帰ろうとするとLINKが届く。差出人は如月。そうか、そういえば交換したんだった。内容は図書館で待っている、とのこと。


「すまん、待たせた」


 図書館に入り、如月を見つける。彼女は口元に人差し指を当てている。そっか、図書館だもんな。


「悪い」


 小声で話すと招き猫のように手を動かしている。


「結果どうだった?」


「えっとその前に……呼んでくれてありがとう」


「……何で? 約束だからこれ」


 そういや俺の事が聞きたいって約束してたな。完全に忘れていた。


 結果は今となっては微妙だ。おおよそ向こうの成績も分かる。これはちょっと言いにくい。


「そ、そうか。結果は……微妙かな」


「見せられない?」


「み、見せられない。そっちはどうだったんだよ」


「ん? 学年2位だけど。ちょっとケアレスミスをね」


 学年2位だけど、じゃねえよ。何当たり前のように五本指に入っているんだ。如月ってそこまで勉強出来るのかよ。


「2位って……ちなみに1位が誰か知ってるのか?」


「藤原だってさ」


「藤原⁉︎ 今あいつ留学中だろ」


「しーっ」


「あ、すまん……」


「何でも、リモートで受けてくれたって。満点だってさ」


 いやまあ知ってるよ。毎回満点のチート野郎だから。まじであいつ1位の座は譲らんみたいなラスボスじゃねえか。


「あいつ毎回なんだよ。くそ、今回は不参加だと思ったのに。あいつには勝てねえ。良くて引き分けなんだ」


「毎回なんだ……彼何者なの」


「ちょうど良かった。藤原の事聞こうと思って。あいつの事どう思う?」


「どうって……良い人なんじゃない? まだちょっとしか話したことないけど。気配りできるし」


 良い人、か。


「か、顔はどうなんだ顔は」


「顔? 前にも言ったと思うけど私は人の顔を評価対象に入れてないから」


「ま、まあそうだけどさ。相対的に見てどう思う」


「相対的に、ね。それなら上の方じゃない? 整えているし」


あくまでも身なりの話しかしないのな。まじで顔とかどうでも良いんだ。


「というか別に今日藤原の話をしたくてここに来たわけじゃないんだけど」


「あ、えっと、すまん」


「良いけど。で、高橋って普段どんな感じで勉強してるの?」


「え? 俺の話?」


「だからそうだって」


 如月はそんなに俺の事が気になるのか?


「俺は普段そんなにやってないから何とかしないとなってがむしゃらにやってるだけだけど」


「そう……なんだ、そんな程度なんだ」


「え?」


「今日はありがとう。それじゃ」


 え? ええ⁉︎ 何この流れ⁉︎


 女心マジで分かんねえ。なんで急にそんなすぱんと終われるの⁉︎


「ちょ……」


 如月は帰ろうとする。でも、俺に引き留める手はない。どうやって引き留めればいいんだ。


 そんな中、ドアががらりと開く。


「ちっす、如月パイセン。今日も教えて欲しいんだけど、ってあれ? 帰るとこ?」


 なんと入ってきたのはギャルズだった。如月と繋がっているのかここ。もしかして夢咲経由で一緒に勉強していたのか。


「あー、うん。今日は帰ろうかと思って」


「まじか〜テストの反省でもって……あれ? あそこにいるのクソダサ野郎じゃね」


「あ、本当だ」


 やっべ、見つかった。


「クソダサ野郎?」


 最悪だ。如月にカラオケの件知られてしまう。


「この前のカラオケでねーー」


 もう無理だ。この場にいられない。聞いていたら死んでしまう。


 反対側のドアから逃げるように帰った。


「……あいつ」


「あ、夢咲もいたんだ」


 もう無理だ。俺の高校生活終わった。なんでこんな最悪のイベントばっかり起きるんだよ。


 望んだ結果がこれかよ。あんまりじゃねえか。


 やっぱり、俺は身の丈に合った生活をするべきだったんだ。


 学校を出るとゲリラ豪雨が襲う。傘なんて持ってきていない。


 何もかもが最悪だ。悪い事って連続するんだな。


 明日学校行ったら何て言われるだろうか。一気にカースト最下位まで落とされそうだ。


 もう消えてしまいたい。


 家に着くと誰もおらず、真っ暗だった。


 とりあえず、シャワーを浴びる。あー溶けて排水溝に流れねえかな。


 そんな事は当然叶わず、着替えて自室のベッドに飛び込む。


 好きを貫くってのはこんなにも苦しい事なんだよ。皆は容姿が良いから認められているんだ。強者だからそういう事ができるんだよ。俺はそんな事はない。ただの普通の、どちらかというと弱者寄りの惨めな野郎だ。彼女がいなけりゃ勉強も出来ない。陰キャにマウントを取ったふりをしていたら逆転をされて、その上ダサい奴と烙印を押しつけられる。


 俺の人生って何なんだろう。行動すれば出る杭を打たれるように希望を打ち砕かれる。


 明日、学校行きたくないな。


 ベッドで仰向けになってぼーっとしているとスマホに通知が入る。見たくない。


 もう今日はこのまま寝ていきたい。


 気づくと、頭が重く、痛い。吐き気もする。体が熱い。


「兄さん、ご飯呼ばれてるよ」


 ドアの外から妹が呼んでいる。体が動かねえ。


「早く来てって。何してんの」


 頭がズキズキする。ちょっと黙っててくれ。


「ってうわ、何⁉︎ 母さん!」


 意識が遠くなっていく。今、俺どんな体勢なんだ。


 次に目覚めると時計は22時を指していた。


「つめた……」


 枕元はアイス枕に変わっていて額には濡れタオルがある。


 こりゃ熱でも出たんだろうな。体温計置いてあるし。一応測っておくか。


 測った結果は38.8度だった。かなり高めだ。雨にやられたか。


「起きた? 全く、髪を乾かさないから」


 起きた音に気付いたのか妹がドアの外で話してくる。


 そういやシャワー浴びた後ろくに拭きもせずダイブしたんだったな。そっちのせいか。


「あんまり騒ぎにしないで。気が散るから」


 あくまでも俺の心配じゃなくて自分の勉強時間が減らされる事への不満か。


 今の俺にはそれはちょっとしんどい。普段から言われててもな。


「すまん……」


「何か言った?」


 聞こえないなら入ってくれば良いのに。入りたくないんだろうけど。


「明日は母さんが休めってさ。良かったね」


 ある意味では良かったよ。


「じゃ、おやすみ」


 妹は部屋に戻ったみたいだ。


 俺ももう寝よう。起きてても仕方がない。


ーー次の日。


 起きるともう昼だった。寝過ぎたせいか却って頭が痛い。


 とりあえず熱測るか。


 37.6度。大分下がってきたな。酷い風邪でもなさそうだ。


 相変わらずスマホの通知がうるさい。誰だよこんなにLINK飛ばしてくるの。


 ああ、もう分かった。見ればいいんだろ。


 恐る恐る通知を見ると最新のメッセージは“大丈夫?”だった。差出人は如月。


 あれ、てっきり嫌われたかと思ってたのに。というか如月からめっちゃ来てるんだけど。


 とりあえず履歴確認するか。


『聞いた。昨日の話』


『夢咲からカラオケの件はガチ凹みしてるからその話題はやめた方がいいって言われたけど』


『あえて話す』


『あの二人には顔だけで歌った曲の評価をするのはおかしいって言っておいた』


『というか見てる?』


『既読付かないんだけど』


『風邪って本当なの』


『大丈夫?』


 そのメッセージに安堵したせいか涙が出てきた。良かった、全然嫌われてなかった。


 更にもう一つ飛んできた。


『既読付いた。見てるなら返事』


 結構気にしてくれているのかな。


 とりあえず、“まだ熱はあるけど大丈夫。明日は多分行ける”と返しておいた。


 他には颯人から届いている。


『風邪大丈夫か?』


『つーか来週のスポーツ大会の割り振り勝手に決めるけど良いよな?』


 そういえば中間終わったら次の週スポーツ大会だったな。体育祭とは違ってこっちは色んな球技が中心の大会だ。何故かオセロもあるけど。


 というかこういうのって大抵部活メンバーがやるんだろ。俺どこか入る余地あるのか。バスケとかならまだできるけど。


『決まった。お前サッカーな』


 最悪だ。サッカーとかまともにやったことないしチームプレイとか絶対無理だろ。絶対数が足りてなくて埋め合わせだろ。


 特にサッカーはカースト上位の現サッカー部エースの蒼羽あおばがいる。高一の時はスーパールーキーとか言われていて一気にこの高校を全国レベルまで引き上げた奴だ。流石に優勝まではしなかったが今年は分からない。もしかしたら優勝するかも。そんなレベルのあいつと絡むのは面倒だ。


 それでも、如月に言った手前、学校には行かないとな。


 今年は最強の藤原がいないしやる気も出ない。けど、少しだけ頑張ってみるかな。


 何か怒涛すぎて自分が熱出ているのを忘れてしまっていた。


 安静しないと。


 ゆっくりしてると気付けばそろそろ放課後の時間か。あっという間に時間は過ぎていくな。


 もう一度寝ようとするとチャイムが鳴る。


 妹が帰ってきたのか? というか鍵持っているのに妙だな。忘れたのか。


 玄関を開けるとそこには夢咲がいた。


「よっ。って病人に開けさせるのなんか悪いわね」


「夢咲か……」


「意外? ほら」


 ノートを渡される。


「今日の分。写しといたから」


「すまん」


「……この前のお詫び。多分あんたが風邪引いたのあたしのせいだから」


「え?」


 文脈の前後がまるで分からない。


「何でもない。じゃ、帰るから」


「あ、え、ちょ……」


 有無を言わせず帰ってしまった。と同時に妹が帰ってくる。


「おかえり郁」


「今の誰?」


「夢咲。クラスのギャル」


「仲良いの?」


「分かんねえ」


「そっか。ていうか病人がふらつかないで。移るから」


「すまんて」


 相変わらず兄への当たりが強い。


 自室に戻り、今日は安静して終えることにした。


ーー更にその次の日。


 熱は下がり、体調も良くなったので学校に行く。


 今日からまた頑張らないと。


 廊下を歩いていると何やら噂が聞こえてくる。


「昨日さー如月さんとサッカー部のほら、あの人と一緒に帰ってるの見たよ」


「別れたって聞いたけどなるほどねー」


「お似合いだよね」


 え? どういうこと?


 その話は俺の意思を砕くにはちょうど良かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る