第2話 主人公の陰キャは髪を切るとイケメンになるらしい

「ま、まじで言ってる⁉︎」


 確かに口調は陰キャのままだ。この卑屈そうな表情もーーいや、そもそも俺はこの陰キャの顔をまともに見た事がない。見たくなかったのだ。だが、何だ。鬱陶しい髪を落としてヘアセットしてきたこいつはあまりにも別人すぎる。


「ほ、本当です……」


「でも、何で急にこんなに」


 一瞬俺への当て付けかと思ったが、そもそもこいつは俺が昨日美容室に行っていることを知らない。偶然同じタイミングでイメチェンしてしまったのだ。そしてその印象は俺より遥かに上。俺は、なんという間が悪い男なんだ。


「……藤原君がそうした方が良いって」


 あ、あいつかあああああ!


 まさか藤原が関わっていたとは思いもよらなかった。


 というか今日藤原がいないがどうした。


「まじかよ……てか、藤原は?」


「あれ、健太聞いてなかった? 今日から親の都合で海外留学だぞ。ていうかまじで変わったなお前! びっくりしたぞ!」


 颯人に陰キャが背中をバシバシと叩かれている。ちょっと困った顔をしているな。


 それよりも藤原はとんでもない置き土産、というより爆弾を設置していきやがった。事情をちゃんと説明してから留学しがやれってんだ!


「へ〜陰キャ君もやれば出来るじゃん」


 面食いどもが集まってきたので俺は少し下がる。


 全く、こいつら顔さえ良ければ何でも良いのかよ。このルッキズムの権化共が。俺が朝頑張ってセットしたのは一体何だったのか。


 こんな騒ぎだが一方で隣の如月は無関心そうに予習をしている。


「如月は何も思わないのか?」


「えっと……隣の件? 特に何か思うことがあるとするなら、同情かな」


 同情? 何故同情?


「どうしてそう思うんだ?」


「私も、似たような立場だからかな。別に自分では思わないけど流石に顔が良いとか色々褒められ続けると分かるからさ。見た目で判断されるってのは普通のことなんだけど、必要以上に顔だけで判断されるのは、その人のことをちゃんと見てもらえなくて少し苦しい。多分今彼は褒められることよりも人が押し寄せてきて辛いって思ってるんじゃないかな」


 そうか、転入初日であんなに押し寄せていたものな。陰キャの気持ちが分かるってか。


「じゃああいつ自身のことは如月はどう感じた?」


「何で私に振るのか分からないけど……別に何も変わらないよ。そりゃ確かに容姿を整えた方が良いけど中身が伴わないと私は人を評価できないかな。そういう意味では貴方も同じ」


 あ、ちゃんと俺のイメチェンも分かってはいたのか。見た目が変わっても普段と接し方が変わらないのはそういうことだったんだな。


「なるほど、勉強になる」


「何が?」


「いや、何でもない」


 とりあえず今分かったのは如月が陰キャに対して何も評価が動いていないことだ。これはある意味助かった。


 ん? 何で今俺は助かったと思ったんだ。


 というか中身ね。見た目も中身も最強の藤原についてはまだ聞いていなかったな。話長くなりそうだし昼休みにでも聞いてみようかな。


「ところで昼休みさ、空いてたらちょっと話があるんだけど」


「あ、ごめん昼休みはいけない。呼び出されてて。放課後もごめんね」


 呼び出しって何だ。という先手を打たれて放課後も断れているんだけど。俺ってもしかして警戒されている?


「あ、ああ。また時間あったら」


「その時にお願いします」


 その時が来なさそうな予感がする。


 っと、そろそろホームルームだ。とりあえず席に戻るか。


 昼休み、何なんだろうな。呼び出し先は職員室か? それとももしかしてーー。あまり褒められた行為ではないが少し後を追ってみるか。


 いや、だからなんで俺は如月に執着しているんだ。


 はあ、もう自分の気持ちもよく分からなくなってきた。


ーー昼休み。


「みぃんちゃお昼食べよー!」


 夢咲が如月を昼食を誘っている。というかみぃんちゃって何だ。如月のあだ名か。どういうセンスをしているんだ。


「ごめん、今日は一緒には無理かな。誘ってくれてありがとう」


「むむ〜」


「また明日おすすめのスイーツあったら教えてよ」


「お! 行く行く! 連れて行く!」


 こいつら仲良いなあ。ってそうじゃなかった。如月が出ていったぞ。気付かれないように尾行しないと。


 階段を降りていった。向かった先は体育館か?


 どこまで行くんだ。裏か? やっぱりもしかしてーー。


 いた。裏に男がいる。これは所謂告白イベントだな。


 うわあ、相手めっちゃ緊張してるな。手足ガクガク震わせている。顔は普通の体育会系男子って感じだ。


「あ、あの……」


「はい」


 それに対して如月は至って普通だな。もう慣れているのだろうか。そうだよな、どこから来たのか聞きそびれているけどあれだけの容姿だ。過去に何度も告られているんだろうな。


「一目見た時からす、すす好きになりました!つ、つ、付き合ってください!」


 よく言えたな。頑張った。けど。


「ごめんなさい。素性も知らない方とはお付き合いできません」


 このテンプレな断り方は何だ。マニュアルを読んでいるかのようだ。


 男は泣き叫びながら逃げるように消えた。


 こんなオチだとは思ったけどさ、どこかホッとしてしまっている自分がいる。


 けど、断り方が淡白で氷のようなイメージを持った。今は美少女として周知されているがこのまま断り続ければ氷の女王なんて呼ばれる日もそう遠くないかもな。


「……またやってしまった。人に中身を求めてるくせに私がこんなんじゃ……」


 何か独り言を言っている。よく聞き取れない。


 っと、いつまでもここにいたらバレてしまうな。さっさと教室に戻って食べるか。


 もう一度チラ見をするとその場で弁当を開けて食べ始めていた。


 上手くいったら一緒に食べていたのかな、なんて。


 今はそういう事を考えている場合じゃないだろ。早く教室に戻らないと。


「お、健太じゃん。何やってんの?」


「げ……」


 健太が彼女を連れてやってきた。何でここにいるんだ。


「いや、それは……」


「まあいいや。俺らいつもそこで食べてるからよ。今日は一緒に食べるか?」


 体育館倉庫って……お前ら青春やってんな。


「良かったらどうぞ」


 彼女の名前知らないけど苦虫を噛み潰したような顔をしながら「どうぞ」とか言わないでほしい。


「ん? てかあれ如月じゃん。お〜い」


「ってお前バカ!」


 やっべ見つかった。


「何が?」


 ああ、もうどうにでもなれ。


「八木……それに高橋。えっと……」


「あ、えーと彼女の九十九向日葵つくもひまわり。いつもここで食べてるからさ。何か一人で食べてたらごめん」


 九十九というのか。向日葵って思ったより可愛い名前だな。


「大丈夫だけど」


「九十九です。よ・ろ・し・く、お願いします」


 言い方が怖い。何か九十九って対抗心剥き出しだな。無理もないか。美少女相手だし。


「え、ええよろしく」


 如月引いちゃってるよ。


「ところで、健太って何でここにいたの?」


 なんで掘り返すの⁉︎ ねぇ⁉︎ わざとなの⁉︎


「えっと……一緒に来たんじゃ」


「いや先にこいつがいてさ」


「偶々だよ偶々! お、俺にも一人で食べたい時があるんだよ!屋上には人多いしここならと思ってだな……!」


 尤もらしい嘘を吐く。


「あーそういや今日から藤原いねえし一人かお前。俺がいない時は藤原と食べてるし今日はまじで一人だ」


「うっせ……」


 だから何でこいつは俺の行動を把握してるんだよ。怖えよ!


「ま、いいや。ごめんな向日葵。二人きりじゃないけど今日は許して」


「……普通に嫌だけど颯人の為に我慢する」


「ありがとう」


 幼馴染から彼女に昇格するとヤンデレになるの? ヤンデレ気味だよねこの子。


 昼食を取り始めると如月が聞いてきた。


「……さっきの、見た?」


「さっき?」


 もしかして告白の件か。いや、見たとか言えるわけねえだろ。


「見てないならいいけど」


「何か見られたらまずい事でもあったのか?」


「そ、そういうわけじゃないけど」


「じゃあ別に隠し事じゃないって事なら何してたか言えるのか」


「それは、言えない」


 告白の件は黙っていた方が良さそうだ。多分、相手への名誉も関わるだろうし。


「でももし見てたとしたら……」


「したら?」


 ごくりと思わず唾を飲み込んでしまった。


「やっぱりなんでもない」


 なんでもないんかい!


 思わせぶりすな!


 は⁉︎ 今存在しない俺の関西人が出てきてしまった。


「如月って何か面倒な性格だな……」


「何か言った⁉︎」


「い、いえ、何も……」


「お前ら漫才してんじゃねえよ。ったく、二人きりだったのに」


「いや誘ったのそっちだからな⁉︎」


「冗談だよ。けど、二人とも良い感じじゃねえか」


 どこかだよ。


「どこがよ」


 ほら如月も同じ事思ってるじゃん。


「颯人〜良いから、ほら、あ〜ん」


「あ〜ん」


 俺ら何を見せられているんだろう。


「……なんか、すまんな如月。巻き込んで」


「別に貴方が気にする事じゃないでしょ。貴方がここに来なくても私はどの道こうなっていただろうし……」


「そ、そうか」


「さっさと食べて出ましょう。二人の邪魔しちゃ悪いし」


「そ、そうだな!」


 ちゃちゃっと済ませて外に出た。


 さて残り時間どうするか。陰キャの様子を見に行くか。


 教室に戻るとわらわらと囲いが出来ていた。何これ。


「ちょ、すみません。席に戻りたいんすけど」


 とりあえず自分の席に戻るという大義名分の元で中を突き進む。


 きゃーきゃーと五月蝿い。これ陰キャのイケメン効果か。やべえな、まじで。


 ああ、そうか。藤原がいつも屋上で一人で食べていたのこれか。教室にいると群れられてまともに食べられないからか。で、藤原がいないから一人陰キャに集中してしまっている。今度陰キャに屋上の事を教えてやるか。


 って何で陰キャの事考えているんだ。俺はどうしたいんだ。


 何もかも中途半端だ。自分の気持ちすら整理がつかない。


 でも、この状況を変えたいという気持ちだけはある。なら、その為に今出来ることをするしかない。




「ごめんなさい」


 放課後。いや、俺は何やってるの。また覗き見なんて最低だ。


 それにしても本当に如月はモテるな。こいつの彼氏になる奴は相当な奴なんだろうな。


 それとも作る気がないのだろうか。


 このまま見ていても虚しいだけなので帰ろう。


 クラスに鞄を取りに戻るとそこには陰キャが突っ伏していた。


「いん……東雲、どうしたんだ」


「……えっと、高橋君」


 頭だけこちらを向けてきた。うおっ……顔が良いな……じゃなくて。


「もう放課後だぞ」


「そう……だね。何か、疲れちゃって」


 そりゃまあ慣れない事をして慣れない空気感の中心にいればそうなるか。


「あー……お疲れ」


「……ありがとう。でもこんな事になるなんて思わなかった。僕、不細工だし色々終わってるから」


 あーはいはい出た出た陰キャ特有の自己肯定感ゼロで卑屈なところ。まじで嫌味にしか聞こえねえ。


「俺さ、お前の事よく分かってねえけどさ、あれだけの事になったら普通は自信つくもんだぜ。皆キラキラと目輝かせてお前を見てさ」


「そうなの……?」


「そうだよ! だから! そういう態度はむしろイラッとすんだよ! もっとしゃきっとしやがれ! 顔と中身が一致してねえんだよ! お前何か? 中身が良いだけの奴への当て付けか⁉︎」


 俺、何言ってるんだろう。こんな事言いたいわけじゃないのに。


「い、いや……そういうわけじゃ……」


「じゃあ、俺が取り持ってやるよ。お前が陰キャって言われねえようにな!」


 違う、俺はそんなの望んでいない。こいつをまともにしたらただのイケメンになってしまって俺はただの脇役になってしまう。そんなのは求めていない。


 言っている事と考えている事がチグハグで自己嫌悪に陥る。


「……別に、僕はこのままで良い。髪型もそのうち戻すから……」


「何だよ……それ……ふざけてんじゃねえぞ!」


「ぼ、僕は目立ちたくないんだ……ほっといてよ」


 俺の怒りは空回りして陰キャは出ていった。


「……はあ」


 いや、これで良いんだ。陰キャがまた陰キャに戻るならそれで。けど、俺の株ってあいつがどうしようが上りも下りもしないんだよな。


 ああ、もう訳がわかんねえ。どうすりゃ良い。


 藤原だったらどうしていた。あいつが今この場にいたら何か起きていたのかよ。


 何であいつこういう時に限っていねえんだよ。


「何か凄い怒鳴り声聞こえたけど大丈夫?」


「あ、如月……」


 そうか、よく見たら如月もバッグ置いていた。持って行かずに体育館裏に向かっていたのか。


「大丈夫だ」


 全然大丈夫じゃない。


「そう……なら良いけど。じゃ、また明日」


 淡々と彼女はクラスから出ようとしている。


「あ、ああ……」


「……あ」


 彼女は立ち止まってこちらを見てきた。


「もし、自分に嘘をつきながら人と話すならやめた方が良いよ。結局苦しくなるのは自分だから」


「何でそんな事を」


「そんな風な顔をしてるから」


 彼女には見透かされているのか。


 実際、今凄く苦しい。彼女の言う通りだ。


「じゃ」


 俺は何も言えずに帰らせてしまった。


 家に帰る頃には夜になっていた。


「遅かったな、おかえり」


 先に帰ってきた父が出迎えてくれた。


「健太帰ってきた? じゃあ温め直すから待ってて」


 母もこちらを一瞬覗いてキッチンに戻っていった。


「ただいま」


「……上手くいかなかったみたいだな。ま、そういう日もある。ご飯食べて元気出しな」


 俺が落ち込んだ顔をしていたのを察せられてしまった。


「う、うん……」


 ダイニングには俺の分だけの夕食が並んでいた。


「郁は?」


 かおるは俺の妹だ。今年中学三年で既に受験勉強を始めている。俺なんか九月頃だったのに真面目だ。


「もう食べて部屋にいるわよ。健太が最後」


「そっか。なら洗い物は俺がするよ」


「ありがと。じゃ、食べ終わったらよろしく。母さんはちょっと休憩」


 そう言ってリビングのテレビを点けて番組を見始めた。


 父さんはアイロン掛けをしている。


 無心に夕食を食べ、洗い物をする。


「風呂、沸いてるから好きな時に入るんだぞ」


「ありがと父さん」


 なんか色々と察してもらっている気がする。


 とりあえず自室に入ろう。


 今日は無性に疲れた。このままじゃいけないのは分かってるけど、眠い。


 うつらうつらとしているとドアのノック音が聞こえる。


「……なんだ」


「兄さん、いるんでしょ?」


「郁か……入って良いぞ」


「え、普通に嫌なんだけど。リビングに来て」


 これだから思春期の子どもは……俺もそうか。


 仕方ないのでリビングに向かった。


「ここ教えて」


 どうやら勉強で詰まったので俺に教えてもらいたいらしい。ったく、俺のところよりもずっと上の偏差値なんだから俺が協力できるところってあるのかね。


「あー公式覚えてやりゃ大丈夫だよ」


 高校受験用の数学なんてそんなものだろ、と問題も見ずに言う。


「適当すぎない⁉︎ これ英語の問題だよ⁉︎」


「おっと……」


 やっべ、見てないのバレた。


「と、とりあえず単語帳をひたすら繰り返してやるしかないぞ」


「他には? 熟語とか全然わかんなくて」


「えーと、頻出があるはずだからそれを見て対策を取るとかかな……」


「兄さんに頼った私がバカだった」


 酷い。いや、俺も大概酷いけど。


「というか父さんとかに聞けよ」


「父さん覚えてないって。英語使う機会もないからって」


 そりゃ受験英語と日常英会話って全く違うし忘れるよな。


「そ、そうか」


「部屋に戻る。邪魔はしないでね」


「それは、勿論。良い高校に行ってほしいし」


「うん」


 そのまま難関国立大に行って良いところに就職して養ってくれ。……いやさすがにこれはまずいだろ。クズすぎるな俺。


 俺は俺のやるべき事、やりたい事をしないと。


 自室に戻り、自分を見つめ直す。


 まず、俺は何をしたいのか。何を求めているのか。


 彼女が欲しいわけじゃない。刺激が欲しい。


 この気持ちは本当か?


 確かに、周りは彼氏彼女がいてどこか焦りの気持ちがある。いればきっと毎日が楽しいんだろうな。季節ごとのイベントで、例えば夏なら花火とか祭りとか、海とか。秋は文化祭で一緒に回ったりとか。冬はクリスマスに雪関連のイベント、イルミネーション。正月には一緒に年を越して初詣に行く。


 でもそれって本当に彼女がいないといけないのか。友達同士でも楽しいはずだ。だから欲しいわけじゃないという結論になる。


 でもこのモヤモヤは何なんだろう。特に、如月が転入してからが酷い。自分をよく見せようとイメチェンだってした。


 俺、如月の事好きなのかな。


「わっかんねえよ……」


 もしそうなのだとしたらその気持ちは嘘になる。異性として好きなのだとしたら彼女にしたいと思うのが普通だ。だから嘘なんだ。


 彼女の言葉を思い出す。自分に嘘をついていたら自分が苦しくなる。


 正直な俺の気持ち。


 やはりそうだ。俺は如月が好きだ。つい目が追ってしまう。好きだからこそ告白の事で気になってしまう。


 でも決してそれは美少女だから、じゃない。飾り気のない言葉で俺と接してくれる彼女が好きだ。俺を俺として見てくれている。公平に皆を評価している。そんな彼女が好きなんだ。


 まだ、彼女について分からないことが多い。何も知らない。だってまだ三日で殆ど話をしていないのだから。


 本当に好きかどうかの確証を持てるのは随分先になるかもしれない。それでも良い。それが俺の原動力になる。


 彼女に話しかけすぎるのは良くない。不審に思われるから。まずは周りから行こう。外堀を埋めるように俺の評価を上げていく。


 まず最初に選んだのは夢咲だ。夢咲が俺の評価を上げればその話は如月にも行くはずだ。


 頑張ろう。俺は俺の高校生活を満喫する。


「っしゃあやってやる!」


五月蝿うるさい‼︎」


 妹に壁ドンされてしまった。邪魔してごめん。


ーー次の日。朝のホームルーム前。


「夢咲、放課後空いてる日ある?」


「何? デート? ごめんね〜先約があって」


「今日は如月とスイーツだろ。昨日聞こえてた」


「あ、知ってた」


「だから空いてる日はあるかって」


「もしかして美容室行って調子乗ってる系?」


「ば、違うって。そもそもお前彼氏いるだろ。そういうのじゃねえよ」


「ああ、うん……明日なら良いよ別に。どっか行く?」


 何か彼氏の話出すと夢咲って気まずそうにするよな。


「パリピが何するかわかんねえ」


「言えてる。あんた別にそういうのじゃないしね。じゃあさーカラオケいっちゃおうよ。皆も呼んでいい?」


 別に二人きりじゃないといけないわけじゃない。


「ああ、良いよ」


「……良いんだ」


 え、何その反応。


「じゃ、五人で予約しといたから」


「は、はや⁉︎ てかお前のいつメン三人だろ。俺と後誰が来るんだ⁉︎」


「そこはほら、埋めといて」


「え、ええ……」


 ギャルズ三人と俺と後誰が……流石に男一人は気まずいので誰か男連れて行くか……。


 誰か都合の良い奴いねえのか。


 いた。けど、昨日の今日だぞ。それにパリピ連中んところに誘われて行きたいなんて言うはずもない。


 まあダメ元で聞いてみるか。


「なあ、東雲」


 無視される。まあ昨日怒鳴ったしな。


「……昨日は悪かった。その、俺もどうかしてたと思う」


 それでもこちらを向いてくれない。


「……ごめん」


 やっぱり無理か。当然だよな。


 こうなったら別の誰かに声を掛けるしかない。


 放課後までに見つかるだろうか。


 席に戻ろうとしている時に如月が東雲に対して何か言っているように聞こえた。


「彼、貴方に謝ってたけど聞いてた? 何かあったのか知らないけど、無視するのは良くないよ」


「……聞いてました」


「なら、反応したほうが良いよ。謝罪を受け入れろって事じゃない。そんな曖昧な態度だと今後が大変だから」


「……はい」


 何話しているんだろうな。


 とにかく誰でも良いから埋め合わせで後一人欲しい。颯人はダメだ。彼女があんな風でギャルズの中に入れたら何が起きるか分からない。他には、他にはーー。


 色々考えて行動した末結局放課後まで見つかる事は無かった。カースト上位の男子は当然のように放課後デートあるからとか言い出す。おかしいなあ、こういう奴らこそいつもカラオケとか行ってるじゃねえか。当然下の連中はギャルズに怯えて誰も受けやしねえ。


 こりゃキャンセル料払ってどうにかするしかないな……。


「あの……」


 落ち込んでいる俺に誰かが話しかけてきた。後ろを振り返ると東雲がいる。


「朝の件、無視してごめんなさい。……その、何か用があって話しかけてきたんですよね」


 今更何だよ。別に、もう気にしてねえっての。


「……用ならあったけどもう良い」


「そうですか……」


 突っかかってこねえのかよ。どこまでもやりにくい奴だ。


「……い、一応言っとく。カラオケで後一人欲しいんだが誰も見つからなくてな。困ってんだ。それだけ」


「カラオケ……」


 そりゃ陰キャには辛いよな。同じ趣味の友人と行くカラオケじゃない。パリピでウェイなギャルズと行くんだ。気まずい以外何もない。


「……。……誰も行かないのだったら、僕が行きます」


「え……ほ、本当か?」


 本当に良いのか。


「だって……藤原君が行動しなきゃいけないって」


「藤原……」


 また藤原かよ。あいついなくても存在がデカすぎるんだよ。


「多分、きっと、最悪な結末が待ってる。それでも、やらなきゃって思ったから。困ってる人を放ったらかしにしていられるほど……まだ僕は屑になった覚えはない」


「お前……」


 何だよこいつ。今まで何でそんな事してたんだよ。お前、出来る奴じゃねえか。


「助かるよ。ありがとう」


「……!いえ、そんな……」


 こいつの事を陰キャと呼ぶのはもうやめにしよう。こいつは強い奴だ。


「ところでさ、何で藤原が関わっているんだ」


「あれ、そうか……言ってなかったよね」


「そりゃお前と話す機会なんてなかったからな」


「……そっか。そうだよね。……藤原君とは……小学からの幼馴染だよ」


「まじかよ」


 そりゃあいつが東雲に気にかけるわけだ。俺と同じタイミングでイメチェンさせたのは気に食わないがな。そして海外へ勝手に行きやがった。


 こいつの面倒最後まで見ろよ。無責任だろこれじゃ。


「けどその幼馴染今いねえよな」


「う、うん……美容院に連れて行かれてそれきり」


「無責任だな」


「そうなのかな……」


「無責任だよ」


「そう……かも……?」


 そこは否定しろよ。


「ったく、しゃあねえなあ。カラオケ、お前何歌えるか知らんけどギャルに笑われても俺がなんとかするよ」


 そもそも俺からのお願いだから裏切るような真似は出来ない。


「え、うん……分かった」


「じゃ、明日放課後よろしく」


 東雲が来てくれたおかげで明日はなんとかなりそうだ。


 夢咲に良いところ見せないとな。


ーー次の日の朝。


「一週間後中間だけど健太は?」


「ん? ああ、まあ赤点さえ取らなきゃ良いかな」


 やべえ、全然勉強してないんだけど。何かもうそれどころじゃないって感じ。


 今日の事が終わったらとりあえず一旦中間まで勉強に集中するか。


 うん、そうだ。勉強できない奴に如月と付き合えるわけがない。ここはメリハリをつけて頑張っていこう。


「みぃんちゃ昨日はありがとねー」


「こちらこそありがとう」


「でさー来週なんだけど」


「中間だね」


「勉強ってどれくらいできる?」


「どうだろ。転入に合わせて少しだけ下げてきたから大丈夫じゃないかな」


 向こうでまた二人で話している。如月ってここより偏差値上のところにいたのか。こりゃ頑張らないといけないな。


「みぃんちゃもしかしなくても賢そうだから勉強教えて! うちらまるでできないからさー」


「えっと、良いけど今日から?」


「あー明日からかな。今日は外せない用事があるから。じゃ、よろしく!」


「あ、うん。明日ね。分かった」


 向こうも明日から勉強モードだな。丁度良い機会だ。学校で良いところを見せるといったらテストはそのチャンスだ。如月よりも上に行って俺ってすげえって思わせてやる。


 昼休み入った直後に東雲のところに行く。


「ちょっと付き合え」


「……え?」


「飯。ここにいたら昨日一昨日みたいになるぞ」


 昨日も別の女子群が屯っていた。居心地、悪そうにしていたからな。


「……大丈夫だよ。その内いなくなるから」


「だめだ。一日でも早く楽になるべきだ。良いから来い」


 腕を掴み、無理矢理屋上に連れて行く。


「ちょ、ちょっと待ってよ」


「お前は多少強引にしねえと動かねえだろ」


「……っ」


「それにさ、迷惑かかるのは自分だけで良いって思ってんだろ。それ、周り見えてねえから。誰も言わねえけどクラスの連中からしたら迷惑だから」


「それは……」


「ま、俺は迷惑は掛け合うもんだと思ってるがな。ほらもう屋上だ」


 屋上に出て、日陰の方へ行く。


「ここでいつも藤原が食ってんだよ。お前も今度からここで食え。屋上は良いぞ。風は気持ち良いし心が落ち着く。……周囲を見たらカップルだらけであれだけど。空を見れば良い」


「空……」


「ま、とにかくここなら人が早々群がらないから安心しろって」


 座って弁当箱を開ける。


「ほら、お前も食えよ」


「う、うん……いただきます」


 その後はお互い無言のまま食べ終えた。


「お前はぎりぎりまでここにいろよな。今は多分お前探しにクラスに来てたり周囲にいると思うから。……ほら」


 スマホを取り出す。


「えっと……スマホ?」


「連絡先だよ連絡先。LINK」


「あ、うん……LINKか」


「はあ、どうせお前家族と公式アカウント系のbot以外登録してない奴だろ」


「そう、だけど」


「ほらよ。これでオーケーだ。じゃ、俺先に戻ってクラスが騒がしくなってないか確かめてくる。連絡待ってろ」


「あ……ありがとう……」


「良いってことよ」


 一足先にクラスに戻り、状況を確認する。


 案の定、東雲探しの上っ面女子が各所にいる。


「あの、そこの席の方って今日いませんでした?」


「ん?あいつならトイレじゃないかな」


 適当な嘘でごまかす。そしてLINKで“今はまだくるな”と送っておく。すぐには既読は付かない。


 あと数分で昼休みが終わるって頃にようやくいなくなったので“もう大丈夫だぞ”と送る。すると今度はすぐに既読が付き“ありがとう”と返される。


「これで良し」


「楽しそうだね」


「うわっ、びっくりした」


 如月が話しかけてきた。向こうから来るとは珍しいな。


「そんなに楽しそうにしていたか?」


「うん。相手は?」


「あー東雲だよ。ここ最近あれになってからクラスが騒がしくなって昼飯がまともに食えねえだろって思ってな。色々とやってんだよ」


「ふーん。良いんじゃない?」


 そっちはそっちで大変そうだな。また今日も呼ばれていたのだろう。でも多分そっちも後一ヶ月もしない内に大人しくなるだろう。


 彼女の場合呼び出されている以上俺がどうこう出来る範疇を超えている。如月には悪いが今の俺に出来ることはない。


「人気者は昼食がまともに取れなくて大変だね」


 それはお前もだろ。


「だろうね。俺には分かんねえけど」


「ふふっ……」


 あ、今笑った。という初めてちゃんと笑ったの見た気がする。でも何で笑ったのかは分からない。どこに笑える要素があったのか。


「おかしかった?」


「んーん、何でも。今日は放課後空いてるし帰って勉強かな」


 予習といい彼女は勤勉だ。それでも彼女に勝たなくては。まずはどれくらい出来るか聞いてみるか。


「そういや、如月ってどれくらい勉強できるんだ?」


「この学校は普通についていけるって感じかな。前のはちょっと厳しいところだったから」


「へー。志望校とかは決めてるの」


「どうだろ。まだ決まってない。一応一年の時の模試では某国立はB判定だったけど」


 わあ、普通に有望じゃん。あれ、もしかして俺とかなり差があるのでは。


「なんとか次の模試ではAに行きたいから勉強しないとね」


 超真面目じゃねえか。もしかして学業第一だから恋愛沙汰には興味ないオチか。


「そうか。応援してるよ」


「というか私ばかり話してごめん。そっちは……あ、もう時間だ。良かったら帰りがてら貴方の事を聞きたいんだけど」


 あれ。


 まじか。


 俺に興味を持ってくれたぞ。けど、今日はそれが出来ない。


 まただ。なんという間の悪さだ。


「ごめん! 今日は集まりがあって! また今度で良い?」


「あ、そっか……ううん、こちらこそごめん。えっと、じゃあ中間終わってからで良いかな」


「全然全然! 明日からは皆勉強しないとだしテスト終わってからね」


「約束だから。あ、それと」


 スマホを取り出した。これはもしやLINK交換なのでは。


「一応、話をした仲だし。予定とか組めるから」


「あ、うん。そうだね」


 彼女に一歩近付けた気がする。本当に、一歩ぐらいだけど。


 LINK交換すると真っ先に彼女のアイコンを見る。犬の写真。飼っている子なのかな。


 予鈴が鳴る。その直後に彼女から“よろしく”とあった。素気ないけど彼女らしくて好きだな。俺もまんま返した。


 でも何で急に俺に興味を持ってくれたのかは分からなかった。いずれ分かる時が来るのだろうか。


ーー放課後。


「高橋ぃ〜行くぞ〜」


「あ、ああ」


 夢咲が俺を呼ぶ。俺は東雲を呼ぶ。


「へぇ、あいつにしたんだ」


「他にいなかったんだよ。皆こういう時に限って放課後デートとか」


「ま、そういう日もあるよね。良いさ、面白くなってきた。イケメンとなった陰キャ君にうちのメンツがどういう反応するか見てみたいし。選曲次第ではもっと面白くなりそう」


 うわあ、こいつやべえな。というか、東雲への評価は相変わらず陰キャなのな。まあそりゃそうか。髪変えただけだし。中身は伴ってはいない。けど、それは単に表に出ていないだけであいつにもあいつなりの信念がある。


 俺は今日それを発揮してもらえれば良いと思う。だが主役はあくまでも俺。それを忘れてはいけない。


「さ、行こ。いつメンが昇降口で待ってるから」


 期待と不安がたっぷりなカラオケが今始まる。

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